風祭文庫・獣変身の館






「籠の中」



作・風祭玲


Vol.795





「うわぁぁっ」

体育館に女子の歓声が響き渡ると、

カシャン!

鉄棒が乾いた音を立てて大きく撓み、

その撓みによる反動もつけて、

Tシャツにトレパン姿の男性が天井目掛けて飛び出して行く。

そして、

クルクルクル…

空中で3回転しながら、

バスッ!

鉄棒の下に敷かれたマットの上へと飛び降りると、

「うんっ!」

足から伝わってくる手ごたえを感じつつ、

器械体操部2年の幡ヶ谷信彦は身体を大きく伸ばした。

「きゃぁぁ!」

「幡ヶ谷くーん!」

一瞬の間を置いて黄色い歓声が一斉に響き渡ると、

「ざーとこんなもんよぉ」

そんな歓声に向かって信彦は手を上げ応えて見せる。

だが、

「幡ヶ谷君…」

そんな信彦を物欲しそうな目でジッと見詰めている一人の少女が居た。

蓮田葉子。

信彦と同じクラスで、

さらに小中高と信彦とは常に同じクラスという奇異な経歴の持ち主であるが、

余り目立たないためか、

信彦はそんな彼女が存在することすら気付いては居なかった。



パコッ!

相変わらず手を上げている信彦の後頭部がいきなり叩かれると、

「おいっ幡ヶ谷っ

 いくら誕生日が近いからといって、

 いつまで女に媚を売れば気が済むんだよっ」

駆け寄ってきた1年先輩の後藤が怒鳴るなり、

信彦の手を引いて行く、

そして、

チラリ

と体育館の隅にある柱を見るなり、

「おいっ、

 あの柱の陰、

 また例の彼女が来ているぞ」

と後藤は葉子の存在を指摘するが、

「え?

 そんな女の子居ましたっけ?」

そう返事をしながら信彦は指摘された柱を見るが、

しかし、その場所には葉子の姿は既になく、

無人の柱が建っているだけだった。



そのとき既に葉子は体育館を離れ、

校舎内の廊下を下駄箱のある出入り口に向かって歩いていた。

「…幡ヶ谷君…

 …いつかあなたを

 あたしのものにして見せる」

飾っ気の無いおかっぱ頭を俯かせながら、

葉子はそう呟くと

スーッ

細い指を突き出し、

廊下の壁に文様のようなものを描き始める。

そしてそれが描き終わると

「・・・・・・」

と呪文のような言葉を呟いて見せると、

フワッ

一瞬、壁に朱色の文様が浮かび上がり消えていった。

「ふふっ

 ふふふふ…

 幡ヶ谷君

 あなたはあたしの籠の鳥」

文様が浮き出た壁を見詰めながら、

葉子はほくそえむが、

スグにその表情が曇ると、

「でも…

 この籠じゃダメっ

 完全に閉じ込められないわ、

 もっと…

 もっと別の何かを…」

と呟くと、

葉子は校舎から出て行った。



ゴワァァァァ…

学校を出た洋子は国道沿いに伸びる歩道を歩いていく、

そして道なりに進んでいくと、

程なくしてこの国道沿いに店を構えるディスカウントストア・業屋が姿を見せてきた。

「業屋かぁ…

 いつも色々買っているけど、

 ここならきっと…あると思うわ」

”決済セール!”

”PS4緊急入荷、なんと60GBモデルが3割引!”

の幟が立つ業屋へと足を向けると、

「いらっしゃませ」

セールの雰囲気を盛り上げようとしているのか、

揃いのハッピ姿の店員の声に迎えられて葉子は店内に入り、

そのまま店の一角にあるペット用品売り場へと向かって行く。

「鳥かご?」

ペット用品売り場で売られている鳥かごを葉子はしばし見詰めると、

『もしもし、

 何かお悩みですかぁ?』

と男性の声が葉子に話しかけてきた

「え?」

その声に彼女は振り返ると、

『よろしかったら、

 ご相談に乗りますがぁ』

と和服姿をした初老と思える男性がもみ手をしながら、

葉子に話しかけてきた。

「だれ?」

気安く話しかける男性を怪訝そうに見詰めながら葉子は口走ると、

『おぉ…

 これはこれは、

 わたくし、この業屋の店長をしております、

 業屋庵と申します

 お見知りおきを』

と男性は葉子に名刺を差し出した。

「へぇ…

 店長さんなんだ…」

名刺を受け取った葉子は感心しながら、

名刺と店長を見比べた後、

「で、相談に乗ってくれるって言ったわよねぇ」

と店長を睨みつけるようにして聞き返した。



『ほほぉ、

 つまり、

 意中の男性を自分のモノにしたい。

 出きれば鳥かごの中の鳥の如く

 縛ってしまいたい。
 
 とそう申されるわけですね』

葉子より事情を聞かされた店長はもみ手をしながら聞き返すと、

「そんなぁ、

 鳥かごの鳥だなんて…

 そんなにストレートに言わないで下さい」

その言葉に葉子は思わず頬を赤らめると、

しなを作りながら俯く。

そんな葉子を見ながら、

『いえいえ、

 恥ずかしがることはありません、

 健全なご婦人ならみなそう思うはずです。

 愛しい殿方をご自分の手中に閉じ込めたい。

 と…』

そう店長は葉子の正しさを強調すると、

「そ・そうですかぁ」

顔をいまからでも火を噴出しそうに真っ赤にして、

葉子は店長を見るなり、

「で、こちらにはそういった願い事をかなえる”モノ”が

 ちゃぁんとあるんでしょう?」

と真顔で尋ねた。

『えっ』

葉子の豹変振りに店長は冷や汗を噴出すと、

『えぇ…まぁ…

 ある。と言えばありますし、

 ない。と言えばありませんしぃ』

とハンカチでこめかみを拭いながら、

しどろもどろの返事をし始めるが、

「業屋さん…」

そんな店長に葉子はさらに迫ると、

「わたくし、

 ハッキリしないのは好みではありませんの

 どちらなのでしょうか?」

と念を押すように尋ねた。



「これは…」

店長から渡されたDVDのパッケージと、

やや大きめの鳥かごを手にした葉子は業屋に理由を尋ねると、

『はい、

 そられはセットになっておりまして、

 DVDはDVDという形をとって渡された相手の気を緩ませ、

 そして、その鳥かごこそが肝でございます。

 よろしいですか?

 これより使用方法をご説明いたします。

 これは他言無用にてお願いいたします。

 効き目がなくなってしまうので』

店長は葉子に向かってそう言うと、

ニヤリと笑う。



「ふーん、

 このDVDソフトにそんな力があるだなんて…」

業屋の袋に入った鳥かごと、

綺麗に包装されたDVDソフトを持って葉子が業屋から出てくると、

「でも…

 これで幡ヶ谷君は私のもの…」

と葉子はほくそえんでみせる。



それから数日後、

信彦の誕生日当日は彼の元にはファンの女子達から送られたプレゼントが殺到し、

器械体操部の部室はちょっとした山が築かれていた。

「おぉずげー」

「幡ヶ谷のどこがいいんだ?」

うず高く積み上げられたプレゼントの山を見て、

他の部員達が一様に驚くと、

「ふむっ

 去年よりかは少な目かな」

と信彦は得意満面になってそうつぶやく、

「全く、それってイヤミかよ」

そんな信彦を横目に見ながら部員達は不満を漏らすと、

「ん?」

何かに気づいた信彦はプレゼントの山の中へと手を伸ばし、

一つのプレゼントを拾い上げた。

「なんだ?」

「なにかあったか?」

それを見た部員達が信彦の傍により、

包装紙を開ける信彦の手の動きをじっと見詰める。

やがて出てきたのは鳥が羽ばたく姿が印象的なDVDソフトのパッケージだった。

「DVD?」

「うん、DVDだな…」

「鳥って?」

パッケージを見ながら部員達が囁き会うと、

「なるほど、

 鳥のように飛べ。

 という意味か…」

パッケージを眺めながら信彦は呟き、

「ふふん、

 ありがたく頂くよ」

そう言いながらDVDを自分のバックへと放り込んだ。



「おっおいっ、

 他のはどうするんだ?」

帰り支度を始めた信彦に他のプレゼントについて部員達が尋ねると、

「あぁ。

 みんなで分けていいよ、

 俺はこれ一つで十分だから」

と信彦が答えるや否や、

うわっ!

男子器械体操部員達は一斉にプレゼントの山に押し寄せると、

「これは俺のだ」

「うるせーっ」

「あぁ俺も俺も」

と奪い合いを演じ始めた。

「ふっ

 やはり満たされている者しか冷静なれないか」

そんな部員達の醜態を横目にして信彦はそう呟くと、

「じゃぁ、

 お先に失礼します」

そう言い残して帰宅の徒についた。



ピッ!

自宅に帰宅した信彦はシャワーを浴びた後、

早速買ったばかりのPS4に

プレゼントとして貰ったDVDソフトを入れ、

再生ボタンを押した。

すると、

パタタタタタタタ…

HD高画質の大型画面に所狭しと大量の鳥が溢れ、

まるで自分の部屋が鳥の楽園になったような錯覚に陥っていく、

「おぉ…

 何か迫力あるな」

再生される画面を信彦は腰を落として見始めるが、

5分

10分

20分と時間が経過しても画面は相変わらず鳥で溢れていた。

そんな画面を見ているうちに、

「クルック」

思わず信彦の口から鳥を思わせる声が漏れると、

スッ

信彦はゆっくりと両腕を広げ、

まるで鳥の羽のようにその腕を上下に動かし始めた。

そして、

「クルック」

「クルック」

幾度も鳥の鳴き声を叫びながら、

信彦は部屋の中を走り回り始めると、

ジワッ!

彼の腕に白い産毛が生え始め、

やがてそれは信彦の体全体を覆い尽くしていく、

それでも信彦は走るのをやめないで居ると、

メリッ!

器械体操で鍛え上げた体に変化が起き、

メリメリ!!

胸筋が大きく発達してゆくと、

信彦の胸は前へと張り出し、

足に鋭い爪が生えていくと、

カタカタカタ…

フローリングの床が爪に引っかかれて鳴り始める。

さらに、

身体を覆う産毛が羽毛へと変わっていくと、

信彦の口が嘴へと姿を変え、

「クォックォッ

 クォックォッ」

と信彦は鳥の鳴き声を発し始めた。

パタパタパタパタ

パタパタパタ

手の羽ばたきは次第に翼の羽ばたきへと変わり、

翼の先に風切り羽が生え、

さらに尾羽も伸びていくと、

バタタタタタタ!!!!

背が小さくなった信彦は

開いていた窓から飛び出し、

大空へと舞っていった。



だが、

大空に飛び出したのもつかの間、

「クォック」

信彦は何かを見つけると、

スグに降下し、

ある民家のに庭先へと降り立ち、

大きく口を開けている入り口へと向かっていく。

そして、

チョンチョン

と一線を越えたとき、

カチャン!

金属音と共に入り口が閉じてしまうと、

「うふっ、

 捕まえたぁ」

その声と共に巨大な葉子の顔が信彦に迫る。

そう、信彦は自由に空を舞ったものの、

だが、葉子が用意した鳥かごに惹かれ、

その中へと入ってしまったのであった。



チュンチュン

「おはよーぅ」

翌朝、元気に挨拶をしながら葉子は鳥かごにかけてあった幕を取ると、

パタタタタ

「クルルルル

 クルルルル」

羽を羽ばたかせながら一羽の鳥が元気よく声を上げる。

「うふっ、

 鳥としての生活はそうかしら、

 幡ヶ谷くんっ

 うふっ、

 あたしから見るととっても可愛いわよぉ」

そんな鳥を見下ろしながら葉子は声をかけると、

「クルルルル

 クルルルル」

鳥は声を上げるが、

『出してくれ!

 俺をここから出してくれぇ!』

と泣き叫ぶ信彦の声は彼女には届かないのであった。



おわり