風祭文庫・獣変身の館






「デコレーションケーキ」



作・風祭玲


Vol.785





年も押し迫ったとある夕方。

茜色に染まった空の下でクリスマスを彩る色とりどりのイルミネーションが輝き始め出すと、

「いらっしゃいませぇ!

 ケーキはいかがですかぁ?」

ディスカウントストア・業屋の店先に元気の良い声が張り上がり、

真っ赤なサンタコスに身を包んだアルバイトの女の子たちが道行く人たちに声をかけていく、

「ケーキはいかがですかぁ?」

「ケーキはいかがですかぁ?」

折りたたみ式の事務机に真っ白なカバーを掛け、

ケーキが入っている箱を積み上げて彼女達は声を張り上げるが、

その声につられてケーキを求めるひとの姿はなく、

むなしく声が響くばかりであった。

『う〜む、

 この時期になるとケーキが売れると聞いているのですがぁ〜』

芳しくない売り上げを横目に和服姿の業屋は

茶をすすりながら善後策を練り始めると、

バオン!

轟音をとどろかせながら真っ赤な外車が駐車場に入ってくるが見えた。

『ん?』

そのクルマのエンブレムを見た途端、

ピクッ!

業屋の表情が微かに動き、

『おやおや、

 お客様が見えられましたね』

と呟きながら腰を上げた。



「ねぇ、

 猛ちゃんっ、

 なんで、

 こんなディスカウントになんか寄ったのよ」

猛牛のエンブレムを誇らしげに光らせて、

駐車場に止まる外車の中で

助手席に座る須賀妙子はふくれっ面をしながら文句を言うと、

「ちょっと待ってろ」

キーを手に取り、

運転席から立ち上がった本宮猛は言い返す。

すると、

「じゃぁそうさせてもらうわ、

 外は寒いし、

 あたしは絶対に降りないからね」

高級ワンピースを肩に寄せながら妙子はそういうと、

ベーッ!

とドアを閉め去っていく猛の後姿に向かって舌を出した。



本宮猛。

いまをときめくITベンチャー企業の若き社長であり、

その才能と勝負勘のよさ、

誰をも恐れぬ度胸で自分の会社を業界トップにまで押し上げ、

そして、それ故に、

人は彼を”ITの猛牛”と渾名し褒め称えているのである。

「全くいちいちいちいち煩い女だ」

派手さはないものの、

明らかに他とは違う高級ブランドの革ジャンを羽織った猛は興ざめの表情で店に入ると、

「いらっしゃいませ」

店員の声が響き渡った。

「ん?」

その声の主に向かって猛は顔を向け、

挨拶をした店員を見た途端、

「おぉ!」

サングラスの奥の目は大きく見開き、

ムクリッ!

股間から猛々しく男の肉棒がそそり立った。

そう、猛は大の好色家であり、

その精力もまた猛牛並なのである。



「なぁ君、

 こんど、うちでゆっくりと話さないか?」

スッ!

まさに空間移動をしたのかと思わせるくらいの素早さで、

猛はアルバイト店員の傍に立つと、

取り出した自分の名刺を彼女の胸元に入れながらそう囁く、

「はぁ?」

一瞬何のことか分からずに彼女は呆気にとられると、

「じゃぁ、

 電話待っているよ」

と言い残して猛は店の中へと入って行くが、

ポヒュン!

小さな音共にわずかの煙が上がると、

『なっていませんねぇ、

 名刺というのはこう持ってまず自分から名乗るべきなのです』

アルバイト店員が変身した三つ編みの少女は不満そうに腕を組み、

『業屋さんに頼まれてアルバイトに来ましたが、

 世の中、名刺の受け渡しが下手な人が多すぎますっ』

と華代はマナーが乱れていることを嘆く。



「えぇっと、

 アレは…

 アレは…」

併設のドラッグストアに踏み込んだ猛はそこで目的の商品を探すが、

しかし、彼が探している商品は中々見つからず、

「んーと、

 どこだぁ?」

商品棚を見ている客を掻き分けて探すことと10分、

「おっあったあった

 ここにあった」

彼がようやく見つけたのは”人類補完(明るい家族)計画”にはなくてはならない要であった。

「うーん、

 こっちはレギュラーサイズ12個入りで、

 で、こっちはお徳用キングサイズ36個入りかぁ…

 おっ、レギュラーにはイボ付きもあるのか」

大、

中、

小、

特大、

イボ付き、

角付き、

赤い3倍速、

黒い3連星、

月光蝶…などと様々なサイズとギミックが施されているものを横目に、

猛が買ったのは人間国宝・飛騨の匠が一刀彫で型を起こし、

NASAの技術をふんだんに取り入れた超極薄の商品であった。

「ナマ本番と同じ感触、

 でも、余計な家族は増やしません」

その刺激的なポップを見て猛はにやりと笑うと、

それを片手にレジへと向かっていく、

そして、

「ありがとうございましたぁ」

その声に送られて店の外に出た途端、

『もしもし』

と猛は呼び止められた。

「はい?」

その声に彼が振り返ると、

ニタァ

店長のネームプレートをつけた和服姿の老人が手もみをしつつ、

笑みを見せる。

「うわっ

 誰だこいつ」

突然出てきた老人に猛は驚くと、

『お客様ぁ、

 ケーキはいかがですかぁ?』

と老人は即席のテーブルに並べられたケーキの箱を指差す。

「ケーキ?

 クリスマスにはまだ早いよ」

怪訝そうな目でケーキの箱を見ながら猛はそう言うと、

「ケーキはいかがですかぁ」

とサンタコスのアルバイト少女が声をかけてきた。

その瞬間、

ビクンッ!

猛の股間は猛々しく盛り上がり、

「ねぇ、君っ

 今度、ゆっくりと話をしないか?」

とクールさを醸し出しながら、

彼は名刺を差し出した。

「はぁ…

 それよりもケーキを買ってくださいませ」

そんな猛の手を払って少女はそういうと、

「ふふっ、

 いいよぉ、

 君が付き合ってくれるのなら、

 ここにあるのを全部買ってあげる」

と猛は囁き返した。

その途端、

「はいっ、

 毎度ありがとうございますぅ

 ケーキ全てお買い上げ、

 20個で7万円になります」

と少女は元気よく声を上げ、

どすんっ!

猛の前にケーキが入った20個の箱が積み上げられた。

「うわっ」

それを見た途端、

猛は腰を抜かしそうになるが、

「では、後で電話を入れますわ」

という彼女の返事に気をよくすると、

「じゃぁ、電話待っているよ」

そう言いながら20個のケーキ箱を軽々と持ち上げ、

意気揚々と妙子が待つ外車へと向かっていった。



「どーするのよっ、

 こんなにケーキを買ってきてぇ」

高級マンションの部屋に積み上げられたケーキ箱を横目に、

ベッド上に座る下着姿の妙子が片手で胸を隠しながら文句を言うと、

「おぉ、意外と美味いぞ、

 このケーキ」

口周りにクリームをつけながら下着一枚の猛がケーキを勧めた。

「いやよ、

 第一太るでしょう。

 クリームって動物性脂肪だから…」

猛の勧めに

ツン!

と横を向きながら妙子は断ると、

「そうかぁ?

 こんなに美味しいのに…」

と鍛え上げた肉体を晒しながら猛はケーキを食べ続ける。

「猛?」

そんな猛の姿に妙子は小首を捻ると、

「ぐもぉ」

「ぐもぉ」

と猛はまるで動物が唸るような声を上げて、

ナイフでカットしたケーキを次々と口に運ぶのだが、

普段、余りケーキのような甘いものには手をつけない猛が

こうして貪るように食べるその姿は、

付き合いの長い妙子にとって初めて見る光景であった。

しかも最初のウチはナイフで丁寧にカットして食べていたものが、

5個目のケーキに口をつけたときには、

カットもせずにまるごと噛り付いて食べはじめだし、

さらに、行儀も次第に悪くなっていく。



「ちょっとぉ、

 いい加減にしてよぉ」

そんな猛の姿に妙子が苛立ちを隠せなくなってしまった頃、

「ぐもぉぉぉ〜っ

 食った食った」

合計6つのケーキを食べ、

お鼻を大きく膨らませた猛がようやく腰を上げて、

妙子に自分の姿を見せるが、

「ひっ、

 なっ何それぇ」

モッコリと盛り上がる猛の腹の様子を見た妙子は驚きながら飛び上がり、

慌ててベッドから降りると、

メリッ!

「ぐもぉぉ

 何だよぉ」

頬を大きく張らせ、

鼻を上あごを突き出し始めた猛は文句を言う。

「なっなに…

 その顔…」

メリっ

頭から角を伸ばし、

イケメンと呼ばれるその顔が崩れ始めていることを妙子は指摘すると、

「ぐもぉぉ

 なんらよぉ

 俺の顔がどうしられっぇ?」

ベロン

舌を長く伸ばしながら猛は聞き返した。

「いやぁぁぁ!!

 来るなっ

 寄るなっ」

それを見た妙子は悲鳴を上げると、

「おっ、

 うまそーだ…」

プランナーに植えている観葉植物を猛は見るなり寄っていき、

モシャモシャ

とプランナーから生えている草を食べ始めた。

そして、

「うっ!」

ゴボッ

草を食べ過ぎたのか猛は少し戻すが、

スグに反芻して飲み込んでみせると、

メリッ

メリメリッ

鍛え上げた猛の体が少しずつ盛り上がり始め、

ザワッ!

日に焼けた肌から黒褐色の毛が湧き出すように生えていく。

さらに、

ゴリッ!

カツン!!

手足を突き破って黒い輝きを放つ蹄が飛び出してくると、

「………」

猛は目をまん丸に剥き、

ギョロッ

その目で妙子を見据えた。

「ひぃ!」

表情を凍らせながら妙子は目の前の変身劇を見詰めるが、

カツン

カツンカツン

フローリングの床に蹄の音を響かせながら、

猛は前足となっていく両手を床につけ、

さらに、

ブンブン!

尻から尾飛び出させてそれを振り回し始めると、

「んもぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

天井に向かって声を張り上げた。

「うそっ

 嘘でしょう、

 猛が…

 猛がウシになったぁ」

ガクガクと身体を震わせながら妙子はそう呟くと、

ビシビシビシ

猛はさらに身体を膨らませ、

黒々とした毛を靡かせる黒毛牛へと変身してゆく、

そして、

ジロッ!

血走った目で怯える妙子を改めて見据えると、

ムクムクムク!!!

その下腹より巨大なペニスを伸ばし、

「んもぉぉぉぉ!!!」

と声を張り上げた。

もはや猛は妙子を女性ではなく、

一頭の雌ウシとしか見てはいなかった。

「ふーっ

 ふーっ」

硬く伸びたペニスを下腹に掲げ、

カツン

カツン

蹄の音を鳴らしながら猛は妙子に迫っていく、

「ひぃぃ!」

その姿に妙子は逃げ出そうとするが、

瞬く間に猛の頭から伸びた角に掬われてしまうと、

ボスッ!

そのままベッドの上に落とされてしまった。

そして、

「ぐもぉぉぉぉ!!!」

唸り声をあげる雄ウシが妙子の身体に圧し掛かると、

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!!」

秘所にウシの巨木を挿入された妙子の絶叫が部屋中にこだましていったのであった。




『ベコレーションケーキ…

 一口食べると止みつきとなり、

 二口食べるとウシになってしまう食べ物ですか。

 なんで、人間達はこのような食べ物を好んで食べるのか判りませんなぁ』

閉店後の店内でパソコンに売り上げを入力する業屋はそう漏らすと、

『業屋さん、

 それ、

 ”ベコレーションケーキ”ではなくて、

 ”デコレーションケーキ”ですよ」

と入力を手伝っている華代が間違いを指摘した。

『え?

 そうなのですかぁ?』

それを聞いた業屋は驚いた顔を見せると、

『もうしっかりとしてください。

 年明けにはここを引き払うのでしょう?

 市場調査はちゃんとしなくっちゃ』

と華代は笑って見せると、

『いやぁ、あはははは!』

業屋もまた笑って見せ、

『取りあえず、

 ケーキを売った相手があの方一人だったって事は幸運でしたなぁ』

と言うと、

「ケーキはいかがですか…

 ケーキはいかがですか…」

天界の女神が作った自動人形へと視線を動かした。



おわり