風祭文庫・獣変身の館






「裏方」



作・風祭玲


Vol.840





「へぇ、動物園に務めているんですかぁ」

あたしの話を聞いた途端、

目の前に座る男性は興味津々そうにあたしを見た。

「えぇ、まぁ…」


そんな彼から少し身を引いてあたしは愛想笑いをすると、

「お仕事はやっぱりキツイのですか?

 担当されている動物は?」

と彼・本田さんは矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。

「まぁ…

 その…

 いえ…

 それほどでも…

 大変といえば大変かも…」

彼の質問にあたしは身を小さくして当たり障りの無いように返事をしていると、

ツンツン

あたしの右肩が突っつかれ、

「え?」

その感触にあたしは右を向くと、

右に座る友人の篠塚千鶴が左指で

”こっちにこい”

という仕草をしていた。

「すみません…

 ちょっと…」

彼女の仕草を見てあたしは席を立つと、

「あっあたしも…」

とつられるように千鶴も席を立ち、

二人並んで手洗いへと向かって行く。



あたしの名前は志茂美澄。

市内にある動物園に勤めている。

そして、千鶴がセッティングした合コンに無理やり連れ出されたのだが…

あたしと千鶴が手洗いに入った途端。

千鶴はあたしの前に回りこみ、

「美澄ぃっ、

 あんた、なに遠慮しているのよっ!!!」

とあたしの胸倉を掴みあげて千鶴が迫ってきた。

「そっそんなこと言ったってぇ!!」

迫る千鶴にあたしはいい訳をしようとすると、

グイッ!

「いいこと?

 今日、この席を用意したのは、

 あたしたちの中で未だに”彼氏無し”である美澄のためを思ってのことなおよっ、

 あんたの為にあたしがどれだけ苦労してきたか、

 そこん所、っわかっているの?」

脚をガニマタ開きにし、

あたしを吊り上げながら千鶴は怒鳴る。

「(くっ苦しい)

 わっ判っているわよぉ、

 でっでもぉ」

なおもあたしはいい訳をすると、

「いい訳は…

 いいわけよ!

 いいこと?

 本田君に絶っっ対にあんたとは

 相性ピッタリ、

 運気上昇、

 万福将来、

 子孫繁栄、

 商売繁盛…

 占星術から姓名判断に至るまで、

 私が知りうるありとあらゆる鑑定法を用いて算出した結果、

 性愛シンクロ率23%という最大級の値をはじき出しているの!!」

と力説をする。

「あっあの…23%ってあんまり高いとは思えないんだけど…」

千鶴の説明にあたしはそう指摘すると、

「あまーぃ!

 甘いわ、美澄っ!

 23%を馬鹿にするものは23%に泣くのよ、

 いーぃ、

 初期値で23%をたたき出していると言うことは、

 残りは77%しかないのよ!

 100m走でほかの女共がスタートラインに立ったとき、

 あんたは既に23mも先を走っているのよ!

 高校時代100mを走るのに35秒も掛かって、

 いつもビリだったあんただけど、

 23mも縮んで77m走ればゴールなのよ!

 クラス一、足が速かったあの速見さんと互角の勝負が出来るのよ、

 この優位性をみすみす捨てるって言うの?

 走りきるのよ!

 奪うのよ!!

 略奪するのよっ!!!!

 あんたなら出来るっ!!!!」

目を血走らせて千鶴は力説するが、

「なっなんか、

 詐欺師の口車にしか聞こえないんですけど…」

燃え上がるほど気合十分の千鶴だけど、

でも、あたしには千鶴が空回りしているにしか見えてなかった。



千鶴と共にやや疲れ気味のあたしは戻ってくると、

「何をやっていたのよ」

「遅いぞぉ!」

席に残っていた同じ友人の美加とつぐみがあたしに向かって手を振ってみせる。

「ごめんごめん、

 ちょっとね」

そんな二人に向かって千鶴はさっきとは別人のように振る舞い、

その一方であたしはよろよろと彼女の横に座った。

すると、

「おいっ」

席を挟んで座る本田君が両側の男性達に肘で突っつかれると、

「判っているって…」

と呟き、

「あのっ」

あたしに向かって話しかけてきた。

「はい?」

本田君からの呼びかけにあたしは返事をしてしまうと、

「今度の週末…

 予定空いてますか?」

と尋ねてきた。

すると、

「きゃっ!」

「やったじゃん!」

彼の言葉を聴いて千鶴や美加が自分のことのようにはしゃぐが、

「ごっゴメンなさい、

 あの、

 その、

 来週の週末は仕事が入っていて…」

とあたしは返事をする。

その途端、

スパーン!

あたしの頭がいきなり叩かれると、

「いいじゃないのっ、

 動物園に勤めて5年は過ぎているんでしょう。

 休みぐらい取りなさいよ!」

と男性達の視線があるにも関わらず、

千鶴はあたしに迫る。

「だってぇ…」

叩かれた頭を押さえながらあたしは言い返すと、

「あぁ、良いんですよ、

 動物園にお勤めなのに休日に誘いをしてしまった僕が悪いんですから」

と本田君は宥めるが、

「いいえっ、

 予定はそのままで大丈夫ですっ!

 あたしがコイツに休みを取らせますからっ」

あたしの頭を拳でグリグリしながら千鶴はそういうと、

「ちょっと、

 千鶴っ

 痛いって!」

その下であたしは悲鳴を上げていた。

すると、

「あっ!

 じゃぁ、僕が志茂さんがお勤めの動物園に伺って良いですか?

 あっいえ、

 別に職場にお邪魔するようなことはしません。

 見てみたいんです。

 志茂さんが務めている動物園を…」

と本田君は言う。

「はぁ…

 まぁ、本田さんがそれでよければ…」

彼の言葉に千鶴はあたしの頭から拳をどかすと、

「僕…

 小さい頃から動物が好きなんです。

 本当は動物園に務めたかったのですが、

 色々事情があって…

 ですから、

 志茂さんが素晴らしいなぁって思って」

と言いながらあたしを見た。

「あっ(ドキッ!)」

本田君のその表情を見た途端。

あたしの胸がまるで何かに射抜かれてしまうと、

カァーっ!

急に顔が熱くなり前を見ていられなくなると、

そのまま俯いてしまった。

「ほぉほぉ、

 ほぉほぉ」

そんなあたしと本田君を千鶴はイジワルそうに見比べ、

そして

「まぁ、ふたりがそれで良ければ、

 あたしたちは何も口を挟みませんけど」

とさらにイジワルそうに言う。



こうして、今度の週末に本田君はあたしが勤める動物園に来ることになり、

一週間は瞬く間に過ぎていった。

「はぁ、どうしよう…」

動物園の更衣室であたしは顔を真っ赤にしていると、

「ねぇねぇ、

 志茂さんの彼氏がココに来るって言うのは本当?」

と同僚の佐田美浦さんがあたしに話しかけてきた。

「え?

 なんで…」

思いがけない佐田さんの言葉にあたしは驚くと、

「あら、

 バレてないと思っていた?

 甘いわねぇ…志茂さんは…」

腕を組みながらあたしに向かって言うと、

「みんなに知れ渡っているわよ、

 この人なんでしょう?」

と付け加えると、

ケータイを開きその中に収められている画像を見せる。

「えぇぇぇぇ!!!!!

 なんでぇぇぇぇ!!!」

それを見たあたしは思わず総毛立たせると、

「篠塚さんって志茂の友達の方から、

 間違いメールが届いてね…

 違うって指摘したら、

 あなたのことをよろしくお願いします。

 って返事が返ってきたわ、

 うん、

 なかなかいい男じゃない。

 イヤミの無いイケメンって奴かな。

 ちょっとジェラシーを感じちゃうけど、

 あはは…

 安心しなさいよ、

 別にとって喰いはしないわよ、

 でも、特別にサービスしちゃおうか」

と言いながら佐田さんは髪をまとめあげ、

着ていたトレーナーを脱いでいく。

「千鶴ったら…

 わざとこんなことをしてぇぇぇ…」

怒りを沸々を沸き立たせながら、

あたしはケータイの画面をにらみつけていると、

あたしの目の前にレオタードを纏った佐田さんが立ち、

「こんなに心配してくれるなんて、

 良い友達持っているじゃない。

 さっ志茂さんも早く着替えたら?

 今日の担当はシロクマでしょう?

 彼氏に良いとこ見せなさいよ」

とあたしに向かってハッパをかける。

「あぁっと…」

佐田さんの言葉にあたしは壁に掛かる時計を見ると、

急いで服を脱ぎ始めた。

そして、佐田さんが着ているのと同じ柄のレオタードになると、

ガチャッ!

”シロクマ 3号”

と書かれたロッカーを開け、

その中から白い毛で覆われた着ぐるみを取り出す。

「あの…

 佐田さんの今日の担当は?」

その着ぐるみを広げながらあたしは尋ねると、

「ちょっとぉ

 ローテーション表をちゃんと見なさいよ、

 今日のあたしの担当はライオン」

と佐田さんは答え、

「よいしょっ」

レオタードの上に赤茶けた毛波が光る着ぐるみを着込むと、

すぽっ!

っとライオンの顔をした被り物を被った。

その途端、

シュワァァァァァ…

タブダブだった着ぐるみは見る見る佐田さんの身体に密着し、

それと同時に佐田さんは両手を床につけると、

メリメリメリメリ……

手や足、そして身体が形を変え、

シルエットが人間からライオンのそれへと変わっていく、

そして、頭に被った被り物のライオンの顔が

鬣を棚引かせるホンモノの雄ライオンへと変わっていくと、

『ごわぁぁぁぁぁ!!!』

更衣室にライオンの雄たけびが響き渡った。

「あはは…

 相変わらず佐田さんのライオンは迫力ありますね…」

少し身を引きながらあたしはそういうと、

『ごわぁぁぁぁぁ!!!』

再びライオンの雄たけびが響き渡り

『なに、暢気なことを言っているの?

 あなたもさっさとシロクマになりなさい。

 みんな、着替え終わってスタンバイしているわよ』

と言い残して、

のっそのッそと4つ脚でライオン舎へと向かって行った。

「はーぃ!」

去っていく佐田さんを見送りながらあたしは返事をすると、

「さて、

 あたしも変身しますか」

と本田さんのことは横に置いといて、

白い毛並の着ぐるみをレオタードの上に着込み、

そして、シロクマの頭を被った。

すると、

シュルルルルル…

着込んだ着ぐるみはあたしの身体に密着をし始め、

それと同時にあたしはペタンと両手を床につけた。

メリメリメリメリ!!!!

床に手をつけるのと同時に

身体の膨張感とともに密着した着ぐるみがあたしの身体と一体化し、

着ぐるみに植えつけられている獣毛一本一本の感覚が感じられはじめると、

ミシミシッ

被り物を被った顔も、

被り物が密着し顔と一体化していく、

試しに口を開けて声を出してみると、

『うぉぉぉぉぉっ!

 うぉぉぉぉぉっ!』

っとシロクマの泣き声が更衣室に響き渡る。

『よしっ

 変身完了!』

景気付けにあたしは一際大きく鳴き声を上げると、

四つ足でシロクマ舎へと向かっていった。



バッシャーン!

ガラス向こうの観客めがけてあたしは水の中に飛び込むと、

「きゃぁぁぁ!!」

「おぉぉっ」

ガラス向こうの親子連れやカップル達は悲鳴を歓声を上げながら、

盛んにケータイのシャッターを切っていく、

そんな彼らの姿を見ながら、

あたしは悠然と池の中を泳ぎ、

そして岩場に上がると、

ブルルルルルル

盛大に身体を揺すり水を跳ね飛ばし始めた。

うちの動物園は赤丸急上昇中のどこかの動物園をまねた行動展示という展示方法を採用し、

さらにパンダやユキヒョウといった希少動物の展示もあって

急激に入場者数を伸ばしている。

だけど、経費節減の為とか言って、

観客達が歓声を上げて見ている動物達のほとんどはは、

身につけた人間をその動物に変身させる特殊な着ぐるみを着た動物園の職員達であり、

観客達は言わば職員達のパフォーマンスに歓声を上げ、

写真を撮っているに過ぎないのである。

『はぁ…

 ワシントン条約で輸入できない動物の展示に加えて、

 動物の管理費・エサ代を浮かして大幅黒字!

 って言うけど、

 これって詐欺じゃないのかな?』

合コンのときに見せていた本田さんの顔を思い浮かべながら、

あたしはそう思っていると…

『おっ…』

ガラスの向こうに本田さんの姿を見つける。

そして、興味深そうに岩場にいるあたしを見ているその表情に、

『よーしっ、

 ココは一つ、

 サービスしちゃおうか』

ふとあたしは思うと、

バッ!

本田君の胸に向かって思いっきり飛び上がってみせた。



「でも、本当のことを話したら、

 彼の夢、壊しちゃうね」



おわり