風祭文庫・獣変身の館






「鼠の園」



作・風祭玲


Vol.838





海を臨むベイエリアにそのテーマパークは聳え立っていた。

”夢の楽園”を謳い文句に煌々と光り輝くテーマパークは多くの人々を魅了するが、

しかし、その夢の世界の一枚下では人知れず不気味に蠢く物達の姿があった。



「はぁ疲れたぁ…」

夜空を彩るパレードが終わった後、

大島泉は崩れ落ちるように空いていたベンチに腰をおろすと、

「まぁ一日中走り回っていれば

 いい加減疲れるでしょう?」

泉と共にこのテーマパークを遊び倒した友人の中田杏子が泉を見ながら呆れた顔をする。

すると、

「もぅ帰りの電車代を払うとお財布はすっからかんです」

同じように遊びまわった相原久美がお土産の袋を抱いて泉の隣に座り込むと、

「はぁ…

 まぁ、これだけ遊べばねぇ…」

グッタリと肩を落としている二人を見下ろしながら杏子はため息を付いた。

その途端、辺りに閉園を報せる放送が静かに流れ始める。

「さぁて、

 ほらっ、立ち上がって、

 これから帰るんだから、

 それくらいのエネルギーは残してあるよね」

音楽に背中を押させるように杏子は手を叩いて声をかけると、

「あーん、

 杏子ぉ、

 もぅ立てないよぉ

 おぶってくれない?」

と泉は声を上げるが、

「あのねっ、

 あたしだってこうして立っているのがやっとなのっ、

 ほらっ久美も立った立った。

 これから楽しい楽しい満員電車に乗ってご帰宅よ!」

夢の世界から現実に突き落とすかのように杏子は急かすと、

「はいはい…」

ベンチに座っていた二人は立ち上がり、

そして、帰宅へと向かう人たちの流れへと合流して行く。



「あっ!」

ゲートの直前で突然泉が声を上げると、

「どうしたの?」

彼女の隣を歩いていた杏子が声をかける。

「ちょっとトイレ、

 杏ちゃん、久美ちゃん、後で追いかけるから先に駅に行ってて」

杏子に向かって泉はそう事情を話すと、

自分が持っていた土産袋を杏子に押し付け、

人々の流れから逆らいながら姿を消していった。

「あぁ、泉ぃ、

 もぅ、仕方が無いわね」

泉のその行動に杏子は頭をかきながらも、

「先に駅に行って、

 そこで待ってよう」

と久美に話すと、

二人はゲートから駅へと続くペデストリアンデッキへと進んで行く。



「はぁ…」

トイレの個室で泉は気を抜いていると、

「ねぇ、知ってる?

 喋る鼠の話…」

と洗面台から女性の声が響いた。

すると、

「うん、

 あたしも聞いたわ、

 ちょろっと出てきた鼠がいきなり日本語で話しかけてくるんでしょう?

 友達がいきなり話しかけられて、気絶したそうよ…」

話しかけられた女性はそう返事をすると、

「それって本当?」

「うん、

 だけど、その子が鼠が出た。

 といくら訴えても取り合ってくれなくて、

 1日パスポート券で誤魔化されたそうよ」

「それはそうでしょう、

 鼠が出た。ならともかく、

 その鼠が喋った。なんて訴えればみんな引くわよ」

「まっまぁね」

と彼女達の会話が続き、

「ほぇぇ」

その会話に個室内の泉は聞き耳を立てていると

「さぁて、

 ねぇ、このまま帰るのもなんだし、

 帰りに何所かに寄っていく?」

「うん、そうねぇ」

と言う声を残して女性達はトイレから去っていった。

「喋る鼠かぁ…」

彼女達が去った後、

考え込みながら泉が個室から出ると、

チョロチョロチョロ…

突如、泉の足元をこげ茶色の物体が足早に走り去って行く。

「きゃっ!」

突然のことに泉は悲鳴を上げるが、

トイレには他に人は無く、

泉の悲鳴を聞きつけて駆けつけるものの姿は無かった。

「なっなに?」

足元を駆け抜けていった物の正体を見極めようと、

泉はその物の軌跡を目で追っていくと、

チュゥ!

なんとトイレの隅で一匹の鼠が壁に前足を掛け、

二本の後ろ足で立ち上がるようにして泉を見ていたのであった。

「ねっ鼠ぃ!」

”夢の国”にあってはならないその動物の姿に泉は驚くのと同時に、

「喋る鼠…」

というあの女性達の会話が泉の脳裏に響き渡ると、

「…っ!

 まさか、

 さっき言っていた喋る鼠?」

じっと自分を見つめる鼠を見ながら泉はそう呟くと、

ニヤッ…

鼠の顔が一瞬、笑ったように見え、

そして、

サッ!

っと駆け出すと、

また泉の足元を通り抜けて、

表へと向かって行く。

「あっ待って!」

その途端、泉は鼠を追いかけ始めると、

人がめっきり減った園内を走り回り始めた。

サササササ…

まるで人目を避けるかのように鼠は影の所を走り、

「何所に行くの?」

一方で泉もその鼠を追って走っていく、

やがて、

ササッ…

とあるアトラクションの隅に鼠が入っていくと、

「え?

 ここ?」

構わずに泉も入り込んで行き、

そして、アトラクションの壁に沿って歩いて行くと、

小さな空間がいきなり泉の前に開いた。

「なっ何、ここ?」

赤茶けた土を無造作に放り投げて作ったような空間に泉は驚いていると、

チュゥ!

鼠の泣き声が響くと、

チョコン!

とあの鼠が赤土の上で二本足で立ち、

泉に向かって挨拶をするように右前足を右上から左下に向かって円を描くようにおろした。

「え?

 なに?」

思いがけない鼠の姿に泉はキョトンとすると、

『ようこそ、

 鼠の園へ…』

と泉に向かって鼠の声が響いた。

「うぉっ!

 ほっ本当に鼠が喋ったぁぁぁ!!」

衝撃の光景に泉は声を上げるが、

だが、

ボコッ!

驚く泉の足元が一気に崩れ落ちると、

「わっ、

 きゃぁぁぁぁ!!!!」

泉は足元に開いた穴に吸い込まれるようにして落ちて行く。



「うぐぐぐ…

 いたーぃ

 痛いよぉ…」

どれくらい落ちたのだろうか、

落ちていく途中であっちこっちにぶつかりながら穴の底へと落ちた泉は

無数の打撲傷を負いながら光の無い底でうめき声を上げていた。

すると、

『おいっ』

と泉の耳元であの鼠の声が響いた。

「うっ、

 なによぉ、

 何てことをしてくれるのよぉ

 それにここは何所よぉ、

 真っ暗で何も見えないじゃない」

見えぬ相手に向かって泉は文句を言うと、

『まぁ、そう騒ぐな、

 そのうち見えるようになってくる』

と声は泉に告げた。

すると、

ボヤァ…

何も見えなかったはずの周囲の様子が次第に見えるようになり、

「あっあれぇ?」

盛んに目を擦り奈がら泉は上半身を起こした。

「変ねぇ…

 さっきまでは何も見えなかったのに…」

淡い緑色の光に照らされているらしく、

土がむき出しの周囲の壁は緑色に輝いていた。

そして、何気なくその壁を触ると、

ボロッ!

壁は呆気なく崩れ落ち、

ムワッ!

と漂って来る異臭ともに、

細かく砕かれ押しつぶした物体が転がり落ちてくる。

「臭っ!

 それに…なにこれ?」

異臭に鼻を覆いながら泉は出てきた物体を手に取りしげしげと見ると、

それは液体を含んだビニールの切れ端だった。

すると、

チョロ…

あの鼠が泉の胸元を上り、

『なぁ、お前知っているか?

 ここが昔なんだったか?』

と問いかけてきた。

「え?」

鼠のその質問に泉は小首を捻ると、

『教えてやろう、

 いいか、

 お前達が今日一日遊んできたあの遊園地…

 しかし、一枚捲れば、

 ほらこのとおり、ゴミの山の上に建っているんだよ』

と鼠は告げる。

「え?」

鼠の言葉に泉は声を詰まらせ、

「なっなに…

 じゃぁ、あたしはいまゴミの中にいるの?」

と聞き返すと、

『そうさ、

 君はゴミの中…

 しかも、多くの病院が排出した医療用のゴミの中にいるんだよ、

 はは、傑作だろう』

鼠は笑いながら泉に言う。

「え?
 
 え?

 じゃぁ…

 これって、

 ゴミ?

 いやぁぁぁ!!

 汚なーぃ!」

鼠のその言葉に泉は手にしていたものがゴミであることを知り、

慌てて投げ捨てるが、

ゴミに残っていた廃液が手をと押して泉の身体に染み込んでいくと、

「かっ痒いぃ!」

悲鳴を上げながら泉は身体を掻き毟り始めた。

『ついでに良いことを教えてやろう、

 ここに埋まっているゴミの中には国の管理基準を無視して

 検査用の放射性物質も捨ててあったみたいでね、

 その放射性物質から出る放射線を浴びて細菌も変質してしまっているみたいなんだ。

 ほら、この緑色の光も変質した細菌が光り輝いているんだよ』

と説明をするが、

「痒い、

 痒い、

 痒い」

説明を受けている泉は全身に広がってしまった痒みでそれ所ではなかった。

すると、

『そんなに痒いのかい?』

意地悪そうに鼠は泉に尋ねると、

「当たり前でしょう?

 あぁもぅ、

 ここから出してぇ!

 出口は何所?

 何所なの?」

身体を掻き毟りながら泉は落ちてきた穴から這い出そうとする。

ところが、

ジワッ…

掻き毟っていた両腕から気味の悪い毛が隙間無く生え始めてくると、

ジワジワジワ…

泉の体中から噴出すように同じ毛が生え始めてきた。

「ひっ

 いやぁぁぁ!!」

そのことに気づいた泉は毛が生えてくる顔を両手で覆いながら悲鳴を上げて蹲ると、

モリッ!

泉のお尻の上が盛り上がり、

シュルルルルル…

鞭を思わせる無毛の尾が勢い良く飛び出した。

「ひっ

 ひっ

 ひっ」

メキメキメキ

見る見る細長く変形していく手を見ながら、

泉は声にならない声を上げてると、

『始まったようだね、

 気味はここで僕たちと同じ鼠になるんだよ、

 ふふっ、

 大丈夫、

 苦しいのはほんの一瞬さ、

 鼠になってしまえばスグに楽になる』

と鼠は話かける。

「ねっ鼠になる?

 あっあたしが?」

口元が突き出し、

ラッキョウのような形に顔を変形させながら泉は聞き返すと、

『あぁ…

 そうさ、

 気味はもぅ仲間だよ』

と鼠は答えた。

「ひっ

 ひやぁぁぁ!!

 鼠なんかになりたくない

 返して、

 戻して、

 あたし、お家に帰るぅ!」

まん丸になった目から涙をこぼし、

尻から伸びる尻尾を振りつつ、

泉は小さく萎縮し獣毛が生え揃った両腕で土を掻き分け始めるが、

しかし、その姿は人間とは呼べるものではなく

図体の大きな鼠であった。

やがて、

『チュゥ!

 チュゥチュゥ!』

泉の口から鼠の鳴き声が漏れ始めてくると、

『チュゥチュゥ

 チュゥチュゥ』

しきりに鳴き声をあげながら、

泉は盛んに鼻を地面につけてその臭いをかぎ、

チョロチョロと動き回り始めだした。

『ふふっ

 鼠にしては大きすぎるけど、

 でも、気味は立派な鼠だよ。

 さぁ、

 こっちにおいで、

 中間達が待っている』

泉の姿を見ながら鼠が囁いた途端、

ボコッ!

泉の足元がまた崩れ落ち、

ボテッ!

一際大きな空間へと泉は転げ落ちて行く。

そして、その空間には

チュゥチュゥ

チュゥチュゥチュゥ!

泉が落ちた空間には無数のネズミ達が

まるでテーマパークに押し寄せている人間の如く蠢き合い、

その鼠たちの上に泉が落ちると

たちまち鼠の中から雄鼠が泉の周囲に群がり、

彼女の身体に纏わりついていた衣服を食いちぎり丸裸にしていく、

やがて、

『チュゥ

 チュゥチュゥ!』

丸裸にされた泉が鳴き声を上げると、

『チュゥチュゥ

 チュゥチュゥ』

雄鼠たちが泉の性器に寄り集まると次々と交尾を始めだした。

『(あぁ…いやっ、

  やめて…

  こんなところで、

  こんな姿で初体験だなんて、いやぁぁ)』

サイズの差から挿入感はなくとも、

しかし、雄鼠の射精と共に走るピリピリと来る快感に

泉は鼠となった身体をよじり、身悶える。

『どうだい?

 気持ちが良いかい?

 それが鼠の快感だよ、

 君のその体が僕たちと同じになるまでここで子供を生み続けるんだ。

 なかなか素晴らしいだろう、

 ここは僕たち鼠の楽園。

 君はその新しい住民さ』

声を上げて喘ぐ泉を見ながら鼠はそう告げると、

『さて、じゃぁ僕も…』

そういい残して鼠は泉の身体に取り付き、

そして、彼女と交尾を始めだした。



一方、人気が途絶えた駅のホームでは

「あの…

 泉さんトイレ長いですね…」

「あぁ…

 まったく何時まで掛かるんだか…」

久美と杏子が二度と会うことのない泉を待ち続けていたのであった。

「今度の電車が終電車なんですけど…

 どうします?」



おわり