タカッ タカッ タカッ すべての影と色が消えた昼下がりの住宅街を1匹の狐が疾走していく。 そしてそれから少し間をおいて、 バウッ! バウッバウッバウッ! 狐の後を追い三首の狼・ケルベロスが猛然と駆け抜けていった。 タカッ タカッ タカッ 筆のような尾を風に靡かせつつ狐はちらりと後を振り返ると、 『私としたことが… つまらないところでしくじりましたね。 まさか黒蛇堂からの帰り道にケルベロスに出会ってしまうとは』 と臍を噛む様にして呟き、 グッ 目に力を入れて速度を上げるが、 バウバウッ ケルベロスもまた速度を上げていく。 モノクロームの街を舞台にしたケルベロスと狐の追い駆けっこは長々と続き、 ハッハッ 逃げる狐に疲労の色が出て来た頃、 『さて、追い駆けっこもこの辺でフィニッシュにしませんといけませんし…』 目の前に迫ってきた十字路を睨みながら狐はそう呟く。 そして、 『黒蛇堂で仕入れた特製超電磁砲の試し撃ちをさせて貰いますよぉ!』 と叫ぶや、 クワッ! 逃げる狐の尾が総毛立つと上下に割れ、 キュィィィン… 割れた尾の空間に無数の光点が集積していく、 そして、その次の瞬間。 ギュォォォォンン!!! 追いかけるケルベロスに向かって光束が放たれた。 ズムっ!! 鈍い音が響き渡り、地面が軽く揺れると、 ゴォォォ… ケルベロスを飲み込んだキノコ雲がゆっくりと立ち上っていく。 『出力10%、武士の情けです。 足止めには十分でしょう』 衝撃波を堪えた狐は笑みを浮かべつつ十字路を曲がるが、 その途端、 『なにっ!』 余裕だったその表情が一気に強ばった。 『ばかな…通路が…ない…』 行く手を遮るようにして立ちはだかる塀を見上げて狐は呆然と呟くと、 『何処だ! 何処に行った嵯狐津ヶ原への連絡通路。 あれを通らないと姫様の下へ帰ることが出来ない!』 予想外に展開に狐は必死になって帰還用の通路を探すものの、 しかし、いくら探しても求める通路を見つけることができず、 無常に立ちはだかる壁を前にして狐はウロウロするばかりだった。 それどころか、 フシュルルルルル… 低いうなり声とともに満身創痍のケルベロスが迫ってきた。 『ちっ、活動再開が早すぎますよ。 こんなことならひと思いに吹き飛ばしてしまえば良かったですね』 全身に負った傷を修復していくケルベロスを睨みながら狐は己の判断の甘さを悔やむが、 しかし後の祭りである。 『くっ、超電磁砲を使うには距離が近すぎます。 仕方がありません』 覚悟を決めた狐は牙を剥き総毛を立たせながら迫る獣に立ち向かおうとしたそのとき、 フワ… 周囲に花の香りが漂い始めた。 『この香りは…月下美人の香り』 漂う花の香りに狐は驚いていると、 『何をしているの? さっさと塀を飛び越えてこっちに来なさい』 と女性の声が響く。 『!!っ』 その声を聞いた狐はすぐさまケルベロスに背を向け、 長い体を短く縮めると、 ピョンッ 全身をバネにして飛び上がると軽々と塀を乗り越えた。 と同時に バウッ! ケルベロスも追って塀を飛び越えようとするが、 バシッ! 突然伸びた塀に激突してしまうと、 キャィィィン!!! 悲鳴と共に塀の下へと落ちていったのであった。 『ふぅ… 助かりましたぁ』 間一髪ケルベロスから逃れることができた狐は大きく息を吐き改めて周囲を見回すと、 ザザザッ… どこかの庭先であろうか周囲には手入れが行き届いた樹木が茂り、 日の当たるところでは芝生が緑の光を放っていた。 『ほほぅ…』 その光景を感心しながら狐が歩いていくと、 やがて、その先に赤い瓦屋根の住宅が姿を見せる。 『さっき… 私に声を掛けたのはどなたでしょうか?』 自分に声を掛けた声の主を捜して狐は住宅に近づいていくと、 日の光を浴びる幅広いコンクリート床のテラスの奥、 風通しの良いところに置かれている籐椅子の上に 白い毛に茶のまだら模様が入っているシーズー犬が一匹ちょこんと座っていた。 『ん?』 シーズーの存在に狐が気がつくと、 『どこの狐かと思ったら、 嵯狐津ヶ原のコン・リーノじゃない』 とシーズーはコン・リーノに向かって話しかける。 『ほほぅ… あなたでしたか私に声を掛けてくれたのは あなたのような方にまで私の名前が知れているとは意外ですね』 と気安そうに話しかける。 すると、 『ふんっ、 あなたの名前は色んな噂と共に皆に知れ渡っているよ』 とシーズーは言い、 椅子の上に伏せてみせる。 『なるほど、 色んな噂とともに…ですか。 それは光栄と申し上げたほうがよろしいですかな』 目を細めながらコンリーノは頭を下げると、 『嵯狐津ヶ原への通路が無くなったんだろう? ラビリンスのウェスターとサウラーの仕業だね』 とシーズーは伏せながら通路を塞いだ張本人の名を言う。 『ほぉ、 通路を消した張本人を知っているので?』 『あぁ、最近この辺りを荒らし回っているノラ猫だよ。 ノーザというのが元締めなんだけど、まったく…』 ピクッ 耳を微かに動かしてシーズーは腰を上げると、 ズズンッ! ガサガサガサ!! 突然庭木が激しく揺れ、 タタッ! 二匹の猫が飛び出した。 そして、その猫を追って3匹の犬が飛び出してくるや、 『ほら、噂をすれば… 現れたわね、ラビリンスっ みんなっ、 変身よっ!』 声を上げてシーズーは飛び出して行った。 そして、 『…にゃにゃにゃにゃーにゃよっ、我に仕えよぉ!!』 『にゃぉぉぉんっ!』 『でやぁぁぁ!』 『ふにゃおっ』 『…悪いの悪いの飛んで行けー!』 コン・リーノの目の前で猫と犬の戦いが繰り広げられるものの、 程なくしてカタがついてしまうと、 『ふぅ…』 息を切らせつつシーズーが戻ってきた。 『お見事です。 とても面白いものを見せてもらいました』 シーズーに向かってコン・リーノは褒め称えると、 『ウェスター達は逃げ出していったので通路は戻っているはずだよ』 そう答えながら籐椅子の上に飛び乗った。 『それはありがたいです。 それにしても初対面のわたくしめにそこまでしていただけるなんて…』 感謝の気持ちだろうかコン・リーノは目を細めて見せると、 『さっさとしなさい、 通路はいつまでもつながっているものじゃないんでしょう』 そんなコンリーノを急かすようにシーズーは言う。 『ではそうさせていただきます。 あっ、これはわたくしのほんの気持ちです』 コンリーノはシーズーの前に一枚の葉っぱを置いて姿を消した。 そして、 『ふんっ』 コンリーノが置いていった葉っぱを一瞥すると シーズーは椅子の上でゴロンと身を横たえ目を瞑ったのであった。 「ただいまぁ、ラブぅ!」 日が落ちた家に飼い主である男性の声が響くと、 ムクリ 籐椅子の上で寝ていたシーズー犬・ラブは顔を上げる。 そして、部屋に入ってきた飼い主・雅俊の顔を見た途端、 『ふぅ…』 小さくため息をついてみせ、 『…またダメだったみたいだね』 と呟いた。 「ラブぅ 何をして居るんだよ」 そんなラブに向かって雅俊は優しく声を掛けると、 トッ 籐椅子から飛び降り雅俊の足下へと向かって行く。 「おーよしよし、 ちゃんと待ってくれていたか」 自分の足下に来たラブの頭を一通り撫でるすると、 ゴロン とラブは甘えるようにその身を横たえて見せる。 「ん? なんだ、甘えているのか? ラブ…」 それを見た雅俊はラブに向かってそう話しかけながら抱き上げるが、 すると急に真顔になり、 「なぁ…ラブぅ… 女の子の気持ちって判らなくなってきたよ。 どうして僕の気持ちを判ってくれないのかな…」 とラブに向かって愚痴めいたことを言い出したのであった。 『…あたしに向かってそんな愚痴を言われてもねぇ』 前足をつっかえ棒のように雅俊に顔に当ててラブはそう呟くが、 無論、その声は届くことはなく、 「はぁ… もぅ婚活やめようかなぁ…」 ため息をつきつつ雅俊は抱き上げていたラブを床へと戻す。 『あらら… なんか落ち込みモードに入ったみたいだね』 舌をペロンと出してラブは雅俊の顔を見上げていると、 カサッ! 壁際に置かれている月下美人に蕾がひとつ育ち始めていた。 「あっ、今夜も月下美人の花が咲くね」 それに気がついた雅俊は気持ちを入れ替えると、 「よし、ご飯にしよう」 と腕を捲り自分の夕食とラブの餌の準備をはじめる。 『やれやれ、世話の焼ける… でも、何か励まさないとね』 そんな雅俊の後ろ姿を眺めた後、 ラブは顔を背けるとコン・リーノよりもらった葉っぱが視界に飛び込んできた。 『…そうだ、この手があった…』 その葉っぱを見ながらある考えが頭をよぎるや、 トトトト… ラブは葉っぱを咥え隣の部屋へと去って行いく。 「ラブぅ ご飯ができたよぉ」 自分の食事とラブの餌の支度が終わった雅俊は 餌が入った容器を床に置き呼び声を上げるが、 しかし、いくら呼んでもラブは戻っては来なかった。 「何をやっているんだあいつ…」 戻ってこないラブを訝しがりつつ立ち上がった雅俊は 自分の夕食を口にすると、 「んまいっ、 うん、我ながら完璧っ! この腕前なら嫁なんて貰わなくても幸せゲットできるし、 ハッピーな人生を送れるって信じているぜ」 と暢気なことを言い出すが、 『やれやれ、 もちょっと緊張感を持って欲しいね』 その緊張感の無さにラブはため息をつき、 ジッ と月下美人の蕾が開くのを待った。 食事を終えた雅俊がシャワールームに入ったのをラブは見届けた頃、 カサッ 月下美人の蕾は今にもはち切れそうに膨らみ、 その先端部分が微かに開き始めていた。 『…そろそろだね』 それを見たラブは月下美人の下へと向かい、 自分の頭の上に葉っぱを置いた。 すると、 カサッ カサカサッ カサッ 小さな音を立てながら月下美人の蕾は開き、 フワッ 辺りに強烈な香りが漂い始め、 それと同時に キンッ! その香りに反応してラブの頭の上にある葉っぱが青白く輝き始めると、 その光はラブの体を包み込んで行った。 「ふぅ…良いお湯でした」 濡れた頭を拭きながら飼い主がシャワールームから出てくると、 フワッ 部屋中に月下美人の強い香りが漂っていた。 「おっ、咲いたか」 その香りに引かれるようにして 雅俊は月下美人を置いてある隣の部屋を覗いてみると、 「なっ」 そこには一糸纏わぬ白い肌を晒す一人の女性が立っていたのであった。 「だっだれ?」 女性を指さして雅俊は問い尋ねると、 『ふふっ、 日頃あなたに世話になっている者よ』 と女性は囁きながら雅俊に抱きつき、 彼の唇に自分の唇を重ねようとする。 「うわっ、 いっいきなり…」 突然のことに雅俊の胸は高鳴り、 グッ さっきまで力を失っていた股間のイチモツが力強く鎌首をもたげる。 『うふっ、 とってもステキ…』 雅俊のイチモツに手を添えて女性はそう囁くと、 ギュッ とイチモツを握りしめる。 「あっあの…」 股間を握りしめられた雅俊は女性に向かって話しかけると、 『ふふっ、怖じ気づいちゃダメよ。 女はね、 積極的な男に弱いの… だから、 もっと自信を持ちなさい』 と雅俊の耳元で囁く。 「そっそれは… 判っているけど… って言うか 君は一体誰?」 女性に押し倒された雅俊は改めて問い尋ねると、 『だから… いつも世話になっているって』 とはぐらかしながら答えるや、 シュッシュッ イチモツを握っていた指を動かし始めた。 「あっ、それは…」 艶めかしく動き始めたその指の動きに感じてしまったのか、 雅俊は身を固くしてしまうと、 『力を抜いて…』 と女性は囁く。 「判っているけど…」 『本当に世話が焼けるわね』 「え?」 『さっ一発抜いてあげるわ』 「えぇっ!」 女性のその声と共に シュシュッ シュシュッ 指の動きは速くなり、 「あっ、 あぁっ」 雅俊はたちまち翻弄され、 イチモツの先からは先走りが止めどもなく流れ始める。 そして、 「あぁっ だめっ、 でっ出る…」 と訴えるのと同時に、 シュッ シュシュッ! 雅俊は射精をしてしまったのであった。 『あらら… 意外と早かったのね』 呆気なく射精してしまったことを女性は意外そうに呟くと、 『ふっ、まぁいいわ。 まだ行けるんでしょう?』 と尋ねながら雅俊の体の上に跨り、 萎えてしまった彼のイチモツを再び握りしめる。 「うっ」 女性の手がイチモツに触れるのと同時に雅俊は小さく声を上げ、 そして、 「わっ判ったよ、 ラブ…」 と譫言のようにして飼い犬の名前を呼んだ。 その途端、 『!!っ』 シュワァァァ 彼の上に跨っていた女性の体から煙が噴き上がると、 『あぁっ』 女性は声を上げながらその煙に包まれしてしまい、 程なくして、 『ふんっ』 と鼻を鳴らしながらシーズー犬・ラブが煙の中から出て来ると、 『呆気なく術が解けちゃったわ。 それにしてもあたしの飼い主は勘が鋭いんだか、鈍いんだか…』 そんな愚痴を零しつつラブは自分のホームベースである籐椅子の上に飛び乗り、 『ふんっ』 再度鼻を鳴らして身を伏せる。 そしてその直後、 「はくしょんっ」 月下美人の香りが漂う部屋に雅俊のくしゃみの音が鳴り響いたのであった。 おわり