風祭文庫・獣の館






「Dr.ナイトの人体実験」
【レポート12:飛鳥の場合】



作・風祭玲


Vol.360





「ねぇ知ってる?

 また、女の子が行方不明になったそうよ」

「ほんと?」

「うん、違う学校の子だけど、

 学校帰りに姿消しちゃったんだって」

「え゛〜っ

 だって、警察が警備をしているんじゃぁ?」

「それが、隣の駅だっていうから大騒ぎになっているそうよ」

放課後の体育館でジャージ姿の女子生徒二人がそんな話をしていると、

「何の話だ?」

「あっ柴田先輩」

話しかけられたその二人が振り返ると、

「ん?」

彼女たちの横にスパッツにトレーナ姿の柴田飛鳥が立っていた。

「その話、詳しく聞かせてくれないか?」

二人の話に興味を持った飛鳥はそう言うと、

「あっはい」

二人は率先して誘拐事件についての話をした。

そして、話し終わると、

「う〜ん」

と唸りながら、

「ありがとう」

飛鳥はそう礼を言うとその場を去っていった。

そして、歩きながら、

「連続失踪事件か…

 そう言えば、家族がそんな話をしていたっけなぁ

 ウチから近いし…

 ちょっと帰りに寄ってみるか」

と飛鳥は呟く、

女子レスリングのホープとして期待されている飛鳥は

先日行われた大会でも見事優勝を果たし、

まさに敵なしの状態だったが、

しかし、そんな彼女にも悩みはあった。

そう…格闘に対して欲求不満なのである。

「あぁ…

 強い奴と思いっきり闘いたい…」

そんな思いが彼女の胸中に渦巻き、

そして、それが失踪事件へと飛鳥を駆り立てていった。

「ひょっとしたら、

 思う存分闘えるかも…」

そんな思いを秘めながら飛鳥は校門を出た。



カシャッ

改札機を出た飛鳥が駅前に立つと、

すっ

と駅前広場を見渡した。

元々身長が175cmと女子としては高い上に、

また、筋力トレーニングによる体格も相まって、

飛鳥の存在は確実に周囲を圧迫していた。

「さて、降りたけど…」

そう呟きながら駅前にある交番を見ると、

そこには行方不明者の情報提供を求めるポスターが張られていた。

「あっあれか…」

そのポスターに引かれるようにして飛鳥がそこに向かうと、

チラッ

交番の中の警官が飛鳥を見た後、目をそらした。

「なによっ

 感じ悪い」

警官の態度に飛鳥は小さく文句を言うと、

失踪事件が起きている道へと進んでいった。



国道を渡り、角を曲がった所からその道は始まっていた。

失踪事件を警戒してか、要所要所にたつ警官の姿を横目で見ながら、

背広姿のサラリーマン達やOLと一緒に飛鳥は道を歩いていく、

「でも、もっと殺風景なところだと思っていたけど、

 何か拍子抜けね」

事実上通勤路と化している道の佇まいに

飛鳥は肩すかしを食らったような気持ちになりながら歩いていくと、

山の上に銀貨のような月が掛かっている事に気が付いた。

「満月…」

何気なくその場に立ち止まった飛鳥は月を横目で見ながらそう呟くと、

彼女の関心は別の所に向けられていた。

「警官が居ない…」

そうさっきまで要所要所に立っていた警察官の姿や

帰宅を急ぐサラリーマンの姿はいつの間にか消え、

その場所には飛鳥がたった一人で立っていた。

「そんな…

 コレは一体…」

チカチカ!

パッ!

街路灯の灯りが点くと道路上に驚く飛鳥の影が細く伸びた。

「なんだ…」

警戒をしながら文字通り無人地帯となった道を飛鳥は歩き始めると、

ユラリ…

目の前に伸びる街路灯の列が飛鳥を異世界へと誘うレールのように感じられ、

そして、その中を飛鳥は緊張した面もちで歩いていく、

サッサッサッ

「誰でもいい

 人に会いたい」

この周囲の異様な雰囲気が次第に飛鳥の気持ちを委縮させ、

いつしか、飛鳥の心は人影を恋しがるようになっていた。

とその時、

「!」

何かが彼女の背後に近づいてきた。

その途端、飛鳥の心の中に闘志が湧くと、

ピタッ

いきなり立ち止まると即座に振り返った。

すると、

サッ

飛鳥の背後に付きまとうように立っていた影のような物が一瞬のうちに消える。

ニヤリ…

それを見た飛鳥の口元が微かに緩むと再び歩き始めた。

そして、道が小さな丘の頂上に達したとき、

「さぁ、そろそろ姿を見せたらどうなの?

 駅からずっとあたしの後を追って居るんでしょう!」

と歩きながら飛鳥は声を上げると、

サッ

振り向くと同時に

スッ

っと腰を落とし構えた。

ひゅぅぅぅ〜っ

夜風が飛鳥の足下を吹き抜けていく、

「…………」

沈黙の時間がゆっくりと流れるが、

しかし、飛鳥を追ってきていた気配はどこからも感じられなかった。

「さぁ!!

 どうしたのっ

 掛かってらっしゃいっ」

姿を見せない相手に痺れを切らせた飛鳥がそう声を張り上げると、

フッ

いきなり飛鳥の背後に気配が立った。

「!!」

バッ

反射的に飛鳥は体を回すとレスリングの要領で相手の脚を掴もうとした。

しかし、

フッ

飛鳥の背後に居た影はまるでかき消すように消えると、

飛鳥の腕は空しく空を切る。

「よけられた!!」

自分の攻撃をかわされたことに飛鳥はショックを受けるものの

これが彼女の闘志を一層かき立てた。

「面白い…」

ペロリ

飛鳥はそう呟いて指を軽く舐めていると、

フッ

また飛鳥の背後に気配が立った。

「そこかっ」

さっきよりも短時間で飛鳥は飛びかかるが、

しかし、彼女の背後に立つ影はまるで逃げ水の如く消えると、

スグにその背後に立った。

「くっそぅ」

路面に手をつき、

まるで獲物の気配を探る猛獣の如く飛鳥は闇を睨みつける。

とその時、

『ふふふふ…

 お強いですね』

と言う男の声があたりに響いた。

「っ!

 お前は、犯人かっ」

その声に飛鳥は叫ぶと、

『犯人?

 ははは…

 私は犯罪者ではない。

 なぜならば罪を犯していないからだ』

と声は答えた。

「なにをっ

 お前は多くの女性を攫っているだろうが」

立ち上がった飛鳥がそう怒鳴ると、

『攫う?

 おかしな物言いだなぁ

 私はただその人達の心の姿にしているだけですよ』

飛鳥の質問に声はそう答えると、

『このようにね』

と告げた途端、

プスッ!!

飛鳥の首筋に一本の注射針が突き刺さった。

「あっ!!」

それに気づいた飛鳥が振り向こうとすると、

『おぉっと

 動かないで、
 
 この針はいまは静脈に刺さっているけど、

 でも、君が暴れればその奥にある動脈を刺すよ、

 君も知っているだろう?

 動脈が傷つけられるとどうなるかって…』

「なっ」

『動脈が傷つけられた途端、

 君は首から鮮血を吹き上げながら絶命するんだよ、

 もっともその瞬間に意識を無くすから、

 痛いって感じることはないけどね、

 でも、死ぬのはイヤだろう』

一本の針で飛鳥の生殺与奪権を握った声はそう告げると、

「くっ」

その一言で屈強な飛鳥の身体は

まるで見えない鎖で縛り付けられたように動かなくなってしまった。

『そうそう…

 ジッとしていなさい。
 
 スグに終わるから…』

飛鳥の抵抗を奪ったことを誇るかのように声はそう告げると、

グッ

針の先に付いている注射器のシリンダーを押し込み始めた。

ジワッ

注射器の中に入っている液体がゆっくりと飛鳥の体内へと注がれていく、

「なっ何をしている…」

体内に何かを注入されていることを感じながら飛鳥は尋ねると、

『ふふふふふふふ…』

声は不敵な笑いを上げた。

「何がおかしい!!」

その声に飛鳥がカッとなると、

『君は一体何になるんだろうねぇ』

と声は飛鳥に囁いた。

「なっ?」



『いいっ、

 あなたはトラ。

 トラのように相手を威嚇し、

 そして確実に仕留める。

 いいわねっ』

試合の時、相手に押され気味のだった飛鳥にコーチが告げた言葉が頭をよぎった。

「そうだ、あたしはトラだ、

 トラのように気配を探り

 そして攻撃をするっ

 コレがあたしの攻撃方法」

飛鳥はそう思うと、

針が飛鳥の首から離れた途端、

スッ

飛鳥はすかさず向きを変えながら腰を落としゆっくりと構えた。

しかし、

ニッ

そんな彼女の様子を眺める影が微かに笑うと、

フッ

っと姿を消した。

「待て!!」

飛鳥はそう叫びながら、

全神経を集中させて影の気配を探った。

「あたしは…トラだ…」

そう思いながら…

とそのとき、

ドクン…

飛鳥の体内で何かが蠢き始めた。

しかし、飛鳥はそれには注意を向けずただひたすら気配を追う、

「何処だ?」

ドクン…

「何処にいる?」

ドクン…

ドクン…

ジワリ、

飛鳥の額に汗が滲み出ると頬を伝わるようにして流れ落ちていく、

ドクン…

ドクン…

「くはぁ(はぁはぁ)」

すると、

突如長時間のスパーリングをしていたかのように飛鳥の息が荒れ始めてきた。

「くそ(はぁはぁ)

 どうなってんだ…
 
 身体が(はぁ)
 
 身体が…
 
 燃えるように熱い」

ダラダラの流れ落ちる汗を拭いながら飛鳥は身体の変化に戸惑い始めた。

「はぁはぁ

 くっ」

ポタ…ポタ…

まるで、シャワーを浴びたかのように飛鳥の身体から汗が流れ落ちると、

下の路面には黒い斑模様が見る見る広がっていった。

すると、

スッ

飛鳥の右手が動くと、

シュルッ

制服の胸のリボンを解き、

グィッ

っと胸元を大きく開かせた。

その途端、

ザワッ

飛鳥の胸元の奥から白い毛が姿を見せるが、

しかし、飛鳥自身はまだこのことに気づいていなかった。

「くっ

 熱い…
 
 熱い!!」

飛鳥は必死になって集中ようとするものの、

次第に身を焦がすような熱さに次第に集中力が途切れ始めた。

はぁはぁ

はぁはぁ

飛鳥の息は更に荒れてくると、

ジワジワ…

飛鳥の脚や腕に赤茶色の毛が沸き出すように姿を見せると肌を覆っていった。

「ん?なっ何が起きて居るんだ?」

肌の表面がザワザワと動きだした感覚にようやく飛鳥が自分の右腕を見ると、

「ひぃ!!!」

夜空に飛鳥の悲鳴が上がった。

「なっなっなっ

 何よこれぇ!!」

ファサッ!!

自分の右腕を二分するように覆う赤茶色と白い毛に飛鳥は驚くと、

あわてて左腕や脚を見ると、そこにもびっしりと生えそろっていた。

それらを見た途端、

「いやぁぁぁぁぁ!!!」

再び飛鳥の悲鳴が上がった。

「いや

 いや

 いや」

悲鳴を上げながら飛鳥はその場に制服を脱ぎ捨てると、

文字通り毛むくじゃらになった自分の身体に驚愕する。

「なんで…

 そんなぁ…」

身体全体を覆う2色の毛に飛鳥は呆然としていると、

ザワッ

その毛を切り裂くようにして黒い毛が生え始めてきた。

「なっ」

生え始めた黒い毛によって見る見る飛鳥の身体は”トラジマ”になっていく、


そして、 メリメリメリ!!! と言う音共に飛鳥の骨格が変わり始めた。 「いやっ  やめて!!」 変形していく手を押さえながら飛鳥は蹲ると、 ブチッ!! 下着を引き裂きながら モリッ!! とした膨らみがお尻の上に盛り上がった。 そして、その膨らみはゆっくりと伸び始めると、 やがてそれは尻尾へと姿を変えていく、 そして、その間にも 飛鳥の掌が5本の指を飲み込むように大きくなると、 変わりに肉球が姿を見せ、 「あっあっあっ」 苦しさから顔を上げた飛鳥の口が裂けると牙が姿を見せ、 続いて、鼻が潰れるように平たくなっていくと口と共に前へと突き出していった。 バキバキ 「くぉぉぉぉっ」 顔の変形と共に顎と舌の形が変わると飛鳥は言葉を失った。 「ぐぉぉぉぉぉ  ぐぉぉぉぉぉ!!」 猛獣が唸るような声を上げながら 飛鳥は変身の苦しさから逃れるように転げ回り始めた。 その間にも飛鳥の変身は進み、 ミシッ 腰骨が変形するとそれに合わせるように飛鳥の脚の付け根の筋の張り方が変わり、 飛鳥は足だけで立てなくなってしまった。 けど、 「うっうっ」 飛鳥は長く伸びた尾を動かしながら必死で立ち上がろうとするが、 メキメキっ 飛鳥の身体から鎖骨が消えると肋骨も変形し、 腕と脚が同じ長さに揃ってしまうと、 事実上、飛鳥は4つ脚になってしまった。 「がおっ  がおっ」 4つ脚で起きあがった飛鳥は何かを訴えるが、 その声は低い唸り声にか過ぎなくなっていた。 ピクピク 髪の毛が抜け落ち、代わりに赤茶の獣毛に覆われた頭には耳が動き始め、 金色の瞳がキュッと一度細くなった後に 周囲の明かりに会わせてグッと大きく広がった。 「るるるるるるるるる…」 うなり声を上げながらグルグルとその場を回り始めた飛鳥の姿は 誰が見ても猛獣のトラと化していた。 ヒュンっ トラとなった飛鳥の目の前に影がおり立つと、 「がおぉぉぉっ」 飛鳥は影に向かって吠え掛かる、 しかし 影は動じることなく、 スッ っと手を翳すと、 ググッ 飛鳥は手から漏れてくる気迫に押されるようにして後ずさりをすると、 その場に座り込んでしまった。 その時、 サァッ 月明かりが男の顔を照らし出すと、 そこには笑みを浮かべる月夜野の姿があった。 「さぁ…  黒川飛鳥…  君がこれから生きていくところに連れて行ってあげよう」 月夜野はトラになった飛鳥に向かってそう言うと、 天空に掛かる満月を仰ぎ見て、 「…あぁ、今夜も月が綺麗だ…」 と呟いた。 生物教師・月夜野 しかし、彼にはもう一つの名前があった。 ”Dr.ナイト”… 彼の魔の手が次に狙う獲物はすでに決まっている。 おわり