ポーン! 流れる音楽の中、 照明が輝く鉄骨むき出しの天井めがけて、 二本の棍棒が回転をしながら高々と舞い上がると、 タンタタタンタンっ リズムを刻みながらあたしは舞い、 そして、その落下地点で手を伸ばした途端。 トッ ジャストタイミングで両手に棍棒が落ちてくる、 そして、それと見事にキャッチしてみせると 「わぁぁぁぁ」 「すごぉぉぃ」 歓声と共に拍手が巻き起こった。 「よしっ」 確かな手ごたえを感じながらあたしが次の演技へ行こうとしたとき、 「こらぁ、1年っ 練習をサボるんじゃないの」 新体操部キャプテン・三島摩耶先輩の怒鳴り声が響き渡る。 「アッ!」 その声にあたしは思わず手にしていた棍棒を落としてしまうと、 フッ 流れていた音楽が止み、 「坂田さんっ、 あなたも派手な技ばかり見せてないで、 演技と演技の間の繋ぎ方とか、 そういう方面は大丈夫なんですか? 明日は大会なんですよっ」 ブルン! 大きく膨らんだバストを見せ付けるように胸を張り キャプテンはあたしに注意してきた。 「はーぃ」 その注意にあたしは間延びをした返事をすると、 演技を続けるのを止め、 手の中で棍棒を回しながら汗拭き用のタオルを手に取る。 すると、 レオタード姿の1年部員があたしの傍に寄り、 「先輩っ、 キャプテンの言葉はあまり気にしないで下さい」 「そうですよ、 明日の大会、頑張ってくださいね」 と励ましに来る。 「うん、ありがとう 頑張るからね」 汗を拭きながらあたしは励ましの礼を言うと、 「オホンッ!」 キャプテンの咳払いの声が響いた。 「でっでは…」 その声に1年生たちは足早に去っていくと、 「やれやれ…」 あたしは自分を睨みつけているキャプテンを見るが、 「あれ? キャプテンって… あんなに胸、 大きかったっけ?」 とユッサリと揺れるその胸の大きさに気づいた。 あたしの名前は坂田優香、白薔薇学園高校の2年生。 新体操に青春をかける新体操馬鹿… とはあまり言いたくは無いけど。 でも、新体操に打ち込んでいる新体操少女。 「優香、明日の試合、 お父さん達も見に行っていいかな?」 「え?」 半ば合宿のような環境で練習をしているあたしにとっては 久方ぶりの家族との夕食。 そのとき父さんから出た言葉にあたしはギョッとすると、 「来るの?」 と念を押した。 「あぁ… この間休出した代休を明日取れることになったから、 久々に優香の晴れ姿を見てみようと思ってな」 目を輝かせながら父さんはそう言うと、 「あら、じゃぁあたしも見に行こうかしら」 と今度は母さんが言い出した。 「やめてよっ」 二人の会話にあたしは思わずそう言い出してしまうと、 「なにか、まずい事でもあるのか?」 と両親はあたしに問う。 「え? いやっ そんなことは無いけど… でも、恥ずかしいよぉ」 訳を聞かれたあたしはそう呟くと、 「お姉ちゃんの下手糞な演技、 見られたくもないもんなぁ」 と隣に座る弟の信二が口を挟んだ。 「なっ」 小学校4年になり、 口数がすっかり増えた信二の言葉にあたしはカチンと来ると、 「変なことを言わないでよっ!」 の言葉と共に、 ゴツンッ! 信二の頭を拳で殴るが、 その途端、 「何するんだよっ このデブ姉ぇ!」 頭を押さえながら信二が怒鳴ると、 「なんだってぇ、 もう一発喰らいたいかぁ?」 拳を突き上げあたしは言った時、 ミシッ! 「え?」 突き上げた拳の感覚がいつもと違う事に気付いた。 「なにかな?」 指を開いたり閉じたりしながらあたしは手を見ていると、 「どうした?」 それに気づいた父さんが尋ねてきた。 「え? いやっ なんでもないっ」 手を下に降ろしあたしはそう返事をすると、 「突き指でもしたんじゃないの? それが今頃になって気付くだなんて… 本当にドジなんだから」 と信二は減らず口を叩く。 チャポン… 「なんか指が変なのよねぇ…」 浴槽の中であたしは身体を温めながら、 違和感のある右手の指、 特に中指を盛んに動かしながら呟くと、 「突き指したわけでもないのに…」 と妙に膨らんだ感じのする指を見つめる。 そして、風呂から上がり、 脱衣所で身体を拭いていると、 「あれ? なにこれ?」 お臍の下から股間に向けてなぜか白い毛が生えていて、 あそこの毛までも白く染まり始めていた。 「やだぁ、 なにこれぇ!」 お湯を含みキラキラと輝く白毛にあたしは声をあげると、 「もぅ!」 再び浴室に飛び込み、 そして、エチケット用のレディスシェーバーで白毛を剃り落し始める。 「何かしら… 変なの?」 指の感触の変化、 突然生えた奇妙な白毛にあたしの心の奥に不安が広がっていくが、 でも、 明日に迫った新体操の大会は待ってはくれなかった。 パンパン! あたしは両頬を手で叩くと、 「しっかりしろっ 優香っ いまは明日の大会を考えるのみ!」 と自分を叱りつけた。 翌朝。 制服に着替え支度を終えたあたしは 新体操部のみんなと待ち合わせ場所になっている体育館に向かうと、 ザワザワ ザワザワ 大会会場になっている体育館は妙にざわめき、 不安そう表情の少女達がそこかしこで話をしている様子が目に入った。 「何があったのかな?」 一見して新体操をしていると判るジャージ姿の少女達を横目に あたしは歩いていくと、 「優香ぁ」 とあたしの名前を呼ぶ声が響いた。 「あっ、 智ちゃんっ」 同じ新体操部員で親友の楠田智子 智ちゃんの姿を見たあたしは、 手を振りながら向かっていくと、 パンパン パンパン 智ちゃんはあたしと出会うなり、 いきなりあたしの身体を叩き始めた。 「なっなにかな?」 思いがけない智ちゃんのその行動にあたしは戸惑うと、 「よしっ、 優香は人間だね」 と額の汗をぬぐいながら智ちゃんは安心したような台詞を言う。 「なっなんなの?」 そんな智ちゃんに理由を尋ねると、 「落ち着いて聞いて、優香。 実はね。 キャプテンがウシになってしまったのよ」 と真顔で告げた。 「はぁ? キャプテンって、 三島先輩? ウシって? モーって啼く、 あのウシ?」 困惑しながらあたしは尋ねると、 コクリ… 智ちゃんは大きく頷き、 「獣化病って知っているでしょう? 女の子が突然人間やめちゃう病気。 キャプテン、その病気に罹っていたみたいなの。 発病したのは自宅なので、 あたしたちは隔離されないんだけど、 でも、上の人たちがあたしたちを出場させるかどうか、 話し合っているんだって」 と真剣な表情で事情を告げる。 「そんなぁ…」 それを聞いたあたしは泣き顔になると、 あたしと智ちゃんで抱き合い泣き始めた。 だが、 「はーぃ、 白薔薇新体操部集合!」 新体操部顧問の大滝が体育館から飛び出して来るなり、 あたしたちを呼につけると、 周辺に散っていた白薔薇学園高校・新体操部員は皆集まり、 大滝の周りを取り囲んだ。 そして、 「みんな、 良く聞いて、 三島キャプテンのことは本当に残念ですが、 さっき私達と役員の人たちとで話し合った末、 我が白薔薇学園高校新体操部の大会への出場は許可されました」 とあたしたちの出場が可能になったことを言う、 その途端、 「きゃぁぁ!」 「やったぁ!」 「良かったぁ」 あたしたちの間から喚起の声が沸き起こり、 あたしと智ちゃんもまた手を握り合って喜ぶが、 ミシッ! 丁度そのとき、 今度は左手の指に違和感を感じ始めたのであった。 「え?」 左右の指で感じ始めた違和感にあたしは自分の手を見ていると、 「どうしたの?」 と智ちゃんが尋ねる。 「え? ううん、 大丈夫…」 その声に慌てて手を隠したあたしは、 頭を左右に振ってあたしは取り繕うと、 「さっさと着替えよう ウォーミングアップもしたいし」 と智ちゃんは言い、 あたしの手を引いて体育館へ入って行った。 カシャッ バタンッ 更衣室であたしは白地に赤い薔薇の花をあしらっている 試合用のレオタードに着替えると、 「あれ? 優香、 なにこれ?」 と智ちゃんはあたしの首筋で何かを見つけたのかそこを触った。 その途端、 サララ… 毛が動く感触が首に走ると、 「やだぁ! くすぐたいよぉ」 あたしは身をすくめてしまった。 すると、 「ねぇ、 こんな所に毛が生えているよ 優香ぁ?」 智ちゃんはそう言いながら再度首筋を撫でる。 すると、 ゾワァァァァ… 言いようも無い触感があたしの背中をつき抜け、 「やっやめて、 くすぐったいから」 と身を縮めながらあたしは逃れた。 だけど、 「優香… まさか…」 と思い当たる節があるのか、 智ちゃんはあたしを指差し、 そして、何かを言おうとしたとき、 「なにグズグズやっているのっ 開会式が始まるよ」 大滝が更衣室に飛び込んでくると、 あたしたちの尻を叩いた。 「はーぃ」 その声にあたし達はレオタードの上にクラブのジャージを着込み そして、会場へと向かって行く。 来賓の祝辞やら、 主催者からの注意点などが長々と続く開会式 だが、 ハッ ハッ ハッ なぜかあたしは次第に息苦しさを感じるようになり、 顔も赤らんできているようで、 肌が火照っているのが判る。 「もぅ…なにかしら… 照明のせいかな?」 胸をトントンと叩きながらあたしは客席を見上げると、 客席の中にあたしに向かって手を振る父さんと母さん、 そして、そっぽを向く信二の姿があった。 「あらら、 やっぱり来てくれたんだ」 父さん達の姿を見たあたしは恥ずかしさからか 思わず視線を外したとき、 ミシミシミシ… 小さな音ともに、 あたしの肩が下がる感覚がした。 「ん? なんかさっきから変なのよね、 指もさらに腫れて来る感じもするし」 続発する体の違和感にあたしは肩を回し、 そして、 ギュッ! と気合を入れるように手を握り締める。 そして、退屈な開会式が終わり、 早速、演舞の開始である。 一番手の選手が演舞場の中で華麗な演技をして見せる中、 「ようしっ」 あたしは闘志を燃やし、 入念なストレッチを始めだした。 だが、 「あれ?」 体の柔軟さが何時もと少し違うことに気がつくと、 「関節の位置が… 変わったのかな?」 とあたしは自分の肩や腰を捻ってみせる。 すると、 トタタタ… 智ちゃんが近寄ってくるなり、 「ねぇ、優香ぁ、 気になるんだけどさ」 と話しかけてきた。 「なによっ」 そんな智ちゃんにあたしは聞き返すと、 「優香、ひょっとして…」 と言った所で 「坂田ぁ!」 大滝があたしの名前を呼んだ。 「あっごめんっ ちょっと行って来るね」 智ちゃんに向かってあたしはそういうと、 「はーぃ」 その返事とともに大滝の元へと駆けていき、 そして、色々と注意を受けていると、 早速、あたしの出番が回ってきた。 「あっ」 「ごめんっ 話は後でね」 何かを言いたそうな智ちゃんにあたしはそう言うと、 ジャージを脱ぎ、 レオタード姿になって演舞場へと向かっていく、 そして、手具の棍棒を掲げながら、 演奏が始まるのを待つこと数秒後、 あたしは光の中で舞い踊り始めた。 だが、 ミシミシミシ メリメリメリ この時を待っていたかのように、 あたしの体中から不気味な音が響き始めると ドッ! ウグッ! 急な息苦しさがあたしを襲う。 そして、それが原因で足を止めてしまうと、 「あっ」 グラッ! たちどころにあたしはバランスを崩してしまい、 カランッ! 手にしていた棍棒が手を離れてしまうと、 乾いた音を立てながら転がっていく。 「あっ しまったっ」 これまでしたことが無かったミスに、 あたしは慌ててクラブを取りに行こうとするが、 ゴリンッ! 踏み込んでいた右足に奇妙な感覚が走ると、 ハーフシューズが外れ、 カツン! カツン! 不気味な音が足元から鳴り響いた。 「なに?」 その音にあたしは足元を見ると、 カツンッ あたしの右足の中指が恐ろしいくらいに肥大化し そして、その先から茶色く大きな爪が伸びると、 それが床に当たって音を立てていたのであった。 「なにこれぇ!」 あたしは目を丸くしながら足を押さえようとするが、 ゴリッ ゴリッ! 今度は両手の中指が見る間に太くなっていて、 脚と同じように茶色の爪が生え始めた。 「いやぁぁぁ!」 指を押さえながらあたしの悲鳴があがり、 その悲鳴とともに、 ジワジワジワ… あたしの首筋から一気に毛が伸び始めた。 さらに毛は股間からも伸び始めると、 あたしの手足を覆い尽くして行く、 「きゃぁぁぁぁ!」 あたしを見ていたのか女の子の悲鳴が上がると、 ザワッ 周囲が一斉にざわめき始めた。 「いやっ いひっ ひひっ ひひん ひひん… ぶひひん…」 ピンッ 耳が立ち、 顎が長く伸びていく感覚を感じながら、 あたしは悲鳴を上げようとするが、 「ぶひひんっ ひひん」 あたしの口から出るのは馬のような啼き声であり、 そして、 「ぶひひひひひんんんん!」 みんなの見ている前で、 あたしは馬の鳴き声を上げながら倒れてしまったのであった。 どれくらい寝ていただろうか、 『うっ』 あたしは目を覚ますと、 グィン! いま寝ている部屋の様子が一気に視界の中に広がった。 『え? なっなに?』 身体の様子から横に寝ているはずなのに、 部屋の天井からその四隅まで見えることにあたしは驚くと、 「目が覚めましたか?」 の声とともに ズイッ 一見して医者とわかる白衣姿の男性が端から寄ってくると あたしの横に立った。 『誰?』 男性に向かってあたしはそう尋ねようとするが、 「ひひひひ…」 あたしが開けた口から出たのは、 獣を思わせる声。 『!!っ』 その声にあたしは口をつぐむと、 バタバタ と慌てて手足を動かしてみる。 だが、 あたしの手はまるで何かに固められたかのように、 その自由度をなくしていて、 動きの範囲も上下にしか動かなくなり、 また、脚も同じように自由度を失っていた。 『やだぁ、 どうしたの? あたし、 立てないよぉ』 さらに手足をばたつかせながら、 あたしは混乱していると、 スッ 男性はあたしの首に手を置き、 「落ち着いてください。 落ち着いて私の話を聞いてください」 とゆっくりした口調で語りかけてきた。 「ひひんっ ひひん」 その言葉にあたしは口を開けて返事をしようとするが、 だが、相変わらず自由に話すことは出来ない。 「言葉は口で無理に話そうとしないで下さい。 私に向かって心の中で言っていただければ通じます」 と男性は話す。 『え?』 その説明にあたしはきょとんとすると、 「いいですか、 落ち着いて よぉく聞いてください」 と男性は語りかけ。 「坂田優香さん。 あなたは獣化病という病気を発病してしまったのです」 とあたしに告げた。 『は?』 その言葉にあたしは驚くと、 「あなたは新体操の演舞中に獣化病を発病してしまい、 この病院へ搬送されてきたのです」 と男性は続け、 『新体操の? そうだ、 そこであたしは…』 男性のその言葉にあたしは直前の記憶を思い出すと、 『みっみんなは?』 と尋ねた。 だが、 「はい、皆さんのことですが、 残念ながら、あなたが発病し、 倒れた時点で大会は中止になりました。 そして、法令に従い。 そのとき体育館にいた全ての人が隔離され、 検査とワクチン投与を受けたのです」 と男性は説明をする。 『そんなぁ…』 それを聞いたあたしは衝撃を受けていると、 スッ あたしの周囲に看護士達が集まり、 「真に酷ですが、 これからあなたがいま何の姿になっているか、 ご覧いただきます。 そして、そのことをしっかり認識して欲しいのです」 男性はそういうなり、 あたしの周囲の看護士たちはあたしを抱き起こし始めた。 だが、以前とは違い、 なぜかあたしの身体は横から起こされ、 そして、 伸びきている手と足が床についたとき、 一瞬独特な感触が走る。 『え? これって?』 まるで手足の先に何か硬いモノが付いているような独特な感触を両手足で感じるのと同時に、 カツンカツン カツンカツン と甲高い音が響いてきた。 『ちょちょっと、 これってなに?』 響き渡る音、 立つことができない四つん這いの手足。 それらの異変にあたしは困惑していると、 一台の稼動鏡が運ばれて来てあたしの前に据え置かれた。 そしてその鏡を見たとき、 あたしは頭の先から血の気が引いたのです。 つづく