風祭文庫・獣の館






「Dr.ナイトの人体実験」
【レポート4:夏子の場合】



作・風祭玲


Vol.215





昼休みの教室、

セッセ

セッセ

っと一人の少女が賢明に編み物をしている。

「何やっているの?」

その様子を見た別の少女が声を掛けると、

「…ごめん、ちょっと、声を掛けないで…」

彼女はそう告げると、

再び編み物に専念し始めた。

「夏子ったら何そんなに夢中になっているの?」

「等々力先輩の誕生日に手編みのマフラーを送るんだって…」

「だっていま夏よ!!」

夏服姿の少女達が囁きあうと、

一人の少女が、

「夏子の性格を考えなよ、

 今から手をつけておかないと、

 2月の先輩の誕生日に間に合わないでしょう」

と肩を窄めながら説明した。

「まぁ…製作期間が半年以上もあればどんなもんでも間に合うわね」

そう少女が言うと、

「いや、きっと前日は徹夜になると思うよ」

とさっきの少女が指を差してそう言った途端。

「うっきぃぃぃぃ!!」

夏子は奇声を上げると編み始めたばかりのマフラーを放り出してしまった。

「…なるほど…」

その様子を見た少女達は一斉に頷いた。



「はぁ…あたしって才能がないのかなぁ…」

下校途中、

夏子が思わずそう呟くと、

「なぁに言ってんの!!、

 編み物なんてロクにやらないあんたが

 いきなりこんな高度な編み方をしようとするのが間違いなのよ」

と友人の茉莉が編み物の説明をしている雑誌のページをめくりながら言う、

「そんなこと言ったってぇ…」

膨れながら夏子が反論すると、

「見た目よりも地味でも良いから、

 ちゃんとした物を編めば先輩だって認めてくれるよ」

と茉莉はそう言いながら夏子の背中を叩いた。

すると、

「ねぇ知ってる?」

突然の声と共に彼女たちより頭一つ小さな一枝が

間を割って顔を出すと話しかけてきた。

「うわぁぁぁぁ!!」

ズザザザザザ!!

たちまち二人は叫び声をあげると等間隔に間を開いた。

「なによぉ…

 夏子が編み物に目覚めたって聞いたからアドバイスしに来たのニィ」

二人の様子を見てそう一枝が文句を言うと、

「だからといって、いきなり湧いて出てくることはないでしょう!!」

茉莉は怒鳴り声をあげた。

「で、なに?

 そのアドバイスって…」

気を取り直して夏子が訊ねると、

キラ☆

一枝はトンボの目のような眼鏡を取り出すとおもむろに掛け

そしてひとこと…

「男のハートをゲットする技よ…」

っとその眼鏡を光らせながら囁いた。

「ゴクリ!!」

一枝のその言葉に夏子は思わず生唾を飲み込む。

「で、それって何?」

茉莉が身を乗り出して訊ねると、

「ちょっとお腹空いたね…」

一枝は先にあるアイスクリーム・チェーン店を指さした。



「で、その方法って何なのよ」

ハグハグハグ

巨大な紙パックに入ったアイスの山を食べる一枝に夏子と茉莉が訊ねると、

「しょれはねぇ…」

口の周りをカラフルにした一枝が顔を上げてしゃべり始めた。

スッ

それを見た二人は黙って紙ナプキンを差し出した。

「んとねぇ…

 編んでいる物の中に自分の髪の毛を念を込めながら編み込むのよ」

と一枝は紙ナプキンで口を拭きながら二人に言った。

「はぁ?」

疑い深そうに二人が一枝を見ると、

「あっ、馬鹿にしているわねぇ…

 髪は女の命って事は知っているでしょう?

 かの北条政子が平家滅亡を祈願しながら
 
 自分の毛を混ぜて編んだ曼陀羅を奉納した途端、
 
 平家の屋台骨が傾いたんだからね…」

とまじめな顔をして言うと、

「でもねぇ…」

茉莉はそう言いながら夏子を見たのち、

「夏子にはちょっと無理じゃない?」

と指さした。

そう、夏子の髪は親譲りの硬質の為に、

ショートヘアにしていてあまり長くはなかった。

「まぁ…髪質はともかく要は根気ね」

アイスクリームをすべて食べ終わった一枝が口元を吹きながらそう答えた。



「はぁ、髪を編み込むって言ってもねぇ…」

「まぁまぁ…一枝の言っていることをそんなに真に受けるなよ」

一枝と別れた夏子は自分の髪をつまみながら、

日が暮れ、月が昇り始めた道を茉莉と共に歩いていく、

「それにしても…

 随分と行方不明になっている人がいるんだなぁ」

路端には行方不明になっている少女達の情報提供を呼びかける看板を指さしながら

茉莉は夏子に声をかけるが、

しかし、今の夏子にはそれらに目を配る余裕はなかった。

「あーぁ、

 あたしの髪がもっと柔らかくて長ければなぁ…」

「はいはい…まぁ努力することだね」

ポン

声を上げた夏子の肩を茉莉がそう言って叩いたとき、

「こんばんわ…」

突然、闇の中から声を掛けられた。

「きゃっ!!」

その声に反射的に夏子と茉莉は悲鳴を上げ、

「だっだれ?」

と恐る恐る2人が振り向くと、

「やぁ!!」

昇ってきた月を背にしてコート姿の男が彼女達の後ろに立っていた。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

それを見た夏子が思いっきり悲鳴を上げると、

フグッ

「しぃぃぃぃぃぃっ」

っと口に人差し指を立てながら男は夏子に飛びかかるなり

彼女の口を塞ぎ、

そして、スグに羽交い締めにすると、

プスッ!!

夏子の首筋に注射器の針を突き立てた。

「ひいっ」

チクリとする感覚に夏子の口から言葉が出ない。

「こっこらぁ!!

 スグに夏子から手を離しなさい!!」

剣道の心得があった茉莉が木の枝を構えながら男に向かって声を上げると、

「動かないでぇ…

 今動くと死んじゃうからねぇ…」

囁くように告げた男の言葉が呪縛となって二人の身体を縛り付け、

まるで、人形のようにして夏子の身体はピクリともしなくなった。

「そぅそぅ」

そんな夏子の様子に男は満足そうに言うと、

グッ!!

注射器のシリンダーを押し込むと、

それに併せて注射器内の液体が夏子の身体に注ぎ込まれていった。

「あっ

 あっ
 
 あぁ…」
 
夏子の口から喘ぐような言葉が漏れる一方で、

男の暗示で動くことが出来ない茉莉は、

ただ黙ってその様子を見ているだけに過ぎなかった。


やがて注射器の液体をすべて夏子の体内に注ぎ込むと、

「ふっ」

男は笑みを浮かべると腕を解き、夏子の体を自由にした。

と、同時に、

ドサッ

力を失ったようにして夏子はその場に蹲るようにして倒れると、

ハッ

「夏子!!」

自由になった茉莉が夏子の傍に駆け寄った。

「はぁ…」

「はぁ…」

「はぁ…」

薬が効いてきたのか徐々に夏子の息が荒くなっていく、

「なっ夏子に何をしたの!!」

キッ

夏子をかばいながら茉莉が男をにらみつけると、

「どうかな?

 気分は?」

男は茉莉の質問に答えずに夏子に尋ねた。

「くっ苦しい…」

息をゼェゼェ言わせながら夏子がそう返事をすると、

ビクン!!

夏子の身体が動いた。

「そろそろ、変身が始めるようだね」

夏子の変化に男はあくまで冷静に言う、

「変身?」

男の言葉に荒い息をしながら顔を上げた夏子と茉莉が聞き返すと、

「そう、君はもうすぐ変身をして、

 人間ではなくなってしまうのだよ」

と男は二人に告げた。

「夏子が…」

「あたしが人間でなくなる?」

「そぉ…君はすでに人間ではないのだよ」

ザワザワザワ…

男にそう言われた途端、夏子の肌が一斉にざわめき始めた。

――なっなに?

夏子は自分の腕を見ると、

「あっ!!」

先に茉莉が声を上げた。

シュルシュルシュル…

見る見る夏子の腕から灰色がかった白い毛が伸び始めていたのだった。

「なっよ、これぇ!!」

夏子が自分の両腕を見ながら驚いていると、

毛が伸び始めたのは腕だけではなく、

脚や背中、いや彼女の身体全体からまるで吹き出すようにして毛が伸びていく、

ムリムリムリ

さらに毛が伸びるだけではなく、

体中の筋肉の付き方が変わり始めた。

「なっ夏子!!」

「いっいやぁぁぁ…」

ゴキゴキゴキ…

泣き叫びなら夏子の骨格は変化していく、

「うぅぅぅぅ」

見る見る変わっていく自分の身体の苦しさから逃れようと、

夏子は這いずりながら逃げだそうとしたが、

しかし、

カツン!!

いつの間にか彼女の足には蹄が生えそろい、傍に靴が脱げ落ちていた。

カッ!

カッ!!

「うぅぅぅっ」

うめき声と蹄を鳴らしながらもなおも夏子は前に進もうとする。

メリメリメリ、

ブチッ!!

目の前の両手からも手の皮をつき破るようにして蹄が顔を出した。

「夏子…」

信じられないような目つきで茉莉は変身していく夏子を眺めていた。

「いやぁぁぁ、やめてぇ」

ビリビリビリ!!

身体の変化に付いていけなくなった制服が破れると、

変身途中の夏子の身体が月の明かりにさらけ出された。

モコッ

っとした毛に覆われた彼女の姿は紛れもなく羊だった。

ズザザザ…

それを見た茉莉は夏子から2・3歩下がった。

「う・う・ぅぅ…」

ムリムリムリ

なおも変身していく自分の身体を見ながら夏子はついに泣き崩れた。

「……ほう…編み物か…

 どうやら、薬を打ったときに考えていることが、

 変身に作用するみたいだな」

男は夏子の所持品から編み棒と編みかけのマフラーを見つけるとそう呟いた。

「あっ、ダメ…メェェェェェ(え!!)」

それを見た夏子が声を上げた途端、

彼女の口から羊の鳴き声が発せられた。

「メェェェェ(言葉が…)」

「メェェェェ(でない)」

盛んに羊の鳴き声を発する夏子に、

「はははは…君はもうしゃべれないよ

 ほらっ、角も伸びてきたよ」

と男が夏子を指さして言うと、

ミシミシミシ…

夏子のこめかみの両側が突き出すと、

小さな角がカーブを描くように伸び始めていた。

やがて、

ググググ…

夏子の鼻が黒みがかりながら突き出していくと

それに合わせるようにして顎も伸びていく。

モコモコモコ…

伸びていく毛はすでに夏子の身体を完全に覆い尽くしていた。

「メェェェェェ…(毛は伸びたけど…)」

「メェェェェェ…(これじゃぁ編めないよぉ)」

夏子は蹄に変わってしまった自分の手を眺めながら盛んに鳴き声をあげた。


「う〜む…  アナタの毛で編んだセーターはきっと格別なんでしょうねぇ」 羊に変身した夏子に男はそう言うと、 グィ っと眼鏡を上に上げた。 「メェェェェェ(いやぁぁぁ…誰か助けてぇ)」 「はははは、いくら叫んでも無駄、  もぅアナタは一頭の羊ですよ」 男は羊と化してしまった夏子に声を掛けると、 「さて、ではもぅ一頭…」 と続けて、茉莉を見た。 「ひぃぃぃぃ」 腰を抜かしている茉莉に男が迫っていく、 「…あぁ、今夜も月が綺麗だ」 と空に浮かぶ月を眺めながらそう呟いた。 「メェェェェェ(お願い…助けて)…」 「メェェェェェ(何であたしが)…」 2頭の羊の鳴き声が夜空にむなしく響く。

男の名は”Dr.ナイト”… 彼の魔の手が次に狙う獲物はすでに決まっている。 おわり