風祭文庫・獣変身の館






「嵯狐津姫 '09」



作・風祭玲


Vol.1036





『さて…どうしたものか』

年の瀬が押し迫った夕方。

吹きつけてくる北風に身に纏っている衣の裾を揺らせながら、

白蛇堂は思案顔になっていた。

『うー…ん、

 今年の納品物は難しいわね…』

ビルの屋上全体を覆う立看板の下より

暮れゆく日差しを見つめながら彼女は小首捻っていると、

フッ!

音もなく影が横切るや、

『あら、白蛇堂じゃない』

白蛇堂に向かって呼びかける女性の声が響く。

『!!っ

 この声は…玉屋』

聞き覚えのある声に驚くのと同時に白蛇堂が顔をあげると、

斜め上の空中で大きな白い翼を広げ、

ニコッ

と笑みを見せる女性の姿があった。

『空からおいでましなんて珍しいわね。

 って言うか、

 あなた、いつから天使になったのよ』

金色に光る髪を軽く手で梳きつつ

白蛇堂は玉屋の背中から生えている翼を凝視してみせると、

『あぁ…これ?

 別に天使になったわけじゃないわよ。

 業屋がちょっと面白いものを仕入れたので使ってみたの。

 で、人探しも兼ねてモニターってワケ』

彼女の言葉に玉屋は別の目的があることを告げる。

『玉屋が人探し?

 まさか鍵屋を探しているの?

 って言うか、

 まだ見つからないの?』

と呆れ半分に白蛇堂はここ半年以上所在がつかめていない鍵屋のことを指摘すると、

『それがねぇ…

 本当に見つからないのよ。

 全くもって消息不明。

 何処で何をしているんだか』

『まさか、死んでたりとかは…ないか、

 アイツに限って』

『あはっ、

 何かの間違いでそんなことが起きれば

 真っ先にあたしのケータイが鳴るって、

 お迎えに行かないといけないし』

『だよねぇ…

 そっち方面は玉屋のテリトリーだもんね。

 いっそ、頭に輪っかつけて迎えに行ってあげれば?

 悪逆非道の限りを尽くしたあなた様を閻魔様の元にご案内しまぁす。

 って』

『ちょっとぉ、

 勝手に鍵屋を殺さないでよ。

 それに悪逆非道っと言うのも…………あれ?、うーん』

『おいおい、そこ悩むところか…

 それよりもRと連絡を取ったの?

 Rは見た目はアレだけど鍵屋の助手兼マネージャでしょう?』

と白蛇堂がRの事を指摘すると、

『試してみます?』

スッ

と言いつつ玉屋は自分のケータイを差し出した。



『あっ、もしもし、

 あぁR?

 あのさ、鍵屋なんだけど』

白蛇堂はケータイに向かって声を上げるが、

『…え?居ない?

 ちょっとぉ、

 このところずっと音信不通になんだけど、

 鍵屋は何処で何をやっているの?

 あなたなら鍵屋の居場所、把握しているんでしょう?

 …言えないって…

 ちょっとぉ、お願いしたいことがあるんだけどさっ、

 …忙しいって…あっあのねぇ!

 って切れちゃったわ』

一方的に通話が切れてしまうと、

肩透かしを食らったように唖然とケータイを見つめてみせる。

すると、

『Rは何も言わなかったでしょう?』

”やはり”と言う表情で玉屋が話しかけてきた。

『参ったわねぇ…

 いっそ、シバくか』

『無理よ無理。

 Rは主に絶対に忠実よ。

 拷問するだけ無駄。

 頭が落ちて”はい、おしまい”よ』

『確かに天界運命管理局情報部きっての敏腕エージェント、

 ”コードネーム・つかさちゃん”には隙は無いか』

『とかなんとか言って

 どこかの公園でドーナツ屋でもやっているんじゃない?』

『しゃべるフェレットと一緒に?』

『そーそ、グハっなんて笑い声を上げてさ…』

『やだぁ』

二人は互いにそう言い合い笑い声を上げるものの、

直ぐに黙ってしまうと、

『…ちょっと、それってイメージ沸かないんですけど…』

と冷や汗を流しながら頭を抑えてみせる。

そして、

『ところでさっきの電話だけど、

 鍵屋に何か聞きたいことがあったの?』

ふと顔を上げた玉屋が訪ねる。

『ん?

 うんまぁ、

 調度良い機会だったから、

 嵯狐津の狐姫についてひとつふたつ聞きたいことがあったけど、

 もぅいいわ』

と白蛇堂は自分の頭を掻きながら返事をする。

『ふーん、

 そういえば鍵屋って嵯狐津に行っていたことがあったわね。

 あの狐姫…なにかとんでもない悪巧みをしている。

 って風の噂で聞いているけど、

 そういえばあなたが毎年暮れに行っていることの準備は終わっているの?

 明日は大晦日よ』

それを聞いた玉屋は白蛇堂に向かって尋ねると、

『それなのよねぇ…』

星がまたたき始めた空に白蛇堂の声のため息を付く声が響き渡ったのであった。



さて、ここはディスカウントストア・業屋。

見た目は何処にでもあるごく普通のディスカウントショップであるが、

しかし、その店内に陳列されている商品のほとんどは、

人間界においてオーバーテクノロジーの商品であり、

商品を使用したことによる悲喜劇は後を絶たないのであった。

さて、その業屋の店先で言い合う一組のカップルの姿があった。

「もぅ、もぅいい加減にはっきりと決めなさいよぉ」

黄白黒のいわゆるトラ柄のコートを羽織る女が、

赤らんだ顔を男に迫らせながら決断を促そうとすると、

「あの太賀さん。

 そんなことを言っても…

 やはりここはみんなの意見を聞かないと、

 一旦戻りましょう」

と気弱そうな男は気押されながらも幾度も商品棚を覗き込んでみせる。

「みんなって誰の事よぉ」

アルコールが入っているのか女は呂律の回らない口調で男に絡みつくと、

「まさかこの場で…

 どこかの誰かさんみたいな”必殺・先送りぃ”なんて技を使うつもり?

 いい加減に決めなさいよぉ。

 たかだかパーティの余興でしょう?

 もぅ…なんであたしがあの女のパーティに出席しないといけないのよぉ。

 その気がないのならキッパリと別れてしまえば良いのに、

 まさか、あたしの影に隠れながら別れ話を持ち出す気?」

鼻息荒く女が指摘すると、

「そっそんなことは…

 しないと…思う」

と男は視線を伏せつつ小さな声で返事をする。

「何を言っているのか聞こえないわよぉっ!

 パーティなんてもぅ戻りたくもないわ。

 ふんっ寸胴で洗濯板の癖に生意気なのよあの女。

 まったくぅ、抜群のスタイルを誇るこのあたしを見下していながら、

 いざ面頭向かうと、

 くだらない嫉妬の炎を燃え上がらせちゃってさ」

「蛭山さんはそんなに悪い人じゃないって…」

「全く女心を判ってないわねぇ君は。

 女はどんなに善良ぶっていても一皮剥けば嫉妬と怨嗟の塊よ。

 草食系?

 けっ、くだらない。

 そんな坊ちゃんだから切るに切れずに骨身残らず喰われちゃうのよぉっ。

 この私がそう言うのだから間違いはないって」

酔のためか論旨を外した説教を女は繰り返していると、

『あのぉ、お決まりになりましたでしょうか』

じっと成り行きを見ていた業屋がもみ手をしつつ尋ねる。

「あぁ、ごめんなさい。

 もうちょっとかかるみたい」

絡みつく女を押しのけながら男は返事をすると、

『左用でございますか、

 お決まりになりましたらお呼びください』

と言い残して業屋は背を向ける。

そして、それと同時に

『はぁ…』

とため息を付いてみせると、

『さっさと決めて欲しいものですなぁ…

 うぅさぶっ』

小声で小言を呟きつつ身をすくめて見せる。

と、その時、

『あら、なにため息をついているのよ』

そんな業屋に向かって白蛇堂の声が響くと、

『おぉ!

 これは白蛇堂殿。

 おや、玉屋様とご一緒でしたか』

と業屋は安堵に似た声をあげた。

『なんか随分と気の強そうな女ね…』

『やだ、あの二人まだ商品を決めているの?』

店頭の二人を見て白蛇堂と玉屋が違った意見を言うと、

『はぁ…

 どうやらお目移りしてしまうようで』

と業屋は手にしたハンカチで額をぬぐいながらそう返して見せるものの、

『で、玉屋さん。

 その羽根は如何でしたか?』

と玉屋の背中で折畳まれている羽を眺めながら話を変えた。

『あぁ、これ?

 うん、とても便利だったわ』

その問に玉屋は笑を見せつつランドセル状になっている羽根を脱いでみせる。

『ふーん、そうなっているんだ』

床に下ろされた羽根を眺めつつ白蛇堂は感心していると、

『この新製品には期待しておりまして、

 見ての通り、

 この人間界は未だ個人による空の利用はほとんど進んでない有様。

 そこに目をつけたわけでして』

と業屋は羽根を仕入れて理由を言う。

『はぁ、なるほどねぇ…』

それを聞きながら白蛇堂は感心してみせると、

『捕らぬ狸の皮算用…

 この人間界にそのような言葉がありますが…』

と業屋は言掛けたところで、

ベシッ

『あいたぁ!』

空手チョップが見事業屋に額に決められてしまうと、

『あんたがそれを言うか?』

と白蛇堂の声が飛び、

『あっそうだ。

 ねぇ業ちゃん。

 以前頼んでいた”太り薬”って届いているの?』

と問い返した。

『えぇ、ございますよ。

 とっくに入荷しております』

叩かれた頭をさすりながら業屋はドラックコーナーへと向かい、

薬が置かれていた棚に手を伸ばし”太り薬”と書かれている瓶を取り出すと、

『これでございます』

と白蛇堂の前に差し出して見せる。

『おぉっ、これよこれっ、

 ありがたく頂いていくわね。

 っと元に戻るための”痩せ薬”もいるわね、

 これも貰っていくわ』

白蛇堂は太る薬の他にショーケースの上に置かれていた痩せ薬も手を伸ばすと、

『あっあのぅ、お代は?』

心配顔の業屋は代金について尋ねる。

『んーと、

 面倒だから、出世払いにして…』

『えぇ!

 ちょっと、いくら何でもそれは!!』

『あはは、冗談よ。

 あとで請求を頂戴。

 じゃぁねっ』

そんな業屋を残して白蛇堂は嵐のごとく去ろうとしたそのとき、

「いいかげんにしなさいっ」

堪忍袋の緒が切れたのか店の中に女の怒鳴り声が響く。

『!!っ』

その声に皆の目線が店頭に居るあの二人へと向けられると、

「………」

二人は無言で見つめ合い。

しばらくして女の方が顔をそむけると、

「あたし…もぅ帰る。

 さよなら」

と別れの言葉を告げるや男の元から離れ、歩き出しはじめた。

『おぉ…』

『思わぬところで破綻ですか』

『そのようで…』

商品だなの影に隠れながら、

玉屋・白蛇堂・業屋の三人は成り行きを見つめていると、

「待ってくださいっ!」

残されれた男が慌てて女の後を追い、

「僕が悪かったですから、

 帰らないでください」

と女に縋ったのであった。

『…なんか情けないわね…』

『自分で決断をしないで、

 あっちを立ててこっちも立てようとするからよ』

『まぁ八方美人の行末は八方塞がりと言いますからなぁ』

『あら業ちゃん、たまには良いことを言うわねぇ』

『褒めていただき光栄です』

怒鳴る女と縋る男の姿を眺めながら三人はそんなことを呟いていると、

『ふむ…』

何かを思いついたのか白蛇堂は頷いて見せる。

『どうかしたの?』

それに気がついた玉屋が話しかけると、

『ん?

 あぁ…嵯狐津の狐姫に差し出す物が見つかったわ』

と笑顔で答えたのであった。

そして、

バッ!

白蛇堂は業屋の前に立って見せると、

スッ

一枚のカードのようなものを取り出し、

『我が名は白蛇堂っ

 ケモノーノケよっ、

 我に仕えよっ!』

と声を上げてトラ柄のコートを羽織る女に向けてそのカードを放つと、

スコンッ!

トラ柄の毛皮が覆う女の背中にそのカードが突き刺さり、

「うっ」

ビクンッ!

女の体は瞬く間に硬直する。

「え?

 太賀さん?」

その異変に男が直ぐに気づいて話しかけるが、

「………」

女の目線は中を見つめたまま止まり、

程なくして、

ザワザワザワ…

女の周囲の空気がざわめきだすと、

シュルンッ!

彼女が着ていた毛皮のコートがまるで包み込むようにして巻き付き、

メリッ

メリメリメリ…

彼女の体から異音が響き始める。

「たっ太賀さん?

 どうしたんです?」

明らかに異常事態であることが男にも判ったのか、

女から距離を開けて話しかけようとすると、

ゴワァァァァァァ

半開きの女の口から獣を思わせる声が響いてくる。

と同時に、

「へぇ?」

ペタン

男は顔を強ばらせたままその場に座り込んでしまったのであった。



『何をしたの?』

二人の様子を眺めながら玉屋が白蛇堂に問い尋ねると、

『ほぉ…ケモノーノケを使われましたか』

業屋は湯気が上がる湯のみを啜りつつ答える。

『ケモノーノケ?』

『はいっ、

 この冬の新商品でして、

 まずこのカード形態のこのケモノーノケに向かって主であることを名乗り、

 獣化後のイメージを伝えた後に

 ケモノに変身させたい者に向かって投げつけるのです。

 すると、ケモノーノケは相手を獣化させた後、

 主の下僕にしてくれるというとてもお買い得なカードです。

 玉屋様もいかがですか?

 お忙しいとき猫の手を一杯借りれますよぉ』

玉屋に向かって業屋は説明をすると、

『あっあたしは間に合っているわ、

 で、あの女をどんなケモノにするのよ。

 ってこのシチュエーションじゃぁ…アレになるしかないか』

胸を張る白蛇堂に向かって玉屋は尋ねる。

『まぁね』

その問いに白蛇堂は笑みを浮かべて答えると、

「ぐわぁぁぁぁぁ!!!」

雄叫びを思わせる女の叫び声が響くや、

「ぐぉぉぉぉ!!」

女は頭を抱えて蹲り、

露出している人肌に獣毛を噴き上げ始める。

そして、

メリメリメリ

離れたところからでもハッキリと聞こえるほどの音を響かせて、

体を変化をさせ次第にスタイルを人からケモノへと変えていくと、

お尻からはムチのように動く尻尾が伸び、

毛に覆われた口が左右に引き裂けていく。

と同時に、

ギラッ

鋭い牙がその口から姿を見せると、

指が消えた両手には鋭い爪が光り輝いた。

「ひっひっ

 そんな…

 たっ太賀さんが…

 とっ虎になってしまったぁ!」

連れの女性の獣化を目の当たりにした男は腰を抜かしながら悲鳴を上げていると、

『ぐぉぉぉっ!』

虎と化した女は頭を抱えてのたうち回り始める。

そして、

『グググググッ』

全身の毛を逆立てて力を込めると、

グリンッ

毛が覆う股間からオスが持つ袋が飛び出し、

さらに、

メリメリメリ…

イチモツが突き上げたのであった。

「うそぉ!」

女がメス虎ならぬオス虎へと変身してしまったことに男は悲鳴を上げると、

『ふふっ、

 彼女だけじゃぁ可哀想よね。

 それ、君もよっ』

白蛇堂の声とともに

スカンッ

男の背中にケモノーノケが突き刺ささった。

そして、

「え?

 え?

 え?

 うわぁぁぁぁぁ!!!」

悲鳴を残して男はその姿を変えてしまうと、

タタッ

タタッ

長い耳をなびかせる走り回るウサギへと変身してしまったのであった。



『では、確かにお預かりいたします。

 これはまた逞しい虎でございますなぁ…

 姫様もさぞお喜びになるでしょう。

 で、この兎は…おまけでよろしいですか?』

大晦日、

愛想笑いをする狐姫の従者、コン・ビーが白蛇堂より納品物である虎と兎を受け取ると、

『コン・リーノはどうしたの?

 姿が見えないみたいだけど』

行列の中にコン・リーノの姿が無いことを指摘する。

『はぁ…

 コン・リーノさんはちょっと所用がありまして』

その指摘にコンビーは笑を見せつつ返事をすると、

『そう…

 いつもこの場にいるはずなのに…何をしているのかしら』

と彼女は腑に落ちない表情を見せる。

すると、

『白蛇堂…』

コン・ビーの背後、輿に乗る九尾の狐姫が話しかけた。

『!!っ

 はいっ』

その声に白蛇堂は身を引き締め恭しく頭を下げると、

『…今年もご苦労であった。

 わらわはそなたの献身的な行動に感謝しておるぞ。

 時が満ちたらぜひ力になってくれ』

と意味深な言葉を残して、

スッ

狐姫の一行は嵯狐津の原へと向かい始める。

『はっ、

 姫様からのお言葉。

 ありがたくいただきます』

頭を下げながら白蛇堂は感謝の言葉を述べるが、

しかし…

『時が満ちたらって、

 やはり…何かを起こすつもりね。

 とにかく、

 あの虎と兎にはちょっとあの城を引っ掻き回して欲しいわ。

 なにが出てくるか…』

と呟きつつ白蛇堂は真剣な面持ちで一行を見送っていたのであった。



その頃…

『おや、そこにいらしたのですか、

 ウェスター君にサウラー君』

街中にコン・リーノの声が響くと、

シュタッ

二匹の黒猫が人間姿のコン・リーノの前に姿を降り立つ。

『おやぁ?

 ノーザさんのお姿が見えませんが…』

三匹目の猫の姿がないことにコン・リーノは問い尋ねると、

フルフル

と猫は首を左右に振って見せる。

『まぁいいでしょう…、

 で、お願いをしていた”インフィニティー”について

 何か情報は集まりましたか?』

腰を下ろして彼は猫に向かって尋ねる。

一方、

『あれは…嵯狐津姫の輿…

 大晦日恒例の巡幸ですね』

近所の神社より夕焼け空を駆け抜けていく光の帯を眺める巫女の姿があった。

『やぁ

 ここはひとつ撃ち落とした方がよろしいですね。

 よいしょっと』

その巫女の背後より迷彩服姿のアンドロイドが声をかけながら、

スチャッ

バズーガ砲を構えてみせると、

『馬鹿者ッ

 ここで喧嘩を売ってどうする』

その声とともに迷彩ヘルメットを被るアンドロイドの頭を殴られ、

同時に、

ポロッ

コードを引っ張りながらアンドロイドの頭が足元へと落ちて行く。

すると、

「相変わらず禍々しい気じゃのぅ」

の声とともに別の巫女が姿を見せた。

『あっ柵良さん。

 やはり感じますか、嵯狐津姫の気を』

アンドロイドを殴った巫女は緋袴の埃を払いつつ返事をすると、

「あぁ、わしの目にはあいにく光跡にしか見えぬが、

 なかなかどうして禍々しい気を放っておるぞぉ。

 で、あいつの野心はなんじゃ?」

と巫女は気を放つ物体の目的を尋ねる。

『詳しいことは調査中ですので申し上げられません。

 ただ、すべての世界とそれらを束ねる天界を手中に収めること…だとしたら?』

「ほぉ、一介のモノノケごときが…正気か?」

『えぇ…嵯狐津姫は欲は底がありません。

 そのような欲深き者は往々にして無理な博打を打つモノです』

「なるほどのぅ、

 そうなると…お主が持っているアレがどうしても必要になるな…」

『まぁ、今のところわたしが平和利用をしていますが…』

「ただの倉庫にあらずか、

 守りきれるのか?」

『守らないとならないでしょう。

 そのためにこうして居るのですから…』

「なるほどのぅ…

 時に鍵屋」

『なんでしょうか?』

「ドーナツ…在庫が尽きたぞ」

『えぇっ!

 もぅみんな食べちゃったのですか?』

「お主が作るドーナツは評判が良くてのぅ、

 さっき希達がすべて食べ尽くした。

 早く補充をしないとあの者達が働かなくなるので頼んだぞ、

 明日は正月の初日じゃからのぅ」

そう言い残して巫女は去っていく。

『やれやれです。

 さて…』

頭を掻きながら巫女はアンドロイドに声を掛けると、

ムクリ

外れた頭を載せたアンドロイドは起き上がるが、

しかし、その目には光がなく、

『我が名はいんふぃにてぃー、無限の…』

とつぶやき始めた。

その途端、

『リセットぉ!』

スパァン!

巫女の怒鳴り声とともに振り下ろされたハリセンがアンドロイドを直撃すると、

ピポッ!

軽い電子音が鳴り響くや、

Rの目に光が戻り、

『やっやぁ、マスター』

いつものとぼけた返事が返ってくる。

『無限の力・インフィニティー…

 天界をも動かすこの力を隠すために倉庫として使っていますが、

 さて、どこまで守りきれますか』

ハリセンを収めつつ巫女はそうつぶやくと、

スーッ

夕闇に消えていく光跡を見上げたのであった。



おわり