風祭文庫・獣変身の館






「オフの日」



作・風祭玲


Vol.825





「お先に失礼しまぁす」

収録が終わったスタジオに元気良く少女の声が響き渡ると、

「お疲れさーん」

残作業をしているスタッフ達からねぎらいの声が返ってくる。

「ふぅ…」

そんな声に送られてスタジオの廊下に出た瀬戸美穂は思わず一息を付くと、

「お疲れ様っ

 美穂ちゃん」

と彼女のマネージャである久島早苗の声が耳元で響いた。

美穂は学業とアイドルとの二重生活を精力的にこなしている、

弱冠16歳の少女であった。

「うひゃっ」

思いがけない早苗の声に美穂は飛び上がってしまうと、

「あら、

 驚かせちゃった?

 ゴメンネ」

口に手を当てながら早苗は意地悪く聞き返す。

「もぅ、

 久島さんのイジワル!」

早苗に向かって美穂は口を尖らすと、

「今日のお仕事はこれでおわりね」

そんな美穂に構わずに

早苗は美穂のスケジュールが記入された手帳を開き、

今日予定されていたスケジュールは全てこなし、

そして、

「お疲れ様、

 明日はオフの日だからゆっくりしていいわよ」

と美穂に久方ぶりの休日であることを告げた。

「やったぁ!」

それを聞いた美穂は万歳をしながら喜ぶと、

「ここんところ色々立て込んでいたから、

 ゆっくりするといいわ」

喜ぶ美穂に早苗はそう続け、

そして、

「あっそうそう、

 事務所にまたこれが届いていたけど」

そう言いながら早苗は手にしていた手提げ袋から包みを一つ取り出すと

美穂に差し出した。

「あっ」

包みを見た途端、

美穂は嬉しそうな顔をすると、

「これって時々届くけど、

 美穂ちゃん、

 通販か何かをやっているの?」

小首をかしげながら早苗は尋ねる。

「えぇ、

 まぁ」

包みを受け取った美穂ははぐらかすようにして返事をすると、

「ふぅん、

 まぁ美穂ちゃんが何を買ってもあたしは何も言う権利は無いけど、

 でもね、

 送り先を事務所にする。

 っていうのはどうかなぁ…

 と思うんだけど、

 それとも、ご両親に知られてはいけないものなの?」

と早苗は警告気味に美穂の行動を嗜める。

しかし、

「え?

 あぁ、大丈夫よ。

 ママには許可を貰っているし、

 それにこれは…」

心配顔の早苗に向かって美穂はあっけらかんと返事をすると、

ガサゴソ

と包みを開け、

「…これだもん」

そう言いながら早苗に包みの中身を見せてあげた。

「あら、

 可愛い…」

美穂が差し出した手の中にあったのは一枚のパンツであり、

そのパンツにはネコの絵柄が大きく描かれ、

なぜか内側には表のネコの毛並みを再現したような模様が入っていた。

「ちょっと、面白いつくりをしているのね」

パンツをシゲシゲと眺めながら早苗はそう呟くと、

「でしょう?」

と美穂は言いながら笑みを浮かべる。

「これが通販で売っているの?

 ふぅぅん…」

感心しながら早苗は幾度も頷き、

そして、美穂にパンツを返すと、

「あまりヘンなものを買ってはダメよ」

と釘を刺し、

「じゃぁ、タクシーを呼ぶから、

 一緒に帰りましょう」

そう言いながら早苗が携帯を取り出す。



「じゃぁ、オフをゆっくりと楽しんでね」

美穂の自宅傍に停車したタクシーの中で早苗が美穂にそういうと、

「うん、じゃぁ早苗さんも…」

タクシーから降りた美穂は車内の早苗に向かって手を振る。

すると、

「あのね、

 美穂ちゃん。

 お仕事辛いようだったら、

 遠慮なく言ってね」

と早苗は過密すぎる美穂のスケジュールについて尋ねると、
 
「大丈夫ですって、

 じゃぁ、おやすみなさい」

元気良く美穂はそう返事をして、

早苗を送り出した。



パタン、

先に寝てしまっている家族を起こさないように自室のドアを閉めると、

「ちょっと遅くなったけど、

 まぁいいか」

美穂はそう呟き、

そして、イソイソと服を脱ぐと、

早苗から受け取ったパンツに脚を通した。

その途端、

ゾクゥ

言いようもない快感が体の中を突き抜け、

「あんっ」

美穂の口から思わず声が漏れる。

そして、

パンツ一枚の姿のまま、

ペタン!

美穂は床の上に座り込んでしまうと、

シュワァァァァ…

美穂が穿いたパンツは溶けていくように身体を一体化し、

その姿を消していった。

すると、

「んくっ、

 はぁはぁ

 はぁはぁ」

と何かに堪えつつ、

美穂は息を乱し始め、

ジワッ

白い肌に汗の粒が浮き上がり、

次第に粒が成長していくと、

いくつもの筋を作りながらすべすべした美穂の肌の上を伝わり落ちていく、

「はぁはぁ

 はぁはぁ」

美穂の呼吸は時に荒く、

時に静かを繰り返しながら、

次第に荒い方へと変わり、

ドクン!

胸の鼓動が大きく打つと、

「うっ!」

彼女の顔が苦痛に歪む。

すると、

ジワジワジワ

ツルリとした美穂の肌を汚すかのように獣毛が生え始め、

次第に美穂の身体から白い部分が消えていくと、

獣の毛に覆われてしまった美穂の姿がそこにあった。

「はっはっ

 はっはっ」

獣の毛に覆われてしまった美穂は口を大きく開けて息をしていると、

メリッ

ゴキッ!

彼女の体の中から軋むような音が響き始め、

カーテンに映る美穂のシルエットが変化し始めた。

肩幅はせまくなり、

腰の形が変わると、

頭が下を向き始めた。

そして、その頭の形が変わっていくと、

その左右から大きな耳が立ち、

肩が背中に突き上がってくる。

美穂の口が引き裂けると、

長い舌が口からこぼれ、

さらにお尻から長い尻尾が伸びていくと、

両手両足から指が消えていった。

それらの変化と共に美穂の身体が小さく縮んでいくと、

「にやぉ!」

彼女の部屋にネコの泣き声が響き渡り、

シュタッ!

小さく開けられていた窓に一匹のネコが飛び上がってきた。

ふわぁぁぁ…

夜風が吹きぬけていくと、

ネコの顔から伸びた髭をかすかに揺らし、

ガシガシガシ!!

すぐにネコは前足で顔を洗う仕草をして見せると、

「にゃおぉ」

小さく声を上げて夜の街へと飛び出して行く。



「どうだった、オフは?

 ゆっくり休めた?」

翌々日、

美穂を迎えに来た早苗はそう尋ねると、

「えぇ、

 とっても有意義に過ごせました」

と笑顔で美穂は返事をしてみせる。

「そう、それは良かったわ、

 とってもいい顔をしているわよ」

早苗は美穂の笑顔を褒め、

「あたしも美穂ちゃんみたいにリラックス出来たらね」

と呟いた。

すると、

「あっ早苗さん、

 いい方法があるんですが、

 どうですか?」

それを聞いた美穂は早苗に向かってある提案をした。

それから程なくして

二匹のネコが夜の街を闊歩するようになったのである。



おわり