風祭文庫・獣変身の館






「願掛け地蔵」



原作・匿名希望(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-173





貴方が道を歩いている時、

見慣れないお地蔵様が立っているのをみつけたら

必ず願い事をしてみましょう。

その地蔵は貴方の願いを叶えてくれる

「願掛け地蔵」かも知れません。

しかし、願いを言う時、

例えそれが比喩だとしても余計なことは言わないでください。

何故なら……



「……雅楽川(まさらがわ)!」

「はい!」

「よし、31人全員そろっているな」

ここは堤江府市立金成野小学校。

ここの生徒達は近いうちに開催される全校合唱コンクールを楽しみにしていた。

ただ二人を除いて……

「大口と音無は歌の練習があるので残れ。

 残りは全員帰っていい」

「またあの音痴コンビか」

「いい加減にしてほしいよな」

「やめなさい、2人とも」

今の会話に出てきた二人、大口と音無とは

この学校で音痴コンビとして有名な

「大口唄子」と

「音無静歌」の2人のことである。

さっき言った全校合唱コンクールを楽しみにしていない2人とは

まさにこの2人のことであった。



歌の練習のために残されていた2人は数時間後にやっと帰された。

この2人は幼馴染で家も近いため、

いつも帰る道は同じであった。

「はあー、

 やっと帰してもらったね」

「しかたないよ。

 私達のためにクラスのみんなに迷惑かけられないもん」

「それにしても時間かかりすぎだよ。

 今日見たいTVあったのに」

「まあね。

 あれ?唄子、
 
 こんな所にお地蔵様なんてあったっけ?」

静歌が指差した先には確かに見慣れない地蔵が立っていた。

「うーん、

 最近、この道通ってなかったもんね」

「そうだ!」

「どうしたの静歌?」

「このお地蔵様にお願いしてみようよ。

 もしかしたら御利益があるかも」

「困った時の神頼みか、

 やらないよりはましかもね」

そう話し合うと2人はその地蔵の前にしゃがんでお願い事を始めた。

「どうか歌が上手くなって合唱コンクールで優勝できますように。

 もしも歌が上手くなれるのならカナリヤになってもかまいません」

そう願った2人は立ち上がると、

「コレで大丈夫だよね」

「だね」

と頷き合い再び帰路についた。

「そういえば、なんでカナリヤなの?」

「何かに例えた方が

 お地蔵様がわかりやすいかなって思って」

「あっそう。

 (また子供っぽい。つられて私も言っちゃったよ。)」



数日後。

「最近大口と音無、歌が上手くなってきたな」

「ああ、もしかしたら全校合唱コンクールで優勝できるかもな」

地蔵の御利益かどうかは判らないが

あの日以降2人は歌がどんどん上手くなっていった。
 
その後、このクラスは全校合唱コンクールで優勝することができた。

そして、その次の日異変は起きた。

「……雅楽川(まさらがわ)!」

「はい!」

「よし、30人全員そろっているな」

「轟先生!

 ちょっと待って!」

唄子はとっさに叫んだ。

「全部で31人のはずじゃないですか!

 一人少ないですよ!
 
 静歌はどうしたんですか!?」

「何寝惚けてるんだ?

 笛吹(うすい)静香はいるじゃないか」

「笛吹(うすい)静香じゃなくて音無静香ですよ!」

「鳴無(おとなし)志津香だったら

 去年転校しただろ。
 
 何言ってるんだ?」

何故この学校にはよく似た名前の生徒が多いんだ?

「もう一人漢字の違う子がいたでしょ!」

「いるわけないだろ」

「そんな……」



そして放課後、

納得がいかない唄子は大急ぎで帰ると

すぐに隣の音無家を訪ねた。

「あら、唄子ちゃん。

 どうしたの?」

「静歌ちゃん、

 今日学校に来てなかったけど、

 どうしたんですか?」

「何言ってるの。

 うちには息子が2人いるだけじゃない。
 
 あ、それとも奏太や響太と遊んでくれるの?」

「そんな……。

 もう、いいです」

ショックを受けた唄子は音無家を離れた。

その際に表札が見えたがそこには静歌の名前は無かった。
 


唄子は通学路を歩いていた。

あの地蔵に願えば静歌に会えるかも知れないと考えたからだ。

その時唄子は木の枝の上でさえずっている小鳥を見つけた。

「あれ、カナリヤだ……」

どこかから逃げ出したのか、

カナリヤが1羽、

木の枝の上にとまっていた。

「そういえば静歌、

 お地蔵様にカナリヤになってもいいって願ってけど。

 まさか、本当にカナリヤになっちゃったのかな」

そこまで思い出したとき唄子はあることに気がついた。

「まてよ、私も同じ願い事を言ったんだから、

 もしも静歌がカナリヤになったとしたら、
 
 私もカナリヤになっちゃうはずだよね。
 
 やっぱり違うのかな」

しかし、それに気づくと同時に唄子の体にも変化が訪れ始めた。
 


「……雅楽川!」

「はい!!」

「よし、29人全員そろっているな」


 
貴方が道を歩いている時、

見慣れないお地蔵様が立っているのをみつけたら願い事をしてみましょう。

その地蔵は貴方の願いを叶えてくれる「願掛け地蔵」かも知れません。

しかし、願いを言う時、

例えそれが比喩だとしても余計なことは言わないでください。

何故ならそのお地蔵様はその例えですら

叶えてしまうかもしれないのですから。



おわり



この作品は匿名希望さんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。