クリスマス前。 冬の朝日を浴びる高架線を走る電車は 出勤をするサラリーマンやOL、 冬休み間近の学生達でスシ詰めになっていた。 そして、皆を乗せた電車は程なくして とある駅へと到着したとき、 「おいっ」 突然車内に男の怒鳴る声が響くと、 「降りろ!」 と命じる声が追って響いた。 車内の視線が一斉に動き、 その先で 「なんですか、 いきなり。 腕を引っ張らないでください」 男に腕を掴まれた制服姿の色白の少年が 車内から引き釣り出されると、 「お前、 俺の女に痴漢しただろう」 と降りたホームの上で男は少年に威嚇する。 「何のことですか? 身に覚えがありませんし、 人違いではありませんか?」 その言葉に少年は呆れたように言い返すと、 「なんだとぉ? 俺の目が節穴だと思っているのか?」 男は声を荒げながら迫り、 「そうよ、 あなたが私のお尻を触ったでしょう」 と男についてきた女が少年を指差して言う。 「あのですね。 そもそもあなた方は車内のシルバーシートを占有していて、 前に立っていたお婆さんが迷惑そうな顔で見ていましたよ。 そのシルバーシートに座っているあなたのお尻を どうやったら触れるんですか?」 少年は二人に向かって椅子に座っていたことを指摘すると、 飛んできた男の拳が少年の頬に当り2・3歩よろめいてしまった。 そして、 「貴様っ、 俺の女が嘘をついているとも言うのか? いいか、 俺の女がお前に尻を触られた。 と言うのなら、それが事実なんだよ。 お前に文句を言う筋合いはない。 いいか、 俺達の言うことを聞かなければ、 もっと酷い目居合わせるぞ」 とさらにヒートアップすると、 「示談してやろう、 50万円持ってこい。 そうすれば許してやる」 と持ちかけてきた。 『くふっ、 ふふふふふ なるほど… そういう事ですか』 男の言葉を聴いた少年は頬を押さえながらそう呟くと、 「開き直りかぁ? いい度胸だな。 もぅ一発喰らいたいか」 と男が再び拳を振り上げたとき、 フッ! 辺りを闇が覆った。 「え?」 「なに? なんなの?」 突然の変化に男と女は驚くと、 『スイッチ、 オーバー!!』 少年の声が響き、 フッ 彼の姿がたちどころに白い衣を纏う女性の姿に変る。 そして、 『我が名は、白蛇堂。 貴様らの自己中心的な腐った性格。 気に入った。 その心根なら嵯狐津姫の目に適うだろうな』 と二人に向かって言う。 「なっ何だ、こいつ、 いきなり女になりやがって… (けっこう別嬪じゃないか)」 「なんか危ないよ、 にっ逃げようよ」 普通の人間とは明らかに違う白蛇堂の姿に 二人は言いようもない恐怖を感じると、 後ずさりながら距離を開け始める。 そして、 ダッ! 一気にその場から逃げ出そうとすると、 『逃がすかっ!』 白蛇堂が声を上げた途端。 二人の足元に魔方陣が二つ姿を見せ、 フッ フッ 二人の姿は魔方陣に飲まれるように 消え失せてしまったのであった。 大晦日。 『これはこれは白蛇堂様、 ご機嫌麗しゅうございます』 とあるビルの屋上で 妖の世界・嵯狐津野原より姿を見せた妖狐コン・リーノは 白蛇堂に向かって恭しく頭を下げてみせる。 『? どういう風の吹き回しかしら、 いつものあなたらしくもない』 丈意高ないつもの姿勢とは違う彼の様子を見て 白蛇堂は気味悪そうな表情をしてみせると、 『そういえば、 今回は嵯狐津姫様の同行の無いのですね。 具合でも悪いの?』 と供の者も無くコン・リーノが 一人で姿を現した理由を尋ねる。 『いえいえ、 嵯狐津姫様はご健勝であられますよ。 ただ、此度は色々と忙しい身である故、 わたくし一人で伺いました』 白蛇堂に向かってコンリーノは言うと、 『忙しいか… 姫様が一番楽しみにしている贄の引継ぎに出てこないなんて、 珍しい事もあるのね』 と白蛇堂は疑いの目で彼を見る。 『えぇ、 手に余るほどの贄… いえ、お勤めがありますので』 『どういう意味? それって』 『よいではありませんか、 で、今年の贄は?』 コン・リーノは贄に話を戻すと、 『今年の嵯狐津姫への贄はこちらに用意してあります。 とても腐った性根の持ち主で、 姫様のお口に合うと思いますが』 白蛇堂は今年用意した贄を呼び出す魔方陣を作る。 ブンッ 間髪居れずに床に魔方陣が姿を見せるや、 その中にあの駅で白蛇堂に 言いがかりをつけた男と女が姿を見せる。 「え?」 「あれ?」 「なにこれ?」 魔方陣から開放された二人は 景色が大きく変っていることに戸惑って見せると、 『なるほど、 見事なほどに性根が腐っていますね。 この腐り具合、 嵯狐津姫さまの大好物ですよ』 と二人を眺めながらコン・リーノは目を細めてみせる。 『お気に召されましたでしょうか』 コン・リーノ向かって白蛇堂は尋ねると、 『えぇ、とてもすばらしいです。 では、早速仕込みは私の手で行いましょう』 その問いに答えたコン・リーノは目に力を入れる。 すると、 フッ! 二人が着ていた服が蒸発するように消え、 「きゃっ」 「なんだこれぇ!」 「こっち見ないで!」 全裸にされてしまった二人は互いに驚きながら 局所を隠すと恥ずかしがって見せる。 しかし、それだけで終わりではなかった。 ビクッ 「ひっ」 女の体が小さく跳ねると、 両手で自分の肩を押さえる。 「どうした?」 それに気付いた男が声を掛けると、 「なんか… 体が変。 肌が…ザワザワしてきた」 と女は訴える。 「ザワザワって」 彼女の言葉に男は驚くと、 「ひっ ひっ ひゃぁぁぁぁ!!!」 いきなり女は声を上げると、 体中を掻き毟り始め、 「体が… 体がムズムズするぅぅぅぅl」 と訴えた。 「痒いって 一体どうしたんだよ」 女の異変を目の当たりにして男はただ困惑していると、 「ひゃぁぁぁ!」 「ひやぁぁぁ!」 女は狂ったように全身をかきむしり、 次第にその肌に寄り皺が浮き出てきた。 そして、 ガリッ! 爪を立てて大きく咽喉もとの肌を引っかいたとき、 バリッ! 彼女の肌が引っ張られてしまうと、 彼女首筋が裂た。 しかし、 「痒い、 痒い、 痒いよぉ!」 そう訴えながらなおも掻き続けてると ズルルルルルル ベロン! 爪に引っ張られて女の肌がさらに剥け、 ついに肩の肌が剥けてしまうと、 その下からは夕日の光を受けて光る鱗が姿を見せた。 「え? え? なにこれ?」 ようやく掻くのを止めた女は 鱗が輝く自分の肩を見ながら驚くと、 「うっうわぁぁぁ!!」 それを見た男が悲鳴を上げて頭を庇うと その場に蹲ってしまった。 「ひょよっろ… ひゃぁ シャァ シャッシャァァァァ!!」 蹲る男に向かって女は声を掛けようとするが、 しかし、次第に女は喋れなくなり、 その口から出てきたのは、 二股に分かれた舌と、 威嚇するかのような唸り声であった。 「シャァァァ? シャァァァ? シャァァァァァ!!!!」 二股に分かれた舌を幾度も伸ばして、 女は男に話しかけようとするが、 しかし、彼女が期待していた声は出ず、 ジワジワと扁平に変形していく咽喉を押さえ、 何度も唸り声を張り上げる。 しかし、牙が生えてしまった彼女の口からは 再び人の声は出ず。 それどころか、 肌の裂け目がさらに広がってしまうと、 ズルッ 頭の肌が髪の毛ごと滑り落ち、 その勢いで上半身の肌も剥けてしまうと、 肌の鱗は下半身へと広がっていく。 「シャァァァァ!! シャアァァァ!!」 瞼を失い、 見開かれたままの目を見せ付けながら、 女は再び体を掻き毟り始めると、 ベリッ 再び首筋が裂け、 その下から新たな鱗が姿を見せる。 ドサッ 「シャァァァ!!」 幾度も脱皮を繰り返すうちに 女の腕はその姿を消し、 さらに腕を失った女は身を横たえるとグニグニと体を捩り始める。 そして、また新たな脱皮は始まってそれを終えたとき、 もはや、そこに女は居なかった。 居るのは手足の無い一匹の蛇であり。 蛇は蹲ったままの男の周りを音も無く這いずっていく。 『こんなものでしょうか』 女が蛇に変身してしまったことを見届けたコン・リーノは 安堵した表情で白蛇堂に言うと、 『さすがはコンリーノさん。 人間に絶望を味合わせながら、 容赦なく変身させる事については、 わたくしなど及びません』 と彼女は感心してみせる。 その言葉にコン・リーノは満足げにうなづくと、 『では、 残りの一人も…』 と言うと、 「ぐわぁぁぁぁ! 体が痒い!!!」 ほぼ同時に男の悲鳴が響き渡った。 『では、確かに嵯狐津姫様への贄2匹受け取りました』 雄と雌の蛇二匹が入った籠を手に コン・リーノは白蛇堂に向かってそういうと、 『あぁそうでした。 白蛇堂さん。 一つお伺いしたいことがあります』 と振り返らずに尋ねる。 『はい?』 その声に白蛇堂は怪訝そうに返事をすると、 『わが主、 嵯狐津姫さまは何故に存在していると思いますか?』 とコン・リーノは質問をする。 『存在…理由ですか?』 『はぃ』 『どうしたんですか、 急にそのような事を…』 『いえ、 あなた様にお願いしていることが、 姫様に贄を献上すれば良し。では無い旨、 キチンと摺り合わせようと思いましてね』 『はぁ… (鍵屋め、何かやらかしたな) では、 嵯狐津姫さまとは 理の源である天の陽極・天龍とは対極に存在する 地の陰極の化身であり、 世の理は天龍より発し、嵯狐津にて収められる。 それゆえ嵯狐津姫さまがおわす嵯狐津野原は、 流れ下る水のごとく世を巡り穢れた理が集まる場であり、 集まった理はススキへと姿を変え、穂に穢れを実らせる。 実となった穢れは化生たちの糧となり、 そして穢れを払い浄化された理は 嵯狐津姫さまの手により恵方に向けて天に還る。 嵯狐津姫さまが年ごとの干支を求めるのは、 理を年の恵方に向けて天に還すためのもの。 もっとも、姫様には大切なお役目もありますが、 これはあなたの問いの趣旨ではないので 触れないでおきましょう。 以上でよろしいでしょうか』 コン・リーノに向かって白蛇堂は嵯狐津姫の存在について話すと、 『結構でございます』 彼は目を細めて頷いてみせる。 そして、 『実はですねぇ』 と話を持ちかけてきた。 『え? 人間が嵯狐津姫さまの真似事をしている?』 『はぃ』 コン・リーノからの話に白蛇堂は驚いて見せる。 『こちらで把握しているのは、 それが月夜野…と言う名の人間であることです。 かつて、徐福なる人間によって持ち出された我らの術を用いて 人間の娘達を十二支の獣にし、 嵯狐津姫さまが行っている神事を試みているようです。 理の流れを変えるおつもりなのでしょうか、 しかし、このような事、 当然、天界としても認められませんよね。 天界人であるあなたなら如何なされます?』 ニヤリ と笑いながらコン・リーノは尋ねると、 『判りました、 しかるべき対応を取ります』 それを聞いた白蛇堂は神妙な面持ちで返事をする。 『穢れの浄化は我が嵯狐津が請けたまわるもの。 それを乱す者の取り締まりについては そちらにお任せしていますので、 くれぐれもよろしくお願いいたしますよ。 もし、あなた様の手に余るようでしたら 何なりとご相談ください。 では、姫様への献上の蛇2匹、 確かに承りました』 白蛇堂に釘を刺してコン・リーノは 妖の原・嵯狐津野原へと去って行った。 『何なりと相談って。 そんなことをしたら、 裏側がでしゃばってくるんでしょう。 それこそ大変なことになるわ。 でも、コン・リーノの話、 辻褄が合わないわね。 月夜野は確か嵯狐津姫の使いの者と接触して手を結んだはず。 にも拘らずコン・リーノはその月夜野の始末を私に言ってきた。 見限った? それとも口封じ? どっちにしても もぅ月夜野を野放しにすることは出来ないか。 こうなる前にさっさと事を進めてくれれば良いのに。 さぁて、どうする? ここは鍵屋に押し付けておくか、 どうせアイツが何かしでかしたんだろうし、 それに万が一の場合、 裏側と渡り合えるのは鍵屋だけだしね』 コン・リーノの指摘の件について白蛇堂は考え込むと、 暮れ行く夕日と伴に姿を消した。 その年最後の夕日は山の稜線に姿を隠し、 最後の残光がゆっくりと消えていくのにあわせて 街に明かりが点っていく。 そしてその明かりが明滅する街を見下ろす山の中に 一軒の古風な洋館が建っていた。 まもなく新年を迎えようとする夜更け、 洋館の周りを森の中より這い出た霧がゆっくりと包み込んでいく。 すると、 コト その屋敷の廊下を白衣を纏う一人の男が歩いていた。 顔にかけたメガネを怪しげに光らせ 男が向かっていく先は洋館の奥。 ガチャリ! シッカリと閉められていた古風な鍵が男の手によって開けられると、 ギギッ 軋む音を上げながら重い扉がゆっくりと開いていく。 そして、男が中庭へと踏み出すと、 彼を待っていたのは 冬にもかかわらず穂の伸ばしているススキであった。 ザザザ ザザザ 金色に輝くススキの中を男は無言で歩いていく。 やがて男はススキの原の中より立ち上がっている 一本の樹の前で立ち止まると、 顔を上げて仰ぎ見る。 午前0:00 時は動き、年が改まった。 樹を見上げていた男はゆっくりと手を伸ばすと、 その幹に触れ、 「新年、おめでとう」 と囁いた。 そして、 「もぅすぐだよ、 もぅすぐその動かない体を元に戻してあげる。 そうしたら、 また僕の頭を撫でてくれるよね。 姉さん…」 樹に向かって男はそう呟くと、 人の顔にも見える空ろな三つの穴が空く幹に抱きつき頬ずりして見せる。 「うわぁぁ、 樹に話しかけて頬ずりしているよぉ(ぼそ)」 「なんか、 危ない人みたいですね(ぼそ)」 「旦那様のご命令とはいえ、 出来れば遠慮したいなぁ。 こういうタイプって苦手なのよね(ぼそ)」 「そんなことを言ってはダメですよ、海。 任務は任務ですから(ぼそ)」 「判っているって、 でも、 あの樹の3つの穴のところ、 なんか人の顔に見えない?(ぼそ)」 「やめてください。 そう言う風に見えてしまうではありませんか(ぼそ)」 「あはは、 華の怖がり(ぼそ)」 「もう、 ところでどうしたんです? その木の実は(ぼそ)」 「あぁ、これ? あの木に成っていたので、 もらってきちゃった(ぼそ)」 「海ぃ〜 駄目じゃないですか。 勝手に持ってきては(ぼそ)」 「だってぇ、 美味しそうなんだもん(ぼそ)」 「食べている時間はありません。 行きますよ、海(ぼそ)」 「はーぃ(ぼそ)」 中庭の隅で影か微かに動かせながら女性の声が微かに響いてくる。 彼女達はとある組織から この男を捕らえてくるよう命令されたクノイチであった。 そして、その二人の視線の先に居る男の名は月夜野幸司。 だが彼にはもう一つの名前がある。 ”Dr.ナイト” 彼の野望はまもなく成就しようとしていた。 「ネズミが二匹… 入り込んでいるね。 そうだ、姉さんの実、 貰っていくよ」 おわり