風祭文庫・獣変身の館






「賞味期限」



作・風祭玲


Vol.820





コロン!

「あれぇ?」

朝、教室に着いた牛島美玖がカバンを開けた途端、

中から出てきた小さな包みを見て声を上げた。

「どうかしたの?」

美玖の声を聞きつけて友人の野田奈祐美がそばに寄ってくると、

「え?

 あぁ、大したことじゃないんだけどね、

 これ入れっぱなしだったのを忘れていた」

奈祐美に向かって美玖は拾い上げた包みを見せる。

「ん?

 カウミーじゃない」

白地にミンク色のストライプが入る包みを見て、

奈祐美はそれがとある菓子メーカー製のミルクキャンデー菓子であることを指摘すると、

「うん、

 少し前に駅前で配っていたものの残りよ」

と美玖は駅前で以前牛のコスプレをしたアルバイトたちが

キャンデー菓子が入った小さな袋を配っていたことと、

この包みはそのとき受け取った袋の最後の残りであることを言う。

「ふぅん、

 で、あれって、

 もぅ2ヶ月も前のことよ」

それを聞いた奈祐美は配られたのが二ヶ月以上前であることを指摘すると、

「まっ痛むものじゃないし、

 大丈夫でしょう」

と美玖は賞味期限を気にする素振りを見せることなく、

そのままキャンデーの包みを制服のポケットへと押し込んだ。



キーンコーン!

その日の授業は何事も無く終わり、

「さぁて!」

ホームルームを終える美玖は大きく背伸びをする。

そして、

「ん?

 あっそうだ」

制服のポケットに入れていたミルクキャンデーに気が付き、

キャンデーを包んでいる包装を取るなり、

ポンッ

と口の中に運んだ。

だが、

「うへっ

 まっずーっ」

ミルクキャンデーが口の中で溶け始めた途端、

美玖の口の中には普段の甘い味でなく、

酸味とアンモニア臭を美玖の口の中に広げ、

「…痛んでいたんだ」

キャンデーを口に含みながら美玖は即座に考えると、

ミルクキャンデーを舌の先で転がしながら、

慌てて制服のポケットからティッシュを取り出そうとするが、

丁度そのとき、

「牛島さぁーん、

 何しているのぉ、

 部活先に行っているね」

美玖と同じ陸上部に籍を置くクラスメイトが駆け寄ってくるなり、

バァン!

と美玖の背中を盛大に叩き、

それと同時に、

ゴクン!

美玖は舌の先で転がせていたミルクキャンデーを飲み込んでしまった。

「あーっ!!」

教室内に美玖の驚いた叫び声が響き渡り、

「どっどうしたの?」

背中を叩いたクラスメイトはキョトンと美玖を見る。

「カウミー飲んじゃったぁ」

美玖は声を張り上げつつ、

大急ぎで教室から飛び出すと、

一直線に手洗いへと向かい、

ゲホゲホゲホ

飲み込んでしまったミルクキャンデーを吐き出そうとする、

だが、

いくら吐き出そうとしても飲み込んでしまったミルクキャンデーを吐き出すことは出来ず、

「出てこない、

 どうしよう…」

と美玖はヘタリと座り込み困惑していた。



「はぁ?

 あのカウミーが痛んでて、

 しかも飲み込んじゃったぁ?

 なにやってんの?」

陸上部の連中の合間、

美玖は姿を見せた奈祐美にこれまでの経緯を話すと、

即座に彼女は呆れた顔をしながら美玖を見た。

「そんなこと言ったって…」

口を尖らせながら美玖は言い返すと、

「ホントおっちょこちょいなんだから、

 で、

 お腹の具合は大丈夫なの?」

美玖を小突きながらも、

奈祐美は体のことを心配する。

「うん…

 いまのところ大丈夫みたい…」

少し胃が張ってきていることに気が付いていたが、

そのことは余り気にせずに美玖は返事をすると、

「まぁ、お腹が壊れなければ問題はないか…」

美玖の口から身体の変調についての言葉が無かったことに、

少し安心をしながら奈祐美は気遣い、

そして、

「キャンデーでも何でもそうだけど、

 あまり古いのを何時までも持っているんじゃないよ」

と忠告をすると、

「じゃ、あたし部活に戻るね」

そう言い残して奈祐美は自分が所属しているバレー部の練習へと戻って行った。

「判っているよ、

 そんなこと…」

張ってくる胃を庇いながら美玖はそう呟くと、

彼女もまた陸上部への練習へと戻って行く。



パァン!

スタートの合図が鳴り響き、

タッ!

美玖は全力で飛び出していく、

しかし…

「うーっ、

 気持ち悪い…」

走っている途中で美玖は猛烈な吐き気を感じると、

タッタッタ…

足の力を抜き、

コースの途中で立ち止まってしまった。

「どうしたの?」

立ち止まってお腹を押さえて見せる美玖の姿に

彼女のタイムを計っていた女子部員が駆け寄ってくると、

「ゴメン…

 なんかとっても気持ち悪くって」

口を押さえながら美玖はそう事情を話すと、

「そうね、

 顔色青いね…」

と女子部員は蒼白になっている美玖の顔色を見ながらそう返事をする。

しかし、美玖の肌が白く見えるのは血の気がなくなっているだけは無く、

シュル…

彼女の体中に白い産毛が生えて来ているせいでもあった。

「うっ

 とっトイレに言ってくるね」

こみ上げてくる吐き気に美玖は口を押さえてトイレに行くことを告げ、

端ってトイレに向かい始めるが、

トタトタ

トタトタ

その歩みは早いと言えるものではなく、

女子部員からはゆっくりと歩いているにしか見えなかった。

「どうしちゃったんだろう?」

去っていく美玖の後姿を見送りながら、

女子部員は小首を捻るが、

「おーぃ」

スグに彼女を呼ぶ声が響くと、

「あっはーぃ」

女子部員は走り去って行った。



ハァハァ

ハァハァ

「どうしちゃったんだろう、あたし、

 校舎が遠くに見える」

いつもなら走って5分と掛からない校舎までの道程が、

そのときばかりはやけに長く難じられ、

さらに、一歩一歩、足を出すのが非常に億劫に感じていた。

そして、その間にも美玖の変身はそのスピードを上げ始め、

メリィ…

彼女の手足の甲が膨らみ始めると、

ミシミシミシ!

脚のくるぶしが持ち上がり、

美玖は踵をつけずに歩き始めた。

そして、

ムクムク!

お尻の上から小さな突起が見せると、

スゥェットシャツとランニングパンツの隙間から、

チョコンと顔を出す。

「ハァハァ」

「ハァハァ」

一歩一歩踏みしめるごとに美玖は人の姿を失って行き、

あるものの姿へと変わって行く。

そして

「ハァ…ハァ…

 ハァ…」

来るものを招き入れるように大きく開かれている玄関口に来たとき、

「あっ」

校舎の脇で青々と生い茂る雑草を見た途端、

フラ…

まるでその雑草に惹かれるようにして美玖は向きを変え、

そのまましゃがみ込むと、

草から漂ってくる匂いを吸い込んだ。

「はぁ…美味しそう」

草の匂いをかいだ途端、

美玖はこれまで悩ませていた吐き気が瞬く間におさまり、

そして、

ブチッ!

一本の草の茎を毟ち取ると、

ムシャムシャ!

と食べ始めてしまった。

ゴクン、

ブチブチ

ムシャムシャ

ブチブチ

ムシャムシャ

無言のまま美玖は雑草を手で抜き食べ続け、

「はぁ、

 美味しい…

 草ってこんなに美味しかったの?」

これまであまり触ったことすら無かった草の味に驚き、

草汁特有の青臭い臭いを周囲に撒き散らしながら草を食べ続けた。

そのうちに、

手で毟ることが煩わしくなったのか、

ベロン

美玖は口を草の近くに付けて、

口の中から舌を長く伸ばして草に巻きつけると、

ムシャッ!

一気に草を食み出した。

ムシャムシャ

ムシャムシャ

お尻から伸びていく突起を左右に振り、

美玖は草を食み続ける。

ウップッ!

突然、猛烈な吐き気が美玖を襲うと、

ゴボッ!

口の中に飲み込んだ草が戻り、

それを改めて噛み砕くと、

美玖は2番目の胃へと送り込む、

そう、美玖は反芻をしてしまったのであった。

ムシャムシャ

ムシャムシャ

時折反芻を繰り返しながら美玖は草を食べ続け、

粗方の草を食べつくしたときには、

美玖の手は無残に引き裂け、

全ての指はどこかに消え去っていた。

そして失った指の代わりに黒く輝く一対の蹄が顔を出し、

美玖の身体を支えるようになると、

「モォ…

 モォモォ…」

髪の毛の合間から左右に角を伸ばし、

カツカツ

カツカツ

手足から突き出した蹄を鳴らしながら、

美玖は平たく潰れた鼻を地面に寄せて草を探し続ける。

着ていたシャツは破れ、

トレパンは下着と共に脱げ落ちていく、

ジワァ…

むき出しとなった美玖の身体は白毛が覆われ、

ところどころ生える黒毛が見事な斑模様を作り上げていく、

「モォ…

 モォォォ…」

すっかり言葉を話すことが出来なくなった美玖は

そんな啼き声を上げながら草を探し回り、

程なくして新たな草地を見つけると、

ムシャムシャと草を食みだした。

先端に房のように生えた毛を頂く尻尾を振り回し、

「んもぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

美玖は牛の啼き声を大きく上げたとき、

その場には美玖と言う女の子は何所にもなく、

代わりに1頭の雌牛が啼き声を上げていたのであった。



製品回収のお知らせ

日頃より当社製品をご贔屓に下さいましてありがとうございます。

当社製品ミルクキャンデー・カウミーに製造工程上の不具合から、

製品内に特殊な酵母が混入し、

時間の経過と共に製品が変質してしまう可能性が出てきました。

つきましては製品全てを回収いたしますので、

もしも、お買い上げのカウミーがございましたら最寄の販売店まで

お持ちくださいますようお願いいたします。



おわり