日増しに日差しが活力を取り戻してくる早春、 少し長く日が伸びた夕方の通学路をあたし・久保山しずかは歩いていると、 キィッ! 小さなブレーキ音が響くのとほぼ同時に、 ドンッ! 何かが当たる音が響き渡った。 「え? 事故?」 その音にあたしは思わず振り返ると、 1台のクルマが道路上にとめてあり、 「ちっ なんだよ、 ネコかよ。 あーぁ、折角の新車がぁ」 舌打ちとなにかを残念がる声が響きわたると、 運転者と思えしき男性が止まったクルマの下から何かを蹴りだしていた。 「なにかな?」 その様子を見ていたあたしはさらに見つめていると、 ジロッ! 運転手の目と一瞬、合う。 「あっ」 まるで睨みつける運転手のその視線にあたしは慌ててそっぽを向くと、 タムッ クルマのドアが閉められ、 エンジン音と共にそのクルマは走り去って行った。 そして、走り去ったクルマの後には 倒れたままピクリと動かない赤茶色の物体が横たわっていたのである。 「え? ちょちょっと」 その光景を見たあたしは車道にクルマの姿が無いのを確認した後、 慌ててその物体の傍に駆け寄ると、 「ひっどーぃ! 何てことをするのぉ!」 と声を上げながら、 口から血を吐いているネコを拾いあげ、 近くの動物病院へと駆け込むが、 「残念だけど、ダメだねぇ」 ネコを診た獣医はあたしに向かって一言そう告げた。 「そ、そうですか…」 その言葉にあたしはうなだれながら返事をすると、 「君のネコ?」 と獣医は尋ねる。 フルフル その言葉にあたしは首を横に振ると、 「そうか、 うーん、 ん? このネコ… 横島さんのジュリーじゃないかな? あぁ、間違いない… ジュリーだ」 あたしの反応を見た獣医はネコの首につけられている赤い猫用首輪と それに書かれている連絡先を確認すると、 「飼い主には私のほうから連絡をするから、 君は帰りなさい」 と優しく告げたのであった。 翌朝、 「はぁ、ショックだったな…」 余り眠れずに目の周りに隈を作りながら、 あたしは朝の通学路を歩いていると、 昨日、あのネコが撥ねられた現場を通りがかる。 「うー… 何か辛いなぁ… 迷わず成仏してね。 悪いのはあのクルマの運転手よ、 決してあたしには祟らないでね」 とネコの冥福を祈りながらあたしは道路に向かって手を合わせていると、 「おっはよーっ!」 元気良く響き渡る声と共に ズバン! あたしの背中に激痛が走った。 「痛っっぁーぃ!!!」 全身に響き渡るその痛みを堪えながら、 「ナオ! あなた、 いま思いっきりあたしの背中を叩いたでしょう!」 あたしは後ろに立つ制服姿の女の子に向かって涙を流しながら怒鳴ると、 「スキンシップじゃない。 スキンシップ」 ナオは悪びれることなく笑って見せた。 長谷川奈緒ことナオとあたしは小学校以来の友達で、 中学、高校と毎朝一緒に登校しているのである。 「もぅ!」 藁ってごまかすナオの姿にあたしは膨れると、 キラッ ナオの首元に赤い何か撒かれ、 チリン! と涼しい音を立てる。 「ん? ナオ、 何それ?」 彼女の首元を指差しながらあたしは尋ねると、 「何って、 首輪じゃない。 あれ? しずかったら付けてないの? 生活指導に見つかったら絞られるよ」 とナオはキョトンとした顔で返事をする。 「首輪? なんで? そんなの服装規定にはないでしょう?」 ナオの言葉にあたしはそう言い返すと、 「全く、何をたくらんでいるのか知らないけど、 バカな真似はしないでよね」 と付け加えた。 だけど、 チリン リンリン あたしとナオが通う女子高の教室に入った途端、 クラスの女の子達の首元には首輪が巻かれ、 涼しげな音色を立てていたのであった。 「うそっ」 衝撃の光景を見せられたあたしの手から ドサッ! カバンが落ちて重い音を響かせると、 「まさか… なんで?」 あたしは呆然とするが、 「久保山さん!!」 クラス委員の甲高い声が響くと、 ヌッ! クソまじめが取り得の立田美香があたしに迫り、 ジロジロ とあたしを舐めるように見た後、 スッ あたしの首元を指差して、 「何で首輪をしないの?」 と指摘して来た。 「首輪って、 そんなの、あたし…」 彼女の言葉にあたしは驚きながら聞き返すと、 「なによ、 しずかったらちゃんと持ってきているじゃない」 足元のほうからナオの声が響き、 「はい、ちゃんとしないとダメよ」 あたしのカバンから赤い首輪を取り出して、 それを手渡した。 「なによっ、 持って来ているなら さっさと付けてよね、 騒がせないでよ」 それを見た美香は口を尖らせながらあたしに背を向けると、 クルリ と背を向ける。 ところが、 「!!!っ」 彼女の背中を見た途端、 あたしは美香のお尻で揺れているある物に釘付けとなった。 「なっなっナオっ あっあれ、見て」 震える声であたしは指差すと、 「なにが?」 とナオは美香の後姿を見るが、 「なにかおかしいの?」 あたしが指摘しているものが見えないのか、 ナオは怪訝そうな目であたしを見る。 「おかしいって… 見えないの? 尻尾よ”しっぽ”」 美香のお尻から伸び、 猫の尻尾のごとくくねってみせる尻尾をあたしは指摘すると、 「あのね、しずかっ 尻尾ぐらいで騒がないの、 しずかだって尻尾あるでしょう?」 呆れた口調でナオはそう言いながら、 ムギュッ! あたしの何かをつかんで見せた。 その途端、 痺れるというか、 言いようも無い電気があたしの背筋を駆け抜けていくと、 「ひゃぁぁぁ!!!」 全身の毛を逆立てるような声をあたしは上げた。 と、そのとき、 ピンッ! あたしの頭に何かが立つような感覚が走ると、 「!っ」 あたしは慌てて頭を押さえ、 「うっ、 耳が 耳が変なところにある…」 と訴えると、 「今度はなによっ!」 苛立つようにしてあたしを見るナオの頭には、 ピク ピク と動く三角形をした物体。 そうネコの耳が立っていて、 「あははははは… ネコミミぃ〜っ」 それを見ながらあたしは意識を失ってしまったのであった。 「うっ」 気が付くとあたしは医務室のベッドに寝かされていた。 「あれ? あたし…」 上半身を起こしながらあたしは記憶を整理していると、 「あら、気が付いた? ちょっと貧血を起こしたみたいね、 だめよ、ちゃんと睡眠をとらないと」 とカーテンの向こう側から養護の先生の声が響く。 「あっ、 すっすみません、 あの、いま何時間目ですか?」 頭に立つネコの耳も、 お尻から伸びる尻尾のことも不問にしてあたしは時間を尋ねると、 シャッ! いきなりカーテンが開けられ、 「気分は大丈夫? あと10分ほどで4時間目が終わるわ」 と先生は言うけど、 そこには白衣を着た巨大なネコが二本足で立っていたのであった。 「うっ…」 一瞬、気が遠くなりそうになりながらも、 あたしは踏ん張ると、 「大丈夫なら、授業に戻るといいわ」 ネコの体になっていることを微塵も気にせずに 先生はいつもと変わらない調子でそういうと、 背中を見せる。 「しっ失礼します」 そんな医務室からあたしは逃げ出すように飛び出すと、 「うぅ… どうしたの? みんな… まさか、あのネコの呪いのせいなの? クルマに撥ねられたネコの呪いがみんなをネコにしているの?」 泣き出したい気持ちを堪えてあたしは教室へと向かっていく、 けど、 いつもなら医務室から教室まで5分と掛からないのに、 なぜかあたしの歩く早さは遅く、 「あぁもぅ」 じれったくなったあたしは手を床につけ、 4本足で走り始めた。 そして、 チリチリチリ… 首につけた首輪の鈴が鳴り響かせながら、 次第に巨大化していく廊下を走り抜けて教室に向かうと、 ガラッ! 赤茶けた毛が覆う前足を使って教室のドアをあける。 すると、 「ニィニィ」 「ニィニィ」 教室の中はネコ達で占領され、 教卓の上には偉そうな顔をしたネコがこっちを見ていたのであった。 「みっみんな… 本当にネコになっちゃたの…」 衝撃の光景にあたしは座り込んでしまうと、 「はっ」 あたしは自分の席に向かい 置いてあったカバンから鏡を引きずり出すと、 鏡に自分の体を映し出した。 すると、 そこには赤茶のツートンの毛に覆われたシマネコの姿が映し出され、 鏡をジッと見詰めていたのであった。 「うそ、 これがあたしぃ?」 鏡に映る自分の姿にあたしは愕然としていると、 『あぁ、ここにいたのですか、 探しましたよ』 と男性の声が響いた。 「え?」 その声にあたしは振り返ると、 『どうも…』 どこかで見たネコがあたしに挨拶をした。 「誰?」 ネコに向かってあたしは問い返すと、 『えーと、 まずは、お話が出来て嬉しいです。 お話が出来なければ御礼の言いようも無いですから』 ネコは顔を洗う仕草をしながら言い。 『あっわたし、 昨日あなたに抱かれて医者に連れて行ってもらった者です』 と自己紹介をした。 「医者に…って、 あ、まさか、 クルマに撥ねられたジュリー?」 ネコを指差してあたしは声を張り上げると、 『その節はどうもお世話になりました。 クルマに撥ねられて瀕死の重傷を負ったわたしを搬送していただいて… 残念ながら命は尽きてしまいましたが、 せめてお礼でも… と思いまして』 とジュリーはあたしに言う。 しかし、 「それで、 あたしをネコにしたの? あたしをネコにする呪いを掛けたの? 学校のみんなを巻き込んで?」 泣き叫ぶようにあたしはジュリーに迫ると、 『あはは… いくらなんでもいくらなんでもそんな大それたマネは僕には出来ません。 僕はあなたがいま見ている夢に向かって話しかけているのです。 僕にとって都合よくあなたはネコになる夢を見ているのです』 また顔を洗う仕草をしながらジュリーはタネを明かすと、 「へ? これって、夢? これってあたしが見ている夢なの?」 あたしは唖然としながらジュリーに聞き返した。 『えぇ、そうです。 あっどうやら目覚め始めた様ですね』 そうジュリーが指摘した途端、 フワッ あたしは一気に白くかすみ始め、 教室も何もかもがその中へと消えて行き始めた。 「あっ そんな…」 ネコになった身体もかき消しながらあたしは困惑していると、 『…本当にありがとうございました』 ジュリーの声が響き、 パチッ! あたしは目を開けた。 「夢? だったの?」 朝日が差し込む部屋の中であたしはいつもと変わらない自分の手を見てると、 「良く眠れましたか?」 とママの声が響いた。 「へ?」 その声にあたしは顔を上げると、 鬼のようになった顔でママは仁王立ちになっていて、 「ふんっ」 無言で壁の時計を指差す。 「ひぃ! きゃぁぁぁぁ!! こっこんな時間!!!」 それを見た途端、 あたしは真っ青になりながらベッドから飛び出すと、 「ちゃんと目覚まし時計を掛けなさいって言ったでしょう!」 とママの怒鳴り声が追い討ちを掛けた。 「おはよう、ナオ!」 全力疾走でいつもの待ち合わせ場所に向かうと、 「おはよう、しずか」 先に到着していたナオは呆れた顔であたしを見た。 「はぁ、間に合ったぁ」 若干遅れながらも無事ナオと落ち合えたことに、 あたしは安心しながら肩を落とすと、 「なぁに、 また寝坊?」 とナオはあたしを見る。 「えぇ、まぁ色々ありまして」 そんなナオにあたしは適当に答えながら歩きはじめると、 しばらくして立ち木に衝突し煙を噴き上げているクルマの姿が見え、 「…だから、何度も言っているだろう、 でかいネコが立ちふさがったんだよ、 こんな感じで、 俺はそのネコにぶつかったんだ! ネコが俺の新車をお釈迦にしたんだよ、 どうしてくれるんだよ、 まだローンが残っているんだよ」 とそのクルマの運転手だろうか、 事故の検分に来た警察官に向かって、 腕を大きく振り上げ食って掛かかってるが、 「あっ」 そのクルマと運転手を見た時、 あたしはあのジュリーを轢き殺した犯人であることに気づいた。 そして、警察官に向かって何かを言おうとしたが、 潰れたクルマのボンネットの上で 満足げに毛づくろいをしている半透明のネコに気が付くと、 「まっいいか…」 と振り上げた拳を収めてその場を後にした。 「ねぇ、 今日って何の日なのかわかる?」 学校を目の前にして突然ナオがあたし話しかけてきた、 「え? 今日って何の日って?」 彼女の質問にあたしはキョトンとすると、 「2月22日だから、 ニーニーニー でネコの日なんだって」 とナオは笑いながら答えるが、 チリン! そんなナオの首元で鳴る首輪と鈴をあたしは見つけると、 「まさか…」 あたしは無意識にお尻を押さえてしまった。 おわり