風祭文庫・獣変身の館






「イブの夜に」



作・風祭玲


Vol.787





シャンシャンシャンシャン…

12月24日はクリスマスイブ。

毎年この日になると天界は最低限の運用要員を残してほぼ空っぽとなり、

皆サンタクロースになって地上界へと降りていく。

そして、事前の抽選会で選んだ人々へプレゼントの配送に汗を流すのである。



『ふぅ…』

とあるビルの屋上、

その屋上で身に纏った白衣を夜風になびかせながら、

一人の女性が給水棟の上に腰掛けていた。

クピッ

下で買ってきた缶コーヒーに口をつけながら夜空を見上げると

スーッ…

一頭のトナカイが空を切り、

そのトナカイがひくソリの上では手綱をもつ白髭の老人の姿が見えた。

『やれやれ、

 皆さん真面目なことで…』

夜空を見上げながら白蛇堂は呆れた口調でそう呟くと、

『あんな真似、

 あたしはゴメンだね』

と言いながら見送り、

クシャッ

手にしている赤い紙を握りつぶした。

と、そのとき、

『白蛇堂!』

突然、少女の声が響くと、

カカッ

カカッ

ザザザァァァァ…

白蛇堂の目の前にトナカイが引くソリが音を立てて止まり、

『そんなところで何をしているの?』

とソリに乗る赤い服を身に纏った恰幅のよい白髭の老人が声をかけてきた。

『なぁによぉ、黒蛇堂、

 あんたもご苦労なことね』

一見してサンタクロースであることが判る老人を眺めながら、

白蛇堂は缶コーヒーを一口飲むと、

『召集令状が来ているんでしょう?

 さっさとしなさいよ』

と老人は警告をするが、

『あぁ、この赤紙?』

それを聞いた白蛇堂は、

さっき握りつぶした赤地の紙をチラリと見せると、

シュワァァァ!!

たちまちその紙を掌の中から蒸発させてしまった。

『ちょっとぉ!』

その模様を見た黒蛇堂が驚いた声を上げると、

『んふっ、

 残念ながら赤紙はあたしには届いていないわ、

 じゃぁね』

そういい残して白蛇堂はフワリと浮き上がると、

瞬く間にビルの下へと飛び降りて行く。

しかし、

『…とは言っても上の指示には逆らえないか、

 少しは汗を掻いておくフリはしないとね…』

さっき消したはずの召集令状を広げながら白蛇堂はそう呟くと、

光が溢れる夜の街を見詰める。



「あぁ、亜由美ちゃんっ、

 いまバイトが終わったところ…」

丁度、そのビルの真下。

発売されたばかりの新型ゲーム機が入っている3つの袋を抱えてホクホク顔の男・名越孝雄は

恋人である栗原亜由美に電話を掛けていたところだった。

ところが、

「え?

 だからバイトだってぇ」

「いや本当だよ、

 信じてよ」

電話口の亜由美からの思いがけない返事に

孝雄は冷や汗を掻きながら弁解を始めだすが、

『じゃぁ、

 なんで昨日から留守電のままだったのよっ、

 どうせ、バイトとか言って、

 お店の前に並んでいたんじゃないの?

 だって、今日は孝雄の大好きな新型ゲーム機の発売日だったしぃ』

と亜由美は孝雄の行動を見透かしたかのようにそう指摘すると、

「うっ」

まさにその指摘通りの行動を取っていた孝雄は声を詰まらせる。

すると、

『昨日はあたしの誕生日だったのよ、

 もぅ、ずっと電話していたのに…

 孝雄のバカっ!

 絶交よ!』

受話器の向こうにいる孝雄に向かって亜由美は怒鳴るなり、

ツッ!

そのまま電話を切ってしまった。

「あっ、

 …仕方がねーだろう…

 どのメーカも一斉に新世代機を発売したんだから…

 はぁ、一緒にゲームをしようと思って頑張って買ってのになぁ」

回線が切れたケータイに向かって孝雄は文句を言うと、

ヌンチャク型リモコンがウリの白いゲーム機と

色々機能を詰め込んで自分の立ち位置を見失った黒いゲーム機、

そして巨大な電源アダプタでゲーマの度肝を抜かしたゲーム機が入っている袋を掲げ直し、

「まっいいか、

 さっさと帰って今夜はゲーム三昧だ」

と気分を変えて第一歩を踏み出そうとしたが、

その時、

トッ!

そんな孝雄の真後ろに白い人影が降り立った。

「え?」

真後ろに降り立った人影に気付いた孝雄が振り返ると、

『あら、丁度よかったわ、

 そこのお兄さんっ

 ハイこれ』

孝雄に向かって人影はそう言いながら一枚の名刺を差し出した。

「え?

 ココロとカラダの欲望を開放してあげます 白蛇堂…?」

名刺に書かれている文面を孝雄が読み上げると、

怪訝そうな眼差しで孝雄は白衣姿の白蛇堂を見る。

『(ちっ、

  あの女神の真似をしてみたんだけど…

  ちょっと文面が浮いてたか…)』

そんな孝雄の姿に白蛇堂は小さく舌打ちし、

そして、直に笑みを作ると、

『お兄さんっ、

 お兄さんはいま猛烈に走りたくはないですか?

 そう、大空を一気に駆け上がるくらいの…』

と尋ねた。

「え?

 駆けるって…

 そりゃぁ、

 直に帰ってゲームをしたいけど」

白蛇堂の質問に孝雄はそう答え、

ゲーム機が入っている袋を掲げて見せた。

『ゲーム?』

孝雄のその言葉を聞いた白蛇堂は目を輝かせると、

『へぇ…

 じゃぁ、お兄さんは徹夜で並んだクチなのね』

と聞き返した。

「あぁ、そうだよ、

 3機種同時発売だったから、

 今日一日掛かちゃったよ」

そんな白蛇堂に向かって孝雄は返事をすると、

『(ふふっ、

  ラッキーっ、

  これであの業屋の顔を見ないですむわ)』

それを聞いた白蛇堂はほくそえみ

そして、

『じゃぁ、

 この白蛇堂のお姉さんがお兄さんをひとっ飛びさせてあげるわ』

と言うや否や、

スーッ

大きく手を掲げ、

『そうれっ!』

と掛け声をかけた。

すると、

ゴワッ!

白蛇堂を中心にたちまちつむじ風が巻き起こると、

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

巻き起こったつむじ風は孝雄を飲み込み、

その高さをあげていくが、

近くの街路樹の高さまで巻き上がったところで、

フワッ…

厚みを薄くしてゆくと雲散霧消してしまった。

「あっあれ?」

ゲーム機が入った袋を抱きかかえ、

風上に向かって力を込めていた孝雄は

かき消すように風が消えてしまったことに拍子抜けの表情をするが、

だが、それで全てが終わったわけではなく、

これからが始まりであることに気付いてはいなかった。

「なっなんだ?

 何がおきたんだ?」

キョロキョロと周囲を見ながら孝雄は困惑していると、

『細工は流々、

 さぁ、始まるわよ』

と近くの消火栓の上に腰掛ける白蛇堂が囁く、

「なっ何をしたんだ!」

それを聞いた孝雄が白蛇堂に向かって声を上げるのと同時に、

ピキーン!

孝雄の身体に電撃のようなものが走ると、

バサッ!

バサバサッ!

孝雄が抱えていたゲーム機が入った袋が足元に落ちていくが、

孝雄は白蛇堂を凝視したまま微動だにしなかった。

そして、目を大きく見開くと、

ゆっくりと視線を自分の手へと動かしていく。

すると、

ビクン!

その体が大きく跳ねると、

ブルッ!!!

ブルブルブルブル!!!!

孝雄の体が震えだし、

ジワジワジワ…

体中から暗い灰色をした獣の毛は噴出すように生え始め、

足の先から指の先、

そして顔から全てを瞬く間に覆い尽くしていくと、

胸周りには白い毛が誇らしげに飾る。

「ふごっ!!!」

喉元を押さえながら孝雄はその場に膝を着き、

前のめりになりながら腕を地面につけるとガックリとうな垂れるが、

孝雄の体の震えはなおも続き、

次第に震えは蠢きへと変わっていくと、

ムリムリムリ…

手をつく孝雄の姿が変わり始めた。



メリッ!

メリメリメリ!

孝雄の体から骨が軋む音が響き始めると、

モリッ!

グググググ…

獣毛に覆われた肩が盛り上がり始め、

続いて腕が伸びていくと、

ゴリッ!

掌を突き破って黒い蹄が飛び出した。

『ふぉぉぉ』

鼻筋を延ばしながら孝雄は

驚きの目で蹄が突き出した自分の手を見るが、

ベリッ!

膨れ始めた腹が着ていた服を引き裂くと、

バリバリバリ!

まるで弾け飛ぶようにシャツやズボンが引き裂け、

孝雄は獣毛に覆われた身体を晒す。

メリメリメリィ…

『ふごぉわぁぁぁl』

頭の両脇から生えていくヘラ状の角を振りかざし、

尻の筋肉を発達させながら孝雄は声を上げると、

ゴリッ!

メリィ!

穿いていた靴を突き破って脚から蹄が飛び出した。

『おぉ…

 頼もしそうなトナカイねぇ』

雄鹿ならぬ雄トナカイへと変身した孝雄の姿を白蛇堂は関しながら見詰め、

そして、

『さて、

 配るプレゼントは最高級のが運良く手に入ったし、

 じゃぁ、始めましょうか』

そう言いながら

シャラン!

トナカイの首に鈴をつけた。



ピシーン!

ビルの谷間に鞭の音が鳴り響き、

『はっしぃぃんっ!!!』

威勢の良い白蛇堂の声が響き渡ると、

カッカッカッカッ!

シャンシャンシャン

鈴の音も高らかに雄トナカイに牽かれたソリが夜空へと舞い上がっていく。

『ふふっ、

 誰があんなむっさい爺さんになるものですか、

 あたしはこれでいくわ』

白蛇堂は白髭老人には化けずに、

赤い衣を身に纏うと、

夜風にその衣を靡かせながら、

ソリは一路住宅地の上空へと向かっていく。

そして、眼下に光のイルミネーションが瞬く住宅地が見えて来たとき、

ニヤッ

白蛇堂は笑みを浮かべながら、

ガサガサ!

孝雄が持っていた袋を開け始めた。

『(ん?

  あっ何をやっているんだよ、

  それは俺のだぞ!)』

物音に気付いた孝雄が振り返りながら声を上げるが、

『うるさいっ

 お前はトナカイっ!

 トナカイの分際で文句を言うんじゃないのっ』

キッ!

と白蛇堂はトナカイになった孝雄を見据るや否や

ピシィッ!

鞭を鳴らす。

『(痛てぇ!)』

尻を叩かれた孝雄はその痛みから逃れるように速度を上げると、

『それでいいのよ、

 それで、

 それと、さっきよりも速度を落としてはダメよ、

 落ちるからね』

満足げに頷いた後、

白蛇堂はそう釘を刺すと、

バッ!

どこから出したのか白い大きな袋を取り出し、

ゲーム機の箱やソフトの箱をその袋の中に詰め込み始めた。

『ふふっ、

 これでよしっと…』

パンパンに膨らんだ白い袋を横目に見ながら白蛇堂はほくそえむと、

『さぁ!

 わたくしからのプレゼントですよぉ!』

と叫びながら、

バラバラバラ!!!

白蛇堂は袋の中からゲーム機やソフトをばら撒き始めた。

『(あぁぁ!!!

  俺のゲーム機がぁぁ!!!)』

それを見た孝雄は悲鳴に近い声を上げるが、

彼が徹夜し行列して購入したゲーム機は光瞬く街並みの中へと消えていった。

こうして白蛇堂の配布は延々と続き、

朝日が昇るころにその姿は消えていった。



ピーンポーン!

ピーンポーン!

「うっ」

鳴り響く呼び鈴の音に孝雄は目を覚ますと、

「あっあれ?

 ここは俺の部屋?」

と孝雄は自宅で寝ていたことにキョトンとし、

そして、

「あっ」

小さな声を上げると、

慌てて自分の体を見た。

だが、

眼下に見える体はごく普通の人の姿であり、

こげ茶色の毛一本も生えてはなかった。

「あれ?

 俺ってトナカイになったんじゃぁ…」

昨夜のことを思い出しながら孝雄はキョロキョロとすると、

昨日苦労して買ってきたゲーム機は袋に入ったまま部屋の隅に置かれていて、

静かに朝日を浴びていた。

「夢?

 それにしてもリアルな…」

夜の街で出会った白蛇堂とのことが夢だったのか…

と思いながら孝雄は頭を掻いていると、

ピンポーン!!!

呼び鈴が鳴り響いた。

「あっ!」

その音に孝雄は慌てて飛び起き、

玄関のドアを開けると、

「なによっ、

 ゲームに夢中で呼び鈴が聞こえなかったか?

 買ったゲーム機、見に来たよ」

と言いながら昨日ケンカしたはずの亜由美が部屋に入ってきた。

「え?

 あぁ…」

思いがけない亜由美の登場に孝雄は戸惑いながらも後についていくと、

「なによっ、

 ゲームしていたんじゃないの?」

部屋の隅に置かれたままの袋を見て亜由美は驚いた声を上げた。

「あぁ…

 色々あってね、

 まだ箱を開けてないんだ」

そんな亜由美に孝雄は説明をすると、

「じゃぁ、何からする?」

と箱を開けて袋に包まれたままのゲーム機を見せた。



…朝のニュースです。

 昨日メーカー各社から一斉に発売された新世代ゲーム機ですが、

 早速そのゲーム機の模造品と思えるゲーム機が都内各所にて大量に発見されました。

 警察によりますと、

 模造品は立ち上げた画面が鏡に映したように左右反対に映り、

 取扱説明書、ゲームソフトともにそのような表示になっているということです…



おわり