風祭文庫・獣変身の館






「Dr.ナイトの人体実験」
【レポート17:博美の場合】



作・風祭玲


Vol.1054





夏と言うにはまだ早い初夏の夕暮れ。

夏至を過ぎてからさほど経過していないため、

夕暮れと言っても時計の針は7時を既に回り、

8時近い数字を指している。



「ったくぅ」

市営プールから程近い公園内を

一人の少女がふてくされ気味に歩いていた。

彼女の名前は大原博美。

この街の高校に通う女子高校生である。

しかし、高校生と言っても彼女達の身なりは千差万別。

清楚なお嬢様タイプも居れば、

つい先日、絶滅危惧種に指定されたガングロパンダ・ギャルまで

まさに種類を数えたらきりがない。

さて、肝心の博美はと言うと、

ルックスは中の下、

残念な容姿を補おうとしたのか、

お嬢様とは言いづらいギャル系のいでたちで、

”遊んでいる女”

そう陰口を言われても、

言い返すことはできない姿であった。



「咲子の奴、

 今日のところは見逃してやったが、

 今度会ったら徹底的にいじめてやる。

 あいつを見るだけで虫唾が走るんだよ」

持って行き場のない悔しさをぶつけるように、

博美は足元の小石を蹴り上げると、

カァン

蹴られた小石は近くの欄干で乾いた音を響かせた後、

ポチャン!

と公園の池に落ちる。

「ちっ、

 面白くないなぁ。

 大体なんだよ、

 あの競パン男はよぉ、

 ”やめなよ”だって、

 女みたいな顔をしやがって、

 それでいてムキムキでさっ、

 しかもモッコリ膨らませて、

 あぁ気持ち悪い」

池に次々と小石を放り投げながら、

博美はプールでであった競パン男を思い出すと、

身震いをしいてみせる。

そして、その記憶を消そうとするかのごとく大き目の石を、

ドボン!

と放り込んだとき、

ジャリッ

彼女の背後で靴が砂利を踏みしめる音が響いた。

「!?」

その音に博美は気づくが、

しかし、すぐには振り返らず、

池に小石を投げ続ける。

すると、

ジャリ

ジャリ

ジャリ

彼女の背後で響いた音は、

一歩一歩足を踏みしめるように博美に向かって近づいてきた。

そして、走って逃げ出すにはギリギリのところに迫ったとき、

「誰だ!」

博美は振り返りながら、

石を握った手を振りかぶって見せた。

けど、

「誰も居ない?」

博美の背後には誰の姿もなく、

灯りが点った街路灯が立っていたのであった。

「逃げたのか?

 いや、走る音は聞こえなかった。

 気のせい?

 ううん、確かに足音は聞こえた」

得体の知れない恐怖が博美の体を包み込み、

ゴクリ

全身の肌から汗が噴出してくる。



ジージージー

突然、近くでセミが鳴き始めると、

「うわっ」

博美は咄嗟に握っていた石を放り投げてしまった。

ガサッ

ジジジ…

彼女の手から離れた石は近くの茂みに落ちると、

鳴いていたセミが逃げ出していく。

「しまった」

石を投げてしまった博美には

恐怖に対抗する手段がなくなってしまった。

ズズッ

足を滑らせて、

足元の小石を集めようとするものの、

あいにく身近な石は全て池の中に投げ込んでしまい、

彼女の足元にあるのは掴むのも困難な砂ばかり、

ザワザワザワ

すると、その時を待ってたかのように、

周囲から一斉に黒い影が湧き出すと、

博美に向かって一斉に近寄ってくる。

「うわぁぁ

 来るなっ

 あっち行け。

 やめろぉ、

 誰か、

 誰か助けてぇぇぇ」

迫りくる恐怖に博美は頭を抱えて、

その場に蹲るように悲鳴を上げてしまうと、



「そこで何をしているんだ、君は」

と男性の声が響いた。

「え?」

その声を聞いた博美は顔を上げると、

手にした懐中電灯で博美を照らす警備員らしき人の姿があった。

「え?

 あっあれ?」

さっきまで博美の周りを取り囲んでいた影は全て消え、

公園は夜の佇まいになっている。

「もぅ閉園時間は過ぎているよ。

 さっさと帰りなさい」

警備員はそう告げると

「うるせーなっ、

 いま帰ろうと思ったところだよ」

博美はいつもの癖で悪態をついてしまう。

『何処に帰るんですか?』

突如、彼女の耳元で男の声が響いた。

「……うっうわ」

男の声に博美は悲鳴をあげるが、

すぐにその口を手が覆い、

背後から回ってきた腕が彼女の自由を奪う。

「うがうがうが」

目を見開いて、

博美は力いっぱいに暴れるが、

しかし、彼女を束縛している力は強く、

その力からは逃れることができなかった。

そのときだった。

「お静かに…」

冷静そうな男の声がすると、

「じっとしててくださいね、

 すぐに終わりますから」

と男の声とともに

ブスッ

彼女の首筋に針が刺さると、

ジワッ…

冷たい液体が博美の体内へと注がれる。

「あがっ、

 あがががが…」

針が刺さる部位から

痺れに似た感覚が広がってくると、

博美は体を激しく痙攣し始める。

そして、

すべての液体を注入されたのか、

フッ

彼女を束縛していた力が消えると、

ドサッ

博美は目を剥いたまま、

その場に崩れ落ちるように倒れてしまったのである。



ビクン

ビクンビクン

口から泡を吹き、

博美は幾度も痙攣をしてみせる。

そんな博美の目前に一人の男が腰を屈めると、

「ふふっ、

 さぁ、今宵はどんな変身が見られるかぁ?」

とまるで、

キャラクターショーが始まるのをワクワクして待っている

子供の様なことを言う。

『お・ま・え、

 あ・た・し・に・な・に・を・し・た』

もはや指一つ動かすことができない博美は、

目を動かして屈む男を見上げると、

そこにいたのはあの警備員だった。

「あ・あ・は・は・は」

涙を流しながら、

博美は笑い誤をあげるが、

しかし、その声はもはや笑い声ではなく、

動物のうなり声でしかなかった。

けどその時間の間にも

博美の体に注入された液体は

彼女の体の隅々に行き渡ると次に備える。

やがて、

ドクンッ!

博美の鼓動が大きく高鳴るのを合図にして、

メキッ!

彼女の体を作り変え始める。



ベキッ

バキッ 

ゴキッ

異様な音が博美の体内から響くと、

その音のたびに、

博美の腕や足がありえない方向に曲がり、

ドサッ

ドサッ

彼女は踊るかのように地面の上を二転三転させる。

そして、

ジワッ

その白い肌を侵食していくように

こげ茶色の獣毛が生えはじめると。

次第に彼女から白い部分が消えていき、

その間にも、

バキッ!

ドサッ

ゴキッ!

ドサッ

博美は地面の上で踊り、

次第に手足を短くしていく。

「あごわぁぁぁ」

声を上げる口が突き出していくと、

その口の中には牙が生え、

鋭い歯が立ち並んでいく、

その一方で両手の指と指の間が埋まってしまうと、

肌は厚くて硬くなり鰭の様な姿へと変貌していく。

足にいたっては、

踝がお尻まで詰まってしまうと、

足先もまた厚い皮の鰭に姿を変え、

生え揃った獣毛は博美の体から熱が奪われるのを防ぐようになる。

獣毛に覆われ、

顔の形、

手や足の形が変わった博美はそのシルエットを

人の姿からある獣の形へと変えていく。

そして、全てが終わったとき、

そには博美と呼ばれた人間の姿は無く、

「おごわぁぁ

 ごわぁ

 ごわぁ」

着ていたワンピースを引き裂いて、

その肉体を晒す一匹の獣が居たのであった。

「ほぅ…

 なるほど」

彼女の変貌を見届けた男は大きくうなづき、

屈んでいた腰を上げると、

「おいっ」

と獣に声をかけ、

「これが判るか?」

そう話しかけながら、

ビニール袋に入れてあった貝を見せる。

「こわぁ!」

変身した獣の好物である貝を見た博美はひときわ声を張り上げると、

「くれてやる。

 おらよっ」

男は袋から貝を取り出すと、

ポチャン!

と池に放り込んだ。

すると、

「こわぁ」

博美はその貝を追いかけるようにして、

欄干の隙間から池へと飛び込み、

程なくして浮き上がってくると、

さっき自分が放り込んだ石を抱え、

カンカンカン!

腹に置いたその石で貝を叩き始めたのであった。



「ふふ、

 ラッコか、

 まぁいいだろう」

メガネをクイッと引き上げながら警備員はそう呟くと、

博美が落としたスマホを拾い上げる。

そして、そのスマホに残されていた画像を見ながら、

「よぉし、

 次はこの子にしよう」

と呟くと、

博美と共に写真に納まっているギャル仲間を指差して見せる。



「はぁ、今夜も月がきれいだ」

夜空に輝く月を見上げながら月夜野幸司はそう呟く。

月夜野幸司、彼にはもう一つの名前がある。

”Dr.ナイト”

彼が次に狙う獲物は…すでに決まっている。



おわり