『さて、来年は誰にするか…』 クリスマスソングが響き渡る夜。 白銀の髪を夜風に靡かせ白蛇堂はスッと伸びるビルの屋上より眼下の街を見下ろしていた。 『去年は精力が有り余っていそうな男を納品したけど… さて…どうしたものか』 夜の街を煌びやかに彩るネオンを見つめ白蛇堂はそうつぶやくと、 『ん?』 ネオンが輝く街とは一線を画す”とある建物”にその視線が向けられる。 そして、 その建物の窓に映る人影を見ながら 『あぁいうのもありかな…』 唇に指先を当て ニヤッ 白蛇堂は笑って見せると、 フッ! 白蛇堂はその姿をかき消すようにして消したのであった。 その数日後、 南の空より低く照らしていた日差しが西に大きく傾き、 屏風のように聳え立つ山の中へと没しようとする頃、 ひゅぅぅぅぅぅ〜っ 一陣の寒風が年の瀬を迎えている街中を吹きぬけていく。 『はぁ… 今年ももぅ終わりねぇ』 その年最後の日没を白蛇堂はとあるビルの屋上より眺めていた。 『なんかいろんなことに巻き込まれたような気がするけど、 まぁそこそこ楽しい1年だったわ。 ねぇ、あたしってそういう顔をしているでしょう?』 この1年、自分の周りでおきたさまざまな出来事や、 真城温泉での忘年会の騒ぎを思い出しつつ 白蛇堂はまさに暮れ行こうとしている陽日に向かって話しかける。 しかし、彼女に話しかけられた陽は無言のまま山の中へと消えて行き、 赤々とした夕焼けが西の空を焦がし始めると、 フワッ 白蛇堂の周囲の空気が微かに揺らいた。 『来ましたか…』 その感触に白蛇堂は視線だけを動かして呟くと、 チリーン… 鈴の音が静かに響き渡り、 シャッ! 一刀両断の如く白蛇堂の正面の空間が引き裂かれ、 三日月形の暗黒の切れ目が出現した。 そして、 フォォォォッ… 生暖かく禍々しい風が切れ目より吹き始めると、 リィーン! 一際高く鈴の音のが響かせつつ、 エッホエッホ 筆のような尻尾を左右に振り二本足で歩く雄狐達に担がれた輿がゆっくりと進み出て来たのであった。 『女狐様のおなぁ〜りぃ〜…』 金色のススキ模様が描かれている輿を見据えながら白蛇堂は呟くと、 シズシズと輿は宙を進み、 白蛇堂の目の前で静かに止まった。 サッ それを見た白蛇堂は静かに頭を下げ、 『これはこれは嵯狐津様。 ようこそお越しくださいました』 と輿に向かって恭しく挨拶をしてみせると、 スルスルスル 輿の幕が引き上げられ、 その中より十二単を身に纏い、 金色の扇で顔を隠す平安貴族の姿をした女性・嵯狐津姫が姿を見せる。 その瞬間、 ズンッ! 周囲の空気が錘をつけたかのように重くなり、 ゴクリ… 白蛇堂の喉が緊張感からか微かに鳴った。 流れていく沈黙の時間を打ち破るように、 『白蛇堂、またわらわのことを女狐と呼びましたね?』 と姿を見せた嵯狐津姫は白蛇堂に尋ねる。 『さぁ、どこの誰がそんな悪いことを…』 その質問に白蛇堂はしらばっくれて見せると、 『ふふっ…』 嵯狐津姫は小さく笑い、 『例のものは支度出来ましたか…』 と問い尋ねる。 『はい、 嵯狐津様のお口に合えばよろしいのですが…』 その声に白蛇堂はわざとらしく返事をして、 パチンッ! 指を鳴らしてみせると フッ! 白蛇堂の足元に黒い半球状の物体が姿を現し、 その物体の色がゆっくりと抜けていくと、 中より若い男女が姿を見せた。 『おや』 ジャージとレオタード姿の二人を見ながら嵯狐津姫は驚いてみせると、 『P大体操部コーチ・滝川俊夫、25歳。 同体操部員・佐島美香、18歳。 罰当たりにも聖なる夜に聖なる場所にて互いの体を貪っておりましたので ここにつれてきた次第でございます』 と二人の素性を白蛇堂は説明する。 『ふふふふ… これはなかなか面白いですね…』 二人を見ながら嵯狐津姫は嬉しそうな声を響かせ、 ズズズズズ… 輿を突き抜けるようにして九本の尻尾が姿を見せた途端、 ワサワサと蠢き始めた。 『(おー始まったわ…)』 それを見た白蛇堂は少し身を引いて見せると、 リーィン!! 鈴の音が鳴り響き渡り、 すると、その音に起こされたのだろうか、 「うっ」 「うん?」 囚われの二人、俊夫と美香は目を覚まし、 寝ぼけた目で周囲を見回すと、 「わっなんだ、ここは!」 「やだ、なにこれ?」 と声を上げてバタバタと暴れるが、 ビシッ! ビシッ! 「いてぇ!」 「あいたぁ!」 周囲を覆う半球状の物体に頭をぶつけてしまうと 痛む頭を抑えながら蹲ってしまったのであった。 『うふふふふ… とてもイキが良さそうですね』 嵯狐津姫の笑い声が響き渡ると、 ポヒュン! 輿から光の玉が飛び出し、 痛む頭を押さえる二人の前に降り立ってみせる。 『とても逞しい男。 そして虐めがいがありそうな女… ふふっ、 さぞかし美味であろうなぁ 白蛇堂。 来年の干支はネズミでしたね』 男達を見下ろしながら九本の尾を持つ金色の女狐・嵯狐津姫は尋ねると、 「きっ狐が喋ったぁ!」 「なになになに? なんなの?」 と俊夫と美香は怯え、 その背後で、 『はい』 笑みをたたえる白蛇堂は頷いて見せる。 『感謝しますよ、白蛇堂。 さぁ、 お前達、 いまからお前達に相応しい姿にしてあげようぞ』 二人に向かって嵯狐津姫はそう告げると、 グッ! その金色の眼に力を入れる。 その途端、 「うっ」 「ぐっ!」 嵯狐津姫に魅入られた二人は自分の首を押さえると、 「うがぁぁぁ!!」 「うぉぉぉぉっ!!」 うめき声を上げながらのた打ち回り始めた。 『全く… 毎年見せられているけど、 苦しむだけ苦しませてから変身させるとは… 相変わらず怖い女狐だ』 笑みを浮かべながら苦しむ二人を見ている嵯狐津姫の姿を見ながら 白蛇堂は心の中でそうつぶやいていると、 『白蛇堂…』 嵯狐津姫は振り返らずに話しかけ、 『わたしの一番楽しいひと時を汚すようなことは あまり考えないことが良くてよ』 と警告をしてみせる。 『はっはいっ (ちっ、また心が覗かれた。 セキュリティレベルをもっと上げないとだめか)』 その警告に白蛇堂は慌てて身を硬くすると、 心の戸をさらに硬く閉めてみせる。 「ぐわぁぁぁぁ」 「ふぐぅぅぅぅ!」 なおも首を押さえて苦しむ二人の姿を見ながら、 ペロリ… 嵯狐津姫は舌なめずりをすると、 グッ! その眼力に別の力を加えた。 すると、 ザワザワザワ… 俊夫と美香の腕や脚さらには背中から獣毛が生え始めると、 瞬く間に全身を覆い尽くし、 そして、 メキッ! メキメキメキ! 二人の肉体が変化し始める。 メキメキメキ! メキメキメキ! 俊夫の手足は短く、 美香の手足は細長く変化し、 二人は別々の姿へと変わっていく。 そして、次第に二人の体が次第に小さくなっていくと、 それそれが着ていたジャージとレオタードの中へとその姿が没し、 『ぐぅぅぅぅ…チュウ!!!』 『あぐぅぅぅ…ニャァ!!!』 伸びていく口を押さえながら俊夫がネズミの鳴き声を上げ、 キュッっと縦に伸びる目を見開いて美香はネコの鳴き声を上げると、 チュゥチュゥ チュゥチュゥ まず先に尻尾を伸ばし忙しく鳴き声を上げるネズミへと変身した俊夫が飛び出し、 追って、 ニャァァァ… ネコに変身してしまった美香がレオタードを引きずりながら俊夫の後を追い始めた。 『んふっ、 どうじゃ、 ネズミとネコ… 傑作じゃろぅ』 人としての面影を全て失ってしまった二人を見ながら、 嵯狐津姫は嬉しそうに呟くと、 チラリ、 白蛇堂に視線を動かし、 『品物…確かに頂きました』 と告げてみせる。 その途端、ススキの穂を持った一匹の狐が白蛇堂の前に進み出るなり、 『代金でございます』 と言いながらススキの穂を白蛇堂に手渡したのであった。 『はいっ、 確かに頂きましたわ』 ススキの穂を受け取った白蛇堂は笑顔で頭を下げると、 『あぁ、そうそう、 これはお返しします』 と嵯狐津姫は言い、 フッ! フッ! その嵯狐津姫の左右にぐったりとした猪が二匹姿を見せる。 そして、程なくしてその猪の前足は人間の両手に、 後ろ足は両足へと変わっていくと、 生気を失っている顔は丸く纏まり、 体から獣毛が消えて行く。 『あらあら、 すっかり精を抜かれてしまったのね』 そう、去年のクリスマス、 あれだけ精気を満ち溢れさせながら声をかけてきたサッカー選手が無残に精気を抜かれ、 老人のような姿を晒していることに白蛇堂は哀れを感じていると、 チュウチュウ チュウチュウ ナーォ!! そんな白蛇堂の感傷を断ち切るようにネズミとネコの鳴き声が響き渡った。 そして、 『では、また来年…』 嵯狐津姫はそういい残し、 ネズミとネコともども光の玉となって、 スーッ! 輿へと戻ると、 リーン! 鈴の音と共に雄狐に担がれた輿が裂け目の中へと消えて行ったのであった。 その途端、辺りは夜の装いとなり、 ゴーン! どこからか除夜の鐘が鳴り響き始める。 『ふぅ… 一件落着っと、 さぁて、これであたしもやっと仕事納めね。 ぱぁっと打ち上げでもやりますかぁ…』 鐘の音色を聞きながら白蛇堂は大きく背伸びをした後、 振り返ると、 『じゃぁねっ、 あなた達も良いお年を…』 と倒れたままの二人に話しかける。 そして、 『あっこれ、 あたしからのお礼よ、 取っておいてね』 と言いながら昨年同様、 業屋印の栄養補給ドリンクを二本置き、 『ふふんっ、 また兄貴と業屋誘って一杯呑むとするか、 そうそう去年の寒ブリのお店ったら、 産地を偽装していたって言うじゃない。 まったく天界も世知辛くなったわね』 と手にしたススキの穂を揺らせつつ 白蛇堂は闇の中へと姿を消して行ったのであった。 おわり