風祭文庫・獣の館






「Dr.ナイトの人体実験」
【レポート13:千夏の場合】



作・風祭玲


Vol.362





「なぜ私達は後手後手に回るのですかっ

 既に被害者は10人を越えているのですよっ!!!」

【連続婦女失踪事件捜査本部】

と書かれた看板が掛かる一室より女性の怒鳴り声が鳴り響いた。

「…………」

これまでのざわめきが消え静まり返った室内で

その部屋に詰めている刑事達の注目を一身に浴びながら、

御堂千夏は仁王立ちになって肩をワナワナを振るわせていた。

「まぁまぁ、御堂君っ

 ここでそんなに声を荒げないように」

事件の経過を説明するために正面に据えられたホワイトボードを背にして、

この事件の指揮を執る片山がやんわりと注意をすると、

キッ

千夏は片山を睨み付けるように見据え、

「これ以上、被害者が出れば私達警察の信用は失墜しますっ

 もっと厳重な警備をするべきですっ」

と声を張り上げた。

すると、

「そうは言っても、

 失踪事件が集中している地区には

 十分すぎるほど人員を配置しているのは君も知っているはずだろう」

「しかしっ

 にもかかわらず、失踪事件が発生しているのはどういうことですかっ

 現に昨日にも柴田飛鳥と言う女子高校生が行方不明になっているのですよっ」

「いや、彼女の場合はいまの時点ではまだ失踪かどうかの判断は出来ない」

「なぜですっ

 家族から捜索願が出ていますし、
 
 それにいつもの如く彼女の着衣が発見されて居るではないですかっ」

「とは言っても、

 まだ、この事件の被害者であるとは断言できないっ

 現にこの間は大騒ぎした結果、

 家族に心配を掛けさせようと

 事件に便乗したただの家出だったこともあったではないかっ」

「しかしっ」

「とにかく、幾ら君が本庁行きを約束されているとはいえども、

 いまは私の指揮下にある。捜査方針には従ってくれ」

なおも食ってかかろうとする千夏に片山はそう言うと、

「では、他に何か質問は?」

と千夏との話はうち切ってしまった。



「あーったくっ

 あたしが何かを言えばスグ本庁本庁って、

 片山ってそんなにあたしを煙たがっているのかしら」

捜査本部からから出てきた千夏はそう愚痴をこぼすと、

「まぁまぁ

 たたき上げの人からすると目に付くんでしょう?」

と彼女の同期の仁科誠が彼女をなだめるかのように優しく言う。

「ねぇ仁科君っ

 あなたはこの対応はどう思う?」

振り返りながら千夏はそう尋ねると、

「そうですねぇ

 僕が見る限り、

 警備体勢は万全だと思いますよ」

「しかに、それにも関わらず事件は起きているでしょう…」

「まぁ、昨日消息を絶った女子高生も被害者としたらですが…」

「仁科君も片山と同じ事を言うの?」

「いやっ、

 別に僕は片山さんの肩を持つわけではないですよ

 でも、いまの娘の場合、本当の失踪なのか、

 それとも便乗のプチ家出なのか、見極めは難しいですからね」

頭を掻きながら誠はそう言い訳をすると、

「いいえっ

 この昨日の事件は間違いなく連続失踪事件の被害者よ」

千夏はきっぱりと断言した。

とその時、

「あっはいっ」

誠の携帯電話が震えるとスグに彼が取った。

そして電話が終わると、

「御堂さん、

 ちょっとつき合ってくれませんか?」

と彼女に声をかけた。



「へぇ…知り合いが居るの?」

誠の運転するクルマで科学警察研究所に降り立った千夏は

感心しながら建物を仰ぎ見ると、

「まぁ…知り合いと言っても僕の従兄弟ですけどね」

千夏の質問に誠はそう返事をしながら続いて降り立った。

そして、研究所内に入った千夏達は待合室でしばし待たされた後に、

誠の従兄弟である木場真一が奥から出てくると、

「ようっ」

「おぉ!」

「さっきの電話の話だけど本当なのか?」

開口一番、誠が真一にそう尋ねた。

「まぁな…

 で、その方は?」

誠の質問に真一は手短にそう答えると

千夏の姿に気づいたのか誠に聞き返した。

すると、

「あぁ、

 俺の同期で御堂千夏さんって言って、

 一緒にあの事件を捜査して居るんだ」

と誠は千夏を紹介すると、

「どうも、御堂ですっ

 で、なにか判ったのですか?」

千夏は真一に誠への電話の事を尋ねた。

すると、

「まぁ口で言うより

 直接見て貰った方が良いか…」

真一はそう呟くと、

「じゃぁちょっと来て」

そう言いながら千夏達を研究所の奥へと案内した。

そして、通された部屋で待つこと約10分ほどで、

タグの付いた10枚近いビニール袋を持って真一が部屋に現れた。

「なんです?

 それは?」

真一の持ってきた袋のことを誠が尋ねると、

ズラリ

真一は袋を部屋の真ん中に置かれているテーブルの上に綺麗に並べた。

「これは…」

それを見た千夏が思わず驚くと、

「えぇ、

 それぞれの現場から回収された物です」

と真一は説明する。

「なにかの動物の毛のようですね」

ビニール袋の中に入っている数本の毛を眺めながら誠が感想を言うと、

「えぇ…分析の結果、

 どれも本物の毛です」

と真一は一つ一つビニール袋を指さしながら説明を始めた。

「第1の現場にはウサギの毛、

 第2の現場にはネコの毛、

 第3の現場には毛ではなく、タツノオトシゴの皮膚の一部、

 第4の現場には毛に戻ってヒツジの毛、

 第5の現場にはネズミの毛、

 第6の現場にはウマの毛、

 第7の現場にはウシの毛、

 第8の現場には種類は特定出来ませんが、魚類の鱗とイルカの皮膚の一部

 第9の現場にはヘビの鱗、

 第10の現場には昆虫類の蛹と思われる身体の一部

 第11の現場にはニワトリの羽、

 第12の現場にはサルの毛、

 そして昨日の現場にはトラの毛。

 という感じで色々な種類の獣の毛や皮膚の一部が失踪現場に落ちていました」

と言うと、

「……子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉…

 順番ではないのと関係ないのも入っているけど、

 あと戌と猪が揃えば12支が揃いますね」

ビニール袋のタグを見ながら誠はそういった。

その途端、

「仁科君っふざけないのっ!!」

すかさず千夏が窘め、

「昨日の現場からも動物の毛が発見されて居るんですね」

と真一に確認をすると、

「えぇ…ご覧の通り、トラの毛が落ちていました」

そう言いながら真一は赤茶色の毛が入ったビニール袋を千夏の前に差し出した。

すると、

「仁科君っ、見たでしょう?

 やっぱり昨日事件は連続失踪事件だったよ」

と目を輝かせながら千夏が誠に言うと、

「でっでも、なんで動物の毛が落ちていたんだろう?」

首を捻りながら誠は疑問点を聞き返した。

「これは…

 そうよ、犯人からのメッセージよ」

「犯人からのメッセージ?」

「そうよ、

 女性達を拉致して、
 
 そして、その証拠に動物の毛を落としていく、

 きっとこの毛に犯人があたし達に伝えたいメッセージが託されているのよ」

誠の質問に千夏はそう理由をつけると

背景を燃え上がらせながら力説を始めだした。

「じゃっじゃぁ、

 取りあえず動物園の関係者から洗ってみますか?

 ネコやウサギならともかく、

 トラやサルの毛なんてそう滅多に手に入りませんからね」

千夏の勢いに押されるようにして誠は今後の捜査方針を確認すると腰を上げた。



そして、ひと月が過ぎた。

「はぁ…

 動物園、ペットショップ、愛好家…手当たり次第当たりましたが、

 全然犯人に繋がる手掛かりはありませんね」

グッタリとしながら公園のベンチに座った誠がボヤくと、

「ねぇ…仁科君っ

 そろそろ満月よね」

千夏は空に掛かる月を見ながらそう尋ねた。

「え?、まぁそうですね、それが?」

「あたし調べたんだけど、

 この失踪事件の犯行はどれも満月がそれに近い夜で起きているのよ」

「本当ですか?」

「えぇ…

 それで一つやってみたいことがあるの、

 協力してくれる?」

月を背に千夏は自信満々に誠にあることを頼んだ。



「ほっ本当にいいんですか?」

「いいからいいから、

 あたしから目を離さずに追ってきてね」

翌日の夕方、千夏と誠は駅の改札口に立っていた。

そして、行方不明者の情報提供を呼びかける看板をチラリと見て、

「じゃぁ、行くわよ」

と誠に一言告げると千夏は失踪事件が続発しているルートを歩き始めた。

帰宅のサラリーマン達と共に国道を越え、

そして、新興住宅地へと続く道を歩いていく、

「うん、ちゃんと立っているわね」

千夏は要所要所に立つ警官の姿を見ながらそう呟くと道を歩いて行く。

スタスタスタ…

国道から離れて行くに連れ住宅は少なくなり、

やがて千夏は赤茶けた開発地の中を進んでいた。

チカチカ!!

日が暮れ、暗くなってくると街灯に明かりが灯り、道を照らし始める。

すると、

フッ

延々と闇に向かって続く街灯の列が異世界へと誘うレールと化し、

その下を千夏は誘われるようにして歩いて行く。



「あっあれ?」

ふと気が付くと千夏は一本の外灯の下に立っていた。

「そんな…誰も居ない…」

ついさっきまでサラリーマン達に取り囲まれていたはずなのに、

いまでは千夏ただ一人だけになっている。

「なんで?

 どうして?」

前を見ても後ろを振り返っても、

千夏の目に入るのは街灯の行列だった。

「仁科君、

 いるの?
 
 返事をして!!」

言いようのない恐怖が千夏の背中に覆い被さってくると、

千夏は声を上げて誠を呼んだが、

しかし、ピタリと付いてきているはずの彼の返事は返ってこなかった。

「そんな

 仁科君…

 なんでいないの…」

日頃は気丈で知られる千夏だったが、

しかし、押しつぶしてくるかのような恐怖心に耐えきれなくなると、

ダッ!!

思いっきり走り始めた。

タッタッタッ

ハァハァ

行けども行けども街灯の行列は尽きることはなかった。

「なんで?」

それを不審に思いながらも千夏は走っていく、

すると、

フッ

千夏の前に人影が姿を見せた。

「キャァァァァァァァァ!!!」

それを見た千夏は反射的に立ち止まって悲鳴を上げると、

千夏の前に姿を見せたのは誠だった。

「あっあれ?」

自分が悲鳴を上げてしまったことを恥ずかしく思いながら、

「なっないよっ仁科君っ

 驚かさないでよっ」

と文句を言うが、

しかし、

誠はそれには返事をせずにゆっくりと千夏の方を見ると、

「…………」

じっと千夏を見据えた。

「なっなに?

 何のマネ?」

誠のただならない様子に千夏は怯えると、

スッ

誠は無言のまま、胸のシャツに自分の手を持っていき、

グッ

っとシャツを握りしめると、

バリッ

左右に思いっきり引き裂いた。

「キャッ

 何をするの?」

その様子に千夏は両手で顔を塞いで悲鳴を上げるが、

しかし、

誠は何の返事をしなかった。

「?」

恐る恐る千夏は手を退けると、

「ふぅぅぅぅ

 ふぅぅぅぅ」

誠は千夏をジッと見たまま荒い息をする。

そして、

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」

突然声を上げると道に手を付きヨツンバになってしまった。

「にっ仁科君…?」

その光景に千夏は呆気にとられると、

「グルグルグル…」

誠はうなり声を上げ、

グッ

っと身体に力を入れる素振りをした。

すると、

ジワッ

誠の両手に白い毛が生え始めてきた。

白い毛は手だけではなく誠の首筋や顔にも生えてくる。

「にっ仁科君…」

それを見た千夏は金縛りにあったように動けなくなってしまった。

メリメリメリ!!

バギバギバギ!!

誠の身体から異音が響き始めると、

グググググ!!

誠の肩や、腰の形が見る見る変わり始め、

そしてそれに合わせて誠のシルエット少しづつ変化していった。

ズルリ!!

腰骨が細長く変形したために履いていたズボンが下着ごとずり落ちると、

ファサッ

黒褐色の毛に覆われた腰が千夏の目に入ってくる。

「にっ仁科君…

 あっあなた…」

千夏が誠のその様子に驚く間もなく、

ムリムリムリ!!

誠の腰に小さな突起が姿を見せると、

瞬く間に太くてフサフサとした毛が生えそろった尻尾が姿を見せる。

その一方で、

「うごぉぉぉぉぉっ」

メキメキメキ!!

誠の変身は更に進み、

口が引き裂けながら突き出していくと、

その上には黒く染まった鼻が湿気を帯び始め、

また舌も長く伸びて行くにつれ平たく変形していった。

「おうっおうっ」

口の変形に伴って誠は話をすることが出来なくなり、

まるで犬が吠えるような声を上げる。

「そっそんな…

 仁科君が…」

黒褐色の毛に覆われた耳が頭頂部へ移動していくと

三角形の形へと変化して

ピンッ!!

立ち上がった。

そして、

誠の黒い瞳も染まるようにコバルトブルーの瞳に変化すると、

「うぉん、うぉん!!」

何かを訴えるかのように誠は吠え始める。

さらに、

メリメリメリ!!!

誠の首周りにも毛が生え揃って厚く盛り上がっていくと、

グググググ

両手から指が消え、

脚も靴が脱げ落ちると太くて逞しい犬の後ろ足へと変化していった。

「そんな…仁科君が犬になっていく…」

次第に犬へと姿を変えていく誠を見ながら千夏はそう呟くと、

『どうかな?

 私の作品は?』

と言う声が千夏の耳元で囁いた。

「!!」

それと同時に千夏が振り返ろうとすると、

チクッ

針のような物が千夏の首筋を突き刺した。

「あっ」

『動かないでぇ

 動くと死んじゃうよぉ』

悪魔のような囁き声が千夏の自由を奪っていく、

そしてその間に、

スッ

針の先に付いているシリンダーがゆっくりと押し込められると、

注射器の中の液体が千夏の体内へと注がれていった。

「うぉんうぉん」

そんな千夏の足下では

頭から鼻筋に茶褐色の毛が生やしたシベリアンハスキーとなった誠がしきりに吠えていた。



やがて、注射器に入っていたすべての液体を千夏の体内に注ぎ終わると、

スッ

千夏を束縛していた針は首筋から静かに離れていった。

それと同時に

「あっ」

千夏はその場に崩れるようにして倒れてしまった。

スッ

そんな千夏の前に影が静かに立つ。

「おっお前が(はぁ)…

 連続婦女失踪事件の犯人か?」

震える体を必死に起こしながら千夏がそう尋ねると、

「失踪事件?

 さぁわたしは人間を攫ったりはしませんよ」

と影はそう答える。

「なにを…」

キッ

千夏は睨み付けながら影の正体を見ようとするが、

しかし、明るく輝く満月を背にしているために

その表情を知ることは出来なかった。

「くっくそっ!!」

次第に上がっていく鼓動、

そして、全身を焼き尽くすかのように上がっていく体温、

ダラリ

千夏の顔から汗が滴り落ち始める。

とそのとき、

スッ

千夏の顔から汗が引いていくと、

はぁはぁはぁ

千夏はダラリと舌を出し激しく呼吸を始めた。

『さぁ変身が始まったようだね』

それを見透かすように影がそう囁くと、

ドクン!!

千夏の身体に変身の始まりを知らせる衝撃が走った。

そして、その直後、

「いっいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

月夜に千夏の悲鳴が上がった。


十数分後… 「うぉんうぉん!!」 そう吠え合う2匹のシベリアンハスキーを従えて、 『ふふふふふ…』 影は一歩踏みだした。 サァ… 月の明かりがその顔を照らし出すと、 「あっ済みませんっ」 ハスキーに驚いたサラリーマンが行く手を開けた。 「いぇ、どうも…  さぁ行こうか、犬のおまわりさんっ  君たちの住むところへ…」 月夜野はそうハスキーに話しかけると道を歩き始めた。 生物教師・月夜野 しかし、彼にはもう一つの名前があった。 ”Dr.ナイト”… 彼の魔の手が次に狙う獲物はすでに決まっている。 おわり