風祭文庫・獣変身の館






「キツネツキ」



作・風祭玲


Vol.823





「あっ、オモチ!」

国道沿いに店を構えるディスカウントストア。

種々雑多な商品で溢れる店内にあたしの声が響き渡ると、

「はぁ?

 また餅かよぉ」

同行していた弟の一志は呆れた声を上げた。

「別にいいじゃない」
 
そんな一志に当て付ける様にあたしは膨れて見せると、

「なぁ、姉ちゃんよぉ、

 正月以降何かと餅ばっかり食っているけど、

 いい加減飽きないか?」

とこのお正月以来餅を良く食べているあたしを皮肉って見せる。

「いいじゃない、

 お餅って美味しいんだから」

その言葉にややムキになりながらあたしは言い返すと、

「はっ、

 まったくこれまで”太る”とかナントカカントカ言って

 まるで食べなかったのによく言うよ」

呆れたポーズをして見せながら一志はそう言い返すが、

「つべこべ言わないっ

 丁度、お餅が切れていたからこれ買って行くよ」

半ば押し付けるようにしてあたしは一志が押しているカートに袋入りの切り餅を押し込んだ。

「一袋、698円…

 意外と安いんだな…」

あたしが押し込んだ袋を手に取り、

一志は袋に貼られている価格に感心すると、

「ふーん、

 キネツキねぇ…

 こんがりキツネ色になるまで焼いて食べてくださいか」

袋に書かれている売り文句を読んだ後、カートへと戻した。



「ありがとうございました」

店のマスコットだろうか、

奇妙なお面がデザインされたタペストリーの下がる店内に

レジ係のアルバイトの声が響き渡ると

「一志ぃ、

 これ持ってよ」

パンパンに張り詰めた店のレジ袋を掲げながら、

あたしは一志にこれを持つように声をかけた。

「えーっ!

 ったくもぅ」

一志はふて腐れながらレジ袋をひったくると、

駐車場に止めてあったクルマに押し込み、

「ほらっ

 いくよっ」

と運転席からあたしに命令をする。



あたしの実家はこの近所ではわりと名の通っている稲荷神社を管理していて、

父さんはこの稲荷様の神職。

一方、短大に通うあたしは休日などで家に居るときは巫女として、

父さんの手助けなどをしていた。

「ただいまぁ」

一志と共に自宅に戻ったあたしは声を上げると、

「あぁ、文江、

 お父さんが会合で神社を空けるっていうから、

 代わりに社務所に行ってくれない」

とキッチンから母さんの声が響いた。

「えーっ、

 なんであたしがぁ?

 一志に行ってもらってよ」

思いがけない母さんの依頼にあたしはそういうと、

「あっ、

 姉ちゃんっ

 俺、これから用事があるんだ。

 姉ちゃん暇なんだろ?」

とレジ袋を持つ一志はあたしに言う。

「もぅっ!

 なんであたしばっかりっ」

むくれながらあたしは自室に向かうと、

文句を言いながら巫女装束に袖を通し、

水引で髪を縛った後に千草を羽織ると、

「社務所にいってきまーす」

と自宅とは離れている社務所に向かっていった。

「おぉ、文江か、

 すまないが後を頼むよ」

社務所であたしが来るのを待っていた父さんが

そういい残して入れ違いに出て行くと、

「はぁ…」

あたしはため息を付きながら腰を下ろした。

穏やかな早春の午後、

社務所の中であたしは頬杖を付きながらじっと社を眺める。

受験シーズンが終わりったばかりのいまは、

いわゆるシーズンオフ。

「はぁ…

 暇だなぁ…」

パラパラと訪れては消えていく参拝客を見つめては

あたしはそう呟いていた。

やがて日が西に傾き、

少ないながらも居た参拝客の姿が消えてしまうと、

そろそろ境内の掃除の時間である。

チラリと時計を見たあたしは

「ちょっと腹ごしらえしてから始めるか」

と持って来ていた餅の袋から3・4個の餅を取り出すと

社務所の奥に置いてある焼き器へと放り込んだ。

程なくして餅が焼ける匂いが漂い、

焼き機の中でキツネ色に染まった餅が大きく膨らんで見せる。

「焼けた焼けた」

素早くしょうゆ皿を出して、

「あちち!」

焼けた餅にしょうゆをつけて早速噛り付く。

「んーうまいっ

 やっぱり、焼餅にはしょうゆよねぇ」

しょうゆが装束に掛からないように注意しながら、

あたしは焼いた餅を平らげてしまうと、

「さて、

 身体もあったまったし、

 お掃除をしますかっ」

と装束の腕を撒くって見せるが、

「え?

 なにこれ?」

捲りあげた自分の腕に、

キラキラと輝く毛がびっしりと生えていることに気が付いた。

「なに?

 毛?

 なんで?

 うそぉ!」

ジワジワジワ

と伸びてくる毛にあたしは呆気に取られていると、

ムズッ!

ムズムズムズ!!!

体中がムズ痒くなってきたのであった。

「やっやだぁ!」

全身を覆い尽くしてくるその感覚にあたしは飛び上がるが、

ジワジワジワ

いつの間にか首筋から脚の脛まで毛が伸び始めだし、

瞬く間に伸びてくる黄色に近い茶色があたしの肌を覆い尽くしてしまった。

「どっどうなっているの?

 え?

 え?

 いっいったい何が起きたのよ」

巫女装束を大きく乱しながらあたしは体中を見回すが、

肌を覆い尽くした毛はさらに長さを増し、

ついにはあたしの顔からも毛が伸び始めだしてしまった。

「やっやめて!

 一体どうしちゃったのよ!」

伸びてくる毛をあたしは必死に毟ろうとするが、

「いたいっ」

生えてきた毛はシッカリと肌に根を下ろしていて

毟ることなどは出来ない相談だった。

ジワジワ

ジワジワ

伸びてくる毛はフサフサにあたしの身体を包み込み、

そして包み込むと、

メリメリメリ!!!!

今度はあたしの手足が形を変え始めた。

「ひぃぃぃ!!!」

あたしの目の前で手から指が消え、

スルッ

穿いていた足袋が抜けてしまうと、

あたしの両手両足はケモノの足へと変わって行く、

さらに両耳が動いていくと

鼻先が突き出し始め、

あたしの口が大きく裂け始めた。

「ひぃぃ!!」

口の奥から伸びてきた舌が口の横から垂れ下がり、

頭の左右の上に耳がピンッと伸びると、

グググググッ!!

ズボッ!

装束の袴を蹴り上げるようにして尻尾が飛び出してしまった。

『こっこれは…』

体が小さくなってきたのか、

ダブつく巫女装束を引きずって備え付けの鏡の前にあたしは立つが、

しかし、そこに映し出されたのは、

紛れも無い一匹のキツネの姿であった。

『きっきっキツネぇぇぇぇ!!!!』

鏡に映る自分の姿を見てあたしは悲鳴を上げると、

ガサッ

持って来ていた餅の袋をあたしは後ろ足で踏みつけた。

『あのお餅の袋…』

まるで現実から逃避するかのようにあたしは餅の袋を眺めるが、

ある注意書きを見るのと同時にその視線が凍りついてしまうと、

『なんだってぇぇぇぇぇ!!!』

と悲鳴を上げてしまった。



毎度お買い上げくださいましてありがとうございます。

”元祖キツネツキ・突きたてお餅”は当社秘伝の技を用いた特別のお餅でございます。

なお、秘伝の技を用いたために稲荷などの神域で召し上げられしまいますと、

身体がキツネ化してしまいますのでご注意ください。



おわり