風祭文庫・獣の館






「Dr.ナイトの人体実験」
【レポート6:紀和の場合】



作・風祭玲


Vol.218





タ・タ・タ・タ・タ!!

ショートヘアを規則正しく右へ左へと動かしながら、

グラウンドのトラックを一人の少女が風を切って駆け抜けていく。

そして、その彼女を横目で見ながら、

「ラスト1周!!」

ラップを計っているジャージ姿の少女が声を上げた。

すると、

グン

心なしか彼女のスピードが上がった。

チチチチチ…

正確に時を刻む時計を見る彼女の表情が徐々に変わって行く

そして、

「ゴール!!」

少女がゴールに飛び込むのと同時に

カチッ!!

彼女はストップウォッチを押した。

「紀和!!っ

 すごい!!
 
 自己ベストをまた縮めたわよ!!」
 
と彼女はストップウォッチを眺めながら声を上げた。

しかし、

「そう?」

流れる汗をタオルで拭きながら紀和が軽く返事をすると、

「全く…あんたって…

 これだけのタイムを出していながら
 
 ケロッとして”そう?”って言うんだからねぇ…」

飽きれながら彼女が言うと、

「大会じゃぁこの程度のタイムは大したこと無いわよ」

そうストップウォッチを眺めながら紀和がそう返事をすると、

「全く可愛げが無いわねぇ…

 もぅちょっと
 
 ”やったぁ〜☆”
 
 とか
 
 ”うれしい〜☆”
 
 とか言えないの?」

呆れかえりながら彼女が言うと、

「あのねっ

 小学生じゃぁないんだから、

 そんなことでいちいち喜んではいられないのよ」

と紀和が返事をすると、

引き上げる支度を始めだした。

「ちょちょっとぉ…」

その様子に彼女が慌てると、

「悪いっ、今日は調子悪いんだ

 だから、練習はコレで終わり!!」

紀和は右手を小さく挙げながらそう返事をすると、

そのまま更衣室へと向かっていってしまった。

「…宮下はどうした?」

しばらくして遅れてやってきたコーチが紀和の姿が見えないことに声を上げると、

「調子が悪いって帰りましたぁ」

と彼女はそう返事をした。



ガチャッ!!

「ふぅ、やんなっちゃうわね…

 なんで他の人より足が速いと言うだけで陸上をやらなければならないのよ」

更衣室に戻った紀和はそう文句を言いながら着替え始める。

そう彼女が陸上部に籍を置いているのは、

本人の希望ではなく入学後の体力測定の際に見せた脚力の為だった。

「はぁ…中学の時の失敗は繰り返したくなかったのになぁ…」

紀和は別に走ることが根っから嫌いなわけではなかった。

ただ、練習と受験以外に何も出来なかった中学の二の舞だけは繰り返すまいと

心に誓っていたのであった。

「はぁ…全く走るだけが能の競走馬じゃないんだから、

 もぅちょっと人間らしい生活を送りたいわねぇ」

そう言いながら着替え終わった紀和は更衣室から出ると、

西に傾いた夕日を横目で見ながら学校を後にした。



「あれ?、また攫われたの…」

日が落ちた頃、自宅の最寄り駅に降り立った紀和は、

情報提供を呼びかける看板を見ながらそう呟く。

「…それにしても、

 最近多いわねぇ…

 でも、こうして行方不明になる人って、

 そのときはどんな風に感じていたなのかなぁ…

看板に視線を送りながら紀和はそう考えたが、

「…急ごう、急ごう!!」

頭を振ってそう自分に言い聞かせると、

月が昇り始めた町中を足早に駆け抜けていった。



すると、

サッ!!

駆け抜けていく彼女の後ろに怪しげな影が降り立った。

「宮下紀和…か…」

影はそう呟くと、

ヒュン!!

とまるで最初からそこには誰も居なかったかのように消えた。

ニィー

唯一の目撃者である三毛猫が鳴く。



タッタッタッ

開発中の町はスグにとぎれ、

紀和は林に囲まれた小さな道を持ち前の脚力で走っていた。

そして、ちいさな切り通しを抜けようとしたそのとき、

「宮下紀和さんですね…」

と言う男の声が紀和の耳元で鳴り響いた。

「キャッ!!」

紀和は小さな悲鳴を上げるとその場に立ち止まると、

ヒュン!!

一人の人影が紀和の目の前に降り立った。

「だっ誰?、あなた!!」

突然現れた影に紀和は驚きながら尋ねると、

「ほぉ…駅前からずっとジョギングですか?」

っと影は紀和の容姿を確かめるようにして尋ねた。

「そっそれが…なによっ」

その言葉に怯えながらも紀和が言い返すと、

「いえいえ…

 私はあなたの健脚ぶりに感心しているのですよ」

スゥゥゥゥ…

影は一歩前に出ると、

一人の怪しげな男に姿を変えた。

ピュッ

男の片手には妖しい光を放つ注射器が握られていた。

「………」

それを見た紀和は1・2歩後ずさりをすると、

タッ

来た道を急いで引き返そうとすると、

ガシッ

まるで瞬間移動をしたかのようにして男が紀和の目の前に現れ、

片腕で紀和を締め上げる。

「くっ苦しい…」

そう言いながら紀和は足をばたつかせていると、

プッ

彼女の首筋に注射器が突き立てたられた。

「あっ!!」

チクリとする痛みに紀和の動きが止まると、

「そーそ

 ジッとしていなさい、

 暴れると命がなくなるよぉ」

男は紀和に言い聞かせるようにしてゆっくりと呟いた。

そーっ

注射器のシリンダーが押し込まれ、

中の液体は見る見る紀和の体内へと注入されていく、

そして、離れ際に男が

「あなた…

 馬になってみたい…

 って思ったことはありませんか?」

と訊ねると、

「馬?」

紀和は思わず聞き返した。

その途端。

ドクン!!

紀和の心臓が大きく高鳴った。

「ほぅ…やっぱり馬になってみたいと思っていたんですか」

確信を持つようにして男が訊ねると、

「それがなんなのよ!!」

紀和が気丈に言い返すが、

しかし、

ドクン!!

再び心臓が痛く感じるほどの鼓動をする。

「なに?、どうしたの?」

身体の変化に紀和の心が動揺する。

すると、

メキメキメキ!!

突然脚から骨が軋む音が響き始めた。

「なっなに!?」

驚いて紀和が自分の脚に視線を移動させると、

ムキムキムキ!!!

脚の太股の筋肉が大きく張り出し、

それどころか続く腰回りの筋肉も発達し始めていた。

「いっいやぁぁぁぁ!!」

紀和は自分の身体の変化に目をまん丸にして驚く、

「ふふふ…」

それを眺めながら男が含み笑いをしていると、

ムキムキムキ!!

筋肉の発達は紀和の全身へとひろがり、

肩や腰回りに筋肉の陰影がくっきりと浮かび上がってきていた。

ブチッ

スカートのホックが飛ぶ。

「やだ、やだ、やだ」

紀和はその場に座り込むと筋肉で膨れあがっていく両肩を抱きしめながら泣き叫んだ。

すると、

ググググ…

ビリビリビリ!!

制服の上着も身体の変化についていけず引き裂けていく。

その一方で体脂肪は相当落ちているらしく、

肌の上には筋肉による筋が幾重にも走っていた。

しかし、紀和の変身はコレで終わりではなかった。

メキメキメキ!!

骨が再び鳴り響くと、

グリッ!!

グググググ…

足先が細かく痙攣をすると、

モリモリっ!!

指先が大きく膨れあがり始めた。

ビシッ

履いていた靴が無惨に引き裂けていく、

そして、

ベリッ!!

と言う音共に、黒い輝きを放つ逆U字型の馬蹄が紀和の両脚に姿を現すと、

「ひぃぃぃぃ!!」

カポン、カポン

っと馬蹄を鳴らしながら

紀和は自分の脚に生えた馬蹄を眺めながら悲鳴を上げた。

「そうそう、

 良いよぉ…

 その調子、その調子…」
 
男は頷きながら紀和が動物になっていく様子を満足そうに眺めていた。

しかし、その間にも紀和の変身は続き、

ジワッ…

っと彼女の日に焼けた肌に沸き出すようにしてこげ茶の毛が生えてくると、

徐々に太くなった両脚を包み込んでいく。

テヤ

月明かりを受け毛に覆われた馬の脚が怪しく輝きだした。

ジワジワジワ…

脚を覆い尽くした毛はさらに紀和の両脇を上半身へと駆け上がり

背中を覆うとそのまま腹の方へと広がっていく、

そして更に、

メキメキメキ!!

紀和の筋と骨盤が変形していくと彼女は脚が伸ばせなくなっていった。

ゴロン

仰向けに倒れた紀和の視界に馬の脚と化した両脚が入る。

「うっうぅぅっ…」

身体が変形していく苦しみと人でなくなっていく悲しみから、

紀和は声を押し殺して泣き始めたが、

しかし、その声は男にとって喜びの声にしか聞こえてはいなかった。

メキメキ!!!

紀和の両腕が見る見る伸び、

ムクムクムク…

バリッ!!

大きく腫れ上がった両手の皮膚を突き破って脚と同じような馬蹄が姿を現した。

そして、こげ茶色の毛が前足と化した腕を覆い尽くすと、

カッ!!

カッ!!

紀和はまるで子馬のような4つ脚で立ち上がった。


カタ、カタ、カタ… 初めて立つ4つ脚は不安定なせいか 紀和は盛んに脚を動かしてバランスを取る。 と同時に、 ムクムクムク… 内蔵も馬のそれとなり腹部が大きく膨れて行った。 ふぁさっ 黒く艶やかな毛を持つ尻尾が垂れ下がり、 ググググ… 首が長く伸びると、 モリモリモリ!! 首周りが太くなっていく、 「ふっーっ  ふっーっ」   荒く息をする紀和は顔を除いては馬と言って良い身体つきになっていた。 「さぁて、もぅすこしだよ…」 その紀和の姿を見て男はそう囁くと、 「ふっー  だっ誰が…    ふっー    馬なんかになるものですか」   紀和は男をにらみ付けながらそう怒鳴ったが、 しかし、 ジワッ… 首筋に鬣が生えてくると、 メリメリメリ!! ついに紀和の顔が変形し始めていった。 ググググ… 頭骨が細長く伸びていくと、 顎もそれに合わせるようにして伸びていく、 「あっあっあっ」 見開いた目が顔の両側に離れていくと、 後ろの景色が視界に入ってきた。 グゥゥゥゥゥン… 視界が変わってきたことで紀和は強烈な立ちくらみを覚える。 ムリムリ… 両耳が頭の上に立ち上がったとき、 「さぁ…思いっきり雄叫びを上げてごらん」 と男が紀和に言い聞かせるようにして言った途端。 「ブヒヒヒヒィィィィィィン!!(いやぁぁぁぁ!!)」 馬と化した紀和は後ろ足で立ち上がると思いっきり悲鳴を上げた。 パチパチパチ 「ははははは…  巧い巧い巧い  見事な馬の雄叫びだよ」 馬となった紀和の第一声に男は拍手をしながら満足そうに叫ぶと、 「…あぁ、今夜も月が綺麗だ」 と空に浮かぶ月を眺めながらそう呟いた。 男の名は”Dr.ナイト”… 彼の魔の手が次に狙う獲物はすでに決まっている。 おわり