風祭文庫・獣の館






「変身薬」
(第1話:渡された薬)



原作・真道(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-145





「じゃあ、

 ばいば〜い♪」

「また明日ね!

 響子」

別れの挨拶をしてあたしは友人と別れる。

はぁ…平凡な一日が終わった。

去っていく友人に背を向け、歩き出したあたしはそう思いながら夕空を眺める。

あたしの名前は「鈴木響子」、ごく普通の女子高生。

なんだけど…

でも、最近、

家と学校とを往復するこの単調な生活に飽きちゃって…

何か変わったことが起きないかなっていつも考えてた。

そして、そんな事を考えて道を歩いていたとき、

その少女はあたしの前に現れたの…



「お姉さん、

 お姉さん?」

不意に横から声を掛けられたあたしは、声の響いたほうに目を向ける。

するとそこには年のころ10歳くらいの少女が立っていた。

「ん…あたし?

 あたしに何か用?」

少女に向かってあたしは尋ねると、

トコトコトコ

いきなり少女はあたしの近くに寄って来るなり、

「ねぇお姉さん…

 お姉さん最近、何か悩んでませんか?」

と尋ねてきた。

「えッ!?

 悩みって言われても…」

突拍子もない質問にあたしは考える素振りを見せていると、

「たとえば…

 今の普通の生活に飽きてきた…とか?」

と少女は探りを入れるかのように例えを言う。

「……ッ」

その言葉にあたしは思わず驚いた。

だって、ついさっき会ったばかりの年端も行かぬ少女に、

突然こんな事を言われれば誰でも驚くでしょうし、

それに一番あたしが驚いたのは、

少女が例えたことがまさに図星だったからだ。

「な、なんであなたにそんな事が分かるの…?」

驚きながら思わずあたしは少女に向かってそう言うと、

「うふっ

 やっぱりそうなんですね♪」

と少女は笑みを浮かべる。

…怪しい。

 いったい何なんだこの子は?…

少女を見ながらあたしは思っていると、

キラッ

一見無垢な瞳を輝かせながら少女はあたしに顔を近づけると、

「その退屈な日々…思い切って変えてみたいと思いませんか?」

と囁いた。

「え?」

その声にあたしは少女を見つめ返すと、

「ふふっ

 あたしがお姉さんの悩みを解消してあげますよ。(^^)」

と言いながら笑みを浮かべる少女は

あたしの答えも聞かずに小さな薬瓶を差し出した。

「……これは?」

薬瓶を見ながらあたしが尋ねると、

「はいっ

 それはお姉さんの悩みを解消してくれる
 
 "魔法の薬"
 
 効果は使ってみてのお楽しみです。(^^)」

と少女は説明し、

「ささっ

 どうぞどうぞ」

そう勧めながら、半ば強引に手渡した。

「はぁ…」

少女のその勢いに圧倒されてか、

あたしは”魔法の薬”といわれた薬瓶を受け取ってしまうと、

「それじゃ、普段と違った生活を満喫してくださいね。(^^)

 あ、それから、
 
 使いすぎにはくれぐれも注意してくださいね☆
 
 元に戻れなくなりますから…」

少女は手を振りながら駆け出すと、

「ちょ、ちょっと待ってよ!!」

薬瓶を片手にあたしは呼び止めようとする。

しかし、あたしが呼び止めるよりも早く

少女はすでに路地を曲がってしまうと、

あたしがその曲がり角に追いついた時にはその姿は無くなっていた。

「…魔法の薬?

 バッカらしぃ…」

あたしはそう言いながら少女から手渡された薬を投げ捨てようとしたが、

しかし、

「あっこれって一応”燃えないゴミ”よね」

と薬瓶を見ながらここでのポイ捨てはマズイと考えると、

取りあえず渡された薬瓶をカバンに詰め込み、

そのまま帰路についた。



「ごちそうさまでした…

 何ていっても聞く人はいないか…」

あたしの両親は長期の海外出張へ出ていて、

この一戸建ての内にはあたし一人しか住んでいない。

そして、独りぼっちの夕食を済ませた後、

リビングに置いてあるテレビのスイッチを入れる。

すると、映し出されたテレビから

牛などが草を食べているシーンが画面いっぱいに写し出された、

『…はいっ

 では、この牧場からの問題です』

リポーターの元気いっぱいの声が響き渡り、

どうやら北海道の牧場からの中継らしい。

「あ〜、

 あたしも牛みたいにノンビリ暮らせたらどんなに楽だろう〜」

なんて事を考ええながらテレビを見ていると、

帰りがけに会った少女のことをふと思い出した。

『それはお姉さんの悩みを解消してくれる"魔法の薬"』

「………」

『効果は使ってみてのお楽しみです。(^^)』

耳に響く少女の言葉に

「…まさか…ね」

そうあたしは呟くと部屋へと戻り、

少女のくれた薬瓶をマジマジと見つめる。

「まさか…

 本当だとは思わないケド…
 
 でも、ちょっとだけ、
 
 ちょっとだけ試してみようかな」

薬瓶を見ながらあたしはそっと蓋を開けると、

中にはカプセル型の薬が沢山詰まっていた。

「何だ、普通に薬局で売ってる薬と変わらないじゃない。

 もっとオドロオドロしいのを想像してたわ。(^^;」

そして、薬瓶からカプセルを2個取り出すと、

あたしはそれを手のひらで転がし始める。

「せっかく貰った物だしね…

 一応、試さなきゃ悪いし…」

カプセルを見ながらあたしはそう独り言を言うと

「え〜い、もう飲んでやる!!」

と、カプセル型の薬を口の中に放り込み、水で一気に飲み干した。

「……」

しばらく待っていたが何も変化が無い。

「何だ…

 何も起こらないじゃ…」

ちょっとガッカリしながら文句を言ったその時、

ドクンッ!!

「えッ!!」

急に動悸が激しくなってきた。

ドクンッ!

ドクンッ!!

「な、なんなのこれぇ…」

あたしはあまりの動悸の激しさに胸を抑えて倒れ込むが、

しかし、その間にも身体は熱くなり、

汗がダラダラ垂れて来る。

「うぅ…うう…」

苦しさに唸っていると、

突如胸を押さえていた手に胸の感触が無くなって来た。

「な、なに…?

 なんなのぉ…」

その異変にあたしは慌ててブラウスの前を開けて自分の胸を見ていると、

ズルッ…

胸にあるはずの乳房の位置が下へとずれ、

しかも、下に移動して行くほど表面に血管が浮き出し、

また大きさも増していくと、

ついにはバレーボールくらいにまで膨らんでしまった乳房があたしの下腹部に垂れ下がる。

また、その先端についていた乳首も乳房の移動と共に大きくなっていき、

乳房の左右上下に4つ、

まるでソーセージを突き立てたかのように固くそびえてしまった。

「イヤァァッ!!

 なにこれぇ!!

 これじゃ、これじゃまるで牛じゃない!!」

下腹部でこんもりと盛り上がる乳房の姿にあたしは悲鳴を上げ、

救急車を呼ぼうとして立ち上がろうとしたが、

しかし、巨大化した乳房のせいでバランスを崩してしまうと、

「キャッ!」

ドタッ!!

前ツンノメリになって倒れてしまった。

「痛ぁい…」

床に顔面を打ち付け、

痛みを放つ鼻を押さえようと手を伸ばそうとしたとき、

ドクンッ!

再び激しい動悸があたしを襲う。

「…うぅうぅぅぅ

 …くあぁぁぁ…」

ドクン

ドクン

さっきよりも強烈でそして苦しい動悸にあたしは転げ回っていると、

メリメリメリ!!!

バキバキバキ!!

右手の掌よりイヤな音が響き渡り、

そして、プクッ!

いきなり指の付け根あたりが膨らんできたと思った途端、

ベリッ!!!

人差し指、中指、薬指をはじき飛ばして

黒光りする左右1対の爪…そう、蹄が飛び出した。

「うっ

 わぁぁぁ!!!」

明かりを受けて光る蹄にあたしは悲鳴を上げると、

ベリッ!!

今度は左手から蹄が飛び出した。

「いやぁぁっ」

左右の手から飛び出した蹄を見ながらあたしは悲鳴を上げるが、

しかし、

ベリッ!!

ベリッ!!

ばたつかせている足からも音が響くと、

あたしの手足全てに蹄が生えてしまった。

「わ、あたしの手がぁ…足がぁぁぁ…」

カツン!

カツン!

悲鳴を上げながらあたしは蹄を床にぶつけていると、

ザワッ

ザワザワザワ…

首や胸、いや身体全体に獣毛が生え始め、

そして、その毛が白地に黒の斑毛へと変わったとき、

ムリムリムリ!!

あたしの身体が膨張しはじめた。

「いっいやぁぁ

 誰か…助けて…」

メキメキ!!

膨張する身体と共に蹄が生えた手足の形が変わり、

また、身体の筋肉の付きかたが変わっていくと、

あたしは2本脚で立てなくなる。

そして、

バリバリバリ!!

着ていた服が身体の変化について行けずに破れてしまうと、

ブリンッ!!

露わになったお尻から尻尾が生え、

ブルンッ!

張りを増した乳房が大きく弾んだ。



グングン

グングン

変身していくあたしの姿は確実にある動物へと変わっていくのを感じながら

『それはお姉さんの悩みを解消してくれる"魔法の薬"』

あの少女の声が再びあたしの頭の中に響く、

それと同時に

『あ〜、あたしも牛みたいにノンビリ暮らせたら、どんなに楽だろう〜』

とTVを見ながらふと思ったことを思い出すと、


(ああっ…

 そうか、
 
 あたし、牛になっちゃうんだ…)


そう、その時になってあたしは牛になっていくことを実感した、


そして、そう考えた矢先に、

メリメリッ!!

まだ何とか人間の顔を保っていたあたしの顔が縦に変形し始めた。

「う゛…グググゥ…」

獣毛が顔から頭に向かって生えていくと、

バサバサ!!

その頭からは人間の…鈴木響子の髪の毛が抜け落ちる、

そして、全てが抜け落ちたあと、

ベリッ!!

獣毛が生えそろう皮膚を突き破り、

頭の左右から小ぶりな角が生えてくる。

また、耳も今よりやや上部に移動していくと、

細く長くその形を変え、

「ヴ…ヴヴゥ…オォォ」

長く伸びた口からは獣の声が漏れはじめた。



カツン

カツンっ

「ウォォォォ…」

「ウモォォォォ…」

「モォォォォォ」

「モォォォ!!!」

「モォォー!!!」

牛の啼き声を上げながら

あたしは巨大な乳房を揺らし、

そして四つの蹄の足で立ち上がると、

「モォォォォォォォォォーーー!!!」

あたしは大声を張り上げ啼き続けていた。



『おめでとう、響子さん。

 今日からあなたは牛として生きていくのですよ、

 学校にも行かずに…

 ずっと…
 
 ずっと、のんびりと暮らしていけますわ』



つづく



この作品は真道さんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。