風祭文庫・獣の館






「Dr.ナイトの人体実験」
【レポート1:明美の場合】



作・風祭玲


Vol.195





コポコポコポ…

ここは雑木林に囲まれた怪しげな古びた洋館の中にある実験室。

「クックックッ」

その中で、白衣姿の一人の男が笑い声をかみしめながら、

まるで取り憑かれたようにして研究に没頭していた。

コポ…コポコポ…

テーブルの上に並べられた夥しいフラスコからは揺らめくように煙が立ち上り、

そして、その中では毒々しい色をした液体が煮えたぎっている。

やがて満を持した男は二つの液体が入ったフラスコを持つと、

「フフフフフフフ…」

と笑みを浮かべながら、

一つのビーカーの中に注ぎ込みはじめた。

キラッ

顔面の眼鏡が怪しく光る。

程なくして、

シゥワァァァァ…

鼻を突く臭いがビーカーより立ち上ると、

「………ようし…出来た…」

男は低い声でそう呟くと、

実験用の動物が飼われている隣の部屋へと歩いていく、

ガチャ!!

頑丈な鉄の扉を開け、男がその部屋に入ると、

ビクッ!!

部屋の中に置かれている檻の中で異形の獣が身体をふるわせた。

「さぁ…新しい薬が出来たよ…

 いま君に注射してあげるね」

男は獣に向かって囁くようにして言うと、

注射器に液体を吸い上げていく、

そして、

ピュッ!!

注射針の先端から液体を迸させながら、

男は檻へと近づいて行った。

「………」

獣は鳴き声の一つも上げることなく、

代わりに怯えた目で男を見つめていた。

胸で揺れる二つの乳房と、

檻の中に散乱する引き裂けた制服が獣が以前何であったのかを物語る。

グイッ

檻の前に腰を下ろした男は獣毛と鱗に覆われた不気味な獣の腕を引き出すと、

出来上がったばかりの液体を注射をしはじめた。

そして、すべてを注射し終わった途端、

グッグワァァァ!!

メキメキメキ!!

獣は男の手を振り切り苦しみの声を上げながらその姿をゆっくりと変えはじめた。

が、しかし…

「ふむ」

男は動物が変身していく様子を眺めながらやや不満そうな顔つきになると、

「そうか、君は僕の薬への抵抗力が出来でしまったようだねぇ、

 残念だけどもぅ僕の研究には使えないよ」

と呟くと、

「仕方がない、そろそろ新しいのを捕まえに行くか…」

そう言うと男は昇ってきた月を眺めながら、

おもむろに立ち上がると部屋を出ていってしまった。



パサッ

男が居なくなった途端、檻の上から一冊の生徒手帳が床に落ちた。

すると、

「うっうっうっ…」

泣き声のようなうめき声を上げながら、

檻の中より魚の鰭のような形になった腕が伸びると手帳を拾い上げる。

パラッ

手帳が大きく開くと、月明かりに制服姿の少女の写真が浮かび上がった。

「間島香織…」

そう一月ほど前、下校途中に忽然と姿を消した少女の名前である。



「ストーカー?」

「うん…」

昼休みの教室、お弁当を広げていた加藤明美は

思い切って彼氏である島田健夫に相談を持ちかけた。

「…じつは前月ぐらい前からつきまとわれているのよ」

お弁当をつつきながらセーラー服姿の明美がそううち明けると、

「そっそれで…」

学生服姿の健夫が身を乗り出して尋ねた。

「うん、今のところ、コレと言って何もされないんだけど…」

困ったように明美は言う。

「警察には届けたのか?」

「うん、お父さんがね…」

「で、どうだった」

「それが、いきなり姿を消したのよ」

「なんだ、警察に恐れをなしてストーカーを止めたんじゃないのか?」

明美の言葉に安心した健夫はそう言うと、

「でも…」

明美の表情は何処か不安げだった。

「わかった、この柔道2段の俺がお前を警護してやるよ」

と健夫は明美の不安を少しでも和らげようとそう言って胸を叩いて見せた。

「うん、ありがとう…」

彼のその言葉を聞いた明美は少し安心した表情になった。



その日の夕方…

「ごめんね、つき合わせちゃって」

申し訳なさそうに明美が言うと、

「いいからいいから、

 で、そのストーカーってヤツは何処からお前を付けていたんだ」

と彼女を警護するような素振りをしながら健夫は尋ねる。

「うん…もぅちょっとさき…」

明美はそう返事をすると、やがて二人は造成中の住宅地に出た。

「うわぁぁぁ…

 これじゃぁどうぞ襲ってください。
 
 って言っているみたいなところだな」
 
木は切り払われ至る所に土が露出している造成地特有の景色を眺めながら

健夫は思わず感想を言うと、

「でもココを通らなくては行けないのよ」

そう、この地に引っ越してきたばかりの明美はココを通らなくてはならなかった。

寂しく連なる街灯の下をしばらく歩いていると、

山の向こうからユックリと月が昇ってきた。

とそのとき、

「!!」

突然明美が立ち止まると、

「どうしたの?」

健夫が尋ねた。

クルリ!!

その言葉よりも早く明美は振り返ると、

サッ!!

人影が隠れるようにして物陰に隠れた。

「…アイツか?」

その姿を見た健夫が明美に尋ねると、

コクン

明美は首を縦に振る。

「よぅしっ

 コレを持ってて…」
 
健夫は持っていた鞄を彼女に預けると、

人影目がけて走り出した。

ダッ!!

向かってくる健夫に驚いたのか、人影も慌てたように走り出した。

「待てぇ、この野郎!!」

健夫は逃げる男をそのまま追いかけて行くこと数分間、

ついに造成地の真ん中で健夫は男を取り押さえることに成功した。

そして、

「おいっ、貴様っ、どういうつもりだ」

睨み付けるようにして健夫が尋問をしたとき、

ニヤッ

彼が取り押さえた男は不適な笑みを口元に作ると、

スルリ…

健夫の腕から巧みにすり抜け、そのまま左腕で健夫を締め上げてしまった。

「貴様っ」

突然の攻守の逆転に驚いた健夫が声を上げると、

「ふふふ…

 明美ちゃんにお邪魔虫がついているのは承知さ…」

と男が呟く、

そして、

ピュッ!!

っと液体を吹き上げる注射器を健夫に見せつけ、

「コレは何か判るか?」

と尋ねると、

「なに?」

健夫の視線は注射器に釘付けになった。

「ふふ…キミの身体を作り替えてくれる夢の薬さ…」

男は健夫の耳元でそう囁くと、

プスッ!!

注射器を彼の首筋に突き立てた。

「あっあっ…」

ゆっくりと注射器の液体が健夫の体内へと入っていく、

「動かないで…、いま動いたら死ぬよ…」

落ち着いた男の声が健夫の身体を束縛する。

そして、

スッ

液体を全て健夫の体内に注入し終わると、

注射器は静かに健夫の身体から離れていった。

「うっ」

腕の拘束が解かれた健夫の身体は自由になったが、

しかし、再び男に殴りかかる力が湧いてこなかった。

「くっくっそう!!」

ガクッ!!

健夫は崩れるように膝をつくと、

男を睨み付ける。

しかし、男は冷たい視線で健夫を見下ろしながら、

「ふふふ…いい目をしているねキミ…

 でも、もぅスグ、キミは人ではなくなるんだよ」

と諭すように囁いた。

「なに?」

その言葉に健夫は驚くと、

「ふふ…なぁ暑くないかい?」

「え?」

男の言葉を聞いた途端、

「暑い…」

健夫は言いようもない暑さを覚えた。

ジワッ

体中から汗が噴き出してくると、

まるで水を浴びたように健夫のシャツが濡れてくる。

「あっ暑い…」

グイッ

そう言いながら健夫が額から流れ出る汗を盛んに拭い始めると、

「いいんだよ、そんな暑っ苦しい服を脱いでも…」

男はそんな健夫の姿を見ながらそう囁くと、

健夫は男の言葉を聞くや否や、

「ううっ」

ビリビリビリ!!

引き裂く様にして着ている服を脱ぎ捨てた。

月夜に健夫の身体が浮かび上がる。

しかし、

その身体は男の身体とはとても言えない身体になっていた。

プルンッ!!

柔道で鍛え上げたはずの身体には

あるはずのない2つの胸の膨らみがハッキリとその存在を誇示し、

それどころか、彼の身体からは筋肉の張り出しが無くなっていた。

「こっこれは…」

見る見る白くきめの細かい肌に変わっていく自分の身体を眺めながら

健夫は信じられないような声を上げた。

「…綺麗だよ…」

男は舐めるような視線を送りながら健夫に声を掛ける。

「そっそんなぁ…」

グググ…

ムリムリムリ…

彼の喉元が次第にスッキリしていくと、

その声も女性のようなハイトーンへと替わり、

そして、体格が変わっていった。

狭く小さな肩、

括れたウェスト、

膨らんだヒップ、

果実のように膨らんだバスト…

ファサッ!!

坊主刈りに近かった髪が腰まで伸びた健夫の姿はどう見ても少女にしか見えない。

「あぁ…月が綺麗だねぇ…」

男が月を見上げながらそう言うと

ジワジワジワ…

突然、

健夫のバストからウエストそしてヒップにかけて白い綿毛のような毛が生え始めた。

「なっ」

その様子に健夫は驚くが、

フサフサとした毛は彼の肌を隠い隠していく、

生えていく毛はさらに健夫の手首や首周り、

そして膝よりしたの足を覆って行った。

「なっなんだこれは」

そう言って驚く彼いや彼女の変化はさらに続き、

ビキビキビキ!!

足が見る見る変形していくと健夫の足はウサギの様な足にかわり、

さらにお尻に小さな膨らみが現れると、

ボンボンのような尻尾が生えた。

「やっやめてくれぇぇぇ」

そう叫びながら健夫は頭を抱えたが、

ニュニュニュッ!!

頭の両脇にあった耳が上のほうに移動していくと、

次第に細長く長い耳へと変化していった。


「くっくっくっ…  さぁ可愛い可愛い僕のウサギちゃん、    顔を上げてごらん」 男はそう健夫に告げると、 「きっ貴様っ、なんて事をしやがるんだ」 健夫は男に向かってその姿と声に似合わない罵声を発した。 しかし、 「ふふ…その反抗的な声もまた可愛いよ…」 男はそう言いながら健夫の顎をつかむと、 顔を上に上げさせた。 とそのとき、 「健夫く〜ん」 タッタッタッ!! なかなか戻ってこない健夫のことを心配してか明美が駆け寄ってきた。 「はっ、明美っ来ちゃダメだ!!」 彼女のその声に明美の事を思い出した健夫は スグに少女の様なハイトーンの声で叫が、 「え?、だっ誰あなた…」 明美は道の真ん中で座り込んでいる白い綿毛のような毛に包まれた バニーガールの様な姿をした少女を見つけると声を上げた。 「おっおれだ、健夫だ」 健夫は明美の方を見ながらそう叫ぶが、 しかし、明美には目の前のウサギ少女が健夫であることが 容易には信じることが出来なかった。 「うふふふ…主賓の登場だね」 コツコツ… 明美の姿に男はそう言いながらユックリと近づいていく、 そして、 「いらっしゃい…明美ちゃん、待ってたよ」 と手を広げてそう言うと、 「どうかな?、僕の作品は…  ほらっ、可愛いでしょう…」 と男はウサギ少女と化してしまった健夫を指差しながら明美に話しかける。 「え?  まさか、ほっ本当に健夫君?」 明美は白い毛に包まれたウサギ少女に話しかける。 すると、 コクン 少女は静かに頷いた。 「そっそんな…」 突然のことに驚いた明美は1・2歩後ずさりすると、 その様子を見ながら、 「さぁ、君も僕の作品になりたまえ…  ずっとこの日を待ってたんだよ」 と男はそう言うと、 スッ と手を挙げた。 「なっ」 その様子を見た健夫はユックリと腰を上げる。 すると、 「ふふ…さぁウサギちゃん…  この薬をあの娘に打ってあげなさい」 と言いながら男は新しい注射器を健夫に手渡した。 「うぅ、なっ…なんで…」 注射器を手にした健夫は明美に迫っていく、 「ふふ…抵抗しても無駄だよ、  だって君はすでに僕の実験動物なんだから…  さぁ、君の手で彼女を獣にしてあげるんだよ」 男は健夫にそう言うと、 「…げろ、逃げるんだ、明美!!」 長い髪と耳を揺らしながら健夫は声を上げた。 「え?」 その言葉に驚いた明美は後ずさりすると、 タタタ!! 一目散に逃げ始めた。 「うふふ…無駄だよ明美ちゃん、  僕のウサギちゃんからは逃げられないよ」 逃げていく明海の後姿を見ながら男がそう言った途端、 ピョォォォン!! 健夫は大きくジャンプをすると、 明美の後を追いかけ始めた。 そして、 ポーン、 ポーン ものの3・4歩で健夫が飛ぶとあっけなく明美の身体を捕まえてしまった。 「いっいやぁぁぁ!!」 健夫に捕まえられ、泣き叫ぶ明美を見ながら、 「さぁ、ウサギちゃん、その娘に注射を打ってあげなさい」 と男が健夫に命令をすると、 注射器を持った健夫の手がゆっくりと明美の首筋へと動いていく、 「やっヤメロぅ!!」 その様子にハスキーな健夫の叫び声が響くと、 プスッ ついに明美の首筋に注射が打たれてしまった。 ジワッ ユックリと液体が彼女の体内へと注がれる。 「そうそう、上手だねぇ」 男は満足そうに健夫の手際を誉めると、 「さぁご覧っ、彼女の変身を…  これは君が手を下したんだからね」 「きっ貴様ぁ!!」 「ふふふ…」 男が不適な笑みを浮かべながらそう言うと、 「あっ暑い!!」 突然、明美の声が挙がると、 ビリビリビリ!! 彼女も自分が着ているセーラー服を引き裂き始めた。 そして、露わになった肌からは焦げ茶色の毛がジワジワと生えはじめる。 しかも、彼女に生えた毛は健夫の時とは違って全身を覆い尽くしていった。 ビキビキビキ!! 明美の両腕が倍以上に伸びると、 指も伸びていく、 さらに ミリミリミリ… 明美の身体と腕の間に黒い膜が張りだすと、 グ・グ・グっ 今度は耳が大きく張り出した。

「キィィィィ!!(いっいやぁぁぁ!!)」 「明美っ!!」 「ほほぅ…コウモリ女か」 変身していく明美の姿を見ながら男は感心したように言うと、 「男はみなウサギに変身するのに、  女はヘビやらカエルやらと変身するタイプが異なるのは面白い、  これはコントロールできるようになるかが今後のテーマだね」 と男は分析するように呟くと、 「キィィィィ(いやぁぁぁ)」 「キィィィィ(こんな姿なんていやぁぁ!!)」 バサバサ 明美は翼をはたくように腕を動かしながら叫んだ。 「明美っ、しっかりしろっ」 そんな彼女をウサギ少女の姿をした健夫が賢明に介抱する。 そして二人の後ろから、 「さてと、では僕の研究室に帰ろうか…  もぅ君たちは人間では無いのだからね」 ニィッ 男は勝ち誇ったように見下ろしながら言った。 そして、そんな彼の後姿を後光のような月が照らしていた。 「う〜ん…良い月夜だ…」 男の名は”Dr.ナイト”… 彼の魔の手が次に狙う獲物はすでに決まっている。 おわり