風祭文庫・獣の館






「Dr.ナイトの人体実験」
【レポート10:君恵の場合】



作・風祭玲


Vol.353





キーンコーン…

調理実習の時間。

「よっ」

パカッ

片手で持った卵を宮本君恵が慣れた手つきで卵を割っていくと、

彼女の前に置かれたボールの中に次々と白身と黄身が流し込まれていく。

「うわぁぁ」

「凄いっ」

「宮本さんって片手で卵を割れるんだぁ」

君恵の手さばきに感心しながら班の女子が彼女の周囲に集まってくると、

たちまち君恵の周りには人だかりが出来てしまった。

「そっそんなことないよ…

 誰だって練習をすれば出来るようになるって…」

注目を浴び、やや恥ずかしげに君恵はそう言うと、

「あたしなんてこの間それをやろうとしたら、

 ママに怒られてさ…」

「うんうん、

 うちもそうよ」

と言う声が次々と女子の間から挙がる。

「そうかなぁ…」

そんな声に戸惑いながら君恵はテキパキとボールに入れた卵を解き、

そして、調味料を加えて味を整えた後に熱した卵焼き器の中に流し込むと、

ジュワァァァ…

流し込まれた解き卵は菜箸と卵焼き器によってくるくると巻かれ、

次第にだし巻き卵へと姿を変えていった。

「へぇぇぇ…」

見る見る出来上がっていくその様子に再び感嘆の声が挙がると、

「………」

君恵は緊張した手つきで、

ポンッ

と出来上がっただし巻き卵は卵焼き器から俎板の上へと乗せた。

そして、

スッ

スッ

っと手際よく包丁で切って行くと、

その切り口には見事な渦巻き模様が出来上がっていた。

パチパチパチ!!

渦巻き模様が出た途端、一斉に拍手がわき起こる。

すると、

「どれ?

 ちょっと味見させて…」

そう言いながらジッと眺めていた夏美が後ろから割り込んでくると、

まだ湯気が立つ厚焼きタマゴをヒョイと抓んで口に運ぶと、

パクリと食べてしまった。

「あっ、夏美っ!」

それに気づいた君恵が声を上げるが、

しかし、その時には既にだし巻き卵は夏美の口の中に収まっていた。

「うん、

 卵の選定と言い、

 調味料の加減と言い、

 実にいい仕事をしていますねぇ…」

だし巻き卵をごくりと飲み込んで夏美がそう言うと、

「もぅ…」

夏美を横目にして君恵は膨れっ面をした。

「まぁまぁ…

 いいじゃないっ

 別に全部食べた訳じゃなぁないんだし、

 ちゃんと、月夜野先生の分はあるんだからね」

夏美はそう言いながら、そんな君恵の背中を叩くと、

「いっいいじゃないっ!

 そんなこと!」

君恵は顔を真っ赤にして夏美に食ってかかってきた。

「あのね、君恵…

 そうやってムキになればなるほど、

 君恵が月夜野先生に夢中てことがバレバレになるのよ、

 と言っても、クラスの女子はもぅ全員知っているけどね」

夏美は意地悪そうな表情をしながら君恵にそう言った。

「………」

その途端、君恵は無数の視線を感じると、

サササ

っと俎板のだし巻き卵を用意していたパックに詰め始める。

「まぁ用意のいいことで…」

手際のいい君恵の様子を見ながら夏美が横目で見ながらそう言うと、

「うっうるさいっ!」

ジッと下を向いたまま君恵は怒鳴り声をあげた。



キーンコーン、

そして迎えた昼休み。

「あっあのぅ…月夜野先生っ」

料理実習で作っただし巻き卵が入った塩ビのパックを手に

職員室を訪れた君恵は自席でお茶を飲んでいる月夜野に声を掛けた。

「ん?

 なんだね?」

トレードマークになっている白衣姿の月夜野は掛けられた声に振り返ると、

「実は…その…あの…」

君恵は少しモジモジしたあと意を決すると

「(えい)これっ、実習で作ったんだけど食べて貰えますか?」

と言いながらパックを差し出した。

「ん?」

差し出されたパックを受け取った月夜野はそれを開くと、

「おぉ…卵料理か…」

と驚きながら中身を見た。

「へっ下手くそだけど…」

月夜野の反応に君恵は恥ずかしげにそう返事をすると、

「どれどれ」

月夜野は差し出された料理を一口抓んで口に運び、

「んん…

 いや、美味しいよ」

と頬張りながら感想を告げた。

「ほっ本当ですか?」

月夜野の感想に君恵は身を乗り出すようにして聞き返すと、

「うん…

 これだけ卵の風味を見事に引き出しただし巻き卵はあまり出会ったことはないな」

2つ目を口に運びながら月夜野がそう返事をすると、

「あっありがとうございます」

君恵は月夜野に向かって何度も頭を下げた。

「いや、そんなに感謝しなくても…」

君恵の喜びように月夜野は困惑しながらそう言うと、

「とっところで、

 月夜野先生はどういう料理が好きなんですか?」

伺うように君恵が尋ねてきた。

「僕かぁ?

 う〜ん、そうだなぁ…

 卵料理は何でも好きだけど、

 特に産み立ての卵を生でクッと飲むのが一番かな、

 あっでも、これは料理じゃなかったね」

月夜野は飲み干す仕草をしながらそう言うと軽く笑いながら頭を掻いた。

「あははは…

 そうですよね。

 生で飲むのが体にいいかも知れませんよね。」

つられるようにして君恵が笑うと、

「そうだ、

 じゃぁ今度、生卵を持ってきますね。

 実はあたしんち、鶏を飼って居るんです。

 だから何時も新鮮な卵が手に入るんですよ。

 では、失礼します」

君恵はそうことわって職員室を後にした。



「いやぁ、生徒の手料理ですかぁ…

 羨ましいですなぁ」

君恵が居なくなった後、

同僚の教師がパックを覗き込みながらそう言うと、

「あっ、

 本田先生も如何です?

 なかなか、美味しいですよ」

月夜野はそう言いながらパックを教師に差し出し、

「そうだ、今夜は君にしよう、

 僕は…君が産み落とした卵を飲んでみたくなったよ…」

と呟きながら君恵が去っていったドアを眺めていた。



「もぅ、夏美ったら、

 ノート写させてって、
 
 あたしのノート全部写したものだから、

 すっかり遅くなっちゃったじゃない」

ふてくされながら君恵が駅の改札口を抜けると、

秋の夜空に掛かっている満月が君恵を照らし出した。

「はぁ…

 ママ、怒るだろうなぁ…」

そんな月を見上げながら君恵はそう呟くと、

足早に駅前広場を早歩きで歩いていった。



君恵の家は代々続く農家であるが、

しかし、その周囲は急速に宅地開発され、

かつては雑木林に取り囲まれていた君恵の家も

そのすぐ傍にまでブルトーザが入っていた。

「なんか、すっかり変わっちゃって…

 でも、昔の方が好きだったけどなぁ」

次第に変わっていく佇まいを見ながら君恵はそう呟くと

目の前を走る国道を渡った。

しかし、

ヒュンッ

その君恵のスグ後を黒い影が追っていることに彼女はまだ気づいては居なかった。

国道から離れ、宅地開発中の一本道を進み始めた君恵の前に、

この近辺で連続して起きた行方不明事件に関する情報提供を呼びかけるポスターが

君恵の視界に入ってきた。

「…………」

君恵はそのポスターを複雑な表情で眺めると

ゾクッ

ふと、言いようもない不安に駆られた。

「何かが自分の背後に迫っている…」

そう感じ取った君恵はクルリと振り返るが、

しかし、彼女の背後には何も居なかった。

「きのせい?」

一時はそう思ったが、

しかし、君恵は鞄を抱きかかえると、小走りで走り出してしまった。

一本道を照らし出す蛍光灯の列がまるで異世界へ誘うように見えてくる。

ハァハァハァ

そして、その下を君恵は息を切らせながら走っていく。

理由は判らない、

ただ、殺気に妙な胸騒ぎが彼女の脚を前へと動かしていた。

すると、

ヒタッヒタッヒタッ

君恵のスグ後ろから誰かが追いかけてくる音が聞こえてきた。

「誰か…居る…」

次第に背後から忍び寄ってくる影に君恵は恐怖を感じると、

君恵は鞄を放り出すと全速力で走り始めた。

「いやっ

 いやっ!
 
 いやっ!!
 
 誰か助けてぇ!!」

半ば泣きながら君恵は走っていくと

自宅を間近にした角のところで、

「きゃっ」

ズザザザザザ

ついに君恵は躓くと思いっきり転んでしまった。

「痛い…」

転んだ弾みで膝を擦り剥いてしまいジワリと患部から血が流れ落ち始めた。

「痛いよぉ…」

半ば泣きべそをかきながら君恵は起きあがり、

そして血が流れる脚を庇いつつ前に進もうとした途端、

ザワッ

君恵の周囲が異様な雰囲気に包み込まれた。

「え?」

ジワリ

夜の闇がゆっくりと君恵に手を伸ばしてくる、

「いやぁぁ

 こっ来ないで」

そう叫びながら君恵が押し寄せてくる闇を振り払ったとき、

グッ

闇の中から伸びてきた手が君恵の口が塞いだ。

「むぐぅぅぅぅぅぅ(いやぁぁぁぁぁ)」

口を塞がれた君恵は悲鳴を上げるが、

しかし、その声は響き渡ることはなかった。

そして、

チクリ!!

君恵の首筋に針のようなものが刺さると、

『動かないでぇ…

 動くと、あの世に行っちゃうよぉ…』

とまるで死に神が囁くような声が君恵の耳に響き渡った。

その途端、君恵の身体はまるで金縛りにあったかのように動かなくなってしまった。

「あっあっあ…」

言霊で身体の自由を奪われた君恵は目をまん丸に剥き、

そして、体の中に入ってくる液体を感じていた。

「いやぁ

 何が入ってくる。
 
 やっ止めてぇ」

君恵は譫言のようにそう繰り返すが、

しかし、

ジワリ…

体の中に流し込まれた液体の先端が見る見る熱くなってくると、

君恵の身体を内側から焦がし始めた。

「あっ熱い…

 熱いよぉ!!」

滝のような汗を吹き出しながら君恵は藻掻き始める。

『ふふ…

 熱いのか?、
 
 そうだろう。
 
 さぁ、そんなに熱いのなら、こんな服は脱いで仕舞ったらどうだ』

”声”は君恵に向かってそう告げるとふっと君恵を自由にした。

その途端、

「熱い熱い!」

君恵はそう言いながら、

バッバッバ

っと次々と制服を脱ぎ捨てていくと瞬く間に裸になってしまった。

しかし、

「熱い!!

 なんとかしてぇ
 
 お願い、このままじゃ焦げちゃうよぉ」

全裸になった君恵は道路上を転げ回りながら悲鳴を上げる。

『ははは…

 そうそう、君には服なんてもぅ要らないんだよ。

 さぁ変身が始まるよ、
 
 君恵くん、君は一体何になるんだい?』

そんな君恵を見下ろすように”声”はそう告げた途端、

「え?」

その言葉を聞いた君恵の身体はピタリと止まった。

「変身?」

『そう、変身だよっ

 そうそう、君の家では鶏を飼っているそうだねぇ…

 産みたての卵というのは美味しいって聞いたけど』

”声”はそう話しかけてくると、

「あっ」

君恵の脳裏に真っ白な鶏の姿が浮かんだ。

その途端、

ゾワッ

君恵の腕に悪寒に近い何とも言いようのない感覚が走り抜けていった。

「なに?」

その感覚に君恵は自分の腕を見ると、

ジワッ

白い綿毛のようなものが彼女の腕中からわき始めた。

「いやぁぁ!!

 なによこれぇ!!」

ジワジワと沸き出してくる綿毛に君恵が悲鳴を上げると、

『ふふふふふ…』

”声”は不敵な笑い声を上げた。

「いやだ!

 いやだ!!」

君恵は無我夢中になって綿毛を毟り取るが、

しかし、幾ら毟っても綿毛は次々と生え、

さらに、毟り残した綿毛は鳥の羽毛のような形に成長していった。

「いやぁぁ

 いやぁぁ」

君恵は羽毛を毟るのを止めるとその場に座り込み両手で顔を覆ったが、

だが、君恵のその手は次第に退化していくと羽毛の中へと消えていった。

「ひぃぃ!!」

バサバサ!!

すっかり鳥の翼のような姿に変わってしまった両腕に君恵が驚くと、

メリメリメリ!!

今度は彼女の胸が前に突き出しはじめた。

その一方で、

君恵の背中が思いっきり反っていくと、

ジワジワジワ

体中から白い綿毛が一斉に吹き出し始めた。

「ぐぉぉぉぉぉ

 ぐぉぉぉぉぉ」

顎を高く上げ、

君恵は異様な声を絞り出すようにしてあげ始める。

『ふむっ』

次第に人でなくなっていく君恵の姿を”声”は満足そうに呟いた。

メリメリメリ!!

大きく口を開ける君恵の口が徐々に硬化していくと、

ググググ…

硬化した口は次第に嘴に姿を変え尖っていった。

すると、

「くあぁぁぁぁ」

頭に激痛が走ると、

ベリベリベリ!!

君恵の額から後頭部に掛けて赤い肉腫が盛り上がっていくと鶏冠となって頭を飾った。

その一方で、

メリメリメリ

骨盤が大きく変形をすると、

君恵の秘所も姿を変え、

股間の女性器は排泄腔へと姿を変えていった。

グルグルグル

「くぇぇぇぇぇ(助けて)」

君恵の瞳は大きく見開き、

「くぇぇぇぇ(誰か)」

脚は3本の指が大きく発達していくと鋭い爪が伸びていく、

「くっくぇ…(おっお願い)

 くこっ(助け)
 
 こっこっこっ(助けて)」


綿毛が羽に姿を変え、伸びていった尾羽がピンと立ってくると、 「こっこっこ…(いや)  こっこっこ(いやぁぁ)」 人の姿を失った君恵はそう鳴きながら歩き始めた。 そして、 『さぁ…  君恵ちゃん…    思いっきり鳴いてごらん。    君が鳴いたとき、    君は人でなくなるんだよ    さぁ』 ”声”に誘われるようにして、 君恵はバサバサと羽を羽ばたかせると、 「こっ(いやぁ…)  こォ(いやぁ…)  コォ(いやぁ)    コォ(いやぁ)    コケコッコー(いやぁぁぁぁぁ)!!!」 雌鶏になった君恵は夜空に掛かる満月に向かって大声をあげてしまった。 と同時に、 ニュルン コトッ 君恵は排泄腔が真っ白い卵を1つ吐き出すと、路上に産卵をしてしまった。 『ほぅ…  うまそうな卵だな』 影はそう言いながら路上に転がる卵を拾い上げると、 「さぁ見てごらん、  これは君恵ちゃんが産んだ卵だよ、  そう、君恵ちゃんはもぅ人間ではないんだよ、  僕のために料理を作ることは出来なくなったけど、  でも、こうして卵を産むコトが出来る鶏になったんだよ」 と影は君恵に正体を見せると言い聞かせるようにして告げた。 「コッコ…(そんな…)  コッ(月夜野先生なの?)    コッ(なんで?)    コッ(そんな…)」 闇の中から出てきた月夜野の姿に 赤い鶏冠を振り回しながら君恵は呆然としていると、 「さぁ…  君がこれから生きていくところに連れて行ってあげよう、  そこで、毎日休まずに卵を産むんだ。  そう、僕のためにね」 月夜野はそう言うと、満月を仰ぎ見ると、 「…あぁ、今夜も月が綺麗だ…」 と呟いた。 生物教師・月夜野 しかし、彼にはもう一つの名前があった。 ”Dr.ナイト”… 彼の魔の手が次に狙う獲物はすでに決まっている。 おわり