ガランガランガラン 静寂が支配していた境内に盛大に鈴の音が鳴り響り、 パンパン! パンパン! 少し間を置いた後、ややタイミングをずらして拍手を打つ音が2つ響き渡った。 やがて、神前に向かって願をかけていた少女がゆっくりと顔を上げていくと、 「ねぇ、美紅ぅ、 何をお願いしていたの?」 茅場美紅の隣に立つ幼馴染の近江那津子が願い事を尋ねてきた。 「うーん…」 那津子の質問に美紅はもったいぶってみせると、 クスッ 那津子は小さく笑い、 「美紅のことだから どうせ、人生をやり直したい。 ってお願いをしたんでしょう? 口癖だもんね」 と笑顔で言い当ててみせる。 「そんな…」 那津子のその指摘に美紅は顔を真っ赤に染めながら、 コクリ と小さくうなづいて見せる。 「あらら、 やっぱり」 それを見た那津子は少し呆れながら、 「年の始めの初詣。 受験を控えた女の子がお願いをするとしたら、 志望校に合格できますように。ってお願いするとか、 憧れの彼氏と同じ学校に行けますように。とか、 試験で良い点が取れますように。とかってお願いをするのが普通だけど、 人間を辞められますように…なぁんてお願いをする子なんていませんよ」 そう指摘すると、 「だってぇ…」 那津子の指摘に抗議するかのように美紅は口を尖らせて見せた。 すると、 「あはっ なに、鼠みたいな顔をしているのよっ」 口を尖らせる美紅を指差し那津子は笑い始めた。 その途端、 「ほんと?」 それを聞いた美紅はパァと笑みを浮かべると、 「冗談よ、 ちょっとからかってみただけよ」 那津子はいきなり真顔になり冷たく言い返す。 「もぅ!」 一度は喜んだ美紅だが、 那津子のその言葉に怒って見せると、 「あんたとの付き合いも長いし、 年の初めから喧嘩をしても仕方がないけど、 ちゃぁんと受験勉強しているの? 二学期の成績が下がったんでしょう」 と那津子は間近に迫る受験への備えについて尋ねた。 「うっ それは…」 その質問に美紅は声を詰まらせてしまうと、 「美紅ぅ、 もぅ年が明けたんだから、 しっかりとしなさいよ。 あたしと同じ学校に行きたいんじゃなかったの。 勉強を頑張らないといけないじゃない」 美紅の肩を叩きながら那津子は注意し、 そのまま二人並んで社務所の方へと向かっていくと、 「あら?」 いつもならそこに建っているはずの古い木造の社務所は消えてなくなり、 代わりに白い外壁が光るトレーラーハウスのような建物が置かれていたのであった。 「まぁ、ずいぶんと不釣合いな…」 明らかに古式ゆかしい神社の境内には不釣合いな建物を見つめる那津子は その視線を上から下へと視線を動かしていくと、 建物の下には車輪の付いた台車があり、 直ぐに移動できるような構造になっていることに気がついた。 「社務所でも建て替えるのかしら」 金属の質感が鈍く光る台車を眺めつつそうつぶやくと、 『あけまして、おめでとうございますぅ』 の声が響き渡り、 「え? あっはいっ」 その声に二人は振り返ると、 ニヤァ 神職姿をした老人が二人を見ながら笑みを浮かべていたのであった。 「ひっ!」 神社の雰囲気とはあまりにもかけ離れ、 邪悪な気配すら漂ってくる神職の姿に二人は思わず抱き合ってしまうと、 『オホホホ… 仲良きことは美しきこと。 ですなぁ…』 と老人は笑い。 そして、 クルリと背を向けると 『いかがですぅかぁ? 初詣記念におみくじを引かれては?』 と薦めてきたのであった。 「おみくじ?」 「どうする?」 老人のその言葉に美紅と那津子は顔を見合わせると、 「せっかくだから」 「そっそうねぇ」 と結論と共に老人に招かれるままトレーラーハウスの中へと入り、 そして、中に居る銀髪の巫女を見た途端。 「みてぇ、 あの巫女さん」 「うわぁぁ、 銀色の髪をしているぅ コスプレかしら…」 と囁きあう。 『くっ、 これは地毛ですっ』 二人の声が聞こえたのか巫女は不満そうに言い返すと、 「あっそうなんですかぁ?」 「それは失礼しましたぁ」 美紅と那津子は顔を赤らめながら謝り、 「おみくじ…2人分」 と言いながら巫女にお金を差し出したのであった。 そして、 『はいっ、 一回ずつ引いて』 巫女から八角形をしたくじ引き箱を受け取り、 ジャラジャラジャラ と音を立てながら一本ずつ引いてみせると、 『はいっ』 二人にそれぞれのおみくじが手渡された。 「なんて書いてあった?」 「えぇっと」 互いが引いたおみくじを覗き合いながら美紅と那津子は話し掛けるが、 「あれ?」 「なにこれ?」 書いてある文言を見た途端、 二人は小首をひねったのであった。 そして、 「ねぇ巫女さん。 これって何か間違いではありませんか?」 と尋ねながら那津子はおみくじを差し出して見せるが、 『いいぇ、 間違いではありませんよ』 問い尋ねる那津子に向かって巫女は笑みで返事をすると、 「あっあっあぁぁ!!」 突然、美紅の叫び声が響き渡った。 「どっどうしたの、美紅って キャッ!」 その声に驚いた那津子が振り返ると同時に、 今度は那津子の口から悲鳴が上がったのであった。 「たっ助けて…那津子ぉ」 赤茶色を混ぜたような獣毛が湧き出させながら美紅は那津子に向かって手を伸ばすと、 「ひぃ! こっちに来ないで!」 本能的に怯えてしまった那津子は身を引いてしまう。 「なっ那津子ぉ…」 それを見た美紅は思わず言葉を詰まらせてしまうと、 「え? あぁ、違うのよぉ」 そのことに気づいた那津子はすぐに謝ってみせるが、 メリメリメリィ!!! 「うぐわぁぁぁ!!!」 続いて始まった美紅の急激な変化に文字通り声を失ってしまったのであった。 メリメリメリ… ベキベキベキ!! 「ぎゃぁぁ、 てっ手がぁぁぁ… あぐぐぐ… ぐふっ ごほぇぇっ うごぉ! おぉっ おぉぉぉっ」 獣毛に覆われた手の指が萎縮し 獣の前足へと変化していくのを見て美紅は悲鳴を上げるが、 すぐにその口も突き出してくると、 言葉がしゃべることができなくなり、 長く伸びた舌がダラリと垂れ下がってくる。 そして、 ゴキッ! バキバキ!!! 腰の形が変わり立っていられなくなってしまうと、 「あぐぅぅ あぐぅぅぅ」 美紅は必死になって上半身を反らして立とうとするが、 しかし、両足が獣の後足へと変化していくにつれて体を支えることができなくなり、 ついに前足となった手を床につけてしまった。 するとそれを合図にして さらに美紅の変身が加速し、 ブルンッ! 尻から獣毛をまとったしっぽがお尻から飛び出すと、 ミシミシミシっ! 黒く染まっていく鼻を頭に前に突き出すようにくさび形へと引き延ばされていく頭の両側に耳が立ち、 大きく開いた口から、 ハッハッハッ っと息づかいの声が漏れ始めると、 『ワンッ!』 さっきまで美紅がいたところに一匹の柴犬が尾を振りながら声を上げたのであった。 「ひっ みっ美紅が犬になったぁ!!」 以前の面影が全くない柴犬になってしまった美紅を見て那津子は悲鳴を上げると、 ジワッ… 悲鳴を上げた那津子の手から黒い獣毛が伸び始める。 「いっやぁぁぁ!!! 動物になんてなりたくなぁい!」 体中から黒と白の獣毛を吹き上げながら那津子は頭を掻きむしるが、 だが、那津子を獣へと変化させていく力に抗することなどできるはずもなく、 『ごぅっ!』 那津子はその場でジャイアントパンダへと変身してしまったのであった。 『ふむふむ、 お正月そうそうパンダが出るなんて、これは大吉ですなぁ』 二人の変身を見届けた神職姿の老人・業屋が大きく頷くと、 『じゃぁ、柴犬は末吉か?』 と巫女姿の白蛇堂は落ちていたおみくじを拾い上げてさめた口調で返事をする。 『白蛇殿っ』 それを聞いた業屋は窘めるように白蛇堂の名前を呼ぶと、 『まぁ、動物になりたい。と願う者なら、 動物になれればすべて大吉かもね』 と言いながら白蛇堂はおみくじを見ると、 一枚には『犬』 もぅ一枚には『大熊猫』 と大書きされれていたのであった。 「人生をやり直したいと思っているそこのあなた。 このみくじを引いて見ませんか? ただし、引いた後のやり直しはまた次の機会に…」 おわり