ゴォォン… ゴォォン… 「はぁ、今年も終りねぇ」 除夜の鐘が鳴り響く中、 防寒着を着込んだ中山由美は地元の氏神である戸亜留神社の入り口でそびえる鳥居の前に立っていた。 「うーんと、 まだ柴田君は着てはいないか… ちょっと早かったかな?」 ケータイの液晶を眺めつつ 由美は彼氏である柴田勝昭との待ち合わせ時間よりも早く来てしまったことをちょっと反省しながら、 ふぅ と白い息を夜空に向けて放つと、 ♪〜 出かける前に見ていた年末恒例の歌番組で歌われていた歌を口ずさみつつ 彼氏の到着を待ち始める。 ザワザワ ザワザワ 時計の針はゆっくりながらも確実に動き、 次第に近づいてくる新年の足音と、 立ち去ろうとしている今年の足音が徐々に明瞭になり、 鳥居の前を二年詣での人が次々と通り始め、 次第に境内が活気が満ちてきた。 「うーん、 どうしたんだろう…」 待ち合わせの時間になっても姿を見せない勝昭に由美は次第に不安になってくると、 「ちょっと、電話をしてみようか」 と言いつつ2・3歩、参道側に歩いて、 ピッ ピッ ピッ ケータイの番号ボタンを押そうとしたとき、 パリンッ! 何かを踏み割った音が足元から響き渡った。 「え?」 その音に由美が驚くのと同時に、 『どいた、どいたぁ』 突然、男の声が響き渡り、 「え?」 由美は顔を挙げると、 あれほどいたはずの参拝客の姿が参道から消え、 由美一人が参道の真ん中に立っていたのであった。 「え? え? どういうこと? みんなは?」 ガランとした参道の真ん中で由美はキョロキョロとしていると、 『女ぁ!! どこから入ってきたぁぁぁ! どけぇぇぇぇ!!』 と言う罵声と、 フゴフゴフゴ ズドドドドド 荒い鼻息と共に襷をかけた巨大なイノシシが 一直線に鳥居に向かって駆け込んでくるのが由美の目に飛び込んでくる。 「え? えぇ? イノシシぃ!」 砂埃を巻き上げ、 まさに猪突猛進を絵に描いたようなイノシシの姿に由美はあっけにとられていると、 『ぼけっとしているなっ! 早くどけぇぇぇぇぇ!!!』 と男の声が響き渡り、 ドドドドド!! 由美の目の前にこげ茶色の小山が迫ってくる。 だが、 「うわぁぁぁぁ!!!」 迫るイノシシの姿に由美は一歩も動けずにいると、 『ちっ、 仕方が無いっ』 舌打ちをする声が響き、 ギャンッ! イノシシは突入角度を僅かに変えると、 由美の真横を掠めていくが、 その直後、 スドォォォン! 地響きと共にイノシシは鳥居の柱に激突をしてしまうと、 バタッ! と倒れてしまったのであった。 「あっあぁ…」 横たわるイノシシを見て由美は慌てて駆け寄ると、 フゴォワァ… 頭に瘤を作るイノシシは白目を剥き、 息も絶え絶えとなってしまっていたのであった。 「あぁ、 誰かっ いっイノシシがぁ」 それを見た由美は人を呼ぼうと声を張り上げるが、 しかし、その声を聞きつけて駆けつけてくる人影は無く、 人っ子一人いない参道を静かに夜風が吹き抜けていく。 「なんで? どうして?」 このような大惨事にも関わらず誰も駆けつけてこないことに由美は困惑していると、 『おいっ!』 と由美に話しかける声が再び響いた。 「はい?」 人が来たのかと思いながら由美はその方向へと顔を向けると、 チョコン 倒れているイノシシの背中の上に掌ほどの小人が乗っていて、 ムスッ とした顔で由美を見ていた。 「え? あれ? うそぉ! 小人ぉ!」 髪を耳元で束ね、 さらに古代人のような粗末な衣装を身に着けた小人の姿に由美は目を丸くすると、 『おいっ、 小娘っ この始末どうしてくれるんじゃ』 と小人は由美に詰め寄る。 「始末って… イノシシさん、 まさか死んじゃったのですか? うーどうしよう。 生ゴミの回収は4日まで無いし…」 詰め寄られた由美は困惑した口調で呟いて見せると、 『こらぁ! 誰が生ゴミじゃぁ! 言いかよく聞けっ、 このイノシシは”丁亥”といって平成19年をつかさどる”時の猪”じゃ、 これからこの神社で我らの到着を待っている”時の鼠・戊子”にこの”時の襷”を渡さねばならないのに、 なんてことをしてくれたのだ!』 と小人はその体から出ているとは思えないどの声で怒鳴ってみせる。 「へ? なんですか? それ?」 小人の言葉が理解できない由美は聞き返すと、 『かぁぁぁっ、 って、こんなところでモタモタしている暇は無いか、 娘っ 今は何時だ?』 頭を掻きつつ小人は時間を尋ねると、 「もぅ、 人に尋ねるときはもっと腰を低くするといいですよ、 えっと、11時51分…あっ2分かな」 ケータイを眺めつつ由美はそう返事をする。 『くっ、 説明をしている暇は無い…』 それを聞いた小人は考え込むと、 『…いかし方が無い、 いまは時の運行が最優先だ』 そう呟きながら、 どこにおいてあったのか物々しい杖を取り出し、 コンッ! と倒れているイノシシの頭をたたいて見せる。 すると、 プシュゥゥゥゥ!!!! イノシシの体から空気が抜ける音が響き渡り、 ほわん… その体より白い霧状の物体が小さなキノコ雲を作りながら飛び出してくる。 そして、小山のように盛り上がっていたイノシシの体が見る見る萎んでいくと、 ついに ヘタァ… 艶々とした毛を生やす皮だけになってしまったのであった。 「うそぉ!」 まるで空気が抜けてしまった風船人形のような姿にイノシシがなってしまったことに由美が驚くと、 ひょぃっ! 小人は地面に降り立ち、 『ふむ… しっかりと抜けたな』 イノシシの皮の中に何も無いことを確認し、 そして、 チラリ と由美を見るなり。 『さぁて… おいっ娘っ これを被るのだ』 と命令をしたのであった。 「被る? イノシシの皮をですか?」 小人の命令を聞いた由美は不服そうに言い返すと、 『そうじゃっ、 お前がこれを被り、 ”時の猪”として”時の襷”を渡すのじゃっ 時間が無いっ 襷をここで途切れさせるわけにはいかないのじゃ! さっさとしろ』 と迫っって見せる。 「いやよっ、 誰がイノシシになんてなるもんですかっ お断りよっ」 小人の指図に由美は反発すると、 『えぇいっ、 ごちゃごちゃ抜かすなっ これは神の命令じゃ!』 と言うなり、 バッ! 毛皮を手にした小人は由美に飛び掛り、 そして、 「いやぁぁぁ!!! やめてぇぇぇ!!」 『このぉ アマぁ! 大人くしろぉ!』 嫌がる由美をイノシシの毛皮の中へと押し込んでしまったのであった。 すると、 シュルンッ! シュルルンッ!! ダブダブだったイノシシの毛皮が一気に縮み、 由美の体に密着してしまうと、 彼女を女性のボディラインを浮き出せるイノシシへと変身させる。 『やだぁ… これ脱げないよぉ!』 パックリと口を開くイノシシの口から由美の声と共に、 イノシシは自分の皮を引っ張るそぶりを見せるが、 それもつかの間、 メキッ! 柔毛が覆う体から何かが軋む音が響き始めると、 『あぐっ なにっ かっ体が…』 と訴えながらイノシシは苦しみ始め、 倒れるように地面に蹄が光る両手をつけた。 すると、 ボコボコボコ! メキメキメキ! まるで体の中で何かがはじけるかのように 人の姿をしたイノシシの体が膨らみ始め、 次第にイノシシ本来のシルエットへと変わっていくと、 『あぐぅぅぅ… ぐぉ ぐぉ ふごぉぉぉぉ!!!!』 本来の姿を取り戻したイノシシは牙を夜空に輝かせながら雄叫びを上げたのであった。 『よぉしっ、 いそげ”丁亥”よ、 時間が無いぞぉ!』 復活したイノシシを見た小人は満足そうに頷きながらその後頭部に飛び乗ると、 『タイムリミットまであと2分! 走れぇぇぇ!』 の掛け声高く、 ピシッ! っと尻尾が飛び出すイノシシの尻を叩いたのであった。 フゴォォォォ!!!! 夜空に高くイノシシの雄叫びが上がり、 ズドドドドドド!!!! イノシシは一気に鳥居を潜り抜けると、 心臓破り300段の石段を駆け上がっていく。 そして、勢いもそのまま本殿へと飛び込んでいくと、 『ちゅぅ!』 本殿の奥では次のランナーである”戊子”が襷が来るのを今か今かと待っていたのであった。 0:00まであと10秒、 9! 8! 7! 6! 5! 4! 3! 2! 1! ズドォン! ジャスト0:00きっかり、 ”丁亥”は”時の襷”を”戊子”へ渡すことに成功したのであった。 『ふぅ… これで”時の襷”は無事繋がった。 ご苦労だったのっ、 あっこれ、ホンのお礼ね』 ”時の襷”を渡した後、 由美は被らされたイノシシの毛皮が消え人の姿に戻ったものの、 しかし、全力疾走してきたためか、 由美は全身汗だくになってぐったりと倒れてしまっていたのであった。 そして、そんな由美に向かって小人はそう告げると、 ヒラリ… 由美の頭元に一枚の馬券が舞い降りた。 そう年末の某競馬にて飛び出した超高額配当の馬券であるが、 このあと彼女が馬券の存在に気づいたかどうかは定かではない。 おわり