風祭文庫・獣の館






「Dr.ナイトの人体実験」
【レポート5:圭子の場合】



作・風祭玲


Vol.216





ここは雑木林に囲まれた怪しげな古びた洋館の中にある実験室。

その隣にある飼育室で男は集めた実験動物たちを眺めていた。

それに対して、

「………」

不安そうな面もちで檻の中の獣たちは男を見つめている。

「ふぅぅぅ…実験動物も大分集まってきたな…」

満足そうに男は呟くと、

「ん?

 あっ…そうか…あいつがまだ居ないな…

 私としたことが…」

男は檻の中にある動物が未だ居ないことに気づくと、

「…よし…あの女なら私の希望に合う獣になるだろう」

そう呟きながら部屋を後にした。



「はぁぁぁ…」

そのころ白衣姿の小島圭子が大きくため息を吐いた。

「どうしたんです?、

 小島さん」

隣を歩いている同じ白衣姿の南真一が訊ねると、

「ん?

 明けても暮れても、ネズミの世話ばかり…
 
 いい加減イヤにならない?」

そう圭子は南に視線を送りながら訊ねると、

「そうですか?

 僕は好きですよ、こういうのは」

そう返事をしながらニッコリと微笑んだ。

「はぁ…良いわよね…南くんにはコレが天職で」

それを聞いた圭子は再びため息をもらした。



某製薬会社の研究所に勤める圭子は入社以来ずっと実験用ネズミの世話係だった。

最初のウチは新薬の実験に使われるネズミにはある種の同情をしていたが、

しかし、この仕事が長引くに連れ嫌気が差していた。

「まったく…こんなネズミさっさと死んでしまえばいいのに」

そう文句を言いながら圭子はネズミたちが入っているケースに

試験ごとに決められた餌を与えていく、

「まぁまぁ、ネズミたちもこうして人間の役に立って居るんですから」

宥めながら南が言うと、

「あたしもぅイヤ!!」

圭子はそう叫ぶと餌箱を放り投げてしまった。

「あっあっあっ!!」

南は慌ててそれをキャッチする。

「悪いけど、あたし今日早退するって主任に伝えて置いて」

圭子はそう南に言うとさっさと飼育室出ていってしまった。

「あっ、小島さん!!」

後から餌箱を抱えながら南が追いかけてくる。



それから約4時間後、

チャッ!!

カシャッ

圭子は自動改札機を抜けると駅前に立っていた。

勤め先を早引きした彼女は真っ直ぐ帰らず、

繁華街のブティックなどをしばらくふらついていたのであった。

そして、彼女が電車から降りたとき東の空には満月が顔を覗かせていた。

コツコツコツ…

靴を鳴らしながら駅前通りを過ぎると周囲の風景はたちまち人家が減り、

国道を横断すると道を照らす蛍光灯が列をなすだけの風景となった。

「…また行方不明になったの?」

道ばたに所々ある行方不明者の情報を求める看板を横目に

圭子がしばらく歩いていると、

「もしもし…」

と、突然声を掛けられた。

ドキッ

圭子の背中に冷たい物が走る。

「………」

恐る恐る振り返ると、

そこには一人の警察官が自転車を押しながら立っていた。

――あぁお巡りさんか…

ホッとしながら

「なにか?」

と圭子が警察官に訊ねると、

「いつもコレくらいの時間に歩いているのですか?」

と彼が尋ねてきた。

「えぇ…でも今日はちょっと早いでしょうか?」

圭子はそう答えると、

「実は先月の今ぐらいにこの辺で不審者を見かけたことがありますか?」

っと警官が訊ねると、

「……あぁ…例の行方不明事件のこと?」

圭子がそう聞き返すと、

「えぇ」

警官は圭子が何か知っていれば…と言うような表情をする。

「そうねぇ…

 別にコレといって見かけたことはないんだけど…

 ただ…」

と何かを思い出すジェスチャーをしながら言うと、

「ただ?」

警官は繰り返した。

「1週間くらい前かなぁ…

 駅のあたりでじっと誰かを待っている様な変な男を見たことがあるわ」

圭子は先週、駅前で目撃した奇妙な男のことを警察官に話した。



「はぁ…黒ずくめ…ですか?」

警官はメモを取りながら聞き返すと、

「えぇ…なんか気味の悪い男でしたよぉ」

圭子はその男の印象を警官に言うと、

「どうも貴重な情報をありがとうございました。

 今日は満月なので早めに帰宅してください、

 どうもこの犯人は満月の夜に犯行を行うようですから」

と告げると、

簡単な敬礼をして自転車を反転させると駅方向へと漕いでいった。

「誘拐犯か…」

圭子は黒みが増した空を眺めながら、男のことを思い出す。

そして、あのときの男の冷たい眼光を思い浮かべた途端、

ゾクッ

言いようもない悪寒が全身を駆け抜けていった。

「さっ、早く帰ろう」

そう呟いて再び圭子が歩き始めると、

サッ

彼女の後ろに黒い影が舞い降りた。

「ふふふふ…見つけた…

 今日の獲物…」

影はそう呟くと、

キラリ☆

と光る注射器を取り出した。

ピュッ!!

針の先から液体が迸る。



フンフン…

圭子が鼻歌を歌いながら雑木林にさしかかったとき、

サササ…

影は急速に圭子へと近づくと重なった。

フグッ!!

突然、口を塞がれ羽交い締めにされると、

圭子は抵抗しながら目を剥いて後ろを見ようとする。

そのとき、

プスッ

圭子の首筋に注射器の針が突き立てられた。

「…動かないでぇ…

 動くと死ぬよぉ…」

感情のこもっていない男の声が圭子の耳に入ってきた。

「うっ」

そして、その声が圭子を呪縛するようにして彼女の手足の動きを止めた。

「そーそー

 素直が一番だよぉ」

男はそう囁くと、

スゥー

っと注射器の中身を圭子の体内へと注ぎ込む。

「ぐぐぐぐぐ…」

圭子は男の行為を止めることは出来なかった。

やがて、すべての液体を注射すると、

圭子を束縛していた腕を外れると同時に

ドサッ

圭子はその場に跪いてしまった。

「ふふふふふ…

 大丈夫、
 
 もぅスグ君は人間では無くなるよ」

男は圭子にそう言うと、

「人間に?」

圭子はハッと目を開けると思わず男を見上げた。

「くくくく…

 さぁ君は何になるのかな?
 
 早く、私に見せておくれ…
 
 君の変身を…」

月明かりに照らし出された男の顔に笑みが浮かぶ、

ガバッ

圭子はスグに立ち上がるとその場から走り出した。

――このままココにいては危険だ…

圭子の直感が彼女をその行動に狩り立たせていた。

しかし、

ドクン!!

10mも走らないウチに、

彼女の心臓が大きく高鳴った。

ドクン

ドクン

ドクン

――なっなにコレ?

圭子は立ち止まると胸に手を置いた。

ドクン

ドクン

心臓はまるで胸から飛び出さないかのようにして鼓動を続ける様子が手に伝わって来る。

「…薬が回ってきたみたいだね…

 ほらっ
 
 君の身体に毛が生えてきたよ」

男は歩きながら寄ってくると、

圭子の身体に現れ始めた異変を指摘した。

「毛?」

恐る恐る圭子が自分の腕を見てみると、

ジワジワジワ…

彼女の腕に暗い茶褐色の毛がビッシリと生え始めていた。

「いやぁぁぁぁぁ!!

 なにこれぇ!!」
 
圭子が悲鳴を上げると、

ガクン!!

急に脚の力が抜け、

ドタッ!!

その場に蹲った。

「うぅぅぅぅ…」

圭子がうめき声をあげていると、

メキメキメキ!!

ゴキゴキゴキ!!

彼女の体中から骨が軋む音が響きはじめ、

程なくして

グリグリグリ!!

っと脚の筋肉の付き方が変わり始めだした。

「あぁ…立てない…」

圭子は必死になって立ち上がろうとするが、

しかし、いくら力を込めても膝を伸ばすコトが出来なくなっていた。

「なんで!なんで?」

道端の木に掴まりながらも圭子はなおも立ち上がろうとするが、

しかし、彼女の脚は早いスピードで短くなり、

また股には筋肉が発達して行っていた。

グググググ…

そして手も足と同じように短くなっていく、

「そんな…」

圭子は前屈みのまま両手を地面につける。

すると、それが合図になって、

ムリムリムリ…

彼女の身体は大きく張り出していった。

ビリビリビリ!!

身体の変化に付いていけなくなった服が引き裂けていく、

バリッ!!

靴をはじき飛ばして、

長くなった足が表に姿を現した。

「あっあっあっ

 いっいやぁぁぁぁ!!」
 
悲鳴を上げながら圭子はついに自分の裸体を月明かりにさらけ出してしまった。

しかし、

彼女の身体はすでに濃い毛に覆われ、

肌が露出しているの手足の先と顔だけになっていた。

「ふふふふ…」

男はただ笑みを浮かべながら圭子が変身していくのを眺めていた。

モコッ!!

彼女のお尻が膨らむと毛が生えていない鞭のような尻尾が伸びていく、

それだけではない、

圭子の顔も細長く変化していった。

「…ちっチューチュー」

変化していく彼女の口からついにネズミの鳴き声が響き始めた。


「…チューー(いやぁぁぁ)」 鼻をヒクヒクさせながら忙しなく圭子は悲鳴を上げる。 「ほほぅ…  わたしが睨んだとおり、君は立派なネズミになってくれたね」   男は腕を組みながら巨大なネズミと化した圭子を眺めていた。 「チューチューチュー(いやぁぁ、ネズミなんていやぁ)」 圭子は必死になって叫ぶが、 しかし、男にはネズミの鳴き声にしか聞こえなくなっていた。 「何を言っているのかな?」 ムリムリムリ… 頭から円形の耳が広がっていく圭子を見ながらそう囁くと、 グィッ と眼鏡をあげながら、 「君はもぅ人間ではないのだよ。  ネズミなんだよ…    さぁ君の仲間がいっぱいいる所へ案内してあげよう」 男は圭子にそう言うと、 「…あぁ、今夜も月が綺麗だ」 と空に浮かぶ月を眺めながらそう呟いた。 男の名は”Dr.ナイト”… 彼の魔の手が次に狙う獲物はすでに決まっている。 おわり