風祭文庫・獣の館






「Dr.ナイトの人体実験」
【レポート2:瑞恵の場合】



作・風祭玲


Vol.212





月明かりが街を照らし始めた頃、

「はぁぁぁ…疲れた…」

と言いながらセーラー服に身を包んだ一人の少女が校門から姿を現すと、

夜の闇の中へと消えて行く。

すると、

「くくくく…今晩はあの娘がいいな…」

校門の陰から怪しく光る眼鏡を輝かせながら、

一人の男が陰からわき出てくるように姿を現した。



「行方不明?」

その日の昼休み、

佐々木瑞恵は友人である望と香苗と共にお弁当を食べていると、

ひと月前に起きたある事件の話が持ち上がった。

「うん、あたしの友人が通っている高校でね…」

アルミホイルで包まれたオニギリを開けながら望が瑞恵に言うと、

「…学校帰りに忽然と姿を消しちゃった女の子が居たんだって」

と彼女はまるで怪談話をするかのようにして言う。

「ホント?」

「そー、学校の先生達や警察も捜しているそうだけど、

 全然手がかりがないとか…」

「うわぁぁぁぁ…」

それを聞いた香苗がイヤそうな声を上げた。

「それでねぇ…

 実は…

 その娘が失踪する前にストーカーに付きまとわれ困っている。

 って先生に相談していたって言うのよ」

囁くようにして望が言うと、

「えぇ?」

「ストーカー?」

香苗と瑞恵が声を上げた。

「(シッ)声が大きいわよ…」

彼女は瑞恵たちに軽く注意すると、

「何でも、校門から自宅まで後を付けてくるとか…」

と続けた。

「うわぁぁぁぁ」

「警察には相談したの?」

「うん、それでねぇ

 警察にも届けを出そうとしたときに失踪しちゃったのよ」

「一歩遅かったのか…」

「でね、失踪する直前に彼女は同じクラスの男子に警護を頼んでいたんだけど、

 その男子も同じように行方不明になったとか」

「あら…」

「なんでも柔道2段の上に柔道部の主将を務めている人で、

 その娘とはつき合っていたんだそうだけど…」

「あらあら…」

「じゃぁ、実は失踪ではなくて駆け落ちかもね」

それを聞いていた香苗がそう言うと、

「また随分と古いことを…

 駆け落ちなんていまじゃぁはやらないわよ」

彼女の言葉に瑞恵がそう言った。

すると、

「うん、まぁ警察も当初はそう考えていたそうなんだけど、

 でも、実は二人が消えたと思われるところに、

 ビリビリに引き裂かれたセーラー服と学生服が落ちていたんだって」

と望が言うと、

「えぇっ!!…」

二人は声を上げた。

「だから…瑞恵…あんた注意しなよ」

「え?、何であたしが?」

望の言葉に瑞恵が驚くと、

「だって、瑞恵って今度新体操の大会に出るために、

 毎日練習で遅くまで残っているじゃない…

 遅くに学校を出ると…

 いつの間にか後ろに…」

そう言いながら望が立ち上がると、

「いやぁぁぁぁぁ!!

 ヤメテぇぇぇぇ」

教室内に瑞恵の叫び声が響き渡った。



「はーぃっ」

放課後…

手具が舞う部活でも、その話題が部員達の間で囁かれていた。

「ほらっそこっ

 立ち話をしている暇があったら練習をするっ」
 
なかなか動こうとしない後輩達に瑞恵が声を上げると、

「佐々木先輩っ、知ってます?

 ストーカーの話?」
 
と練習用の紺色のレオタードに身を包んだ後輩の女子が瑞恵に話しかけると、

「えぇ、耳にタコができるくらいに知ってますよ、

 でも、今はそれよりも大会の方が重要でしょう?」

と瑞恵は彼女に言うと棍棒を握った。

「ストーカーも怖いけど、でもそれはよその学校の話…

 あたしにとって重要なのはこの棍棒を自由に操ること!!」

瑞恵はそう自分に言い聞かせると棍棒を高く放りあげた。



「はぁ、すっかり遅くなっちゃった…」

人気のない更衣室で瑞恵が着替えていると、

ガタ!!

何かが音を立てる。

ビクッ

その音に瑞恵は一瞬縮こまると、

「…だっ誰か居るの?」

とか細い声を上げた。

『…ストーカーが…行方不明になったんですって』

すると、

突然、頭の中に昼間、望が言ったことが駆け回り始めた。

ゾォォォォ…

言いようもない悪寒が瑞恵の背中を駆け抜けると、

「…誰か居るの!!」

恐れを吹き飛ばすかのようにして瑞恵は声を張り上げた。

しばらくして、

ミィ…

一匹の黒猫が陰から姿を現した。

「はぁ…猫ぉ?」

瑞恵は呆気にとられながら黒猫を見ると、

「まぁ…物事ってそう言う物だね」

っと呆れたようなため息を付くと、

「あんた、どこから入ってきたの?」

っと猫に話しかけた。

この一件で肩の力がとれた瑞恵は

さっさと着替えを済ませるとそのまま学校を出た。

空には銀貨のような月が煌々と明かりを放っている。



瑞恵の高校は市街地から少し離れたところにあり、

市街地までは雑木林に覆われた人気の少ない道を歩かなくてはいけなかった。

「さぁーて…

 大会までには棍棒は何とかなりそうだし…
 
 時間が余ればリボンをもぅちょっと見直してみるか」

瑞恵はそう呟きながら、

サッ

サッ

とリボンのスティックを振るマネをする。

そのとき、彼女の後ろには気配と足音を消した一人の男が付き従うように歩いていた。

そして、

キラッ

一瞬、男の手に針のような物が光る。

ところが、

「フンフン…」

未だ男の存在に気づいていない瑞恵は鼻歌を歌いながら歩いていくと、

やがて、街路灯の間隔がやや間延びしたところにさしかかった。

すると、

ススス…

突然後を付けていた男の足が速くなると、

「ウグッ!!」

瑞恵に追いついた男は素早く口を塞ぐと彼女の首筋に針を刺した。

プスッ

針は体内の奥深くへと入っていく、

「ふぐぅぅぅぅぅ」

「動かないでぇ…いま動くと君は死ぬよ…」

まるで地獄からやってきた使者の様な声色で男は囁くと、

ピタッ

時計の針が止まったように瑞恵の動きが止まった。

「そうそう…いい子だねぇ…」

男はそう囁きながらゆっくりとシリンダーを押していく、

そう、瑞恵の首筋に刺したのは注射器だった。

スゥゥゥゥゥ…

注射器の中の液体が瑞恵の体の中に注ぎ込まれていく、

――いやだ、助けて!!

瑞恵は心の中で声を上げたものの、

男の暗示にかかっているためか、

指一本すら動かすことができなかった。

やがて、すべての注射器内の液体が注入されると、

男は瑞恵を拘束していた腕を解き放った。

ドサッ!!

力なく瑞恵は道路上に倒れ込むと、

ドクン…

と同時に瑞恵の振動が大きく鼓動を始める。

「(はぁ…)なにを、何をしたんですか!!」

注射を打たれた首筋を押さえながら瑞恵が男に訊ねると、

「なぁに、

 この薬が君の体をどう作り替えるのか見たくてね」

と男は瑞恵に言った。

「作り替える?」

男のその言葉に思わず瑞恵は顔を上げると、

満月を背にした男の姿はシルエットになって顔の表情は見えなかった。

そして、

「そう…この間のはウサギとコウモリになったけど、

 さて、今日はどうかなぁ…」

と男は楽しそうな口調で瑞江に言う。

「この間って…

 まさか、行方不明になった子のこと?」

「おやっ知っているんだ

 楽しかったよ…

 男はウサギ女になって、

 女はコウモリになっていったんだ」

瑞恵の話を聞いて男がそう答えると、

「じゃぁあなたが…」

ドクン

ドクン

ドクン

激しく襲うどうきに耐えながら瑞恵が訊ねると、

「はははは…

 さぁ人の心配をするより自分の事を心配した方がいい」

男がそう言うと、

ダッ!!

瑞恵は力を振り絞って立ち上がると、

鞄を男の方へと放り出すなり走り始めた。

とそのとき

彼女の頭の奥に更衣室で出会った黒猫のイメージが浮かび上がった。

その途端、

メキメキメキ!!

脚から骨が軋む音が響くと、

ビキビキビキ!!

脚の筋肉の付き方が変わっていく感覚が瑞恵の両脚を襲った。

「あっ!!」

ドサッ!!

脚につれさせるようにして瑞恵が転ぶと、

「さぁて、君は何になるのかな?」

男はゆっくりと歩きながらな瑞恵に近づいていくと、

ショーを観るような顔つきで彼女の変身を眺め始めた。

グググググ

ゴキッ!!  

瑞恵の体中から骨の軋む音が響き始めると、

グリッ!!

彼女の両足が目に見えた変化し始める。

体が変化していく中、

再び起きあがることが出来た瑞恵だが、

しかし、

ググググ

見る見る上がっていく踵に彼女はバランスを崩すと、

そのまま前のめりになって倒れた。

「なっ?

 たっ立てない!!」

そう叫びながら瑞恵は必死になって起きあがろうとするが、

しかし、既に脚の踏ん張りが利かなくなていた。

それだけではない。

ジワジワジワ

わき出るようにして生え始めた黒い毛が両脚を覆い始めていた。

「ひぃぃぃぃ!!」

黒い毛に覆われていく自分の脚を見て瑞恵が悲鳴を上げると、

ついに、

バリッ!!!

鋭い爪が靴を引き裂いて飛び出すと、

顔をのぞかせた足の指は黒毛に覆われた膨れた肉塊の集合体に変化していった。

「おっ…お願いです。

 助けてください」

瑞恵は這いずりながら、

「あっ、あたし…

 2週間後には大会なんです。

 何にでもなります

 ですからそれまでは」

と必死になって乞うて見たものの、

「だーめっ、

 君はいまココで変身をするのだよ…ははは」

男は軽く笑うと、縋り寄る瑞恵をふりほどいた。

「あっ…」

ビクン!!

道路上に転がった瑞恵の体が大きく海老反ると、

ビキビキ…

彼女の両手の形が変わり始めた。

ジワジワジワ…

制服から覗いている首筋や胸元にも黒い毛が顔を出すと、

モリッ!!

突然、瑞恵のスカートの後ろにふくらみが現れると、

ムクムク!!

ふくらみは肉棒のような姿になって伸び、

ついには

ブン!!

と大きくスカートをまくり上げた。

スカートの中から出てきたのは間違いなく獣の尻尾だった。

「あっあっあっ」

カッ!!

と見開きながらもだえ苦しむ瑞恵の瞳が、

キュッ!!

っと縦に引き延ばされたように伸びると細くなっていくと、

「さぁ…もぅそんな暑っ苦しいのを着ているのイヤだろう

 そんな物は脱いで自由になろう…」

と男が瑞恵にそう告げた。

やがて

「ぐぅぅぅぅ」

ググググ…

瑞恵の口から牙が顔を覗かせたとき、

「…ミヤォォォォォォォ…」

瑞恵は猫の様な鳴き声をあげると、

バリバリバリ!!

長く伸びた前足の爪でセーラー服を引き裂いた。

キラッ

すでに全身を覆い尽くしていた黒くビロードのような毛並みが、

月明かりに照らし出される。

「フゥゥゥゥ…」

うなり声をあげながら瑞恵が体中の毛を逆立てさせると、

メリメリメリ…

瑞恵の体つきが変わり、さらに頭の両側に三角形の形をした耳が伸びていく、


「なるほど…君は猫になったか…しかも黒猫の…」 男は文字通り人の姿をした猫となった瑞恵が 尻尾を高くあげるのを見てそう呟くと、 「ふふふふ…  さぁおいで、僕の可愛い子猫ちゃん」 男は片膝を付いてそっと手をさしのべた。 すると、 スリスリ… 猫化した瑞恵は本能的に男の傍に寄ると体を擦り始めた。 「ほぅ、猫の本能も出てきたか…  どうだい?  君に新しい体は…  なかなかの傑作だと思うよ」 男は瑞恵の姿を見て満足そうにそう言うと、 「ミャァァァァァァ!!(お願い元に戻して)」 と瑞恵は声を上げたが、 しかし、それは男にとってもはや猫の鳴き声にしか聞こえなかった。 「さて、そろそろ研究室に戻るか…  次はどんな娘がいいか…  う〜ん…それにしても良い月夜だ…」 男の名は”Dr.ナイト”… 彼の魔の手が次に狙う獲物はすでに決まっている。 おわり