風祭文庫・獣変身の館






「祠の主」



作・風祭玲


Vol.817





チチッ

チチチチッ

よく晴れ渡った春のとある休日。

「ねぇねぇ、それでさぁー」

「あはは、やめてよっ」

ハイカー姿の若い女性のグループが山道を登っていく。

彼女達はとある大学のサークル仲間で、

この地域に点在する寺社仏閣を尋ねてはその歴史などを調べるのを目的としていた。

ワイワイガヤガヤ姦しく彼女達は山道を進んでいくと、

「ねぇ」

最後尾を歩く1回生の山崎菜絵がふと声をかけた。

「なぁに?」

彼女のその声に前を行く2回生の楠木柚奈と川場美夏が振り返ると、

「本当に上社ってこの先にあるんですか?」

彼女は集落からどんどんと離れていく山道を指差す。

すると、

「当たり前でしょう?」

柚奈はそう返事をしながら”なんでそんなことを聞くの”と言った表情で菜絵を見つめ、

「大体、位の高い神様と言うのは山深い所にある社が本宅で、

 人里近くにある社は別宅というか、

 作業場というか、

 そう、事務所みたいなものなのよ」

と美夏は説明をした。

「ふぅーん、そうなんですかぁ」

美加の説明に柚奈は完全意は理解できないものの、

中途半端に判ったような顔をすると、

「下社はねぇ…

 人里にある分、

 人間が放つ様々な欲に染まってしまっていて、

 神様は居づらいのよ、

 だから普段は上社に居て、

 お祭などで特別に清められて時だけ下社に降りて来られる。

 とも言われているよね」

話を聞いていた3回生の野島つぼみが割って入ってきた。

「野島先輩…」

思いがけないつぼみのウンチクに3人は尊敬のまなざしで彼女を見た。

すると、

「おーぃ、あれじゃないか?」

と先頭を歩く4回生の高科久美子が声を上げると、

皆のいく手に色あせた鳥居と、

まるで山から突き出したように生い茂る森が姿を見せてきた。

「うん、

 あれに間違い無さそうね」

森を見ながらつぼみは小さく頷くと、

「あっあたし一番乗りする」

いきなり菜絵が鳥居に向かって走り出した。

「あっ山崎さん」

「もぅ」

飛び出した菜絵を追って柚奈と美夏が追いかけ、

二人とも森の中へと消えていった。

「はぁ、まだ子供なんだから」

「いいじゃない…」

消えていった3人を追いかけながら、

つぼみと久美子はゆっくりした足取りで鳥居をくぐり、

神有地へと踏み込んでいった。



「うわっ、

 なにこれ、

 ボロ…」

一足先に社へと向かっていった菜絵が、

苔むした森の奥に鎮座する祠を見た途端、

驚いて声を上げてしまうと、

「はぁー…

 殆ど手入れがされてないみたいだね」

「相当昔に建立されてそのまま…って感じね」

柚奈と美夏は腕を組みながら大きく頷いた。

すると、

「ねぇ、神様ってこんな古い家に住んでいるの?」

祠の戸に顔を寄せながら菜絵が尋ねると、

「ほらほら、

 悪戯はしないの」

と柚奈は軽く注意する。

だがしかし、

ギギッ!

「あれ?

 開いたぁ」

柚奈の注意を右から左に聞き流して、

菜絵は祠の戸に手を掛け、

さらに開いてみせると、

キラッ!

祠の奥に安置されている鏡が光を返した。

「うわっ、

 鏡だ…」

鏡を手に取り、

菜絵はシゲシゲとそれを見ていると、

「ちょちょちょっとぉ!

 山崎さんっ

 あなた、何をしているのよっ」

ようやく菜絵の行為に気づいた柚奈と美夏は菜絵から鏡を取り上げてると、

スグに祠へ返した。

「あんっ、

 持って行かないでよ、

 色々調べたいんだからぁ」

膨れっ面をしながら菜絵は抗議すると、

「だからって勝手に護神体を取り出す奴があるか」

「そうよ、罰が当たったらどう責任とってくれるの?」
 
と柚奈と美夏は菜絵を攻め立てる。

「だぁってぇ!!」

そんな二人に菜絵は言い返すと、

「ちょっとぉ、あなたたち、

 ここは上社じゃないわ」

と遠くからつぼみがそう声を上げた。

「へ?」

「そうなの?」

「どういうこと?」

彼女の言葉に3人は顔を見合わせると、

「そこは只のお稲荷様よぉ、

 上社は向こうの森よ」

と久美子が上社のある方向を指差しを上げた。

「あっそれは失礼しました」

それを聞いた3人は慌てて祠から立ち去っていくが、

ポゥ…

突如、祠の中に狐火が燃え上がると、

『許さん…』

と怒りに満ちた声が響いたのであった。

 

「もぅ、違うなら違うって言ってよ」

口を尖らせながら菜絵はつぼみ達に文句を言うと、

「よく調べもせずに、

 先走る方が悪いんじゃなくて?」

と久美子はやんわりと返した。

「それはそうだけど…」

その言葉に菜絵は肩を落としたとき、

ポツリ

ポツリ

と大粒の雨が降り出してきた。

「えぇ!

 今日一日晴れの予報が出ていたのにぃ」

「どうしよう、傘持って来てないよぉ」

落ちてくる雨粒に5人は驚き先を急ぎ始めた。

しかし、

ザァァァァ…

雨粒は確かに空から落ちて来てはいるけど、

だが、その雨粒を落としている筈の雲は見当たらず、

さらに、キラキラと輝く陽光が5人を照らしていた。

「お天気雨?」

陽の光さす空を見上げながら菜絵が立ち止まると、

「あれ?

 ここ何所?」

「うそ…」

菜絵を含めた5人全員が金色のススキがたなびく草原へと迷い込んでいたのであった。

「え?

 え?

 え?

 なにこれぇ?」

歩いてきた道も消え、

見えていた山も、森も全てが消え去り、

ただ広大に広がるススキの原に5人は立っていた。

「なになに?

 あたしたちどうしちゃったの?」

皆、身を寄せ合いながら怯えていると、

シャナリ

シャナリ

ススキの原の奥より行列が姿を見せ、

次第に5人めがけて近づいてくる。

「うっ…」

「なっ…」

「そんな…」

「きっキツネ?」

「うそ…」

5人に近づいてきたのは二本足で歩くキツネの一団であり、

さらによく見ると、

家紋が入った提灯持ちを先頭に、

その中央には白無垢に角隠しを被った花嫁の姿があった。

「キツネの嫁入り……

 ちょっと、

 まさかこれって…

 山崎さんっ

 あなた…

 さっき、お稲荷様に色々していたよね、

 罰が当たったんじゃぁ…」

目をまん丸に剥きながら柚奈が詰め寄ろうとするが、

「ひぃ!」

なぜか4人全員が柚奈から数歩ずつ引き下がってしまった。

「なっなによっ!」

それを見た柚奈は抗議をしようとするが、

しかし、

「くっ楠木さん、

 あなた耳が…

 耳がキツネの耳に…」

と震える手でつぼみが指摘した。

「耳?」

彼女の指摘に柚奈が慌てて手で確認をしようとしたとき、

メキッ!

いきなり口周りが突き出してしまうと、

メリメリメリィ…

その両手がケモノの前足と化してしまい、

「あっ」

瞬く間に柚奈は地面に前足をつけてしまった。

そして、

ブワッ!

尻からフサフサの毛を持った尻尾が伸びていくと、

ブルルルル…

柚奈は大きく身を震わせる。

それが終わったとき、

そこには赤茶けた毛を膨らませる一匹のキツネが4人を見上げていたのであった。

「くっ楠木さんがキツネになっちゃった…」

「いやぁぁぁ!!!」

キツネになってしまった柚奈の姿を見て菜絵たち4人は逃げ出すが、

しかし、

「あっ!」

メリッ!

メリメリメリ!!!

つぼみの手が見る見るキツネの前足に変わってしまうと、

耳が立ち、

口が伸び始める、

そして、全身から赤茶色の獣毛が噴出すと、

「やっやめて…」

その声を残してつぼみはキツネと化してしまった。

同じように美夏と久美子もキツネへと変身してしまうと、

タタッ

タタッ

タタッ

キツネとなってしまった彼女達は花嫁行列へ走っていくとその行列に加わっていく、

そして最後の一人、

「いやぁぁぁ!!

 キツネになんてなりたくない!」

頭からキツネの耳を生やし、

お尻から尻尾を生やしながらも菜絵は一人、

ススキの原をかけていた。

ジワジワジワ

体のあちこちからキツネの毛が伸びはじめ、

メリメリメリ!!!

両手もキツネの前足と化してきた。

「いや、いやいや!!」

突き出してきた口を大きく開き、

悲鳴を上げながら菜絵は走り続け、

そして、あるところに来たとき、

バシッ!

いきなり周囲の景色が弾けとび、

「あっ!」

ドサッ!

菜絵は苔むした土の上に転がり落ちてしまった。

「いたたたたた…」

しこたま打ち付けた腰を手を宛がいながら菜絵が起き上がると、

そこはあの稲荷の祠であった。

「おっお稲荷様…」

祠を見上げながら菜絵はキョトンとしていると、

「うーん」

菜絵の周囲には美加や久美子達が人間の姿で倒れていたのであった。

「みんなぁ…」

彼女たちの無事な姿を見て菜絵は喜びながら一人一人起こすと、

「あれ?」

「あたし、なにを…」

「確か、キツネにされて…」

と声を上げながら起き上がってきた。

そして、

「よかったぁ」

嬉しそうに話しかける菜絵を見た途端、

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

全員が一斉に悲鳴を上げ、

我先にと逃げ出して行く、

「ちょちょっと、

 どうしちゃったの?」

スグに菜絵は逃げていく4人を追いかけようとするが、

ふと立ち止まり、

「なによっ、

 あたしの何所が…」

と落ちている自分のカバンから鏡を取り出して自分の顔を見ると、

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!

 何ぃ、この顔ぉ!!!

 まるで、キツネ人間じゃない!!!!」

間髪居れずに菜絵の悲鳴が響き渡って行った。



そう、そのときの菜絵のスタイルこそは人間であったが、

しかし、キツネの毛が体中を覆いつくし、

耳が立ち鼻先が突き出したキツネ顔の顔に、

お尻からは大きな尻尾が生やす菜絵の姿がそこにあった。



おわり