風祭文庫・獣変身の館






「Dr.ナイトの人体実験」
【レポート15:早苗の場合】



作・風祭玲


Vol.371





カッ!!

ゴロゴロゴロ!!

空を覆い尽くし明滅を繰り返していた黒雲を切り裂くように稲光が走り落ちていくと、

その空の下、市街地から離れた山中にある一軒の洋館に明かりが灯る。



「ふっふっふっ」

その洋館の一室、

明滅する雷光が差し込む部屋の奥では、

白衣を身にまとった月夜野幸司が顔にかけた丸メガネを怪しく光らせながら

じっと部屋の奥に誂えた檻を眺めていた。

彼が見つめるその檻は内部を横に4つ、縦に3つに区分けされ、

そして、その中には12匹の動物が怯える目をしながら月夜野を見つめていた。

「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥…」

 ふっ、ようやく揃えることができたな…」

感慨深そうに檻を眺めながら月夜野は囁くようにそう言うと、

動物たちは一瞬、ビクッと驚いた後、

シクシク…

と泣き始めた。

「ん?

 なんだ…

 まだ知恵が残っているのか、

 ふんっ
 
 まぁいいか…元を正せば人間なのだからな」

動物達のその様子に月夜野はメガネを直すとニヤリと笑うが、

これらの動物たちは皆、月夜野の手によって姿を変えられた少年・少女達であった。

・ガールフレンドを助けようとして、ウサギにされてしまった健夫。

・学校帰り彼氏と共にタツノオトシゴにされた文恵。

・友達と共にヒツジにされた夏子。

・会社帰りにネズミにされた研究員の圭子。

・部活の帰りにウマにされた陸上部の紀和。

・転校早々ウシにされた絵美。

・帰宅途中、月夜野に襲われヘビにされた七瀬。

・卵料理を月夜野に披露したばかりにニワトリにされた君恵。

・淫乱な自分を晒したためにサルにされた体操部の千代。

・誘拐犯を捕まえようとしてトラにされた飛鳥。

・警察の威信を懸けて捜査中にイヌにされた千夏。

そして、

・野心から月夜野を捕まえようとしてイノシシにされた女子アメフト部の有紗…

皆、月夜野に襲われ、

そして干支にちなむ動物の姿へと変えられた者達であった。

最初の数人までは月夜野に打たれた薬の効き目も強くなく、

変身しても半獣人のような姿で収まっていたが、

しかし、その後効き目を強化された薬を打たれると、

ほぼ完全な動物の姿へと変られ、

人間の面影はほとんど失われていた。

「さぁて、

 予定より少し遅れたが、

 ようやく12匹揃ったので例の計画を進めるとするか」

檻の前を歩きながら中に入っている動物たちを一匹一匹確かめるようにして月夜野はそう呟いていると、

「ん?」

ある一匹の動物のところでふと首を捻る。

「そう言えば…

 辰はタツノオトシゴでと思ったが、

 よくよく考えてみればタツノオトシゴは魚であって竜じゃないか…」

月夜野はそう呟くと再度、タツノオトシゴに姿を変えられた文恵を眺めた。

そして、しばし考えること小一時間、

「よしっ

 お前は無しにしよう!!」

文恵を指さして月夜野はそう告げると、

ガチャリと檻の戸を開け、

「お前はいらんっ」

と怒鳴りながら暴れる文恵の口を鷲づかみにして檻から引き吊り出した。

「!!!!」

人間の口を失っている文恵は声にならない声を上げて抵抗をするが、

しかし、月夜野は彼女を手荒く引きずっていくと、

”廃棄物”と書かれた穴の中へと無理やり放り込んでしまった。

「!!」

目の前で繰り広げられた衝撃の光景にほかの者達は皆目を丸くして震え始める。

しかし、月夜野は皆から投げかけられるその視線を無視して、

「さぁて、

 それでは新しい者を連れてくるか…

 とは言っても竜はあくまで想像上の動物。

 肝心の鋳型となるデータが無い…」

そう呟くと、

「うーん、

 竜を作る前に一回テストをしてみるか」

等とブツブツと呟きながら部屋から出て行った。



それから数日後の夕方。

ドドンドドン

ドドンドドン

通過電車の音が響く高架下を

「はぁ…」

久野木早苗はため息をつきながら歩いていた。

「なぁんで負けちゃったんだろう…」

洗い晒しの髪の毛が立つ頭を掻きながら早苗は今日の試合のことを思い出すと、

「くっそぉ…」

と臍を噛む。

そう、今日の日中に行われた柔道の試合。

その試合に出場した早苗は順当に勝ち進み、

ついに決勝戦へと駒を進めるが、

決勝戦の相手との技量の差はほぼ互角。

必然的に試合はポイントの奪い合いへとなって行った。

そして、

「有効!」

ついに早苗は相手から有効を取ると、

試合の主導権を握ることに成功した。

このまま相手の攻撃を封じ積極的に攻め続ければ間違いなく優勝は早苗。

表彰台に立つ自分の姿が一瞬見えた試合終了直前、

気持ちの隙を付いて相手が懐に飛び込んでくると、

「しまったぁ!」

そう思うまもなく早苗は投げ飛ばされてしまったのであった。

「あぁもぅ!」

その瞬間を思い出した途端、

頭をクシャクシャにして早苗は悔やむが、

だが過ぎてしまったことを取り返すことは出来ない。

「はぁ…

 明日から稽古量を増やそう…」

ガックリと肩を落としながらも早苗はリベンジを誓いつつ、

街路灯が連なるあの道へと踏み込んで行ったのであった。



空を真っ赤に染め上げた夕日が山の中へと没してゆくと、

東の空に煌々と輝く満月が姿を見せる。

すると、

パッ

パッパッパッ

道の脇に立つ街路灯に明かりが点り、

道はずらりと並ぶ青白い街路灯の明かりに照らし出された。

「ちょっと近道と思って久々にこの道を歩いてみたけど…

 そういえばこの道って女の子達が行方不明になっているのよね、

 それも決まって満月の夜に…」

街の明かりが遠くになり、

等間隔に並ぶ蛍光灯の明かりのみとなった景色に

早苗はこの道で満月の夜に限って発生する少女行方不明事件のことを思い出すと、

思わず柔道着が入ったカバンを抱きしめた。

そして、

パンパン

「えぇいっ

 しっかりしろっ

 こんなことで怖気づいてどうする」

雰囲気に飲み込まれかけた自分に気合を入れるかのようにして早苗は頬を2・3回叩き、

スーッ

ハァーッ!

スーッ

ハァーッ!

大きく深呼吸をしてみせると、

「うっしっ」

気合十分に歩き始めた。

その途端、

道を照らし出す蛍光灯はベルトコンベアに載せられた品物の如く動き始め、

代わる代わる早苗を照らし始めた。

そして、その頃から、

ヒタッヒタッ

ヒタッヒタッ

何者かが早苗の背後にピタリと張り付き、

その者から伸びる黒い影が早苗の背中に影を落としていたのであった。



「誰か…居る」

ピタッ!

「だっ誰?」

背後に迫る気配を感じ取った早苗は急に立ち止まり、

振り返りながら声を上げるが、

しかし、

「誰も居ない?」

早苗の背後には街路灯に照らし出される道が伸びているだけで、

誰一人の影も無かったのであった。

「そんな…

 確かに気配が…」

人の気配には人一倍敏感な早苗にとって自分の後ろに人が居たことは確かであった。

しかし、まるでかき消したかのように姿が無いことに驚いていると、

その早苗の背後からいきなり手が突き出し、

「うぐっ!」

瞬く間に口を塞ぎ、

同時に利き腕がねじ上げられた。

「あ背後が取られた」

柔道の試合でも背後を取られたことが無かった早苗にとって、

顔を見ぬ何者かに背後を取られたことはショックであったが、

「このぉ!」

スグに早苗は振り解こうとすると、

フッ!

その者が手を放したのか、

いきなり早苗の右腕の自由が利いた。

「しめた」

体勢を立て直した早苗は不審者を投げ飛ばそうとするが、

ブッ!

それよりも先に早苗の首筋に何かが突き刺さると、

『くくっ、

 ジッとしてなさい』

と闇のそこから湧き出るような男の声が耳元で響いた。

「だっ誰?」

首に何かが刺さった感触で行動を封じられ、

目のみを動かして早苗は背後を見ようとするが、

『そうそう、

 そのままジッとしているんだよぉ』

と男の声は優しく話し掛け、

クッ!

シリンダーがゆっくりと押し込まれていく、

そして、それと同時に早苗の体内に液体が流し込まれていくと、

スッ!

それは早苗の首筋から離れ、

早苗の身体は自由になった。

「なっ何をした!」

刺された首筋を押さえながら早苗は声を上げると、

闇の中からメガネを指であげる仕草をする白衣姿の男が姿を見せ、

『ふふっ、

 君はスポーツをこよなく愛する少女だね、

 汗の匂いで判るよ。

 だけど、その姿ではあまり強くは無い。

 僕がステキな身体をプレゼントしてあげたよ』

と男は余裕の表情でそう告げる。

「なっなんだと、

 この変態野郎!

 ひょっとしてお前か?

 この辺で起きている誘拐事件の犯人は!」

男を指差して早苗は怒鳴るが、

「え?

 なっなにこれぇぇ!?」

男に差し出した自分の指が不気味に膨れ上がり、

そしてこげ茶色の毛を生やしていることに気がつくと、

『くっくっく』

男の笑い声が一際大きくなった。

「やだ、

 なにこれぇ!

 ちょちょっと、

 どうなちゃっているのよ」

見る間に生えてくる毛に覆われてく自分の両手に早苗は驚いていると、

『さぁて、見せてもらうよ、

 新しい薬の威力を…』

っと白衣の男は冷静にな声でそう告げ

取り出したビデオで変身し始めた早苗の姿を撮り始める。

シュルシュル

シュルシュル

「いやあぁぁぁ!!!

 やめてぇぇぇ!!」

体中から獣の毛を噴出しながら早苗は悲鳴を上げるが、

早苗の変化はそれだけでとどまらず、

メリメリメリ…

彼女の両腕が発達していくのに併せて次第に腰は前のめりに曲がり、

足が萎縮してゆく、

そして、手が地面についてしまうと、

ハラハラハラ…

早苗の髪の毛が周囲に舞い落ちた。

その一方で早苗の顔は生えてくる獣毛の中へと没してゆくと、

次第に早苗は人では無くなっていく。

そして、

「うぉ

 うぉ

 うぉ」

言葉にならない声を張り上げると、

『ふふっ、

 ゴリラのようでゴリラでない…

 チンパンジーのようでチンパンジーではない』

姿を変えてゆく早苗を見ながら男はそう呟き、

「ウホウホウホ」

ついに早苗は威嚇するように声を上げ、

男に向かって張り出す胸をたたき始めると、

『うーん、

 調整がまだ必要だけど、

 まぁ、こんなものか、

 我ながら良く出来たじゃないか』

ビデオを止め、

変身を終えた早苗の姿を見ながら男は納得する口調で頷いてみせると、

男の前には化石類人猿・アウストラロピテクスとなってしまった早苗の姿があった。

『遺伝情報が失われ、

 化石から起こした想像図しかない生き物は、

 いわば想像上の生き物とそう大して変わらない…

 それを作り出すことが出来た。ということは、

 くくっ』

そう呟きながら男は笑い、中空に輝く満月を仰ぎ見ると、

「…あぁ、今夜も月が綺麗だ…」

と呟きながら様々な少女の名前が書かれたリストを取り出すと、

「やはり最後はこの姉妹が相応しい」

と男は大きく頷いてみせる。



その翌日、

月が照らし出す夜に二人の姉妹の悲鳴が上がると、

男の足元には引き裂けた巫女装束を下に2匹の竜が泣きそうな顔でじっと男を眺めていた。

そんな二人を男は一瞥して中空に輝く満月を仰ぎ見ると、

「ふふふ…

 まぁこれで全部揃ったな。

 …あぁ、今夜も月が綺麗だ…」

と呟いたのであった。

生物教師・月夜野

しかし、彼にはもう一つの名前がある。

”Dr.ナイト”

12匹の動物を揃えた彼が次に狙う獲物とは。



おわり