風祭文庫・獣変身の館






「電話」



作・風祭玲


Vol.833





「いまね、

 学校時代の友達といるの。

 時間までには帰るから心配しないで」

ケータイに向かってあたしはそう話しかけると、

『そうか?

 なら仕方が無いけど

 早く帰ってくるんだぞ』

電話向こうの父は心配そうに返事をする。

「はいはい、

 じゃぁ切るからね」

そんな父に構わずにあたしは強引に電話を切り、

「はぁ」

一度ため息を付いた後、

再び操作すると、

「あっ、

 圭さんですか?」

と電話口に出た男性に親しげに話しかけた。



あたしの名前は久代亜紀、

一応、OLをしている27歳独身。

付き合っている男性は居るんだけど、

でも、全てが順風満帆ってわけではない。

まぁ、何所でもそうだろうけど、

とにかく親が煩い。

いや、煩さでは天下一品だと思う。

社会人なのに門限が決められ、

遅くなるようだったらいちいち報告をしないとならない。

はっきり言って窮屈。

はっきり言って邪魔。

一人暮らしをしようと画策したこともあったけど、

それも握りつぶされる有様。

まったく、籠の鳥か?って怒鳴りたい。

でも、そんな状況を一気に解決できる希望の光があたしにはある。

大田圭…

合コンで知り合った男性であり、

開発チームのリーダーを任されている彼の仕事振りは上司達からの評判は良いと聞く。



話を終えたあたしは手にしていたケータイを折りたたみ、

肩から提げているバックに放り込むと、

夜の街を抜け彼のマンションへと向かっていく、

「あぁ、亜紀!

 待っていたよ」

呼び出し述べるが鳴るのと同時に、

玄関のドアが開くと、

圭がいつもの笑顔で迎えてくれる。

「仕事は片付いたの?」

軽くキスをしながらあたしは尋ねると、

「あぁ、

 ひと段落ってところかな?」

と圭は答え、

あたしを部屋に招きいれる。

そして、

リビングに入ったあたしは圭に気づかれないように、

リビングに置かれているものを確認する。

ピクッ!

窓辺にちょこんと見知らぬカエルの置物が置かれていることに気づくと、

あたしは何も言わずにカエルの置物を覗き込んだ。

「あぁ、

 それ、

 手がけていたプロジェクトが終わった記念に貰ったんだよ」

あたしの行動に気づいたのか

圭はカエルの置物が置かれている事情を話してくれる。

「そう…」

その話を聞いたあたしは小さく返事をするが、

しかし、視線は置物に挟まれている一枚の写真に釘付けになっていた。

どこかの事務所だろうか、

パソコンが並んでいる机に無作法に腰掛ける圭を中心にして、

仕事仲間のメンバー達が思い思いのポーズで映っている集合写真だが、

しかし、圭にまるで抱きつくようにして映っている女性の姿が、

あたしにはショックであった。

「面白そうな連中だろう…」

写真を手にとって見ているあたしに向かって圭は笑顔で話しかけると、

「このひとって…」

とあたしは女性を指差し尋ねる。

「あぁ、

 西田さんって言って、

 結構気がつく人で、

 僕の仕事がスムーズに進んだのも彼女のお陰かな、

 そのカエルも彼女が贈ってくれたんだよ、

 ほら、僕って置いたものを見失いやすいから」

圭は女性のことを説明してくれた。

「そっそう…」

それを聞いたあたしの心の奥に言い様も無い不安を覚えると、

圭が目を離した隙に、

写真と置物を持っていたバックに隠す。

すると、

ピリリリリ…

タイミングよくあたしのケータイが鳴り響くと、

「(ドキっ)もっもしもし…」

肝を潰しながらあたしは電話に出る。



『亜紀っ!

 いまどこに居るんだ!!』

電話は父からであった。

圭の部屋でこの男の声を聞いたあたしは急に不機嫌になると、

「とっ父さん…

 もぅ何所だっていいでしょう!!」

怒鳴り声と共にケータイを切ってしまった。

「ご家族?」

そんなやり取りを聞いていたのか

圭があたしの肩を優しく包むように触ると、

ギュッ!

と抱き寄せられる。

「え?

 えぇ、まぁ、父からだけど」

圭に抱きしめられる安心感に身をゆだねながらあたしは返事をすると、

「亜紀も大変だね…」

彼は優しく声をかける。

「いいのよっ、

 ホント、うざったいんだから」

その言葉にあたしはそう返すと、

「ところで今夜の予定、

 本当に何も入ってないの?」

父からの電話で心配になったのか

圭はあたしの予定を尋ねてきた。

「え?

 うふっ

 大丈夫よ、

 圭こそ、

 どうなの?」

少し間を開け振り返りながらあたしは

あたしを抱きしめる青葉圭に上目遣いで尋ねると、

「そりゃぁまぁ、

 亜紀がよければ一晩中でも…」

窓から見える夜景を背景にして圭は返事をし、

そっとあたしの口にキスをする。



「ごめんなさい、

 話が盛り上がっちゃって、

 気づいたら朝になっていたのよ」

朝、あたしは携帯電話に向かって謝ると、

『泊まるのなら泊まるで

 何で電話をしなかったんだ!!』

向こうから父の怒鳴り声が響き渡る。

「(チッ!、うるさいオヤジだな…)」

心の中で舌打ちをしながらも、

「しょうがないでしょう。

 久々に会ったんだから」

父に向かってそう言い分けをすると、

『で、誰と会ったんだ?

 名前を教えなさい。

 わしから親御さんに注意をしておく』

と言い出してきたので、

「はぁ?

 ちょっとぉ何を言い出すのよっ、

 もぅいい加減あたしを子ども扱いしないでくれる?

 これから出社をしないとならないから、

 ここで切るわね」

父の言葉にムカつきながらあたしは強引にケータイを切ると、

すぐに父がかけ直して来たのかケータイが振動し始める。

しかし、あたしは取らずに放置していると、

「おいおいっ

 喧嘩はするなよな」

あたしのやり取りが聞こえたのか、

シャワー室から出てきた圭が頭を拭きながら注意すると、

「はぁ、

 クソオヤジが…

 やんなっちゃうっ」

ため息を付きながらあたしは身支度を整え始める。

「ん?

 もぅ行くのか」

それを見た圭が尋ねると、

「当番なのよ、

 まったくフレックスなのに…

 みんなから30分は早く出社しないってなんとかならないかしら、

 はぁ、これだから総務って辛いのよ」

あたしは肩をすぼめて見せた。

「ご苦労様っ」

そんなあたしに圭は同情してみせると、

「だったら、お小遣い頂戴…」

と子供の頃に見たドラマの台詞をもじって返事をする。

「今日はちゃんと家に帰れよ」

玄関に立ったあたしに圭は注意すると、

「はーい

 じゃぁ行って来くるね。

 もし、こっちに来られそうだったらケータイを入れるから」

朝食の準備を始めた圭に向かってあたしはそう返事をして、

マンションから飛び出し最寄駅へと向かって行く。

だが、

駅に向かう途中、

ふと立ち止まったあたしはバックからあの写真とカエルの置物を取り出すと、

ビリビリ!

写真を細かく切り刻み、

さらにカエルの置物を地面に落として壊してしまうと

共に傍を流れる川へと流してしまった。


 
「もぅいい加減、

 子ども扱いしないでくれる?」

「亜紀っ、

 何だその口の聞き方は!」

その日の夕方、

一応、昨夜のこともあったので自宅に戻ってみると、

案の定、待ち構えていた父と大喧嘩を始めだしていた。

「口の聞き方も無いでしょう。

 あたしはもぅ27よ、

 何所で誰と会い、

 そんな話をしたのかをいちいち報告する義務はないし、

 大体、なんで監視されないといけないわけ?」

気持ちの高ぶりを押さえきれなくなり、

柄にも無くあたしは食って掛かると、

「なっ」

見る見る父の顔が真っ赤になっていく。

そして、次の父の言葉が出る前にあたしはさっさと立ち上がり

自分の部屋へと戻ると事前に準備していた荷物を手に取り、

「じゃっ出かけてくるね」

の声と共に意気揚々と自宅から飛び出して行くが、

父との口論が長く掛かり、

既に時計は夜の10時を差そうとしていたのであった。

「ふんっ、

 馬鹿オヤジめっ」

 あーぁ、

 すっかり遅くなっちゃったな」

ため息混じりにあたしはケータイの画面を開き圭に連絡を取ろうとするが、

しかし、いくらボタンを押してもケータイの画面には明かりが点くことはなかった。

「げっ!

 まさか…」

その時になってあたしは父からの度重なるリダイヤルによって、

バッテリーが上がってしまっていることに気がつくと、

「あんの、

 馬鹿野郎!!!!」

行き場の無い怒りをぶちまけるように怒鳴り声を上げ、

急いで公衆電話を探してみるものの、

しかし、ケータイに押され数を減らしてしまった公衆電話を見つけることは出来なかった。

「うーんどうしよう」

連絡手段を求めながらあたしは国道沿いを歩いていくと、

パラパラ

雨が降り始め、

そして、瞬く間に、

ザー…

本降りになってしまうと、

「あぁもぅ、

 なんなのよっ、

 雨降り予報なんて出て無かったわよ」

まさに弱り目に祟り目という状況に

あたしは雨降り予報を出せなかった天気予報に向かって怒鳴りながら駆け出して行った。

しばらくの間歩道を走っていくと、

「ん?」

向かって行く先に煌々と明かりが点るディスカウントストアが目に入る。

「ラッキー!

 そうだ、

 あそこで傘と緊急用の外付けバッテリーを買えばいいのよ」

地獄仏とはまさにこのことである。

あたしは息を切らせながらディスカウントストアに飛び込んでいくと、

真っ先に傘を買い物カゴに放り込み、

続いてケータイアクセサリーの売り場へと向かっていく、

そして、商品棚の前で外付けバッテリーを探していると、

「お探しですか?」

と後ろから声をかけられた。

「え?」

その声にあたしは振り返ると、

店員だろうか大きなメガネをかけ、

店のロゴマークが入ったウェアを着た男性があたしを見ていて、

しきりに手をもんでいた。

「あぁ、

 店員さん?

 あの…

 ケータイのバッテリーが上がっちゃって、

 外付けのバッテリーってありません?」

その店員に向かってあたしは尋ねると、

「あぁ、

 それでしたら、

 これなどはいかがです?」

と言いながら店員が取り出したのは、

長さが2cmほどのいまにも動き出しそうなカエルだった。

「はぁ?」

何でここでカエルなのか、

その理屈が判らずあたしは呆気に取られていると、

「この商品はストラップにもなる外付けバッテリーでして、

 造型師・貴方誰が元型をつくったシリーズのものです。

 こうしてカエルの口を開いて、

 携帯電話に取り付けますと通話ができるようになります」

と店員は説明をする。

「まぁ、充電に使えるなら良いわ」

店員の説明もそこそこにあたしはいま必要としている充電が出来ることを確認すると、

カエルを受け取りレジへと向かっていった。



「ありがとうございました」

アルバイト店員の声に送られてあたしは店を出ると、

傘を差し圭のマンションに向かいながら

カエルの形をした外付けバッテリーをケータイに接続する。

そして起動したケータイに圭の番号を打ち込んで電話をかけるが

しかし、どういうわけか、

『ケロケロ

 ケロケロケロ』

とカエルの鳴き声が聞こえてくるだけだった。

「えー?

 なんでぇ?」

まるで狐につままれたような気分に陥りながら、

あたしは電話番号を確認して幾度も掛け直すが、

しかし、幾度かけ直しても結果は同じで、

「もぅ、どうなっているのよっ!」

圭のマンションの下でついにあたしはキレてしまうと

手にしていたケータイを地面にたたきつけてしまった。

ところが、

べチャッ!

地面に落ちたケータイは何か生き物を潰したような音を立てて引き裂けると、

血を思わせる真っ赤な液体を流し始める。

「なっなによっ

 気味悪いわ」

生き物の死体を思わせるケータイの姿にあたしは驚き、

そして、脚で踏み潰すと、

ブチュッ!

ブチブチブチ!

肉をすり潰すような気味の悪い感触が脚に伝わってきた。

「ひぃっ!」

あまりにも気味の悪い感触にあたしは驚くと、

思わず脚を上げてしまうと、

グラッ!

「あっ」

その際にバランスを崩してしまったのか、

ドサッ!

あたしは後ろによろけながら尻餅をついてしまった。

手から離れた傘が転がり、

「何でこんな目に遭うのよっ!」

雨に濡れながらあたしは叫ぶが、

しかし、あたしを抱き起こしてくれる人影もなく、

「もぅ」

仕方なく一人で起き上がろうとしたとき、

ふと左手に違和感を感じた。

「?」

意味もなくあたしは自分の左手を見ると、

「ひぃっ!」

あたしの左手は暗い緑色に染まっていて、

長く伸びた3本の指先は膨れ上がり、

吸盤のような球状の姿に変わっていた。

「え?

 え?

 え?

 なにこれぇ?」

まるでカエルの手を思わせる左の手の姿に、

あたしは目を丸くして見ていると、

ムリムリムリ…

今度は右手が緑色に染まってくと、

左手と同じように3本の指が水掻きを張りながら伸び、

プリッ!

爪を弾き飛ばしてしまうとその先が球状に膨らんでしまった。

「いっいやぁぁぁ!!!」

衝撃の光景にあたしは思いっきり悲鳴を上げるが、

ゴキッ!

大きく開いた顎から変な音が響くと、

「あがががが…」

あたしは口を閉じられなくなり、

大きく口を開いたままとなる。

そして、

ミシミシミシ…

開いた口の両側が左右に広がっていくと、

視界が広がり始めていく。

「ゲコッ!

 ゲコゲコ!」

カエルを思わせる声を上げながら、

あたしは脚を開いてペタンと座り込むと

変化した手を地面につける。

すると、

一段と雨が激しく振り、

ずぶ濡れになったあたしは、

ピョン!

ベタ!

ピョン!

ベタ!

っと雨の中を飛び回り始めた。

緑色に染まっていく肌からは粘液が流れ始め、

飛び回ることに身体は一回り、二回りと小さくなっていく、

そして、

ついに着ていた服が全て脱げ落ちてしまうと、

ピョンピョンピョン

身軽になったあたしは雨の中を川に向かって飛んで行き、

チャポン!

雨を集めて増水をしている川の中へと飛び込んで行ったのであった。

そう、一匹のカエルとして…



『うーん、

 カエルコールと言うのが流行っていると聞いたのだが、

 カエルになって声を上げる。

 というものではないのかな?』

その頃、明かりが落ちたディスカウントストアでは

在庫の山を前にして店員がしきりに首を捻っていた。



おわり