風祭文庫・獣変身の館






「年の初めに」



作・風祭玲


Vol.793





ピッ

ピッ

ピッ

ポーン!

『新年、

 あけまして、

 おめでとうございます』

響き渡る除夜の鐘をバックにして、

鳥居の横に設置された急ごしらえのスピーカーより新年を告げるアナウンスが鳴り響くと、

「ワー!!」

パチパチパチ!

参道に詰め掛けていた参拝者達から一斉に新年を祝う歓声と拍手が沸き起こり、

パシャ

パシャパシャ

ケータイやデジカメを使って記念撮影をするシャッター音が鳴り響いて行く。

毎年恒例のこの行事を目の当たりにして、

”そろそろ飽きないか?”

と問いたい気分の中で、

カチッ

カチカチカチ

「ちっ!」

ケータイのボタンを押している俺の口から思わずそんな声が漏れると、

「どうしたの?

 話中?」

と横を歩く美奈が話しかけてきた。

「あぁ、

 まったく、

 こんな田舎でもどいつもこいつもケータイを使ってやがる…」

彼女の問いに穿き捨てるように俺は返事をすると、

「仕方がないよ、

 こんなに人が居るんだから…」

と美奈は諦め半分に言いながら、

大勢の参拝客でごった返し、

文字通り”押すな押すな”の惨状となっている参道を眺める。

「ガキの頃はそんなに人がいなかったんだけどなぁ…」

この杜がある街で育ってきた俺は、

すっかり様変わりしてしまった光景にただ呆気に取られると、

「”階段昇り”が広く知られてしまったからね」

と美奈はこの神社で毎年・年明け直後に行われる神事

”牛の階段昇り”

のことを指摘した。

確かに、

TVで取り上げられる前はそんなに注目を浴びることなく、

ガキだった俺は角に松明をつけて社へ続く階段を登っていく牛の姿を

地元の参拝客と共にノンビリ見ていたものだが、

しかし、5年ほど前にTVで取り上げられて以降、

すっかり観光地となってしまったのであった。

「はぁ…」

ため息をつきつつ、

カチカチ

俺は再びケータイを使ってみるが、

だが、返ってくる返事は

【回線が混み合っています】

の一点張りだった。

「だぁーもぅ!」

手にしているケータイをこの場に叩き付けたい欲望に駆られながら、

俺はそれを仕舞うと、

「ねぇ、

 さっきからどこにかけているの?」

と美奈は俺がケータイをかけている先について尋ねてきた。

「え?

 あぁ、

 友達だよ、

 友達。

 この光景を送ってやろうと思ってな」

美奈に向かって俺はそう答えると、

「そう…」

どこか腑に落ちない顔をしながら、

彼女は俺の腕をギュッと掴み身を寄せてくる。

「(感づいているのか?)」

美奈のその行動に俺は微かに冷や汗をかくと

「あたしを捨てたらどうなるか判っているわね」

と美奈は小声で囁いた。

「え?

 なんのこと?」

その声に俺は少し上ずった声で返事をすると、

「なんでもないよ」

俺を見上げながら美奈は笑みを浮かべた。



ゾクッ!

その言いようもない視線に俺は思わず震え上がってしまうと、

ブルルルルルル

ブルルルルルル

手にしているケータイが振動し、

「あっ、

 電話…」

美奈から視線を逸らしながら俺はケータイを開いた。

が、

「(ヤバイ)」

その画面に出てきた発信先を見た途端、

俺の目が凍った。

中野和代…

美奈に隠れて付き合っているもう一人の彼女だ。

ブルルルルル

ブルルルルル

俺の掌の中でケータイは震え続けていると、

「どうしたの、

 取らないの?」

と美奈が俺の顔を見ながら意味深に尋ねてきた。

「あっあぁ…」

普段なら2・3回ベルを鳴らせば止まるケータイは、

このときばかりは止まることはなく、

意地悪なくらいに振動を続け、

「誰からなの?

 ずっと鳴っているじゃない。

 大事な話があるんじゃないの?」

そんなケータイを見た美奈は意地悪に言うと、

「わっ判っているよ」

そう言い返しながらも俺は恐る恐るケータイを耳に持っていくと、

ピタッ

天の助けか、

あれだけ身を震わせていたケータイは突然止まった。

「あっ切れちゃった」

胸をなでおろしながらややワザとらしく俺はそういうと、

「もぅ、何をしているのよ、

 ドン臭いなぁ」

美奈は笑いながら肘で俺のわき腹を突付くが、

その一発一発に力が込められていて、

確実に俺のライフポイントを奪っていく。

「(やはり、バレているんじゃぁ)」

あくまで仲の良いカップルを装いながらも、

俺は心の中で怯えていると、

「あっ、

 隆ぃ〜っ」

いま聞きたくない女性の声が俺に向かって投げかけられ、

そして、人ごみの中から一人の女性が飛び出してきた。

「ひっ、

 和代っ

 何でここに…」

”年末は実家に帰る”

そう和代から聞かされた俺は

和代が俺の前に飛び出てきたことに思わず目を疑う。

「えへへ、

 驚いた?

 実家に帰るつもりだったけど、

 隆からよく聞かされている”牛の階段昇り”を見ておこうと思ってね、

 で、さっき着いたところなんだけど、

 どうしたの?

 中々電話に出なかったけど」

と舌をペロッと見せながら和代は事情を話した。

「あぁ…

 そう・か」

可愛らしく自分を見せる和代を見ながら俺は抑揚のない返事をすると、

「だ・れ・な・の?」

と俺の耳元で美奈の声が響いた。

「え?

 あぁ…

 あぁっと…

 まぁなんて言うか、

 その、まぁなんだよ

 あはははははは」

自分に向けて冷たい視線を放つ美奈の顔から目を背けつつ、

頭をかいて返事をすると、

「誰?

 お友達?」

と今度は和代が尋ねてきた。

「えぇ?

 いやまぁ、

 そうだなっ

 その、まぁ

 あはははは」

その質問にも俺ははぐらかすと、

「あぁ、

 そろそろ牛が階段を駆け上っていく頃だよ、

 中野さんは初めて見るんだろう?

 中々凄いぞぉ」

右手足を同時に差し出しながら、

俺は牛が駆け上っていく階段へと向かっていくが、

しかし、そんな俺の後についてくる者の姿はなく、

俺は一人で牛が走りぬける参道に立っていたのであった。

「あちゃぁ〜っ

 バレバレだったかぁ

 どーすっかなぁ」

一人寂しく佇みながら俺は善後策を考えていると、

「きゃぁぁ、

 見て見て、

 ここを牛が走っていくんだ」

の声と共に二人組みの女性がはしゃぎ始めた。

「おっ、

 なかなか…」

さっきのコトなんかすっかり記憶の片隅に蹴飛ばした俺は、

「ねぇ、君達ぃ」

と声をかけるののと同時に、

ブルルルルルル

ケータイが震え始めた。

「ん?」

ケータイの震え方からどうもメールらしい。

「なんだよ、

 いいところなのに」

文句を言いながら俺はケータイを開くと、

2通のメールが届いていて、

差出人は美奈と和代であった。

「なんだよっ

 お別れメールかぁ」

次のターゲットを見つけ出していた俺にとって、

昔の女などとっくに眼中にはなく、

面倒くさそうに美奈のメールを開くと、

「牛になって反省をしろ!」

と言う文面と共に、

上下に頭を動かす張り子の牛の置物の画像が表示された。

「はん?

 なんだこりゃぁ?」

そう思いながらも和代のメールを開くと、

こちらも同じ文面と同じ画像が添付されている。

「?」

メールの意味が判らない俺は、

ただジッと画面の中で動く牛を見ていると、

ゴボッ…

突然口の中に何かが盛り上がり始めると、

「ぶへっ!」

俺はそれを思いっきり吐き出した。

すると、

デロン

俺の口から出てきたのは巨大化した舌で、

さらに

ミシッ

メキッ

体の至る所が軋み始めると、

ジワジワジワ…

体中から毛が生えはじめだしてくる。

「どうしたの?」

そんな俺の姿を見てさっきの女性二人組みが覗き込んでくるが、

鼻っ面が伸びてきた俺の顔を見るなり、

「ひっ!」

「きゃぁぁぁ!!」

二人とも同時に悲鳴を上げ、

腰を抜かしてしまった。

「なんだ?」

「どうした?」

響き渡ったその悲鳴に他の参拝者達も振り返り、

そして、俺を見た途端、

「うわっ、

 なんだお前!」

と俺を指差し、

後ずさりを始めだした。

モリモリモリ!!

メキメキメキ!!

「ふぅごぉ」

「ふぅごぉ」

膨れ上がる身体を大きく上下させながら、

俺は血走った目で腰を抜かす二人を見据えると、

喉の奥から熱くこみ上げてくるものを感じてきた。

「ぐもっ」

「ぐもぉっ」

「ぐもぉぉ」

メリっ

メリメリ!!

頭から角を伸ばし、

バリバリバリ!

着ていた服を引き裂くと、

カツッ!

カツカツカツ!

俺は蹄を鳴らし始める。

そして、

こみ上げてくるものを思いっきりぶつけるようにして、

『ぐもぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』

一際大きく啼き声を上げると、

俺は四本足で

ドドドッ!

参拝客たちの目の前を駆け抜け、

目の前に聳える階段を駆け上り始めた。

伸びきった角を振り乱し、

黒毛に覆われる巨体を左右に揺すり、

舌を伸ばし、

俺はあらん限りの力で階段を登っていく。

そう俺は牛なんだ、

一頭の牛なんだ…



『業屋さん、

 何ですかこれは?』

同じ頃、

華代が一台のケータイを業屋の元に持ってくると、

『あぁ、

 ケータイ電話ですよそれは、

 おやぁ、華代様は見たコトがないので』

と”行く年来る年”を見終わった業屋が

湯気が立つお茶を啜りながら返事をする。

『あの…

 ケータイぐらい華代は持っているけど、

 でも、こんな型式のケータイってあったっけ?』

ニガウリマークの箱を見ながら華代は小首を捻ると、

『あははは…

 この業屋オリジナルですよ。

 JATEを通すのに苦労しましたが、

 あなた様の御同僚の方のお口添えでナントカなりました。

 なかなか面白い機能がありましてね、

 特にこの”ベコメール”はメールを開いた相手を牛にしてしまう摩訶不思議なメールでしてな、

 なんでも昨今はこの機能がないとケータイが売れないとか』

と業屋は自慢をするが、

『あの…

 それを言うなら、

 デコメールじゃないのですか?』

業屋の説明に華代はそっと突っ込みを入れた。



『おんやぁ?

 またやってしまいましたかな?』

『それで、売れたの?』

『はぁ、お二方ほど…

 二股をかけている彼氏にお仕置きする。と申されて…』



おわり