「ねぇ、お姉さん」 街にクリスマスソングが響き渡る夜、 白銀の髪を靡かせて繁華街を歩いていた白蛇堂に一人の男が声をかけてきた。 『ん?』 その声に白蛇堂の碧眼が動くと、 「おっと、外国人か…、 あぁ…いや、 ねぇ、いま時間ある? ちょっとお茶でも…どうかな」 白く輝く歯を見せながら、 黒いスーツ姿のイケメン男は爽やかさを装って見せると、 『ふーん…』 チラッ 白蛇堂は男の顔を凝視し、 「なんだ? この女の目は…」 心を吸い込まれてしまいそうなその眼力に男は思わず怯むと、 『お前… 体力はあるか?』 と白蛇堂は男に尋ねた。 「はぁ? あるに決まっているんだろう。 これでも学生時代は陸上をやっていたんだよ、 なんだよ、 まさか、俺を逆に誘っているのか?」 下心を見せながら男は返事をすると、 『ふむ、 今年はこれで行くか、 これならあの”お方”もきっと満足してくれるだろう…』 と白蛇堂は呟き、 スッ 男の顎下に指先を当てると、 『お前、合格…』 と静かに告げた。 それから1年が過ぎ、 昼間、南の空から低く照らしていた日差しが 西に大きく傾いて、 屏風のように聳え立つ山の中へと没しようとする頃、 ひゅぅぅぅぅぅ〜っ 一陣の寒風が街中を吹きぬけていく。 『はぁ… 今年ももぅ終わりねぇ』 大晦日。 年の瀬も押し迫った日没を白蛇堂はビルの屋上にある給水塔に座り、 暮れ行く街の様子を上から眺めていた。 時の経過と共に陽は山の中へと吸い込まれ、 赤々とした夕焼けが西の空を焦がし始めると、 フワッ 白蛇堂の周囲の空気が微かに揺らぐ。 『来たか…』 その感触に白蛇堂は視線だけを動かしながらそう呟くと、 チリーン… 鈴の音が静かに響き渡り、 シャッ! 一刀両断の如く白蛇堂の正面の空間が引き裂かれてしまうと、 暗黒の切れ目が出現した。 そして、 フォォォォッ… 生暖かく禍々しい風が切れ目より吹き始めると、 リィーン! 一際高く鈴の音のが響かせながら、 エッホエッホ 筆のような尻尾を左右に振り二本足で歩く雄狐達に担がれた輿が ゆっくりと進み出て来た。 『来たか、 女狐が…』 金色のススキ模様が描かれている輿を見据えながら白蛇堂は呟くと、 シズシズと輿は宙を進み、 そして、白蛇堂の目の前に静かに止まった。 サッ すかさず白蛇堂は給水塔の上から屋上へと降りると、 『これはこれは嵯狐津様。 ようこそお越しくださいました』 と輿に向かって挨拶をすると、 スルスルスル 輿の幕が引き上げられ、 十二単を身に纏い、 金色の扇で顔を隠す平安貴族の姿をした女性・嵯狐津姫が姿を見せた。 ズンッ! その瞬間、周囲の空気が錘をつけたかのように重くなり、 ゴクリ… 白蛇堂の喉が緊張感からか微かに鳴る。 流れていく沈黙の時間を打ち破るように、 『白蛇堂、わらわが女狐で悪いですか?』 と嵯狐津姫が白蛇堂に尋ねた。 『さぁ、どこの誰がそんな悪いことを…』 その質問に白蛇堂はしらばっくれると、 『ふふっ…』 嵯狐津姫は小さく笑い、 そして、 『例のものは支度出来ましたか…』 と嵯狐津姫は尋ねると、 『はい、 嵯狐津様のお口に合えばよろしいのですが…』 その声に白蛇堂はわざとらしく返事をして、 パチンッ! 指を鳴らした。 すると、 フッ! 白蛇堂の足元に黒い半球状の物体が姿を現し、 そして、その物体の色がゆっくりと抜けていくと、 中にパンツ一枚の下着姿の若い男が2人、姿を見せる。 何かのスポーツをしているのだろうか、 二人は俗に言うイケメンというより精悍な… と評した方が似合う顔つきをしていて、 また首から下の肉体もマッチョではないものの、 でも、常に筋力トレーニングを怠っていないらしく、 筋肉が盛り上がった男の肉体美を晒していた。 『相沢健也、23歳、 中島智之、22歳、 二人ともプロサッカーの選手です。 この二人で如何でしょうか?』 いまだ気を失っている二人を見下ろしながら白蛇堂が尋ねると、 『ふふふふ… これはこれはとても美味しそうな…』 嵯狐津姫は嬉しそうな声を響かせ、 ズズズズズ… 輿を突き抜けるようにして九本の尻尾が姿を見せた途端、 ワサワサと蠢き始めた。 『(おーこわ…)』 それを見た白蛇堂は少し身を引くと、 リーィン!! 鈴の音が鳴り響き渡った。 すると、その声に起こされたのだろうか、 「うっ」 「うん?」 囚われの二人、健也と智之は目を覚まし、 そして、寝ぼけた目で周囲を見回すと、 「わっなんだ、ここは!」 「どっどこだ?」 「って、何で俺達こんな格好を…」 と声を上げてバタバタと暴れるが、 ビシッ! ビシッ! 「いてぇ!」 「あいたぁ!」 二人の周りにはあの半球状の物体は健在で、 腰を上げようとした二人はたちまち頭をぶつけてしまった。 『うふふふふ… とてもイキが良さそうですね』 嵯狐津姫の笑い声が響き渡ると、 ポヒュン! 輿から光の玉が飛び出し、 痛む頭を押さえる二人の前に降り立った。 『とても逞しい男… ふふっ、 さぞかし精も美味であろうなぁ 白蛇堂、 来年の干支はイノシシでしたね』 男達を見下ろしながら九本の尾を持つ金色の女狐・嵯狐津姫は尋ねると、 「きっ狐が喋ったぁ!」 「何だコイツ、 尾っぽが9本もあるぞ」 と健也と智之は怯え、 互いに抱き合う。 『えぇ… そうですわ、 ですので、 それに相応しい男をご用意いたしました』 そんな二人を見ながら白蛇堂は返事をすると、 『感謝しますよ、白蛇堂。 男の精は私の命の源、 さぁ、 お前達、 いまからお前達に相応しい姿にしてあげようぞ』 健也と智之に向かって嵯狐津姫はそう告げると、 グッ! その金色の眼に力を入れる。 その途端、 「うっ」 「ぐっ!」 嵯狐津姫に魅入られた二人は自分の首を押さえると、 「うがぁぁぁ!!」 「うぉぉぉぉっ!!」 うめき声を上げながらのた打ち回り始めた。 『全く… 素直にイノシシに変身させればいいのに、 苦しむだけ苦しませてから変身させるとは… 相変わらず怖い女狐だ』 笑みを浮かべながら、 苦しむ二人を見ている嵯狐津姫の姿を見て 白蛇堂はそう思っていると、 『白蛇堂…』 嵯狐津姫は振り返らずに話しかけ、 『わたしの一番楽しいひと時を汚すようなことは あまり考えないことが良くてよ』 と警告をした。 『はっはいっ (ちっ、心が覗かれている。 スグに閉じなくては)』 その警告に白蛇堂は慌てて身を硬くすると、 心の戸をそっと閉める。 「ぐわぁぁぁぁ」 「ふぐぅぅぅぅ!」 なおも首を押さえて苦しむ二人の姿を見ながら、 ペロリ… 嵯狐津姫は舌なめずりをすると、 グッ! その眼力に別の力を加えた。 すると、 ザワザワザワ… 健也と智之の腕や脚、 さらには背中からこげ茶色の獣毛が生え始めると、 瞬く間に全身を覆い尽くし、 そして、 メキッ! メキメキメキ! 二人の鍛え上げられた肉体が変化し始める。 メキメキメキ! メキメキメキ! しなやかな筋肉付く腕は短く縮み、 サッカー選手としての命である脚もまた同じく短くなっていく、 そして、フールドを走り回った脚がその半分以下に縮んでしまうと、 ゴリッ! 両足の足先から2本の蹄が突き出し、 同時に両手からも蹄が突き出してしまうと、 カッカッ カッカッ 二人とも立って歩くことも、 物を掴むことも出来なくなってしまった。 そしてさらに、 ムクムク… 獣毛が覆う尻の真ん中から尾が伸びていくと、 下あごから犬歯が伸び、 立派な牙へと成長をする。 鼻が伸び、 口元が伸びながら裂けていくと、 フゴッ! フゴフゴフゴ!!! 健也と智之はイノシシへと姿を変え、 盛んに鼻を鳴らし始めだした。 『んふっ、 とても見事なイノシシになって… 来年1年楽しませて貰おうぞ』 身を大きく太らせ、 人としての面影を全て失ってしまった二人を見ながら、 嵯狐津姫は嬉しそうに呟くと、 チラリ、 白蛇堂に視線を動かし、 『品物…確かに頂きました』 と告げる。 すると、 ススキの穂を持った一匹の狐が白蛇堂の前に進み出て、 『代金でございます』 と言いながらススキの穂を白蛇堂に手渡した。 『はいっ、 確かに頂きましたわ』 ススキの穂を受け取った白蛇堂は笑顔で頭を下げると、 『あぁ、そうそう、 これはお返しします』 と嵯狐津姫は言い、 フッ! フッ! その嵯狐津姫の左右にぐったりとした犬が二匹姿を見せた。 そして、程なくしてその犬の前足は人間の両手に、 後ろ足は両足へと変わっていくと、 細く伸びた顔は丸く纏まり、 体から獣毛が消えて行く。 『あらあら、 すっかり精を抜かれてしまったのね』 そう、去年のクリスマス、 あれだけ精気を満ち溢れさせながら白蛇堂に声をかけてきた ホストクラブのイケメンが、 その仲間と共に見るも無残に精気を抜かれ、 老人のような姿を晒していることに 白蛇堂は哀れを感じていると、 フゴッ! フゴッ! そんな白蛇堂の感傷を断ち切るようにイノシシの啼き声が響き渡る。 そして、 『では、また来年…』 嵯狐津姫はそういい残すと、 イノシシともども光の玉となり、 スーッ! 輿へと戻って行く。 リーン! 鈴の音が響き渡り、 雄狐に担がれた輿が裂け目の中へと消えていくと、 ゴーン! どこからか除夜の鐘が鳴り響き始めた。 『ふぅ… 一件落着っと、 さぁて、これで仕事納めね。 ぱぁっと打ち上げでもやりますかぁ…』 鐘の音色を聞きながら白蛇堂は大きく背伸びをした後、 振り返ると、 『じゃぁねっ、 あなた達も良いお年を…』 と倒れたままのイケメンに話しかける。 そして、 『あっこれ、 あたしからのお礼よ、 取っておいてね』 と言いながら業屋印の栄養補給ドリンクを二本置き、 『ふふんっ、 兄貴と業屋誘って、 一杯呑むとするか、 寒ブリの美味しい店が天界に出来たって言っていたっけ…』 と手にしたススキの穂を揺らせながら、 白蛇堂は闇の中へと姿を消して行った。 おわり