風祭文庫・獣変身の館






「帰郷」



作・風祭玲


Vol.780





ザザザザ…

よく晴れ渡った秋空の下、

砂利を踏みしめるようにして一台の乗用車が九十九折の峠道を登っていく。

フォォォン!

急坂にエンジンはけたたましく唸り声を張り上げ、

ザザザザ

ザザザザ

両側から迫るように生い茂る熊笹と、

所々にこぶし大の石が転がる轍はこの道の交通量が少ないことを物語り、

この乗用車が久方ぶりの訪問者であることを告げていた。

ガタン!

ガタン!

「おっとぉ」

転がり落ちていた石にタイヤが乗り上げると、

乗用車は大きくゆれ、

その勢いでハンドルを取られないようにと、

狐火雄二は両腕に力を入れる。

「まったく、

 石ぐらいどけとけよ」

腕にはめている金色の腕時計を陽に光らせながら

雄二は姿の見えぬ管理者に向かって文句を言うが、

だが、以下に路面が荒れていてもアクセルを踏んでいる足から

力を抜くことは無かった。

フォォォォン!

エンジン音がさらに増してくると、

いく手に蔦が絡み倒れ掛かった国道標識が姿を見せる。

この峠道が国道として整備されたのは昭和の初期、

そして、整備と同時に乗り合いバスが走り始め、

峠に点在する集落は外の世界と繋がり生活も変わっていくのだが

それによって生活が変わったのは人間だけではなかった。

「おっとぉ」

キッ!

突然熊笹の間から顔を出してきた動物の姿に、

雄二は思わずブレーキを踏むと、

「おいっ、

 驚かすなよ」

窓から顔を出して

ノンビリと道を渡り始めたタヌキの親子に向かって文句を言う。

『なに言っているんだい。

 ここは横断歩道だよ、

 そっちが一時停止するんだろう』

雄二の耳にそんな声が響くと、

フンッ!

子ダヌキを2匹連れた母ダヌキはツンとした表情で道を渡りきり、

反対側の熊笹の中へと消えていった。

「ちっ、

 だったら歩行者用信号でもつけとけ」

その声に向かって雄二は文句を言うと、

再びアクセルを踏む。

ザザザザ…

乗用車は峠道を進み始め、

日差しは次第に夕暮れへと変わり始めた。

「間に合うかなぁ…」

ハンドルを握りながら雄二はチラリと腕時計を見ると、

その表情に焦りの色を漂わせ始める。

「やっぱり、

 早めに出て来ればよかったなぁ」

チッ!

と舌打ちをしながら、

雄二は昨夜遅くまで仕事仲間と飲んでいたことを悔やんだ。

「とは言ってもなぁ

 仕事を貰うためには付き合いも仕方がないし、

 はぁ…辛いぜ」

上京して五年、

最近景気がよくなってきた為か、

雄二の仕事もようやく軌道に乗り始めたとき、

一枚の葉書が雄二の元に届けられた。

ポン!

真っ白な裏面にたった一つだけ

動物の足形が押されたその文面の葉書を

ポストから取り出して見た途端、

雄二の脳裏にある場所の光景が映し出される。

そして、それと同時に

ムズッ!

雄二のお尻から茶褐色の尻尾が飛び出しかけるが、

「よう、狐火っ、

 どうだ今夜、飲まないか?」

と突然彼の仕事仲間である憲一がひょっこり顔を出すと、

雄二に誘いを掛けてきた。

「うわっ」

唐突な憲一の登場に雄二は慌ててお尻を押さえると、

「なにやっているんだ?

 お前は?」

と憲一は小首を傾げるが、

「いや、なんでもない。

 さぁど・どこに行くんだよ」

雄二は作り笑いをしながら憲一を押し出すと、

外で待っていた仲間と共にネオン街へと消えていった。



【狐里】

クルマのいく手にそう書かれた標識が姿を見せるのと同時に、

峠道はサミットへと差し掛かっていた。

延々と続いてきた上り坂も間もなく終点、

あとは下るだけの道となる。

ブォォォォン…

唸り声を上げていたエンジンも次第に音を下げ、

ザザザザ…

乗用車はサミット手前で横に分かれている小道へと進路を変えた。

だが、その小道も車が入れるのはごくわずか、

1分間も進まずにその行く手を倒木が遮った。

「ここまでか」

諦めの表情をしながら雄二は乗用車を降りると、

グルリを周囲を見回した。

ザワザワザワ…

姿は見えないが至る所から投げられてくる視線を感じる。

「なに見ているんだよ、

 待っていろ、

 いま行くから」

無数の視線に向かって雄二は声を張り上げると、

「ったくぅ」

小さく文句を言いながらも雄二は森に背を向け、

そして、クルマの屋根に両手を当てると、

グッ!

身体に力を入れた。

すると、

ザワザワザワ…

雄二の身体の身体の体毛が一斉にざわめき、

そして、

シュルシュルシュル…

と金色に染まりながら伸び始める。

すると、

グググググ…

彼の身体の変化は毛が伸びるだけではなく、

イケメンと呼ばれるその顔も口が突き出してくると、

大きく口元が裂け、

また頭からは大きな耳が立つと、

その先端が白く染まった。

そして、両手から指が姿を消すと、

両手の掌が長く引き伸ばされ、

その先端部分にちょこんと小さな肉の球が4つ付いた獣の前脚へと変化した。

さらに、

モリッ!

ズボンが覆うお尻が大きく盛り上がると、

ボンッ!

と爆発するかのように金色の毛をフサフサと生やした尻尾が飛び出し。

両足ももまた両腕と同じ経過をたどりながら、

獣の後脚へと変化する。

トッ!

『ふぅ…

 変身という奴はどうも苦手だな』

人間から狐に変身を追えた雄二は大きく息を吐きながら、

四つ足を地面につけると、

ザザザザ…

『うわぁぁぃ』

森の至るとこから子狐が飛び出してくるなり、

一斉に雄二が運転をしてきた乗用車にたかり始めた。

『あっこらっ、

 お前らっ

 勝手に人のクルマを触るんじゃない』

そんな子狐の様子を見た雄二は怒鳴り散らすが、

『ねぇねぇ、

 お土産はどこ?』

と雄二の車の中に乗り込んだ子狐たちは一斉に尋ねる。

『あのなぁ…

 ちゃんとお前達の分はあるから、

 勝手に漁るなっ、

 まずは長老の下に持て行くのが先だろうが、

 全員整列!』

子狐に向かって雄二はそう叫ぶと、

『はーぃ』

子狐達は一斉に返事をして、

雄二の周りに円陣を作る。

『よしっ』

それを見た雄二は満足そうに頷き、

そして、トランクを開け放つと、

『よしっ、

 これを長老の下に持って行くんだ』

と命じた。



ザワザワ

ザワザワ

峠から降りていく獣道を様々な荷物を背負った狐達の隊列が進み、

その最後を雄二は悠然と歩いていく、

そして、張り巡らされた結界を越えると同時に、

間もなく祭が執り行われようとしているのか、

狐火が小躍りするにぎやかな集落が姿を見せてきた。

狐の里と書いて狐里。

人間の目には触れることが無い狐達の村である。



おわり