風祭文庫・獣変身の館






「嵯狐津姫 '10」



作・風祭玲


Vol.1045





2010年、師走。

『これは一体、どういうことでしょうか?』

ここは妖達が集う嵯狐津ヶ原。

その中央に聳え立つ五層の天守閣に困惑した声が響き渡った。

キッ!

キキッ!

突然響き渡ったその声に天守に巣食っていた妖達が一斉に驚き逃げ出していくと、

金色の獣毛に覆われた狐が1匹、

二本足で立ち、

腕を組むように前足を組んで立っていたのであった。

『これまでの白蛇堂さんに代わって鍵屋さんにお願いしようと、

 探したのですがここまで見つからないのも珍しいこと』

天守の周囲を巡っている欄干に体を預けながら

コン・リーノは細い目をさらに細くしてみせると、

『間もなく年が暮れます。

 その前に姫様に捧げる贄を確保しないといけませんが、

 鍵屋さんが音信不通がここまでとは困るどころか、

 私の立場が危うくなります』

臍をかむようにしてコン・リーノは思案顔を見せるが、

すぐに何かを決意した表情になると、

『仕方がありません。

 鍵屋さんのことは諦めて代わりの方に依頼するしかありませんか、

 少々彼を買いかぶりすぎていたのかもしれません』

と呟く。

そして、

『コン・ビーさんはいらっしゃいますか?』

と城内に向けて声を放ちながら姿を消したのであった。



『素晴らしい!!!』

それから数日後のクリスマスイブ。

ネオンが輝く街を見下ろす高層ビルの一室に男性の声が響き渡ると、

『あの、そんなに大声を張り上げなくても…』

男性の声に怖気づいた一匹の狐が冷や汗を流しながら身を小さくしていた。

『何を言うのかねっ、

 コン・ビー君っ、

 こんなに素晴らしい依頼は私にとって祝福だよ』

クリームをホイップしながら男性、いや成行卯之助は聞き返すと、

『はぁ、

 Mrバニーの異名をとるあなた様ほどの方がそう言っていただけるのなら、

 ここに来た甲斐がありますが…』

と狐は返事をする。

『博士ぇ…

 一体なにが素晴らしいのですか?』

その横でケーキをぱく付くバニースーツ姿の女性が聞き返すと、

『この素晴らしさがわからないのかね、サトナカ君』

と女性に向かって成行は問い尋ねる。

『はぁ?

 私はサトナカではありませんが?』

『細かいことはどうでもよい、

 サトナカが気に入らないのなら、

 ゴトウ君ではどうかね』

『ますます意味がわかりませんっ

 ついさっきまでバニー1号と呼んでいらっしゃったのに、

 急に呼び方を変えられてはこっちが迷惑ですっ』

男性の態度に呆れたのかバニー1号は脹れて見せると、

『では、話題を変えようっ、

 来年の干支は何か答えたまえ』

と成行は改めて問い尋ねた。

『え?

 えぇっと、確か兎でしょうか』

唇に指先を当てて返事をすると、

『そのとおぉりっ!!!』

部屋中に成行の絶叫が響き渡り、

『そう、来年の干支は待ちに待った”兎”年!!、

 バニーの年なのだよっサトナカ君っ!』

と力説をする。

そして、

『その目出度き兎年を前になんと嵯狐津ヶ原より、

 このミスター・コン・ビーが私にバニーを用意してほしい。

 という依頼をされたのだよっ』

狐を指差して成行は言うと、

『あの…コン・ビーさん?

 本当に良いんですか?』

とバニー1号はコン・ビーに小声で聞き返した。

『いや……

 わたしはただコン・リーノさんからの依頼を伝えに来ただけですので、

 成果についての良し悪しについては…』

二人が顔を合わせてひそひそ話をしている間に、

『うしっ』

ガシャッ!

成行は奇妙な筒状のメカを担ぎ上げると、

『出撃だ!

 ゴトウ君っ』

と声を張り上げたのであった。



「めりぃくりすます!!」

「もぅ、健史さんたらすっかり酔っ払ってぇ」

「大丈夫、大丈夫、

 酔ってなんていませぇん」

繁華街から少し離れた路地で一組のカップルがふらつきながら道を歩いていた。

「飲みすぎないで、

 って言ったのに」

肩を貸しながら女が文句を言うと、

「だぁいじょうぶ、

 だぁいじょうぶ、

 だぁじょうぶっ!」

男は自然に振舞おうとするものの、

しかし、彼の腰は完全に抜けていた状態になっていた。

すると、

『ふっふっふっ、

 そこのお二人さん、

 記念に写真はいかがかな?』

と言う声が投げかけられた。

「記念写真?

 ふざけているんですかっ」

その声に女は苛立ちながら振り返ると、

『うりゃぁぁぁ!!

 新・バニー砲!!

 発射ぁぁ!!!』

の掛け声とともに、

シュバッ!!!

カップルに向かって一条の怪光線が放たれた。

「うわぁぁぁ!!」

「きゃぁぁぁ!!」

怪光線が二人に届くのと同時に、

ビシッ!

男の体に黒く艶かしい輝きを放つバニースーツが張り付き、

ギュギュギュッ!

と男の体を締め上げ始める。

「たっ健史さん!」

それを見た女が悲鳴を上げると、

「きつい…

 苦しい…」

締め上げてくるバニースーツの苦しさに男が身もだえ、

そして、それが限界に来たとき、

ボンッ!

彼の胸が一気に膨らむと

中身がなかったバニースーツのバストに張りが出たのであった。

「健史さん、

 胸が!」

恋人の胸が一気に飛び出したことに女が驚くが、

ギュギュッ

キュゥゥゥ

絞り上げるように男のウェストがくびれて行くと、

ムチぃぃぃ〜っ

細いヒップが張り出した。

すると、

それに合わせるように彼の服が消し炭を吹くように砕けはじめるや、

サワッ

刈り上げた髪が長く伸び、

それに合わせて肩が露出していくと、

スルンッ

と膨らみを無くした股間が姿を見せる。

さらにズボンの下からは網タイツに覆われた足が姿を見せると、

カツンッ!

履いていた靴はエナメルのヒールへ、

そして、

ピンッ!

バニーの耳が頭に立つと、

スッ

彼の口にルージュが引かれたのである。



「いやぁぁん」

恥ずかしげに男は身をよじるが、

しかし、

それは誰が見ても豊満な肉体美を晒すバニーガールが身をよじっているにしか見えなかった。

「そんなぁ!!!」

恋人の思いがけないその姿に女は悲鳴を上げるが、

女の体にも異変が始まっていたのであった。

サワサワサワ…

手入れの行き届いていた女の肌に白い毛が噴出すように生え始めると、

ザザザザザ…

ゆっくりだった速度は次第に早くなり、

女の体を覆いつくしていく。

「!!っ、

 やだ、なにこれぇぇ!」

自分の体の異変に女が気がつくが、

始まった変化をとめることなど彼女にはできない相談であった。

「やだぁ

 やだぁ

 助けて!!!」

体中から白い獣毛を吹き上げながら女は頭を抑えてうずくまるが、

変化は容赦なく彼女の体を作り変えていく、

モゾモゾ

抑えている頭から二本の耳が立ってくると、

ググググ…

屈んで折り曲げた足がパンパンに膨らみ、

モゾッ

お尻から丸い尻尾が飛び出した。

「ひぐぅぅぅ」

見開いた目が真っ赤に染まり、

モゾモゾ

と尖っていく口が動き出した。



『あらら…

 女の子、兎になっちゃった…』

バニーガールに変身した男に対して、

女が獣の兎に変身してしまったことにバニー1号は驚くと、

『ふむ…

 新・バニー砲の思いがけない欠点だな』

と成行は己の発明品の欠点を素直に認めた。

『それって…

 物騒ではありませんか?』

怪訝な顔をしながらバニー1号は聞き返すと、

『なぁに、

 効果は長続きしないから放っておけば良い。

 年が明ければ元に戻っているだろう。

 さぁ、口直しに次に行くぞ、

 臭うぞ臭うぞ

 うむ、この臭いはクリスマスにも拘らず、

 女っ気に恵まれなく、

 汗にまみれて稽古を続けている相撲部員の汗臭さだな。

 行くぞ、バニー1号!』

ほのかに漂ってくる臭いに惹かれるようにして

成行は走り出していったのであった。



そして迎えた大晦日。

『………』

夕日が差し込むとあるビルの屋上でコン・リーノは顔を引きつらせていた。

『コン・ビーさん

 説明をしていただけますか?』

数十人は居るであろうバニーガール達をコン・リーノは指差すと、

『あぁいえ、

 私はそのぉ…』

流れ出る汗を拭きながらコン・ビーは答えに詰まらせる。

『人選を間違えましたか…

 さて、姫様にはどう説明をすれば』

額に手を置き困惑した口調でコン・リーノはつぶやくと、

『あっあのぅ…コン・リーノさん。

 姫様にはこちらを…』

と言いながらコン・ビーは兎が数匹入っている籠を指差す。

『ん?

 それは…』

『かっ数は少ないのですが、

 このとおり確保しておきました』

『ふむ…

 一応あの博士は仕事はしてくださいましたか』

安堵した表情をコン・リーノを見せると、

『さて、姫様の元に参りますか』

その言葉を残してコン・リーノとコン・ビーは兎とともに

嵯狐津姫の所へと向かっていったのであった。



そんなやり取りが行われている同じころ、

『あれ?

 Rっ

 あなた一人?』

自転車を背負って街を歩くRに向かって玉屋が声を掛けると、

『やぁ…

 玉屋さんではないですか』

振り替えりながらRは挨拶を交わす。

『ねぇ、あなたの主…鍵屋はどうしているの?』

鍵屋の消息について玉屋はRに尋ねると、

『あぁ…

 ある時は通りすがりのカメラマン、

 ある時は探偵、

 ある時はフリーターの人ですね』

とRは答える。

『なにそれ?』

Rの返事を聞いて玉屋は怪訝そうにすると、

『あぁ、あまり詳しく話すと…

 フォルテシモがぁぁぁ!』

と言いながらRは頭を抱える。

その途端。

ギュンン!

花の形をした光弾が飛んでくるなり、

ボンッ!

たちまちRを束縛するや、

ポワァァァァン!

回る花の中でRは再起動したのであった。

『…なんか忙しい子ね。

 あなたは…』



おわり