風祭文庫・獣変身の館






「猫魂」



作・風祭玲


Vol.815





「え?

 欲求不満?」

昼食時のカフェテラス。

突然、平田里子の驚いたような声が響き渡ると、

「しぃーっ」

「声が大きいよぉ」

彼女から見て向かって右側と左側に座っている吉田初美と相模恵那が

すかさず口に伸ばした人差し指を当てながら注意をした。

「あっ…

 ご、ごめん」

注意する二人の姿を見て里子は慌てて周囲を見回し、

肩身をせまくして謝ると、

「まぁいいわ」

「いつものことだしね」

初美と恵那はため息混じりにそう言い、

「でも里子ぉ、

 あんたの話、

 そんな夢を見るならマジで欲求不満を疑った方がいいわよ」

と注意しながら初美はコーヒーに口をつける。

「そんな

 でも、欲求不満があんな夢を見る原因だなんて…

 ちょっと信じられないな」

彼女の指摘に里子はなおも納得しないような表情をするが、

「信じられないって…

 毎晩のようにその高津さんって人に抱かれる夢を見るんでしょう?

 それマジで欲求不満だと思うよ」

と腕を組みつつウンウンと頷きながら恵那は言う。

「そうかなぁ…」

その指摘を受けてもなお小首を捻る里子に

「そうだって」

二人は強く言い切った。



里子、初美、恵那の3人は学生時代からの親友同士で、

学校卒業後も休日となるとこうして互いに会い、

近況からなかなか人に言えない悩みまで報告しあっているのであった。

そんな、ある日。

里子は最近よく夢について彼女たちに相談をしたのだが…



「ねぇねぇ知ってる?」

話が一段落すると、

ふと初美が別の話を持ち出してきた。

「なぁに?」

「?」

彼女の言葉に二人は視線を向けると、

「ほらっ、

 国道沿いのディスカウントストアあるでしょう?」

初美は国道沿いに店を構えるディスカウントストアのことを指摘する。

すかさず、

「あぁ、業屋とか言う店?」

恵那がその店の名前を言うと、

「うん、

 それなんだけどさっ

 改装して店の名前が変わったみたいなのよ」

と初美は業屋が模様替えをしたことを告げた。

「へぇ、そうなんだ。

 そういえば去年も今頃改装していたよね」

「なんでも経営者が代わったみたいよ」

「流行ってないのかな」

「さぁ?」

「でもさ、あのお店ってヘンなのが多くない?」

「うんうん、

 他所で売ってないようなモノが多いよね」

それから3人で業屋について色々話した後、

「じゃぁさ、これから行ってみる?」

と恵那が言うと、

「言ってみようか」

その言葉を切っ掛けに3人は席を立ち、

業屋が改装したと言うディスカウントストアへと向かっていった。



「いらっしゃいませぇ」

「はぁぁ」

「ほぉ」

「ふーん」

国道沿いに建つディスカウントストアは確かに模様替えしていて、

店内は以前と比べて落ち着きがある雰囲気に代わっていた。

「なんか…

 違わなくない?」

「そっそうね」

新しい店のマスコットだろうか、

お面を思わせるデザインのタペストリーが方々に掛かり、

新装開店を強くイメージ付けている。

そんな店の中をワイワイガヤガヤ姦しく3人は周って行くと、

とあるグッズのところで脚を止めた。

「これ…どう思う?」

「うーん、

 どうしよう」

初美と恵那は小首を捻り、

そして、

チラリと里子を見ると、

「あっあたしはパス」

そう言いながら里子は拒否するかのように両手を左右に振る。

「でもさぁ」

「そうねぇ」

拒否をする里子を他所に二人は考え込むと、

まるで運命の出会いであるかのように再度里子を見る。

「なっなによっ、

 その目は…」

初美と恵那、

二人の訴えかけるような視線に里子は2・3歩引き下がるものの、

「決まりね」

初美の声が無慈悲に響き渡った。



「はぁ…

 結局買わされちゃったな…」

初美と恵那と別れ、

自分の部屋に戻った里子はそうぼやきながらベッドの上に腰を降ろすと、

強引に買わされたことになったモノを袋から取り出して見た。

『猫魂

 マタタビエキスから抽出した秘薬があなたの心を解き放ってくれます。

 さぁ、あなたの心の奥で燻っているものを発散させてみませんか』

いかにも何かの劣化コピーが踊っているラベルに目を通しながら、

「はぁ、こんなもので発散できれば苦労しないわよ」

と里子は呟くと、

ビリッ!

透明ビニールの袋を破り、

猫の玩具のような中身を取り出してみた。

すると、

フワッ

中近東を思わせる不思議な香りが袋の中から立ち上り、

スンスン

「あっなんかいい香り…」

と部屋の中に満ち溢れてくるその匂いに里子は盛んに鼻を動かす。

スンスン

スンスン

まるで止め処も無く溢れてくる香りを嗅いでいるうちに、

次第に里子の体から力が失せていき、

パタン

袋を破いた姿勢のまま止まっていた左右の手がだらりと下がった。

そして口を半開きにしながら泳いでいた里子の目が、

キュッ!

縦に細長くなると、

「うっうっうっぅぅぅぅぅぅ…」

彼女の口からうめき声が漏れ始め、

さらに

ザワザワザワ…

っと体毛が一斉にざわめきだすと、

ジワジワジワと体毛が伸び始めた。

メリメリメリメリィィィ

体毛を伸ばす体の中では里子の骨格が急激に変わり始め、

手足から指が消えてなくなると、

ギシッ!

代わりに鋭い爪が伸びていく。

「うっうっうっ!!!

 うっうっうっ!!!」

爪を伸ばす肉球となった手で里子はなおも唸っていると、

お尻から尻尾が伸び、

さらに、頭から髪の毛を掻き分けて耳が飛び出すと、

ピクピク

とその耳が蠢き始めた。

伸びてく毛は黒く艶やかな獣毛へと変わり、

さらに口が切り開かれていくと、

細い瞳が金色に染まり、

「うっうっ

 うにゃぁぁぁぁぁぁぁんんん!!!!!!」

部屋の中に猫の泣き声が響き渡った。

「にゃぁぁぁん!!!」

「にゃぁぁぁん!!!」

”サカリ”がついたネコを思わせる鳴き声が暫く響き渡り、

そして、

カラ…

閉められていた窓が微かに開くと、

シャッ!

里子の部屋から黒い塊がその窓から夕暮れの街へと飛び出していく、

シュタッタッタッ!!!

「にゃぉぉぉぉん」

ネコの鳴き声を響かせながら黒い塊は走り、

次第にその姿を小さくしてゆくと、

「にぃ」

一匹の黒猫となってとあるマンションの入り口の前で止まった。

「にぃ

 にぃ

 にぃ」

まるで恋人を呼ぶような声で猫は鳴いていると、

「ん?

 どうした?」

その猫に向かって男の声が話しかけてきた。

「にぃ…」

声に向かって猫は顔を上げると、

「よしよしよし」

高津文也は自分のマンションの前で鳴いている黒猫に手を伸ばす。

しかし、

キッ!

なぜか黒猫は金色の瞳で文也を見据えると、

その途端、

「あっ…」

文也の目から光が消え、

「いっいこうか…」

力無い声で文也がそう呟くと、

「にぃ…」

黒猫に誘われるようにしてマンションの前から立ち去っていく、

そして、そのまま里子の部屋へと導かれていくと、

メリメリメリ…

見る見る黒猫はその身体を大きく膨らませ、

顔と猫耳、

身体を覆う黒毛、

蠢く尻尾はそのままに、

それ以外を人間のシルエットへと変化させると、

「にゃぁぁぁんんん!!」

猫女となった黒猫は甘えるような猫なで声をあげながら文也に抱きつき一気に引き倒し、

ほぼ無抵抗の文也が着ている服を猫女は全て剥ぎ取ると、

その裸体を長い舌で嘗め回し始めた。

ピチャピチャピチャ

尻尾を長く伸ばし、

猫女は文也のシンボルを重点的に舐め取っていると、

ムクッ

ムクムクムク!!!

見る間に彼のシンボルは固くなりはじめ、

そそり立ってくる。

「にゃぁぁぁんんん!!!」

そそり立つシンボルの姿に猫女は嬉しそうに声を上げると、

文也の胸に爪を収めた両前足の肉球を乗せ、

股を開いて圧し掛かると、

すっかり濡れ滴っている己の秘所でそのシンボルをくわえ込もうとした。

その途端、

パンッ!

何かが破裂する音がこだますると、

シュゥゥゥゥゥゥ!!!!

猫女の体から煙が吹き上がり、

見る間に黒毛は消えうせ白い肌が姿を見せると、

頭から突き出ていた猫の耳は引っ込み、

尻尾は消え、

顔は人間の顔へと戻っていく、

そして、手足に指が戻ると、

「あれ?

 あたし、なにを…」

猫女から人間に戻った里子はキョトンとしながら下を見た。



一呼吸置いて部屋に悲鳴が響き渡ると、

「うわぁぁぁ…

 ぼっ僕は何もしていない

 僕は何もしていないからなぁ」

男の叫ぶ声が響き渡り、

ほぼ同時にアタフタと男が逃げ出していくと、

部屋にはポツンと里子一人が呆然と座り込んでいたのであった。



翌週、

「で、どうだった?」

いつものカフェテラスで初美と恵那が興味津々で『猫魂』の結果を尋ねると、

「それがどうしたってぇ」

里子は暗く落ち込んだ表情で聞き返す。

「いや…」

あまりにも予想外な里子の様子に二人は驚くと、

「ふんっ、

 何が”猫魂”よ、

 あれじゃぁ”ネコだまし”じゃない!!」

と泣きながら里子は突っ伏したのであった。



おわり