ピッ ザザザザザザ!! 「おいっっ、 そっちだ!!」 「押して押して!!」 「何をやってんだっ」 「齧りつけっ」 「ほらそこっ、 脇がガラ空き!!」 そんな怒号が響く中、 グラウンドの中ではショルダーで盛り上がった身体を覆うシャツと、 そのシャツと色を合わせたヘルメットを被った アメフト部の面々が1つのボールの奪い合いを演じていた。 そして、そんな様子を横目で見ながら、 グラウンドの隅で筋力トレーニングを続けている15人ほどのグループがあった。 グループのメンバーは全員女子ばかりで、 白のTシャツに、赤いジャージのパンツ姿、 髪の毛をポニーテールに縛っていたり髪を短めにカッとしたりと、 如何にもスポーツ少女!! と言う雰囲気を醸し出していた。 そんな中、 「ねぇねぇ… 例の行方不明事件、 とうとう刑事さんまでもが行方不明になってしまったんだって」 トレーニングを一休みした部員の少女がそう相方に話しかけると、 「うそぉ、ほんと?」 相方はスグにその話に乗ってきた。 「うん、警察に勤めているおじさんから聞いたんだけど、 なんでも敏腕の女刑事が同僚の刑事と一緒に消えてしまったんだって」 「いやだぁ!!」 彼女の話を聞いた相方がそんな声を挙げると、 「ねぇねぇ何の話?」 と横で練習をしていたメンバーが次々と集まってくる。 そして、徐々に話の輪が大きくなっていった。 「…刑事さんまで居なくなったんじゃ、 どうしよう…」 「それじゃぁ、もぅあの道は使えないね」 「そうね」 彼女達がそんな話をしていると、 「こらぁ!! そこっ 何をやっているのっ」 彼女達が所属する女子アメフト部の部長である3年生の岸部有紗が声を張り上げた。 「あっ岸部部長、 知っています?」 言いだした少女が有紗に話しかけると、 「なによっ」 駆け寄って来た有紗が少女に聞き返した。 すると、 「いつもロードワークに使っている駅に行く道ですよ」 と少女が言うと、 「あぁあの道? また誰かいなくなったの?」 と有紗は再度尋ねる。 すると、 「今度は刑事さんが行方不明になったんですよっ」 と有紗の質問に少女はそう答えると、 「えぇ?、そうなの? でも、困ったわねぇ… そんな人が行方不明になるんじゃぁ もぅあの道は使えないか… 折角の練習コースだったのに」 と言いながら有紗は考え込んでしまった。 そして、 「!」 何かを思いつくと、 「ねぇ、一つ思いついたんだけど、 みんなで力を合わせてその誘拐犯を捕まえてみない?」 と提案をした。 「え゛〜っ!!」 その途端に筋力トレーニングをしているすべてのメンバーが声を上げると、 スッ そんなみんなを制するかのように有紗は徐に手を差し出すと、 「これはチャンスなのよっ もしもあたし達、女子アメフト部が連続誘拐犯を取り押さえることが出来れば あたし達の名前は一気に世間に広がるわ、 そうしたら、女の子でもアメフトをしていることを 大勢の人に知って貰うことが出来るのよ。 これがどういう意味か判る? つまり、あたし達の評価が上がればひょとしたら入部者が増るだろうし 入部者が増えれば最低限、紅白戦だってする事が出来るのよっ」 と有紗は事の有意義性を強調すると、 「なるほど… 面白い…」 そう言いながらその話をジッと聞いていた同じ3年生の宮本澄江が大きく頷くと、 「あたしはその話に乗ったわ」 と言いながら立ち上がった。 すると、彼女を追うようにして、 「あたしも…」 「あたしも…」 と次々と女子部員達が立ち上がると、 最後に残ったのは最初のこの話をした少女とその相方だけになってしまった。 「さぁ、残りはあなた達だけですよ」 有紗はそう少女達に告げると、 「どうしようか?」 「う〜ん」 少女と相方はお互いに顔を見合わせた後、 「判りました、 じゃぁ、あたし達もその話に乗ります」 と言いながら立ち上がってしまった。 「うんっありがとう!!」 その様子に有紗は満足そうな笑みを浮かべながら大きく頷くと、 「じゃぁ、今日、 この練習が終わったらみんなショルダー姿になって、 校門の前に集合よ」 と言いながら片目を瞑って見せると、 「………」 しかし、少女と相方はある種の不安を感じながら大人しく頷いた。 キーンコーン! 冬の夕日は素早く山の中に沈み、 部活の終了を告げるチャイムが鳴る頃にはすっかり夜空になっていた。 そしてそんな中を カチャカチャ スパイクの音をたてながら 三々五々、着込んだショルダーで厳つくなった女子アメフト部の部員達が集合してきた。 「なんか…恥ずかしいわ」 「いいじゃないっ もぅ日は沈んでいるし、 それにメット被るから顔は判らないわよ」 「そうかなぁ」 日頃着る機会が少ないためかショルダー姿に抵抗を感じることを、 部員達が言い合っていると、 その横を帰宅する生徒が物珍しげに見ながら通っていく、 すると、 「準備は出来た?」 と言う声と共にショルダー姿の有紗が姿を見せた。 「コーチには練習の仕上げって言って置いたから、 まぁ1時間後には戻るようにしましょう」 そう有紗が声を張り上げると、 「はーぃ」 部員達の間から一斉に声が挙がった。 それを聞いた有紗は大きく頷き、 「じゃぁ出発!!」 と声を挙げると、 ガチャガチャガチャ スパイクの音をたてながらアメフト部員達は一斉に走り始めた。 「巧くいけば、部員が増える… そうなれば、男子部から完全に独立することが出来るし、 こんな借り物のショルダーをお別れよ」 先頭を走る有紗はそう呟きながら、 山の稜線から姿を見せた月を眺めた。 「はいっはいっ はいっはいっ」 山から下りたアメフト部員達は縦列になって失踪事件が続発している道を進んでいくと、 ガチャガチャ 夜の道にスパイクの音がこだまする。 すると、 チカッ!! そんな彼女たちを誘うかのように街路灯の列が静かに灯った。 「はいっはいっ はいっはいっ」 声をあげる有紗は先頭を切って走っていくが、 しかし、後ろから浮いてきている者の音が次第に小さくなっていった。 「はいっはいっ はいっはいっ あれ?」 ふと気が付くと、 道には有紗一人が走っているだけだった。 「? こらぁ!! 何をサボっているの!!」 振り返った有紗は街路灯の行列が続く後方に向かって叫んだが、 しかし、幾ら待っても後続が来ることはなかった。 「澄江ぇ〜っ どうしたの?」 有紗はしんがりを務めているはずの宮本澄江の名前を呼んだが、 しかし、その澄江の返事は返ってこなかった。 「何をしているのよっ」 カチャッカチャッ そう文句を言いながら有紗が道を引き返していくと、 幾ら歩いても澄江達の姿を見つけることは出来なかった。 「ちょっと… 何をしているの? まさか、あたしをからかうつもり?」 この状況が部員達が仕組んだものと判断した有紗はそう声をあげると、 どこかで誰かが面白半分にビデオカメラが回っているかもしれない。 と警戒をしながら来た道を戻っていく、 そして、5分ほど歩いたところで、 フゴッ!! 何かの鳴き声が上がると、 カカカカ!! と言う音共に道路の向こう側から一頭の獣が有紗に向かって走ってきた。 「きゃっ」 それを見た有紗は思わず悲鳴を上げると、 ブゴッ!! 彼女の前にやってきたのは1頭の猪だった。 「いっ猪?」 カカカカカカカカ!!!! 猪は蹄の音をたてながら有紗の脇をすり抜けていくと闇の中へと消えていった。 「なっなんで、猪が…」 去っていった猪を呆気にとられながら眺めていくと、 「もぅ… 手の込んだ悪戯をしないの!!」 と有紗は声をあげ、 さらに進んでいくと、 「あれは?」 有紗は道の真ん中にアメフトのヘルメットが転がっていることに気づくと、 そこへと走っていった。 そして、そのヘルメットを拾い上げると、 「これ…澄江のだわ…」 と呟いた。 紛れもない、有紗が拾ったのは澄江が被っていたヘルメットだった。 「澄江〜っ 居るの?」 尋ねるように有紗が澄江の名前を呼ぶと、 フゴッ 猪の鳴き声がスグ傍から響き渡った。 「猪?」 その鳴き声がした方に向かって有紗が歩いていくと、 「あっ」 フゴッ!! 道の端に脱ぎ捨てられた。と言うより 中身が消えて仕舞ったようなショルダーとそれを包むユニホームが放り投げられ、 その近くには引き裂けたようなユニホームのパンツがスパイクシューズと共に落ちていた。 「なっなに? これ…」 異様な光景に有紗はしばし呆然としていると、 フゴッ 暗闇から一頭の猪が出てくると、 有紗の周りをグルグルと回り始めた。 「なっなによっ この猪は!!」 自分の回りを回る猪に怯えるような口調で有紗がそう言って猪を追い払おうとすると、 『如何ですかな? 私の作品は…』 と言う声が有紗の耳元で囁いた。 「!!」 その声に有紗は素早く動くと、 「あなたねっ、 この周辺で女の人襲っているのは!!!」 カチャッ スパイクの音を立てながら有紗が声を上げた。 すると、 フッ 有紗の前に影が降り立ち、 『ふふふふふ… 私より素早く動くとは、 さすがは女子アメフト部のキャプテンだけのことはありますね』 と影は感心しながらそう有紗に告げる。 ムッ その言葉に有紗は不機嫌そうな顔をしながら、 「みんなを何処にやったの? それに、攫った人たちはどうしたの?」 と気丈に尋ねると、 『アメフト部のみなさんはちゃんと居ますし、 他の方々も元気に暮らしていますよ』 有佐の質問に影はそう答えた。 「そう? じゃぁ、あたしの前に連れてきてよっ」 影に向かって有紗はそう怒鳴ると、 『ふふふふふふふ… なかなか骨のあるお嬢さんだ… だからこそ、 女でありながらアメフト部を起こすことが出来るんですね』 と影は返事をした。 「そんなことどうでも良いでしょう? さぁっ どうなのっ 返すのか、 返さないのか」 有紗はそう言いながら、 腰を落とすと、片手を路面につけた。 『………』 そんな有紗の姿を影はジッと見つめる。 「野郎…」 キッ 有紗は影を見据えると、 グッ っと体中の力を込めた。 そして、 ダッ 一気に飛び出すと正面に佇んでいる影に向かって飛びかかった。 が、しかし、 フッ 影はまるで煙のように有紗の正面から姿を消すと、 「あっ」 ズザザザザザザ… 有紗は自らの勢いに押されるようにして滑ると転んでしまった。 「イタタタ… 畜生!!」 悔しそうなセリフを言いながら有紗が起きあがったとき、 チクッ 彼女の首筋に一本の針が突き刺さった。 そして、 『動かないでぇ… 動くとお星様になっちゃうよぉ』 と言う影の声が響き渡った。 「なっ」 その言葉に絡め取られるようにして有紗の身体は動けなくなってしまうと、 『そうそう、 いい子だ… スグに終わるからね』 影は有紗に言い聞かせるように呟くと、 グッ っとシリンダーを押し込んだ。 ジワッ 冷たい液体が有紗の体内に侵入してくる。 「やっやめろぉ」 影の行為に力なく有紗がそう言うと、 『声も出しちゃだめだよ』 と影は有紗に警告をした。 そして程なくして、 スッ 有紗の首から針が離れていくと、 ガクッ 力を失ったように有紗はその場にガックリと手を付き、 その場に蹲ってしまった。 「くそっ ちっ力が出ない…」 これまでに味わったことのない脱力感に有紗はそう言いながら、 必死で立ち上がろうとする。 これまで何気なく身につけていたアメフトのショルダーやヘルメットがまるで 鋼鉄で作られているかのように重く感じられる。 「おっおのれっ」 脚をガクガクさせながら有紗が立ち上がると、 『ほぅ』 影は感心したようにそう呟いた。 カチャッ カチャッ 「みっみんなを返せっ」 滝のような汗をかきながら有紗は影に迫る。 そして、 「みんなを返せ!!」 影に掴みかかるように手を伸ばして有紗が怒鳴ると、 その手は空しく空を切り、 ドサッ 有紗はその場に倒れてしまった。 「はぁはぁ くっそう… かっ身体が…」 次第に自由が利かなくなってくる自分の手を見ながら有紗がそう呟くと、 ゴリッ!!! 有紗の体の中から異音が響いた。 『ふふふふふ 始まったね』 その音に影は満足そうに言う。 「なっなに?」 有紗は自分の体の中で起きていることに混乱した。 『ふふふふ… 如何かな? 変身していくのは…』 そんな有紗に向かって影はそう囁くと、 「変身? なっ何に!!」 影の変身という言葉に反応した有紗が聞き返した。 すると、 『さぁ?』 影はしらばっくれながら、 『アメフトというのは猪のように前に突き進むんですよね』 と有紗に話しかけてきた。 「いっ猪?」 その言葉が有紗の頭の中に響き渡った途端、 ドクン!! 有紗の体内で何かが動きはじめた。 その途端、 ジワジワジワ… 有紗の腕や手に茶褐色色の毛が沸き出すように生え始めると、 見る見る両手を覆い始める。 「なっなに?」 毛に覆われていく手の様子に有紗は目を丸くして驚くが、 さらに、 ゴキッ!! 有紗の骨が鳴ると、 グググググ 有紗の両腕が短くなり始めた。 「そんな… あっあたしの手が」 次第に短くなっていく腕に有紗が驚愕すると、 『さぁ君は何になるのかな?』 おやつが出来るのを待つ子供の如く影は有紗に向かってそう告げた。 「くっ」 四つん這いになって必死に堪える有紗の背中が、 メリメリメリ!! ゆっくりと盛り上がっていくと、 次第に有紗の姿勢は前のめりになっていった。 「うっうっうっ」 ズルリっ 被っていたアメフトのヘルメットが溺れ落ちると、 コツンっ 乾いた音をたててヘルメットは道の上を転がって行く、 バサバサバサ… そのヘルメットの中には有紗の髪の毛が詰まっていて、 回るたびに路面に髪の毛をまき散らせていった。 「え? そんな…」 その光景に有紗は自分の頭から髪の毛が消え失せていることに気づいた。 しかし、彼女の変身はそれで終わりではなかった。 グググググ… 両手の指が萎縮しながら手の中に消えていくと、 代わりに黒々とした蹄が伸び始め。 腰骨の形が変わっていくと、 履いていたユニホームのズボンが落ちてしまった。
「(いやぁぁぁ… どうなっているの?)」 生えそろった茶褐色の毛を逆立てながら有紗がそう叫ぼうとしたが、 しかし、 メリメリ!! 彼女の顎の形は既に変形し、 また、声帯も変化していたために、 「うごぉぉぉぉぉぉぉ うごぉぉぉぉぉぉぉ!!」 と言う獣のうなり声しか出てこなかった。 ビキビキビキ!! 有紗の鼻が数倍に膨れあがると、 フゴッ その鼻の穴は正面を向き、次第に前へと突き出して行く、 そして、それに合わせるようにして、 グググググ… 下顎から牙が長く伸び始めた。 フゴフゴフゴ!! 言葉を喋れなくなった有紗は盛んに鼻息をたてていると 身体全体の骨格が変わってしまったために、 着ていたショルダーからするりと抜け出してしまった。 カカッ!! 蹄をたてなが有紗が振り返ってみると、 ブンブンっ 彼女の腰には一本の尻尾が姿を見せて盛んに動き、 腕を同じように茶褐色の毛に覆われた脚も 腕と同じ長さに縮んで肉付きの良い後ろ足に変化していた。 「フゴォォォォォォ(なっなによっこれぇぇぇぇ)!!」 その様子に有紗は悲鳴を上げると、 フゴッ と鼻息をたてながら闇の中から猪が次々と姿を現すと有紗の周りに寄ってきた。 「フゴォ(まっまさか…)」 「フゴォォ(みんななの?)」 猪たちを見ながら有紗はそう気が付くと、 コクリ… 猪たちは皆一斉に頷く。 「フッブゴォォォォォォォ!!(いやぁぁぁぁぁぁ)」 アメフト部員達と同じように猪になってしまった有紗はそう悲鳴を上げるが、 しかし、彼女たちの悲鳴を聞き届ける者は誰も居なかった。 サァッ… 月の光が影を照らし出すと、 「さぁて、 やっと12匹が揃ったか…」 月夜野は月を見上げながらそう呟くと、 ニヤリ と笑みを浮かべ、 「そろそろ、アレを始めるとするか…」 とある決意をした。 生物教師・月夜野 しかし、彼にはもう一つの名前があった。 ”Dr.ナイト”… 彼の魔の手が次に狙う獲物はすでに決まっている。 おわり