ザワッ… ココはとある新興住宅地から離れた山中にある古びた洋館… ツタに覆われたその屋敷の奥で、 一人の男がグラスに注がれた洋酒を嗜みながらじっと正面を見据えていた。 そう、男の前には巨大な水槽があり、 その中では朱色の鱗を輝かせながら泳ぐ数人の人魚と1頭のイルカが戯れている。 そんな人魚達を眺めながら、 「ふふふ…」 男は笑みを浮かべていると、 スッ 一人の人影が彼の後ろに立った。 「誰だ…」 振り返りもせずに男は声を上げると、 「お迎えに参りました、月夜野政志様… いや、Dr.ナイト様とお呼びした方がよろしいかな?」 と人影が告げる。 「迎え?」 その言葉に男は視線を横に向けると、 「はいっ、我が組織ではあなた様を是非必要としています」 人影は男に向かってそう続けた。 「断る。 と言ったら?」 人影が言い終わらないウチに即差に男が返事をすると、 「いえあなた様は、私の申し出を断ることは出来ません、 あなた様のお父上のように…」 人影がそう言うや否や、 「私に向かって親父の話をするな」 男が怒鳴った。 「コレは失礼… しかし、あなた様が私どもの元に来ていただければ、 きわめて有益なことだとわたしは思いますが…」 「だまれ、わたしは誰からも束縛はされない、 ココはわたしのアトリエだ、 スグに出ていってくれ!!」 ギュッ そう叫ぶ男の手にはすでに拳銃が握りしめられていた。 「畏まりました… 今日の所はこのまま引き上げましょう、 でも、必ずや私どもの元に来ていただきますよ、 Dr.ナイト様…」 人影は男にそう告げると、 フッ と姿を消した。 「………」 男は視線を戻すと、 この一件を忘れるかのように グッ と酒をひと飲みすると、部屋を出ていった。 やがて夜が明ける… 「あっまた行方不明になったんだ…」 夕方、改札口を抜けた川島七瀬は駅前に張られている行方不明者リストに また新しい名前が加わっていることに気づくとそう呟いた。 そして、 「これだけの人が行方不明になっているのに、 マスコミはおろか肝心の警察も真剣に捜索を していないだなんてどう言うこと?」 と怪事件続発の割には緊張感が無く、 他の駅前とあまり変わらないこの雰囲気に疑問を持っていた。 「大体… これだけの人が行方不明になっているのなら、 当然マスコミは騒ぐし、 警察も厳重な警戒を引くと思うんだど…」 駅を出た七瀬はそう思いながら交番の前を通ってみると、 中では一人の警察官が日常の業務を行っていた。 「はぁ…緊張感”0”ね… これじゃぁ誘拐犯に ”どうぞ好き放題やってください” って言っているのと同じじゃない。 これじゃぁ、自分の身は自分で守るしかないわ」 そんな警察官の様子を見ながら七瀬はそう呟くと 西の空で輝く星を見ながら決意を新たにするが、 しかし、彼女の心の内では あまりにも無関心すぎるこの街の雰囲気に恐怖を感じていた。 すると、 「…川島七瀬… 今夜のターゲット確認」 ひとり拳を振り上げている七瀬のスグ後ろを そう呟きながら七瀬を指さす妖しげな人影がついてきていることに 彼女は未だ気づいてはいなかった。 しかし、七瀬がココまで強気なのはワケがあった。 そう、彼女は空手2段の腕前で、 コレまでにも彼女を痴漢しようとしたり、 または因縁を付けてきた輩はことごとく成敗してきた実績があった。 故に七瀬にとっては今回の誘拐犯もそう言った類の輩だと思っていたのだった。 駅前通りから国道を渡り、 七瀬は脚は誘拐事件が多発している住宅地へと続く路地へ向かっていった。 やがて、七瀬の目前には延々と連なる街路灯の明かりが まるで葬列のように続く光景が続き始める。 「…はぁ… この景色って本当に鬱になるのよねぇ……」 その光景をみているウチにふと彼女の心の中に心細さが湧き始めた。 そして、それに気づいた七瀬が頭を振って弱気を追い払いだそうとしていたとき、 「こんばんわ…」 突然七瀬の背後から声をかけられた。 「キャッ!!」 不意を付かれたため、七瀬は思わず悲鳴を上げてしまう。 「…ふふ…かわいいですよ、いまの声は…」 「だれ?」 再び響いた声に恐る恐る七瀬が振り返ると、 月を背にした男が彼女の後ろに立っていた。 ――誘拐犯… 彼女は咄嗟にそう判断したが、 しかし、 相手に先手を打たれてしまったため劣勢に立たされててまった。 ――くそっ!! 七瀬は即座に構えるとなんとか男の雰囲気に飲み込まれまいとするが、 しかし、そのときはどういうワケか気持ちが落ち着かず、 また闘志も湧いてはこなかった。 ――なっどういうこと? これは… なかなかいつものモチベーションにならない自分に七瀬は苛立っていく。 「ほぉ…あなたは空手をしているのですか…」 七瀬の構えに男は感心したような台詞を吐くと、 「では…」 と続け、 スッ っと構えた。 ――コイツ… 七瀬は相手がそれなりの使い手であることを悟る。 と同時に男が彼女に向かって飛び込んできた。 気持ちが飲み込まれてしまっている七瀬は、 男の攻撃を交わそうとしたが、 しかし、 男の姿は目前で消えると、 ガシッ!! 七瀬は後ろから羽交い締めにされてしまった。 ――しまった。 判断ミスを後悔すると同時に プスッ!! 「ひっ」 七瀬の首筋に細く光る針が突き刺された。 「動かないでぇ… 動くと命がないよぉ」 男の言葉が七瀬を束縛する。 「…………」 七瀬は脂汗を流しながら視線を男の方へと向けるが、 しかし、男の素顔は影になっていて詳しくは見えなかった。 すると、そのとき ニヤッ 男の眼光が一瞬笑ったように見えた。 ゾクゥ… 言いようもない悪寒が七瀬の背筋を走る。 スッ… 男の手がゆっくりとシリンダーを押し込むと、 得体の知れない液体が彼女の体内へと入っていく。 程なくして背筋の悪寒は徐々に広がり七瀬の身体を覆い始めた。 「さっ寒い…」 針を抜き取られた七瀬はその場に蹲ると、 両手で自分の方を抱きしめ、 ガチガチ と震え始めた。 「寒い…」 見る見る七瀬の顔から赤みが引いていく、 そして青白くなった肌に プッ プッ プッ っと 銀色に輝く小さなウロコが現れ始めた。 「…なに… これぇ…」 手の甲に現れたウロコをみて七瀬が驚いた顔をする。 「…あなたは何になるのですか?」 落ち着いた声で男は七瀬にそう尋ねると、 「何になるって? あっあたしに何をしたんだ」 七瀬は男に向かって叫んだ。 すると、 「なぁに、あなたに相応しい身体を差し上げに来たんですよ」 と男は囁くようにして答える。 「…あたしにふさわしい?」 「そう、あなたに相応しい身体をね」 七瀬の言葉に男がそう告げた途端、 ドクン!! 七瀬の心臓は大きく鼓動した。 ドクン! ドクン!! ドクン!!! そしてそれに合わせて体中に次々とウロコが現れると、 次第に七瀬の身体を覆い始めて行く。 「ヤダ ヤダ ヤダ!!」 最初は手当たり次第に生えてきたウロコをむしり取っていた七瀬だったが、 しかし、追いつかなくなると、 「いやぁぁぁ!!」 叫び声を挙げながら頭を抱えるようにして蹲ってしまった。 しかし、 そんな彼女の手の甲を ジワジワジワ… と見る見るウロコが覆い尽くしていくと、 ミシミシミシ… 七瀬の首筋や背筋にもビッシリとウロコが覆い尽くし、 月の光を受けて妖しい輝きを放っていた。 バサバサバサ… くくり挙げていた頭の茶髪が落ちるようにして抜け落ちると、 ウロコに覆い尽くされていた頭皮が姿を現す。 「うっうぅぅぅ…」 変わり果てていく自分の身体を眺めながら七瀬は泣き始めたが、 しかし… 彼女の目からは涙が流れて来ることはなかった。 それどころか目を瞑るコトさえいつの間にか出来なくなっていた。 「そんな… 目が瞑れない…」 七瀬は丸い瞳を両手で覆い隠したが、 突然、左腕が音もなく身体から離れると、 ポトリ と下に落ちた。 「えぇぇぇぇ」 ピクピクと動くウロコに覆われた左腕を眺めながら 七瀬の思考は止まってしまった。 しかし、無意識に右手は左肩のあたりをまさぐっていた。 「うっ」 左腕があったあたりにはポッカリとえぐれた様な穴が開き、 その穴の中に手を入れると、 ビクッ っと言いようもない感覚が走った。 「あっいぃ…」 七瀬はその感覚に悶えたが、 しかし、それも長続きはしなかった。 そう、彼女の右腕も ボトッ っと落ちてしまったからだ。 「いやぁぁぁぁ!!」 両腕を失った七瀬は悲鳴を上げると、 急いで立ち上がろうとした。 けどそれが彼女の足の感覚の最後だった。 足に力を込めた途端。 ズルッ 七瀬の両足が身体から離れると、 ドサッ!! 手足を失った彼女の胴体は道路上に転がり落ちた。 ゴロン まるで切り出された丸太のように七瀬は転がると、 「手がぁ…足がぁ… 立てないよぉ〜」 と訴えながら必死になって這い始める。 すると、 ミシミシミシ… 七瀬の身体が徐々に細長くなっていくと、 ピチッ 無くなった手足の変わりに一本の尾が伸びはじめた。 ズル… ズル… 体格が変わった為に着ていた制服が脱げ落ちていくと、 ズズズズ… ズズズズ… 月明かりにウロコを輝かせて這う七瀬の姿はもはや蛇と言っても過言ではなかった。
ズズズズ… ズズズズ… 這いずり回るウチに手足があったところに出てきていた穴には 肉が盛り上がるようにして覆い隠し、 最初からそのようなものがなかったかのように痕跡を消してしまう。 やがて、 メキメキメキ… 七瀬の顔が顎を大きく張らせながら扁平になっていくと、 グボッ …ピュルッ!! 七瀬の舌が大きく膨らむと、 先が2つに割れた細長い形と変化していった。 そしてさらに、 ミシミシ… そして首元から尾にかけて身体の横方向に規則正しく筋が走ると、 ヌゥゥーー 七瀬は音もなく這うことが出来るようになってしまった。 ピュルピュル!! シャー!!(お願い、身体を元に戻して…) 男は青緑色の鱗に覆われ、 先が二つに分かれた舌を出し入れしながら身をくねらす蛇と化してしまった 七瀬を眺めると、 「ふっ、まぁわたしにかかればこんなものだな」 そう呟きながら、 「…あぁ、今夜も月が綺麗だ 俺はコレが一番性に合っている」 と浮かぶ月を眺めながらそう呟いた。 男の名は”Dr.ナイト”… 彼の魔の手が次に狙う獲物はすでに決まっている。 おわり