風祭文庫・獣変身の館






「桜の木の下で」



作・風祭玲


Vol.818





ゴワァァァァ!!!

ブォォォォォ!!!

激しくトラックやクルマが行きかう幹線国道。

その国道沿いにディスカウントストアは店を構えていた。

ガラガラガラ

朝日を浴びるバックヤードのシャッターが開かれると、

『ふんっ、

 まったく新規事業への配置転換だなんていうけど、

 早い話が左遷じゃぁないかよ』

と小言を言う声と共に一人の男がバックヤードに入ってくる。

『あーぁ、

 幹部会昇進も夢と消えたか、

 はっ、俺もとんだところでケチが付いたわけだな、

 まったく、あんな奴らと関わらなければ…

 一体、何人増えれば気が済むんだ』

脳裏に浮かぶ屈辱的な光景を思い浮かべながら、

ゲシッ!

ゲシッ!

2・3回在庫が入っている箱を蹴飛ばすと、

『おやおや、いけませんなぁ、

 大切な商品を足蹴にしては出世は望めませんですよぉ』

と男の行動を注意する声がヤードの中に響き渡った。

『誰だ!』

その声に男は立ち止まり、

メガネの中に収まる切れ長の目を左右に動かして気配を探る。

すると、

『ほほほっ、

 どなたをお探しですかぁ?』

再び声が響くが、

しかし、その声は男のすぐ傍で響き、

『なっ!』

いつの間にか男の目前に和装姿の老人がもみ手をしながら立っていた。

『まーまー、

 そんなに驚かなくても…

 あっ、わたくしこの店のオーナーだった業屋と申します。

 お見知りおきを…』

驚く男に向かって業屋は頭を深々と下げると、

『あっあぁ…

 前のオーナーさんか、
 
 わっわたしは…』

そう男が自己紹介を言いかけたところで、

『まーまー、

 そんなことよりも、

 このバックヤードはいわば宝の山ですよ、

 生かせるのも殺せるのも、

 後を引き継ぐあなた方次第』

男に向かってそう業屋は告げると、

『という訳で、

 遅くなりましたが引継書にサインをお願いします』

業屋は懐から分厚い書類の束を取り出すと男に向かって差し出した。



『ふんっ、

 宝の山ねぇ』
 
お面を思わせる店のロゴマークが入った作業着を着た男は

改めてバックヤードを見渡すと、

『ん?』

とある商品が目に付いた。

そして、その商品を取り出すと、

『まっ、

 コイツでも売り場に出してみますか』

と口元を緩ませながらそう呟いていた。



「えぇ!!

 お花見ぃ!?」

とあるビルにあるとある企業のとある営業所、

その営業所の中に松井美穂の驚いた声が響くと、

「そうなんだよ、松井さん。

 急遽、お花見が決まってね、

 ほら、今日、本店から須藤さんが見えられているだろう?

 で、須藤さんが川端の桜並木が満開なのを見てさ、

 花見をしたいって言い出して…

 で、悪いんだけどさっ、

 手配してくれないかな」

と美穂を拝むようにして佐藤克己は顔の真ん中に片手を掲げる。

「もぅ、

 第一、場所はどうするのよ」

机に両肘を付きながら美穂は場所取りについて尋ねると、

「あぁ、それは、

 三河と葛飾を行かせた。

 松井さんには仕出しなどを頼みたいんだ」

と克己は新人の部下に宴席の場所取りに行かせた事と、

美穂に食事や飲み物の手配を頼んだ。

「はいはい、

 まっ、今日は天気もいいし、

 あたし自身お花見をしたかったけど、

 でも、今からとなると、

 忙しくなるわね」

壁に掛かる時計を見ながら美穂は電話に手を伸ばした。



「いらっしゃませぇ」

国道沿いのディスカウントストアに美穂が姿を見せたのは、

5時を少し回ったときのことだった。

「悪いけどさっ、

 手分けして」

一緒に連れてきた克己の部下二人に宴席で必要になる小物の購入を指示すると、

美穂は自分の受け持ち分の購入に走る。

「はぁ、

 忙しいわ、

 ホント、猫の手も借りたいぐらい」

店内を駆け回りながら粗方カートに詰め込んだ美穂はふとそう漏らした。

と、そのとき、

「あれ?」

商品棚に置かれているある商品が目に飛び込んできた。

「忙しいときにこそ借りられる、ネコの手。

 耳を付ければなんと3倍速!」

あまりにもベタなキャッチコピーに、

興味を持った美穂は手を伸ばすの思わず躊躇う。

すると、

『いかがでしょうか?

 猫の手は…』

と伺いたてる声と共に店のスタッフだろうか、

店の作業服に身を包んできた丸メガネの男が話しかけてきた。

「はぁ?」

男の言葉に美穂は愛想なく返事をすると、

ギラッ!

いきなり男の目が輝き、

『よろしいですかな、

 このネコの手は中国4千年の…』

と口上を述べ始め、

延々と商品の説明を始めだした。

必死の形相で説明をする男を他所に、

「まっなにかの宴会グッズになりそうね」

美穂はそう思うと、

ポイッ

カートにネコの手を放り込みさっさと立ち去っていく、

『…という訳でいかがでしょうか?

 ってあれ?』

男がようやく話し終えたときには美穂の姿は無く、

しゃがみ込んで見上げていた幼児ら数人がいるだけだった。



こうして買い物を終えた美穂達が営業所に戻ってからが

ある意味、本当の戦場だった。

届けられた仕出しなどを美穂の指示で克己の部下達に運ばせると、

その間に美穂は彼らが抑えた場所へと向かい、

テキパキと会場のセッティングを始めだす。

そして部下達からの問い合わせと指示、

さらには代わって貰っている通常業務の処理など、

まさに彼女は八面六臂の凄腕で乗り切ろうとする。

そんな時、

「松井さんっ、

 ご苦労様です。

 これでもつけて和んでくださいよ」

状況を見に来た克己が袋の中からあのネコの手を見つけると、

ヒョイッ

っと美穂の肩に手を乗せた。

「ちょっとぉ!

 佐藤君っ

 ふざけないでよぉ」

克己の行為に美穂は怒って見せるが、

「まーまーっ

 これもつけて…ね」

怒る美穂に構わず克己は彼女の頭にセットのネコ耳を被せた。

「まったく…」

屈託のない克己の姿に美穂は怒りながらも、

チラリ…

満開の桜を見上げると、

「楽しまなくっちゃね…」

そう呟くとネコ耳をつけたまま作業を始めだした。

ところが、

美穂がネコの手と耳とつけた途端、

彼女の作業ピッチがグンと上がり、

桜の木下に取り付けられていた明かりがほのかに点る頃には、

殆どの準備が終わっていたのであった。

「随分と早く片付いたわね」

準備作業で疲れ果てぐったりとしている克己の部下二人とは対照的に、

美穂は準備が予想以上早く終わったことに驚くが、

この頃を見計らったかのように、

「話には聞いていましたが

 これは見事ですなぁ…」

桜を見上げながら上機嫌の上役達がやってくると、

準備が終わったばかりの宴席に腰を下ろした。

そして、

「ご苦労さん、松井さん」

と克己が美穂をねぎらうと、

「この借り、

 高くつくわよ」

美穂はニヤリと笑って見せる。



「わははは…」

桜の木下での宴は時の進みと共に盛り上がり、

美穂もネコ耳をつけたまま上機嫌で紙コップに注がれたビールを飲み干していた。

しかし、

グラッ

「あっあれ?」

準備の疲れが回ってきたのだろうか、

不意に美穂は眠気を感じると、

「ちょっと失礼」

と席を立ち、

宴席と裏側になる桜の木に身を摺り寄せながら、

クーッ

と寝入ってしまったのであった。

だが、

ムズッ

ムズムズムズ…

美穂の体の中を何かが駆け抜けていくと、

ジワァ〜っ

頭に付けたネコの耳が溶ける様に頭の中に隠れ、

程なくして、

ムクッ!

艶やかな毛色を輝かせるネコの耳が起き上がってきた。

すると、

その時を待っていたかのように美穂の身体中から毛が伸び始め、

見る見る彼女の白い肌を覆い尽くしていくと、

メリッ

口が左右に大きく裂け、

手から指が消えていく、

そして、

モコッ!

美穂の尻が大きく盛り上がると、

ニュルッ

ケモノの尻尾が顔を出し、

夜空に向かって伸びて行く。

尻尾を伸ばした美穂の身体は

メリメリメリ

さらに変化のスピードを上げ、

ズズズズズ…

身体が変化していくにあわせて美穂は自分の服の中へと没していった。

程なくして、

「松井さん?

 あれ?」

すっかり酔ってしまった克己が桜の木の向こう側に姿を消した美穂を探して覗き込んで来ると、

「ん?

 これって…

 松井さんの服?」

と桜の木の下で崩れ落ちている美穂の服に気が付いた。

「ん?

 松井さん何所に行ったんだ?

 おぉぃ、

 松井さんっ

 服忘れているよぉ〜」

呂律の回らない声をあげるが、

「クー」

「スー」

その服の中で丸まって寝ているネコには彼の声は届くことは無かった。



使用上の注意

ネコの手・ネコ耳をつけたまま寝込んでしまいますと、

そのまま猫になってしまいますのでご注意してください。



おわり