風祭文庫・獣変身の館






「獣化病」
(第4話:優香の変身(後編))



作・風祭玲


Vol.0771





『こっこれがあたし?』

あたしの目の前に置かれた一枚の鏡。

その鏡に映し出された馬と言うより、

小型のポニーを思わせる生き物の姿にあたしは言葉を失うと、

「いかがですか?

 ご自分の姿をご覧になった感想は…」

と男性は話しかけてくる。

『そんなぁ、

 あたしを、

 あたしを元の姿に、

 元の女の子に戻してください』

「ぶひひっ

 ぶひひっ

 ぶひひっぶひっ

 ぶひひひひひひひん!」

男性に向かってあたしは泣き叫びながら訴えるが、

しかし、あたしの口から出てきた声は馬の啼き声にしか過ぎず、

「ぶひひひっ

 ぶひひひっ」

部屋の中に幾度も馬の啼き声が響き渡るだけだった。

しかし、必死のあたしの訴えにも関わらず、

男性は静に首を左右に振ると、

「残念ながら、それは叶いません。

 獣化病のウィスルによって優香さん。

 あなたは遺伝子的にも”馬”になってしまったのです。

 そして、それはいまの科学力ではどうすることも出来ないのです」

と告げたのでした。

『そんなぁ!!!!』

まさに死刑宣告であった。

坂田優香と言う新体操に燃えていた女の子はこの世から去り、

代わりに優香の心を持つ馬がここに立っている。

その事実を見せ付けられたあたしは

気が狂ったかのように泣きだしたが、

でも、いくら泣いても、

周囲に響く音はあくまでも馬の啼き声にしか過ぎなかった。



あたしの発病経過は医者も驚くほど早く、

通常は完全に変身するまで1週間近く掛かる所を、

わずか3日で変身を終えてしまった。

特に発病からの経過が早かったために、

会場に詰め掛けていた大勢の観衆の目の前で

手足から蹄を生やし、

体毛を噴き上げ、

そして、レオタードを引き裂きながら、

馬の啼き声を高々と上げてしまったことを知らされると、

顔から火が出るほど恥ずかしくなるのと同時に、

あの時応援に来ていた家族のことを思うと、

あたしの心は張り裂けそうになった。



『みんなどうしているかなぁ…』

変身の終了とウィルスの消失が確認されたあたしは病院を退院し、

併設されているリハビリ施設へと居場所を替えていた。

リハビリ施設といっても、

要は人間から動物に変身した人を、

それぞれの特性に合ったライフスタイルを送れるように訓練する施設で、

あたしは馬として生きるための訓練をここで受けることなっていた。



朝、

ゴトッ

草いっぱいに入った桶があたしの前に出される。

これがあたしの朝食。

手を使わずにあたしはその中に顔を突っ込むと、

シャリシャリ

シャリシャリ

と味を感じない食事を摂りはじめる。

『ご飯を食べたい…』

草を食みながらそう願うのの、

しかし、顎が長く伸び、

その先端に歯が並ぶ馬の口となってしまったあたしは

人間の食事を摂ることは出来なくなっていて、

また、胃も草しか受け付けなくなっていた。

シャリシャリ

シャリシャリ

草を食む傍らで敏感に耳が動かし、

入ってくる音で周囲の状況を把握する。

これは訓練で一番先に教えられることだ。

その一方で変身は終わったものの、

馬としての体の成長は続いていて、

あたしの身体はここに来た頃より一回り大きくなり、

体重も増えていた。



食事が終わると運動場で4つ脚での走りの特訓が始まる。

カン!

厚くなった4つの蹄に蹄鉄が打ち込まれると、

カツンッ

カツンッ

その感触を確かめつつ、

口に嵌められた手綱を引かれ土の道を歩き始める。

カポ

カポ

カポ

カポ

4拍子のリズムを刻んで、

あたしは歩いていくけど、

しかし、前足で土を蹴るのがうまく出来ず、

ついつい、後ろ足で立とうとしてしまうが、

グィッ!

その度に口につけられている手綱が引かれ、

あたしは前足を地面に降ろした。

手が使えない四つ脚の生活。

とにかく不便で、

そして、とても情けなかった。

こんな生活をこれからずっと続けていかないとならないのかと思うと、

ジワッ

あたしはつい涙を流してしまう。



そんなある日、

運動場の片隅に見慣れた人影があることに気づいた。

父さんと母さんである。

『!!っ』

それを見たあたしは思わず逃げ出そうとするが、

スグに手綱を惹かれてしまうと、

抵抗することが出来ずにあたしは両親の前に連れて行かれた。

「ぶるるる…」

両親を前にしてあたしはワザと鼻を鳴らし、

脚を盛んに蹴りながら馬らしく振舞うが、

でも、

母さんはあたしの頬に手を触れて、

「ごめんね…」

と言ってくれたとき、

『!!っ』

あたしは心の中で大きく泣き叫んでいた。

それに呼応するように、

「ひひんっ

 ひひんっ」

あたしの口から馬の啼き声が響くが、

それは声を上げて人間らしく泣く事は出来ない証でもあった。

判ってはいた。

理解しているつもりだった。

でも、本当にそれが出来ないことが判ったとき、

あたしは本当に自分が馬になってしまったことを

実感させられたのであった。

あたしは…もぅ馬なんだ…


ふと、両親から少し離れたところにで、

じっとあたしを見ている少年がいる事に気付いた。

信二だ。

相変わらずしゃれっ気の無いシャツにズボン姿の信二の方をあたしは向くと、

「ほらっ、

 そんなところに居ないで、

 お姉ちゃんに挨拶をしなさい」

と母さんが諭す。

しかし、

「違うっ、

 それはお姉ちゃんなんかじゃないっ

 お姉ちゃんはまだ入院しているんだ!」

信二はそう叫ぶと、

ダッ!

運動場から走り去って行ってしまった。

「あっ待ちなさいっ」

走っていく信二を母さんが追いかけていくと、

ポンッ

父さんがあたしの首筋を叩き、

「信二のことは気にするなっ」

と囁き、

「また明日来る」

そういい残して父さんは立ち去って行った。



トレーニングセンターには様々な動物達であふれかえり、

ちょっとした動物園。という感じだった。

だが、それぞれの動物は元は人間であり、

そして、全員女性であった。

その為か、訓練が終わった後は、

センターの中はさながら女子寮を思わせる喧騒に包まれる。

とは言っても、

音として飛び交う声は動物の啼き声ばかりで、

会話は別のチャンネルで行われているのだが…

そのような環境の中、

あたしは色々な話を聞かされる。



発病して動物に変身したとたん、家族の面会が途切れた人。

動物として生きてい事に悩み、うつ病になってしまった人。

逆に彼氏に動物として振舞うことを強制された人など、

動物になってしまっただけでも大変なのに、

それ以上に周囲からのプレッシャーを感じている人が多いのも事実。

その中でも一番多いのが、

一度は会いに来てはくれたけど、

そのままになってしまった。というケース。

恐らく動物になってしまった恋人や娘さんの姿を見た途端、

会いたいという気持ちが消えてしまうのだろう…

と彼女達はことなげに言う。

でも、あたしの両親はそのようなことはなく、

次の日も、

また次の日もこの訓練所に顔を出し、

あたしの訓練の様子を見てくれていた。

でも、信二だけは、

決してあたしの傍に近寄ろうとはしなかった。

父さんから聞いた話では、

あたしの変身を目の当たりにして、

相当ショックを受けてしまったらしい。

無理も無い。

もし、逆の立場だったら…

あたしも恐らくそうすると思う。



訓練の日々を過ごすうちに、

あたしは次第に馬として普通に振舞うことが出来るようになっていた。

四つ脚で走り回ることも、

山盛りの草を食むことも、

そして、人目を気にせずに糞をしてしまうことも…

そんな時、

両親はあたしにあることを告げに来た。

それは、

あたしを牧場に引き取ってもらうことだった。

あたしの家はマンションの2階。

馬どころか、

犬猫すら飼うことが出来ないところである。

そんなところで馬となったあたしを置くわけには行かず、

あちこちかけあった末、

牧場に乗馬馬として引き取られる事になったそうである。

馬として生きることになった…

つい先日までレオタードを着て新体操を舞っていたあたしが馬に…

こうなることは前々から想像していたものの、

でも、実際に告げられた時、

あたしの目は真っ暗になった。

「大丈夫よ、

 人の言葉が理解できる馬を探していたそうだし、

 厩舎も綺麗なところだったわ」

そんなあたしを安心させようとするのか、

母さんは詳しく説明をしてくれるけど、

でも、知り合いに顔をあわせることが出来なくなってしまったあたしには、

それ以外の選択肢が無いのは事実であった。

でも、気がかりなのは…弟の信二のことだった。

相変わらず信二はあたしの傍に寄ろうとはしない。

このまま、あたしが牧場に行ってしまったら、

二度と信二とは会い無いような気がする。

友達を失い。

家にも戻れないあたしはこれ以上何かを失いたくは無かった。

そして、そんなあたしの意を汲んでか、

両親は信二にあたしの面倒を見るように指示をしたのであった。

けど、

散歩もブラッシングも信二は全て拒否し

あたしには相変わらず手を触れてくれなかった。

こうして時間が過ぎていく中、

あたしの牧場行きの日が迫ってくる。

そんなある日、

あたしは弟と些細なケンカしてしまうと、

「お前なんかさっさと牧場へ行ってしまえ!」

あたしに向かって信二は声を上げ、

ダッ

飛び出していってしまった。

『あっ!

 待って』

あたしはつい馬であることを忘れて、

追いかけていくが、

信二は意外とすばしっこく

瞬く間に姿を見失ってしまった。

『困ったわ…』

途方にくれながらも、

以前収容された隔離病棟の方へと歩いていくと、

ひょっとしたら、

と思いつつ信二の姿を探す。

そして、そのときになって、

馬は人間以上に視野の広い視野を持っていることにあたしは驚いた。

前のみならずも後ろまでも見える。

けど、正面の視界が見え辛く、

また立体的に把握することが

しにくくなっていることに戸惑ってしまうけど、

でも、何かを探すときにはとても便利…

あたしは馬としての視野を使って探していると、

『!!』

準隔離病棟の1階のトイレに信二が入るのを見つけた。

『あそこか…

 なんだ、トイレに行きたかったのか』

そう思いながらあたしはトイレの近くで待つが、

なかなか出てこない信二に痺れを切らしてしまうと、

「ヒヒヒーン…」

つい一声かけてしまった。

すると、信二はトイレから飛び出し、

以外にもあたしのところに一直線に向かってくると、、

「ねっ姉ちゃん、

 いっ行こう…」

と恥ずかしげに話しかけてきた。

『どうしたの?

 あたしのこと嫌いじゃないの?』

そんな信二にあたしは話しかけると、

「んっ」

信二は恐る恐るあたしの身体に触れ、

トンッ

と前に押す。

『はいはい』

その仕草にあたしは尾を大きく振ると、

カポン

カポン

とワザと蹄を鳴らし歩き始めた。

その時から信二は人が変わったかのように、

あたしの面倒を見るようになった。

あのトイレでなにがあったのか聞きたかったが、

でも、なかなか聞けずに居ると、

リハビリセンターに一匹のヘビが入所してきた。

アニメニシキヘビというヘビだそうで、

元看護士だと聞かされた。

『あらら、

 看護士の方でも病気に罹っちゃったんだ』

表情もなく這っていくヘビの姿を見たあたしは同情はするが、

元々ヘビの類が苦手だったためか思わず怖がってしまう。

ところが、

『こんにちわ…』

意外にもニシキヘビの方から声をかけてきた。

元が人間なんだから当たり前だけど、

でも、ニシキヘビから話しかけられてきたとき、

あたしは少し驚いてしまった。

改めて聞いてみると彼女の名前は安恵さんと言って、

年下の恋人とのデート中に発病したとのこと、

『うわぁぁ…』

恋人の目の前というあたしと負けず劣らずのタイミングの悪さに、

あたしは思わず同情してしまうが、

彼女が話す声は暗かった。

『何かあったのですか

 あたしでよかったら相談に乗るけど』

聞こうか聞くまいか悩んだ末

意を決したあたしは話しかけると、

『実は…』

安恵さんは恋人の篤志さんに

自分の姿を包み隠さずに見てもらおうと、

あえて自分が脱皮するところ見せたところ、

ショックからか、

彼が嘔吐してしまい、

看護師によって連れ出されてしまったことを話してくれた。

『そうですか…』

『あたし…

 どうしたらいいのか判らなくなって…

 こんな身体になって、

 篤志に捨てられて、

 これからどうやって生きて行ったらいいのか…』

トグロを巻きながら安恵さんはすすり泣いてしまうと、

『でも、

 ひょっとしたら篤志さんも後悔しているのでは?

 恋人同士だったんでしょう』

そんな安恵さんに尋ねる。

しかし、

『あたし、

 このままヘビになりきった方がいいんでしょうね。

 ヘビの女なんか、

 どこか深い森で朽ち果てたほうがいいのでしょうね』

と言うだけだった。

『あらら…

 完全に落ち込んじゃっているわ』

これ以上話すのも苦痛だろうと思い

あたしは安恵さんから離れていった。

それから、安恵さんは野生に生きるヘビとして、

獲物の仕留め方などの訓練をするようになったけど、

でも、その姿はどこかぎこちないものだった。

『悩んでいるのかなぁ』

信二にブラッシングをかけてもらいながら

あたしはそう思っていると、

「聞こえているよ、

 お姉ちゃん。

 あまり心の中で大声をあげていると、

 周りに筒抜けだよ」

と信二はさりげなく注意をする。

『え?

 そう?』

その声にあたしはバツ悪く返事をすると、

「誰か悩んでいる人がいるの?」

と信二は聞いてきた。

『うんまぁね、

 ヘビになった人が彼氏に見捨てられた。

 って泣いててね…』

あたしはそう安江さんのことを言うと、

「ふぅぅん、

 あれ?

 その彼氏って篤志お兄ちゃんのことかな?」

と信二はその篤志さんに心あたりがあることを呟いた。

『なによっ、

 安恵さんの彼氏と知り合いなの?』

信二の言葉にあたしは聞き返すと、

「うん、トイレでね。

 僕と色々話したんだよ、

 だけど、篤志お兄ちゃん、

 安恵さんだっけ?

 彼女のことを

 ”どんな姿になっても、

  温かく迎えてあげること”

 って言っていたんだけどなぁ…

 それで、僕もちょっと反省したんだけど、

 何かあったのかな?」

と事情を話してくれた。

『ふぅぅん、

 お互いに理解するために脱皮する姿をあえて見せた。

 って言っていたし、

 要するにちょっとした”気持ちの掛け違い”なんじゃないかな』

それを聞いたあたしは信二から篤志さんの特徴を聞くと、

安恵さんに篤志さんのことを話してみた。

『え?

 篤志がそんなことを言っていたのですか?』

『えぇ、そうよ、

 あなたと会う前にあたしの弟に会っていてね。

 ちょっとした気持ちの掛け違いだと思うよ』

とあたしは言うと、

『でも…あたし…

 もぅいいです。

 これ以上構わないでください。

 さっき、親から縁を切られたことを知らされました。

 どうせあたしなんて…

 もぅ、いいですっ

 これ以上お節介はしないでください』

と言うと安恵さんは

ぎゅっ、

っとトグロを巻いて縮こまってしまった。

『あらら、 

 なんか悪いほうに悪いほうに向かっているわね、

 やっぱり、

 ちゃんと篤志さんに話をしないとダメだわ。

 じゃないと、安恵さんがダメになってしまう』

このリハビリセンターの近くで

最近篤志さんに似た人を目撃したあたしは意を決すると、

カポン

カポン

蹄を鳴らしながら歩き出していた。

そして、

『あっいたいた…』

建物の脇で頭を抱えている篤志さんを見つけると、

そっと近づき、

ブルルルルッ

鼻を鳴らしてみせる。

「え?」

その音に篤志さんは顔を上げてあたしを見るなり、

「うわっ!」

声を上げて驚くと、

『くすっ、

 とっても驚きやすいんですね』

とあたしは思わず笑ってしまった。

「え?

 え?」

あたしの声に篤志さんはキョトンとしていると、

『この間は弟がご迷惑をおかけしました』

とあたしは先日の礼を言う。

「弟?

 あぁ、あの時の…」

最初はわからないみたいだったけど、

でも、スグに思い出したような表情を篤志さんはすると、

『はじめまして…

 まだお名前を聞いていませんでしたね』

あたしはあえて名前を尋ねた。

「え?

 あぁ、俺ですか?

 木村篤志って言って大学生です」

と篤志さんは答え、

『私は坂田優香。

 白薔薇学園高等部2年でしたが、

 でも、もぅこの身体では学校に戻ることは出来ないでしょう』

あたしもまた自己紹介をした。

「そうですか…

 僕に何か…」

一呼吸おいて篤志さんが用件を尋ねると、

”おやおや”と思いながら、

『いえ、

 弟の話し相手になっていただいたお礼を…

 と思いまして…

 実は弟はあたしが馬になってしまったことを

 非常に嫌がっていたんです。

 あたし、実は人間だった頃、

 新体操をしていたんです。

 で、発病したときはその大会の真っ最中。

 これって最悪でしょう?

 しかも、病気が進行が非常に早くて、

 大勢の人が見ている前で馬の姿になりかかってしまって…
 
 そんなあたしの姿を目の当たりにしたんでしょう。

 あたしのことを”お姉ちゃんじゃない。”って泣いてしまって』

とあたしは自分の変身と話し始めた。

「そうですか…」

あたしの言葉に篤志さんはそう呟き、

そして、思いつめたように下を見ると、

『ただ、変身が終わっても大変でした。
 
 あたしの自宅はでは馬となったあたしを置いておけるような場所は無く、

 また、みんなの目の前で変身を始めてしまった手前、

 どこか遠くに行かされることになったのです。

 それで、両親がいろいろ掛け合って、

 牧場で乗馬の馬としてお世話になることになり、

 それで、ここで人を乗せて歩く訓練を受けていたのです。

 ただ、心残りは弟のこと…

 あたしはなんとか弟と仲直りが出来ないか、

 いろいろしてみたのですが、

 弟は馬となってしまったあたしを許せないらしく、

 心を開いてくれませんでした。

 そんな時、あなたに出会ったのです。

 あなたはヘビになってしまった恋人のことを大切に思っていること、

 そして、彼女といつまでも一緒に居ることを弟に話してくれたのです』

とあたしは安恵さんのことを思い浮かべながら告げた。

「そうか…

 じゃぁ、あのとき…」

あたしの言葉に篤志さんは何かを感じ取りながら顔を上げると、

『あなたに会ってから弟は変わりました。

 馬になってしまったあたしを毛嫌いしなくなり、

 そして、うふっ

 あたしの世話もしてくれるようになったのです。

 これも、すべてあなたのお陰です』

とあたしは篤志さんへの感謝を口にして、

2度3度、頭を下げてみせる。

「そんな…

 俺はただ…」

頭をかきながら篤志さんは恥ずかしそうにそう言い、

「ただ、

 俺の本音を言っただけですよ」

と続けたとき。

ハッ!

と何かに気付いたような表情をしてみせると、

「何をやっているんだよ、俺は…

 あれじゃぁ、

 安恵は傷つくだけだ」

と呟いた後、

「ありがとう、

 君に言われて大事なことを忘れていたよ」

あたしに向かって礼を言うと、

『どういたしまして、

 安恵さんはあなたを待て居ますよ』

とあたしは告げて、

カポン

カポン

蹄を鳴らしながら去って行った。

すると、

「え?
 
 ちょっと待って、

 君は安恵のことを…」

篤志さんはあたしを呼び止めようとするが、

あえて

「ひひんっ!」

あたしはひと啼きすると尻尾を振ってみせる。

出来ることはやってみた。

あとは彼が安恵さんの閉じた心を開かせるだけね。



その後、安恵さんと篤志さんはいろいろあったらしいけど

お互いに気持ちを通じ合わせることが出来て、

二人仲良く東南アジアのほうへと旅立って行った。と聞かされた。

一方であたしもまた父さん、母さん、そして信二に見送られ、

これから暮らしていくことになる牧場へと向かったのだが…

『あら、遅かったのね。

 もぉーっ

 待ちくたびれたわよ』

牧場に到着した早々、

一頭のウシがあたしに話しかけてきたのだ

『え?

 その声は…』

そう聞き覚えのある声は…

紛れもないキャプテンの声だった。

『きっキャプテン?』

予想もしない再会にあたしは驚くが、

『いやぁ…

 まさかバストアップを謳ったヨーグルトに

 獣化ウィスルが混ざっていたとはねぇ』

とキャプテンの声が響き、

ウシが微かに笑って見せた。

『よっヨーグルト?

 それって…』

その言葉を聞いた途端、

「坂田さん。

 新体操はスタミナが基本よ、

 このヨーグルト分けてあげるわ」

とあたしの脳裏にあるシーンが再生され、

『きっキャプテン。

 これって、キャプテンが…』

思い出したあたしはウシを睨みつけるものの、

「んもぉぉぉぉ〜っ」

ウシはとぼけたようにひと啼きすると、

大きな乳房を揺らしながら去って行く。

そんなウシを

『ちょっと待ってくださいっ

 キャプテン!!』

あたしの叫びながら追いかけようとするが、

スグに蹄が転がっている石に引っかかってしまうと、

『おほほほ…

 まだ悪路には慣れていないでしょう?

 慣れてからいらっしゃい』

とキャプテンの声が響いた。

『ちょっと、キャプテンっ

 話を、

 あたしが馬になったのはキャプテンのせいなんですかぁ?』

「ブヒヒヒヒヒヒヒン!!!」

あたしの声とともに馬の啼き声が

いつまでも響き渡っていたのであった。



おわり