風祭文庫・獣変身の館






「嵯狐津姫 '08」



作・風祭玲


Vol.990





『はぁ、一年ってあっという間ねぇ…』

クリスマスソングが響き渡る聖なる夜。

白蛇堂は白銀の髪を夜風に靡かせつつ

繁華街にそびえるビルの屋上より眼下に広がる街を見下ろしていた。

『狐の姫がまもなく来る…

 さぁて今年は何を献上しようかな』

唇に人差し指を当てながら白蛇堂はそうつぶやくと、

『あら?』

ネオンが輝く街の一角へと彼女の視線が向けられる。

そして、とある建物の中で蠢く人影をみるなり、

『あらあら元気なこと、

 そうだわ、あの者達にしましょっ、

 けってーぃ!』

と意地悪そうに白蛇堂は笑って見せると、

フッ!

屋上より姿をかき消し

そして、その夜を境にしてある者達が姿を消したのであった。



その数日後、

南の空より低く照らしていた日差しが西に大きく傾き、

屏風のように聳え立つ山の中へと没しようとする頃、

ひゅぅぅぅぅぅ〜っ

一陣の寒風が年の瀬を迎えている街中を吹きぬけ、

白蛇堂はとあるビルの屋上より日没を眺めていた。

そして、一枚の男性用競泳パンツを取り出して見せると、

『今年はまぁいろんな目にあったけど、

 まぁまぁな1年だったかな…』

白蛇堂は沈み行く陽日に向かって話しかける。

彼女に話しかけられた陽は無言のまま山の中へと消えて行き、

赤々とした夕焼けが西の空を焦がし始めると、

フワッ

白蛇堂の周囲の空気が微かに揺らいで見せる。

『来ましたか…』

まさに空気が揺れると表現すべき感触を全身で感じながら白蛇堂は視線だけを動かし呟くと、

チリーン…

鈴の音が静かに響き渡り、

シャッ!

その音共に一刀両断の如く彼女の正面の空間が引き裂かれ

三日月形の暗黒の切れ目が出現する。

そして、

フォォォォッ…

生暖かく吹き込んでくる禍々しい風と共に

リィーン!

一際高く鈴の音のが響かせつつ、

エッホエッホ

筆のような尻尾を左右に振り

二本足で歩く雄狐達に担がれた輿がゆっくりと進み出て来たのであった。

『女狐様のおなぁ〜りぃ〜…』

金色のススキ模様が描かれている輿を見据えながら白蛇堂は呟くと、

シズシズと輿は宙を進み、

白蛇堂の目の前で静かに止まって見せる。

すると目の前に止まった輿に向かって白蛇堂は恭しく頭を下げ、

『これはこれは嵯狐津様。

 ようこそお越しくださいました』

と挨拶をしてみせると、

スルスルスル

輿の側面の幕が引き上げられ、

その中より十二単を身に纏い、

金色の扇で顔を隠す平安貴族の姿をした女性・嵯狐津姫が姿を見せる。

その瞬間、

ズンッ!

周囲の空気が錘をつけたかのように重くなると、

ギシッ!

白蛇堂の体を締め付け始めた。

ギリッ…

その締め付けに耐えるため白蛇堂の歯に力が篭ると、

『白蛇堂、

 また…わらわのことを女狐と呼びましたね?』

姿を見せた嵯狐津姫は眼光鋭く白蛇堂に問いただしてきた。

『いっいぃえ、

 どっどこの誰がそのようなことを』

歯を食いしばりつつ白蛇堂はしらばっくれて見せるが、

しかし、彼女の視線は嵯狐津姫の背後にある給水等の影に潜む人影を捉えていた。

『(あれは…鍵屋の?)』

下駄履きに学生服姿の人影を視界に捉えつつ白蛇堂は心の中で呟きかけ、

そして直に口をつぐむ。

だが、

『ふふっ…』

それに気づかないのか嵯狐津姫は小さく笑い、

スッ

彼女の胸元で開かれた扇が小さく振られると、

フワッ

白蛇堂を締め付けていた力が和らいだ。

『ふぅ…』

軽くなった体を感じつつ大きく息を継ぐと、

『さて、白蛇堂。

 例のものは支度出来ましたか…』

と嵯狐津姫は改めて問い尋ねる。

『はい、

 嵯狐津様のお口に合えばよろしいのですが…』

その問いに白蛇堂はわざとらしく返事をしながら、

パチンッ!

と指を鳴らしてみせると

フッ!

白蛇堂の足元に黒い半球状の物体が姿を現し、

その物体の色がゆっくりと抜けていくと筋骨たくましい二人の男性が姿を見せた。

『ほぉ』

泥にまみれたラグビー・ユニフォーム姿の二人を見ながら嵯狐津姫は興味津々にしてみせると、

『P大ラグビー部員・大西毅、20歳。

 同ラグビー部員・塚野健二、19歳。

 この二人は男同士でありながら、

 聖なる夜に深く愛し合い、

 貪欲に互いの体を貪っておりましたので

 ここにつれてきた次第でございます。

 嵯狐津姫さまのお口に合えばよろしいのですが』

と白蛇堂は二人の素性を説明する。

『ほぉーぉ…

 男同士で深く貪欲に愛し合うとな、

 これは面白い素材じゃな…』

二人を見ながら嵯狐津姫は嬉しそうな声を響かせ、

ズズズズズ…

輿を突き抜けるようにして九本の尻尾が姿を見せる。

そしてそれらがワサワサと蠢き始めると、

『(始まった…)』

それを見た白蛇堂は危険ゾーンから逃れるようにして少し身を引いて見せる。

すると、

リーィン!!

鈴の音が鳴り響き渡り、

その音に起こされたのだろうか、

「うっ」

「うん?」

囚われの二人、毅と健二は目を開け、

寝ぼけた目で周囲を見回しはじめる。

そして、

「わっなんだ、これ!」

「どっどうなっているんだ?」

自分の置かれた状況に気がついたのか、

驚き、声を張り上げてジタバタと暴れるが、

ビシッ!

ビシッ!

「痛ぁ!」

「頭ぶつけたぁ!」

その周囲を覆う半球状の物体に頭をぶつけてしまうと

痛む頭を抑えながら蹲ってしまったのであった。



『うふふふふ…

 これはまたとてもイキが良さそうですね』

その二人に向かって嵯狐津姫の笑い声が響き渡ると、

ポヒュン!

輿から光の玉が飛び出し、

痛む頭を押さえる二人の前に降り立ってみせる。

『とても逞しい男達。

 さぞかし美味であろうなぁ

 白蛇堂。

 来年の干支はウシでしたね』

男達を見下ろしながら九本の尾を持つ金色の女狐・嵯狐津姫は尋ねると、

「なんだこいつ!」

「ばっ化け物!」

嵯狐津姫の姿を見た毅と健二は怯え、

その筋肉隆々に肉体に似合わず抱き合ってみせる。

『感謝しますよ、白蛇堂。

 さぁ、

 お前達、

 いまからお前達に相応しい姿にしてあげようぞ』

二人に向かって嵯狐津姫はそう告げると、

グッ!

金色の眼に力を入れた。

その途端、

「うっ」

「ぐっ!」

嵯狐津姫に魅入られた二人は自分の首を押さえると、

「うがぁぁぁ!!」

「うぉぉぉぉっ!!」

苦痛にゆがむ声を上げながらのた打ち回り始めたのである。



『はじまったか、

 これって毎年見せられているけど、

 苦しむだけ苦しませてから変身させるとは…』

苦しむ二人の姿を見ながら白蛇堂はそう呟いていると、

「ぐわぁぁぁぁ!」

「うごぉぉわぁ!」

さらに二人の声は高鳴り苦んで見せる。

そして、

ペロリ…

そんな二人を見ながら嵯狐津姫は舌なめずりをすると、

スッ

手にしていた扇を徐に顔の高さまで上げ、

パンッ!

と開いてみせる。

『さっきから気になっていたんだけど、

 間違いない、地竜扇だわ…なぜ嵯狐津姫が持っているの?』

四神扇と呼ばれる扇のひとつを嵯狐津姫が持っていることに白蛇堂が驚くのと同時に、

『(おーとふぉーかす…)』

キラッ

給水塔の背後に立つ人影が動いた。

『(まずいっ)』

それを見た白蛇堂は気づかれぬように右手で印を切ると、

人影に向かって術を放った。

その直後、

『(あううっ!)』

人影は腕を押さえその場に蹲ってみせると、

グッ!

集中している嵯狐津姫は眼力に別の力を加え、

苦しむ男達を見据える。

すると、

ザワザワザワ…

毅と健二の腕や脚さらには背中から黒茶色の獣毛が生え始めると、

舐めるようにして全身を覆い尽くし、

ベリベリ!!!

汗臭いユニフォームを引き裂いていく。

そしてさらに

メキッ!

メキメキメキ!

二人の肉体が変化し始めると、

メキメキメキ!

メリメリメリ!

メキメキメキ!

ゴキッ!

二人の両手両足先から二つに割れた黒く光る蹄が突き出し、

両手足の骨が太く伸びていくと、

二人は二本の足では立つことができなくなり、

「ひっひぃぃ!」

「たっ助け」

カツンカツン

悲鳴を上げながら4本の足の蹄を鳴らしはじめた。

だが、二人を襲う変化はさらに続き、

ガボッ!

口の中から舌が飛び出し伸びていくと、

ベリッ!

頭の両側からは角が突き出し、

鼻は潰れ顔が長細く変形していく。

ブンッ!

露になっているお尻からはフサフサの毛を頂く尻尾が伸び、

モリッ

鍛え上げた筋肉質の体にさらに筋肉が上乗せされてしまうと、

扁平になった鼻より鼻息が荒く響き始めた。

そして、

「ぶもぉぉぉぉぉ〜っ」

「もぉぉぉぉ〜っ」

猛々しく啼き声を上げた時、

嵯狐津姫の眼前には黒毛を光らせる二頭の雄牛が声を上げたのであった。

『どうじゃ白蛇堂、

 極上の黒毛和牛じゃ…

 さぞかし美味であろうのぅ』

ウシと化した二人を見ながら嵯狐津姫は嬉しそうに声を上げると、

『コン・リーノっ』

と名前を呼ぶ、

その途端、ススキの穂を持った一匹の狐が白蛇堂の前に進み出るなり、

『代金でございます』

と目を細めながらススキの穂を白蛇堂に手渡したのであった。

『はいっ、

 確かに頂きましたわ』

ススキの穂を受け取った白蛇堂は笑顔で頭を下げると、

『コン・ビーさぁん、

 白蛇堂さまにお返しするものをこちらに』

と狐は声を上げる。

『あーっ、

 はいはいはいっ』

の声を共に別の狐が姿を見せるなり、

走りよってくると、

『こちらがお返しするものです。

 はいっ』

と言うや、

フッ!

フッ!

嵯狐津姫の左右にぐったりとしてみせるネズミとネコが見せる。

そして、程なくして両者の前足は人間の両手に

後ろ足は両足へと変わっていくと、

体から獣毛が消え

やがてぐったりとする二人の人間が白蛇堂の前に姿を見せたのであった。

『あらあら、

 もう立ち上がる気力も無いのね』

哀れむようにして白蛇堂が声をかけた二人は、

そう、去年の年末、

嵯狐津姫によってネズミとネコにされた

体操部コーチ・滝川俊夫と体操部員・佐島美香なのである。

んもぉぉぉぉ〜っ

哀れむ白蛇堂の横でウシの鳴き声が響き渡ると、

『では、また来年…』

嵯狐津姫はそういい残し、

コンリーノやコンビー・雄牛ともども光の玉となって、

スーッ!

輿へと戻っていくと、

リーン!

鈴の音と共に雄狐に担がれた輿が裂け目の中へと消えて行ったのであった。

その途端、辺りは夜の装いとなり、

ゴーン!

どこからか除夜の鐘が鳴り響き始める。

『ふぅ…

 無事一件落着っと、

 さぁて、これであたしもやっと仕事納めね』

鐘の音色を聞きながら白蛇堂は大きく背伸びをした後、

クルリと振り返ると、

『あの場であなたが何かをしでかしていたら、

 あたしが消していましたわ』

と給水塔に向かって声をかける。

すると、

カラン

下駄の歯音が響き渡り、

『やぁ』

の声と共に学生服姿の少年が姿を見せる。

『鍵屋のクルマね。

 そこで何をしていたの?』

鋭い視線で白蛇堂は問いただすと、

『やぁ、これは困りましたねぇ…

 マイケルからは硬く口止めをされているので、

 嵯狐津姫さんが地竜扇を持っているかどうかの確認だなんてことは言えません』

と目的を話してしまったのであった。

『口止め?

 それって、いましっかりと話したでしょう』

呆れ半分に白蛇堂は指摘すると、

『あぁっ、

 しまったぁ』

少年はその場で頭を抱えて見せ、

『あのぉ、

 僕が喋ったことはマイケルには内緒にしてください。

 そうでないと痛いお仕置きをされるのです』

と涙ながらに懇願してきたのであった。

『お仕置きって…

 それにマイケルって…

 あなたと鍵屋って日頃何をしているの?』

すっかりシラケ気味になってしまった白蛇堂は腕を組み、

『(でも、さすがは”嗅ぎ屋”ね。

  地竜扇が嵯狐津姫の手にあること、

  用心深い姫に唯一隙が出来る人間界出現に合わせて的確に監視を置くなんて、

  ギルドに誘ったのが裏目に出ちゃったかなぁ…

  まったく敵にすると怖い男だわ。

  どうやら今年の忘年会はお互いの腹の探りあいになりそうね)』

見かけとは違う鍵屋の周到さに感心しながら呟くと、

『判ったわ、

 秘密にしてあげる代わりにあたしを忘年会会場まで乗せなさい』

と少年に向け命じたのであった。

『とほとほ』

ホッとしつつもぼやいてみせる少年を横目で見ながら、

『じゃぁねっ、

 あなた達も良いお年を…』

と倒れたままの二人に話しかける。

そして、

『あっこれ、

 あたしからのお礼よ、

 取っておいてね』

と言いながら昨年同様、

業屋印の栄養補給ドリンクを二本置くと、

『さぁ、出発よRっ』

『あいっ』

の声を残して白蛇堂は少年と共に闇の中へと姿を消したのであった。



おわり