風祭文庫・獣変身の館






「男の悩み」



作・風祭玲


Vol.782





「はぁ…」

チュンチュン!

チュンチュン!

とある秋の朝。

ガバッ!

布団から飛び起きた僕は慌ててパジャマの股の所に手を当てると、

パンパン!

と何回か叩いた。

そして、

「あっあったぁ…」

と安堵したような声を上げると、

バフッ!

そのまま布団の上に突っ伏し、

「なんだ、夢だったかぁ」

そう気の抜けた声を口から漏らすと、

「本当に女の子になっちゃったら、

 どうしようかと思ったぁ」

と夢であったことに安堵する。



僕の名前は安藤健史、

身長160cmと若干チビではあるけど、

でも、16歳の高校1年生である。

「はぁ」

布団の上に突っ伏した僕は首を捻りながら壁を見ると、

そこには一人の少女のポスターが張ってある。

いま人気絶頂のダンスアイドルユニット・REALのボーカル・理々香である。

彼女のポスターはどれも水をテーマにしたもの多く、

この部屋に張ってあるポスターも海辺で取られたものであった。

それもそのはずである。

理々香の腰から下には人間の脚が無く、

代わりに美しく輝く鱗が覆う魚の尾びれが飾っているのである。

「はぁ…理々香ちゃん…

 君はなんてキュートで美しいんだぁ」

理々香を見詰めながら僕は股間に手を這わせ、

そして、その中で元気に硬く伸びている男のシンボルを擦り始める。

まぁ、こう言ってはなんだけど、

この行為は思春期真っ只中の男子にとっては極めて健全な行為である。

と声を大にして言っておこう。

そう健全なことをしているんだ、僕は…

でも、こんな所を理々香が見たら、

有無を言わさずにその尾びれで張り倒されることは間違いないかも…



そう理々香はコンサートの最中に突然倒れ、

そして、みんなが見ている前で脚を失い、

人魚へと変身をしてしまった。

人間が別の姿に変身をする…

TVアニメや特撮映画の世界だけのお話が、

現実に起きてしまったのであった。

元々彼女のファンだった僕はそのことにショックを受けたのだが、

だが、理々香が変身を出来るのなら、

僕だって変身があってもいいんでは…

いつしかそう思うようになっていた。

変身…

今の僕の姿を捨てて全く違う姿になる。

ううん、

全く違う姿になる必要は無い。

出来れば背は180cmは欲しいし、

脚もそれなりの長さが欲しい。

顔は…

まぁ、親から貰ったこの顔はそんなに悪くはないと思うから、

首から上は不問にしておこう。

ただ、

ただし、

最優先で直したいのがココ!

ココなんです。

この夏、プールの着替えでワルどもからバカにされたココ!

ココ

ココ!

そうオチンチンだ!



通常時:4cm

勃起時:8cm

この数値は男性としてみた場合、

はたして胸を張って誇れるものなのか甚だ疑問である。

先のプールの着替えのときの事もワルどものそれを見たが、

どいつもこいつもそれなりの大きさを持っていた。

はっきり言って、あいつらはバカだ。

学力では僕より劣ることは定期テストの成績で一目瞭然である。

でも、男性としてみた場合。

僕はあいつ等の足元にも及ばないだろう。

「健史ぃ、

 早く起きなさい」

ドアの向こうから母さんの声が響いた。

「え?」

その声に時計を見るといつもの起床時間をとっくに過ぎている。

「チッ!」

舌打ちをしながら僕は起き上がると、

着替えを始めた。

「どうしたの?

 食欲無いみたいだけど」

朝食を食べる僕を見て母さんが心配そうな顔をするが、

「んーっ

 別にぃ…」

口をもぐつかせながら僕はそう返事をする。

でも心の中では、

『こらぁババァ!

 なんで親父のチンチンの遺伝子を俺によこさなかった、

 お陰で女になった夢を未じゃないかよ』

と恨み節を呟いていた。

そう、僕の親父のチンチンははっきり言ってデカイ。

男が見ても惚れ惚れとする大きさである。

なのに…その息子である僕のムスコときたら、

一体、誰の遺伝子を受け継いだのか、

ホームズでも雇って犯人探しをしたくなる気分だ。



「業屋?」

その日の昼休み、

僕は学校近くにあるディスカウントストアのことを始めて知った。

「あれぇ?

 安藤?

 お前、まだ行ったことが無かったのかよ?」

それを聞いた友人が僕の胸をド突きながら言うと、

「うーん、

 国道沿いはあまり歩かないから」

と返事をする。

すると、

「でさ、その業屋って、

 結構変な商品を扱っていたりするんだよな」

「うんうん、

 中国製なのかインド製なのか判らないものが結構あるな」

「そういえばさっ、

 あの中のドラッグストアにバイアグラが置いてあったぞ」

「それってホンモノかぁ?

 案外、キタが作ったニセモノかもしれないぞ」

と話を聞いていた別の友人達が次々と業屋について話し始め、

「なぁ、安藤

 お前も行ってみるといいよ、

 バイアグラがあるくらいなんだから

 チンチンが大きくなる薬もあるかもよ」

と僕に話を向けた。

「なっ、

 何でその話題になるんだよ」

それを聞いた僕は思いっきり言い返すと、

「まぁ、ムキになるなって」

「そうやってムキになると、

 オチンチンのことを気にしています。

 って宣言しているようなものだぞ」

と友人達は軽く笑うが、

「ったくぅっ」

僕はバカにされたみたいで気分は晴れなかった。



ゴワァァァ…

フォォォン…

業屋は大型トラックなどが行きかう国道沿いに店を構えていた。

気分は乗らなかったが、

校門を出た僕の足は自然とそちらへ向いてしまうと、

業屋の前に立っていたのであった。

「ふーん、

 見たところ普通のディスカウントストアだなぁ」

規格化され何所にでもある店構えを見上げながら僕はそう呟くと、

「取りあえず入ってみるか」

と脚を店へと向ける。

「いらっしゃいませ」

笑顔で挨拶をするバイト店員の声に迎え入れられて、

僕は店内へと入っていくが、

目の前に広がる店内の佇まいはごく普通のディスカントストアだけど、

友人達に言われたとおり、

扱っている商品はあまり見たことが無い品物ばかりだった。

そして、置くにあるドラッグストアに来たとき、

『あなたの悩みをスバリ解決!

 小さいなんてもぅ言わせない。

 抜群の効果!

 なんと馬並みになりますよ!』

と書かれた刺激的なポップと共に、

赤地に黄色い文字が書かれた怪しげな薬の箱が目に飛び込んできた。

「なにこれ?」

まるで光に集まる蛾のように、

僕は薬の棚に引き寄せられると、

恐る恐る箱を手に取った。

そして、

箱の効能書きに眼を通すが、

そこに書かれているのは全て漢字ばかりで、

とても日本で作られたものとは思えなかった。

「中国製?」

小首をかしげながら僕はそう呟くと、

『おやぁ、

 お悩みを抱えていらっしゃるのですかぁ?』

と言う声が足元から響いてきた。

「え?」

その声に僕は驚くと、

ニヤァ…

店長の名札をつけ、

赤紫のチャンチャンコを羽織った和服姿の老人が手もみをしながらにやりと笑う。

「うわっ、

 でた!」

それを見た僕は思わず悲鳴を上げると、

『オホン!

 その薬は中国5千年の秘薬でしてね。

 男性を馬並にしてしまう。

 驚きの薬なのです』

と店長は一つ咳払いをした後、

そう説明を始めだした。

「男性を馬並み…」

それを聞いた僕は思わず手にした箱を見詰めると、

『いかがですかぁ?

 とてもお買い得と思いますがぁ』

駄目押しとなる店長のその言葉に僕の心は動揺し、

そして、

「そっか、チンチンが馬並になれば…

 僕のコンプレックスはなんとかなるかも」

と結論に達するや否や、

僕は意気揚々とレジへと向かっていたのであった。

「ありがとうございました」

ちょっと可愛いかったバイトの声に送られて、

僕はディスカウントストアを出ると、

そのまま近所の公園に向かい、

そして、ベンチの上で買ったばかりの箱を開けた。

中から出てきたのは古風なデザインの薬瓶であり、

その中には得体の知れぬ錠剤が入っていた。

「これが、

 チンチンを馬並にする薬かぁ」

瓶を見つめながら僕は興味深そうに見ていると、

「あれ、

 安藤君じゃない」

という女の子の声が響いた。

「あっ、

 ふっ富士宮さん」

その声に僕は振り返ると、

あの富士宮圭子さんが笑顔を見せながら立っていた。

1年でありながら弓道部の部長を務めている富士宮さんは

清楚で、

成績優秀で、

そして、何よりも可愛く、

学園祭でのファン投票ではダントツの1位を獲得した僕の女神であった。

「なっなんでここに?」

その富士宮さんが公園に現れたことに僕は驚いていると、

「ここにって、

 わたしの通学路ですよ」

僕の質問に富士宮さんはそう答え、

小さく笑う。

「そっそうですか?」

その答えに僕は顔を赤くすると、

「業屋に寄ったのですか?」

と富士宮さんは尋ねてきた。

「えぇ、まぁ、

 ちょっと体力回復のいいのがないかなぁってね」

その質問に僕は適当なことを答え、

そして、ジャラッ!

瓶から錠剤を適当に取り出すと、

それを口に運んだ。

「いいんですかぁ?

 そんなに飲んで」

それを見た富士宮さんは少し心配そうに言うと、

「大丈夫大丈夫」

笑顔で僕は答え、

バリボリ!

と錠剤を噛み砕き一気に飲み込んでしまった。

だが、

ドクンッ!

飲み込んで1・2分過ぎた途端、

僕の心臓は大きく鼓動をすると、

ダラダラダラ…

滝のような汗が全身から噴出して来た。

「え?

 なっなに?」

突然始まった身体の変化に僕は戸惑うが、

ムクッ!

いきなりオチンチンが膨らみ始めると、

ムリムリムリ!

見る間にその膨らみを増し、

モコッ!

僕のズボンを大きく持ち上げ始めた。

「あっ安藤君っ

 それっ」

大きく膨らんだ僕の股間を指差して、

富士宮さんが青い顔をすると、

「いやっ

 違うんです。

 これは、その」

僕は慌てて股間を押さえて言い繕うが、

ムリムリムリ!

僕のオチンチンはさらに膨らみ、

そしてついに、

ボン!

ズボンを引き裂いてしまうと、

ニョキッ!

その巨体を富士宮さんの前に晒けだしてしまった。

「ひぃぃぃ!」

ほぼ同時に富士宮さんの悲鳴が響き、

「ちっ違うんです」

僕の弁明する声が追って響くが、

メキメキメキ!

今度は腰回りで筋肉が発達し、

さらに、体中からこげ茶色の毛が生え始めた。

メリメリメリ…

「うごぉぉぉぉ!」

強烈な力で顔が上下に引き伸ばされ、

その一方で両手両足の中指が太くなっていくと、

爪がU字型に変形を始めていく、

穿いていた靴を破り、

カポン!

カポン!

と爪、いや蹄の音が鳴り響くと、

ガポン!

立っていられなくなった僕は前足となった両手を

地面に降ろした。

長く伸びた首筋に鬣が生え、

さらに耳がピン!と伸びると、

「ひひんっ

 ひひんっ」

僕の口から馬の啼き声が漏れはじめる。

「そんな

 そんな…

 安藤君が馬に…

 馬になっていく」

僕の姿を見ながら、

富士宮さんは1・2歩下がると、

「いやぁぁぁ!!」

と悲鳴を上げて逃げ出してしまうが、

バリバリバリ!

「ぶひひひひん!」

僕は一気に着ていた服を引き裂くと、

背中を見せて逃げ出していく富士宮さんを追いかけて走り出していた。

もぅ何も考えることは出来ない。

ただ、

ただ、

走ることしか僕の頭には無く

「ブヒヒヒン!」

「いやぁぁぁ!!!」

悲鳴を上げる少女を首にしがみつかせながら、

一頭の馬が街の中を走り抜けていったのであった。



「…なぁに

 いざとなれば富士宮さんにも薬を飲ませれば良いんだ」



おわり