風祭文庫・獣変身の館






「オウム」



作・風祭玲


Vol.797





「オハヨウ!」

「オハヨウ!」

朝の日差しが差し込む部屋に抑揚の無い声がこだまする。

「オハヨウ!」

「オハヨウ!」

「オハヨウ!」

「オハヨウ!」

声は何度も同じ言葉を繰り返し響かせ、

「うっうーん」

眠りの底についていた俺を現実の世界へと引き戻していく、

そして、

「うっ!」

夢の世界から引き戻された俺は目を開けると、

「オハヨウ!」

ダメを押すかのように声は告げた。

「なんだよぉ…

 まだ6時じゃないかよ」

引越しの片付けも終わっていない、

雑然とした部屋の中に掛かる時計を見ながら俺はそう呟くと、

「ゴハン」

「ゴハン」

と声は単語を変えて響いた。

「ん?」

再度響き始めたその声に俺は起き上がると、

声が響く方を見る。

すると、

パタタタタ!!!

窓際に置かれたスタンドに下がる鳥かごの中で、

一羽のオウムが俺の方を見ながら盛んに羽ばたいていた。

「オウム…

 なんで?」

オウムを飼った覚えがない俺は

何でこの場所にオウムがいるのか不思議がるが、

「あっ」

その経緯を思い出すと、

ハタと俺は手を打った。



事の起こりは1週間前、

これまで住んでいたアパートが取り壊されることになり、

俺は大家から貰った立退き料を片手に新しい住処を探していると、

ある不動産屋でオウムを飼う条件を飲めば、

格安で借りられる部屋があるのを見つけたのであった。

駅から歩いて3分。

日当たり良好。

敷金礼金は免除。

さらに家賃はこの周辺の平均と比較して4割安。

というあまりにも非常識な破格の条件に

俺はその部屋で過去に何かあったのでは?と勘ぐるが、

ただ、住む人がいない無人の部屋にオウムだけが残っているというのも

おかしな話だった。



とは言っても早めに住むところを決めなければならないし、

また、奇妙な条件に好奇心を持った俺は不動産屋に部屋について尋ねると、

すぐにその部屋を見せてもらうことになった。

なんでも、前に住んでいた人はどこかの高級グラブのホステスで、

ある日突然、

”オウムをよろしくお願いします”

と書き残しを置いて姿を消えてしまったのとの事だった。

「だったら、

 こんなめんどくさい事をしないで、

 オウムもろともさっさと片付ければいいじゃないか」

事情を聞いた俺はそう思うが、

なぜか不動産屋は書き残しを忠実に守り、

残された家具類は片付けたものの、

オウムだけは部屋に残して新しい入居者を募集しているのであった。

案内された場所は駅sの傍に建つ高級賃貸マンションで

その最上階に問題の部屋はあった。

「ここです」

そう言って不動産屋がカギを開けると、

フワッ…

甘い香りが部屋の中から漂い、

そして、それと同時に、

「イラッシャイマセ!」

という声が響いてきた。



パタタ

パタタ

「うん、確かにオウムだな」

南側の窓から少し離れた日陰に置かれたスタンド、

そのスタンドに吊り下げられた大き目の籠の中に一羽のオウムが居た。

見たところ東南アジア辺りの原産と思える極彩色のオウムを

俺は珍しそうに見ていると、

「綺麗なオウムでしょう」

と不動産屋は俺に話しかける。

「そっそうだな…

 で、このオウムを飼う条件を飲めば、

 この部屋はあの値段で借りられるのか?」

話しかけてきた不動産屋に俺は再度尋ねると、

「はいっ」

不動産屋は手もみをしながら笑顔で返事をした。



契約・手続きはトントン拍子で進み、

土日を使って俺は住み慣れたアパートから、

この部屋に引っ越してきた。

「ゴハン」

「ゴハン」

これまでのことを回想していると、

オウムがまた声を上げ始めた。

「判っているよ、

 イヤミなな奴だなぁ」

籠の中のオウムの声に

俺はそう声を張り上げると、

「サッサトシロー!」

とオウムは催促をしてきた。

「なんだ、コイツ、

 人間の言葉を理解できるのか?」

まるで俺の言葉を理解して、

言葉を選んでいるに見えるオウムの姿に

俺は興味津々に見詰めると、

「あっもぅこんな時間だ」

壁の時計が刺す針の位置に気付き、

慌てて朝食の支度を始めた。

そして、手早く食事を済ますと、

「ほぃっ

 これでも食っていろ」

とオウムの籠についていエサ箱にヒマワリの種を山盛りに盛り、

さらに水も替えてあげると、

俺は部屋から飛び出していった。

それから俺とオウムの共同生活?は続き、

いつの間にか俺はオウムに”ユキ”と言う名前をつけていた。

そんなある日、

「はぁ、疲れたぁ…」

取引先とのトラブルに引きずり回された俺が、

疲れた身体で部屋に戻ってくると、

「オカエリナサイ!」

とユキは羽を羽ばたかせながら声を上げた。

「あぁ…」

そんなユキの声に俺はめんどくさそうに返事をすると、

ドサッ!

俺はベッドの上に倒れこむように寝転がると、

「はぁ…

 ったく、何でもかんでもこっちに回すんじゃないよ、

 能無しどもが」

と愚痴をこぼした。

すると、

「ドウカシタカ?」

俺の声を聞いたのかユキが尋ねてくると、

「ふぅ…」

俺は大きく息を吐きながら起き上がり、

ユキが居る鳥かごに近づくと、

「お前はいいよなぁ…

 そうやっておしゃべりをしていればいいんだから」

と籠の中のユキを指差し話しかける。

そして、

「はぁ、

 俺もオウムになりたい…」

そう呟いたとき、

「だったら…交換してみます?

 あたしもオウムの生活に退屈してきたところなの」

と女性の声が部屋に響き渡った。

「え?」

突然響いた声に俺は驚くと、

フォッ…

籠の中のユキの身体から

淡い紫色をしたオーラーが陽炎のように立ち上り、

やがてそれがユキの頭の上で球体に纏まっていくと、

ビュッ!

俺にめがけて突進してきた。

「え?

 え?

 え?

 うわぁぁぁぁぁ!!!」

逃げる間もなくオーラは俺に当たり、

さらに当たるのと同時に俺を包み込むと、

ジワジワジワ…

俺の身体から鳥の羽毛が生え始めだした。

「うわっ、

 どっどうなっているんだ!!」

腕や胸、

さらには首や背中から羽毛を噴出すと、

メリメリメリ!!!

今度は身体の骨格が変わり始め、

俺は前のめりになっていく、

そして、羽毛に覆われていく手から指が無くなると、

腕は翼へと変わり、

また、脚は鋭い爪が生えると、

モノをしっかりと握ることが出来る鳥の脚に変化していく。

さらに顔の形が変わっていくと、

自分の後ろの様子が視界に入り始め、

ポロ

ポロポロ…

口から歯が抜け落ちていくと、

メリッ!

ググググ…

嘴が突き出して来た。



「アーッ

 アーッ

 アーッ!」

羽をばたつかせながら俺は声を上げていると、

ググググ…

次第に周囲の景色が巨大化し、

俺の前に立っていた鳥かごを下げるスタンドが高くなって行く、

『いったい何が…』

羽をパタパタさせながら俺はキョロキョロ周囲を見ていると、

ムンズ!

いきなり身体を掴まれると、

ひょいと持ち上げられた。

そして、俺の目の前に初めて会う女性の顔が迫ると、

「うふっ、

 ありがとう!

 君のお陰で人間に戻ることが出来たわ」

と言いながら微笑んだ。

『え?

 え?

 えぇ?

 それって一体…』

思いがけないその言葉に俺は困惑すると、

「さぁてと、

 こんな呪われた部屋からはさっさと出て行かなくっちゃね、

 でも、

 あたしの持ち物全部捨てられちゃったから、

 何とかしないとね、

 あっと、それとお店に連絡しなきゃ、

 ずっと無断欠勤していたし」

一糸纏わぬ女性はそう愚痴をもらすと、

「悪いけど、

 君のお金ちょっと貰うわよ、

 こんな高級マンションに住めたのだから、

 それぐらいいいでしょう」

と俺に向かってそう告げた。



翌日、

パタパタ

パタパタ

主の居なくなった部屋に鳥の羽ばたく音が響き渡ると、

「ダレカキテ」

「ダレカキテ」

と言うオウムの声が響き渡り、

テーブルの上には、

「オウムをよろしくお願いします」

と書かれた書置きが一枚置かれていたのであった。



おわり