風祭文庫・獣変身の館






「脱兎」



作・風祭玲


Vol.778





ガツッ!

夕暮れの体育館裏。

人気が殆どないその場所から何かを殴る音が響き渡ると、

学生服姿の少年が宙を舞い、

ドザザザッ!

そのまま地面にたたきつけられた。

「痛ぇ…」

鼻から鼻血を流しつつ、

彼は殴られた頬を押さえていると、

「おらっ!、

 まだ歯向かうか?」

と学生ズボンに赤いTシャツ姿の

ごっつい身体をした少年がそう怒鳴ると、

ドカッ!

と殴られた少年の背中を蹴り上げる。

グッ!

その痛みに少年は耐えつつ、

「…僕にもっと力があれば…」

と呟きつつ手をポケットの中へと入れると、

一枚の紙を取り出した。

「へへっ

 最初っからそうすれば痛い思いをしないで済むんだよ」

紙を見た赤シャツの少年は勝ち誇った様に言ったとき、

「先生!

 こっちです」

と甲高い少女の声が響き渡った。

「ちっ!

 誰かチクリやがったなぁ」

それを聞いた赤シャツの少年は慌てて振り返ると

放り投げていた上着を手に取り、

脱兎の如く走り去って行く。



「もぅいいんじゃない」

1分ほどの間を空けて少女の声が話しかけるように響くと、

「余計なことを…」

と久保田勝美は文句を言いながら起き上がり、

「なによっ

 助けてもらったのにその言い草?」

それを聞いた上原真琴は腰に手を当てながら呆れたように言い返した。

「先生、呼んでないんだろう?

 まったく、デタラメ叫びやがって」

制服姿の真琴以外の人影が無いことを確認しながら勝美は尋ねると、

「嘘も方便よ」

真琴はそう言い返し、

「いい加減、

 石田君にお金を脅し取られています。

 って先生に言ったら?」

といま受けているイジメについてアドバイスをした。

「無駄だよ無駄。

 石田のことを言っても先生は何もしやしないよ。

 返って脅し取られる額が増えるだけだよ」

そのアドバイスに勝美はそう返事をすると、

「何を言っているのよ、

 これはもぅ立派な犯罪じゃない」

と真琴は抗議する。

しかし、

「はぁ…

 僕にもっと力があればなぁ…

 石田のような能無しバカを捻り潰すのに」

と真琴の抗議には耳を貸さずに

勝美はぼやくと制服の埃を払い始めた。



と、そのとき、

『聞こえましたよ、

 聞こえましたよ、

 聞こえましたよぉ、

 心から訴える魂の叫びを!』

と言う声が響き、

スゥー…

食器のお皿を二枚貼り合わせたような姿をした

銀色に輝く飛行物体が二人の前にゆっくりと下りてきた。

「きゃっ!

 なによこれ!」

空中に浮遊するように浮かんでいるその飛行物体を見て、

真琴は悲鳴を上げると、

「ゆっ

 UFO…ってやつ?」

勝美は眼をまん丸にして飛行物体を見詰める。

すると、

『いかがです?

 私どもが手をお貸ししてもよろしいのですが?』

と飛行物体が勝美に加勢をするようなことを持ちかけてきた。

「手を貸す?」

その言葉に勝美の心が動くと、

「勝美ぃ、聞いちゃダメよ」

すかさず真琴が割って入った。

「でも…

 これってチャンスかもしれないかも」

そんな真琴に勝美はそう言い返すと、

「チャンスって、

 あからさまに怪しいじゃない。

 誰よっ、

 こんな手の込んだ悪戯をするのは」

飛行物体に向かって真琴は声を上げ、

眼で飛行物体の操縦者の姿を探し始めた。

しかし、いくら時間を掛けて探しても

飛行物体を操縦しているような人影はどこにも無く、

夕焼けの空は漆黒色に染まり、

夜の帳が降り始めていた。

「やっぱり本物じゃないかな?」

中々見つからない操縦者の姿に勝美はボソッとつぶやくと、

『私どもはニセモノなどではありません。

 全銀河に50の支店網を築き、

 日夜、悩めるお客様のお手伝いを差し上げています。

 惑星お助けサービス鰍ナございます』

と飛行物体は自己紹介を始めだした。

だが、

「ますます怪しいわ、

 あんな飛行物体が空を飛んでいるのになんで街の人が騒がないの?

 それに、ちょっと遠近感がおかしくない?」

そう真琴が指摘すると、

「そういえば…

 なんかすぐ傍を飛んでいるような」

と勝美も頷く。

「よしっ」

ピョン!

飛行物体にめがけて真琴がバスケ部で鍛えた脚力で飛び上がると、

ハシッ!

その手の先にその飛行物体の感覚が走った。

「やっぱり」

その感触に真琴は確信をすると、

ギュッ!

飛行物体の端を握り締めながら降り、

「みてよっ、

 ほらっ

 50cmぐらいしかないわよ」

と飛行物体の大きさが腕で抱えられる程度の大きさであることを見せ付けた。

「あらら…

 でも、どういう原理で飛んでいるのかな?」

真琴の腕に抱えられた飛行物体を見ながら勝美はしげしげと見ると、

『うわっ、

 こらっ、

 乱暴なことをするなっ、

 はっ離せっ』

ジタバタと飛行物体は暴れ始め、

ヒュンッ!

一瞬の鋤を突いて真琴の腕から逃れると、

『社長!、

 ここは巨大生物の星ですよぉ。

 さっさと惑星に帰りましょうよ』

と飛び上がった飛行物体から別の声が響く。

すると、

『なにを言うか、

 こういう場末の星でキチンと営業をしてこそ、

 わが社の成功と繁栄に繋がるのだ』

とさっき声が追って響く。

「なんか、とんでもない言われようね」

「うん…」

飛行物体の中で繰り広げられるやり取りに

勝美と真琴は呆れた顔をすると、

「帰ろうか?」

「そうね」

と言いながら飛行物体に背中を向けて歩き始めた。

その途端、

『あっ』

飛行物体から驚く声が響くと、
 
『ちょちょっと待て下さい!』

そう言うのと同時に

ペカー!

突然、飛行物体は7色に輝き始めると、

チャンチャンチャカチャカ…

にぎやかに軍艦マーチが流れはじめ、

『仕方ないっ

 えーっ

 おめでとうございます。

 久保田勝美殿、

 あなたはわが社のモニターに選ばれましたぁ』

と話しかけてきた。

「え?」

その声に勝美の足が止まると、

「ちょっと、なに立ち止まっているのよ」

じれったそうに真琴は小言を言う。

「いや、

 でも、モニターに選ばれたって」

そんな真琴に勝美は言い返すと、

「そんなもん、

 出まかせに決まっているでしょう」

真琴はそう言って勝美の腕を引こうとするが、

ヒューン!

瞬く間に飛行物体が二人の正面に回り込んでくると、

『出血特別大サービス!!

 いかがですかぁ?

 新しい能力を身に着けてみては』

と誘い文句を言う。

「そっそーだな」

その誘い文句に勝美は考えるポーズをすると、

ビカー!

ビカー!

飛行物体から謎の光線が勝美に向けて数回放たれ、

『分析完了!

 あなたの場合は跳躍力と探査能力を向上させたほうがいいですよ』

とアドバイスをしてきた。

「そっそう?」

その言葉に勝美はすっかり乗せられてしまうと、

笑みをこぼし始め、

そして、

「じゃぁ、ちょっとやって貰おうかなぁ…」

と飛行物体の提案を受け入れるような台詞を言い始めた。

「やめなさいって」

それを聞いた真琴はすかさず警告をするが、

「いいじゃないかよ、

 モニターだし、

 それに石田の奴を見返してやりたいし」

と言うと、

「じゃぁ、お願いできます?」

飛行物体に向かって声を上げた。



『まいどぉ〜っ』

勝美のその言葉を聞いた飛行物体は返事をすると、

シュワァァァァ!

勝美に向かって光を放った。

すると、

「え?

 わっ!

 うわぁぁぁ!!」

その光を浴びた勝美の身体が浮かび上がると、

シュン!

瞬く間に飛行物体の中へと取り込まれてしまった。

「くっ久保田君!」

衝撃の光景に真琴は悲鳴を上げるが、

『明日の朝、

 お届けに参りま〜す』

と言う声を残して飛行物体は空の彼方へと飛び去っていってしまった。



翌朝。

真琴の通報で一晩大騒ぎになっていた街はつかの間の眠りに付き、

そしてその間に乳白色の朝靄が包み込んでいた。

だが、

その朝靄を切り裂くように制服姿の男子学生が空から降りてくると、

「ふふっ、

 すごいっ

 力が漲ってくるみたいだ」

と身体の奥から沸々と沸いてくるパワーを感じながら、

地上に降り立った男子学生、いや久保田勝美は

ゆっくりとした足取りで学校に向かうと

「おいっ、

 久保田だ!」

「久保田が戻ってきたぞ!」

と昨夜の騒ぎを知っている生徒達が騒ぎ始めた。

そして、

「久保田君っ」

一睡もしなかったのか赤い眼をした真琴が教室に入ってきた勝美に駆け寄って来ると、

「待たせたな、

 僕は新しいパワーを貰ってきた。

 もぅ昨日までのいじめられっ子でない」

と自信たっぷりに言うと、

スッ!

教室の端で悪態をつくようにふんぞり返っている石田立夫に向かって指を伸ばし、

「おいっ、

 クソ石田っ、

 よくも、虐めてくれたな、

 今日からはお前が俺の手下になるんだ」

と言い放つ。

「なにをぉ!」

それを聞いた立夫が睨みつけるようにして立ち上がると、

「なんだ、何か文句があるのか?」

とあくまで余裕の表情で返した。

「てめぇ…」

ジロッ!

座った視線で勝美を見下ろしながら立夫は手を上げ、

そして、

ブンッ!

目障りなものを張り飛ばすかの勢いで手を振り下ろすが、

ヒュッ!

その腕の動きを勝美は見切り、

難なくかわしてしまった。

「おぉ!」

まさに凄腕の武闘家を思わせるその動きにギャラリー達は一斉に驚き、

声援を送り始めた。

「んなろう」

それを見た立夫は口を曲げ、

集中豪雨の如くパンチを繰り出してくるが、

だが、そのパンチを勝美は全て見切ると巧みに掻い潜り、

立夫のパンチは一発たりとも勝美の身体に当てることはできなかった。

「ふはははは!!!

 どうした。

 ウスノロ!

 僕にはお前がとまって見えるぞ!」

そんな立夫に向かって勝美はけしかけると、

「久保田君っ

 いい加減やめなさいって」

真琴は自制促すが、

しかし、優位に立つ勝美の耳にはその声は届かず、

それどころが、

立夫の身体に向かって勝美はヘロヘロのパンチを浴びせはじめた。

「くぉのやろう!」

まるで鬼のような形相を見せ付けながら、

立夫は勝美を追い詰めようとするが、

相変わらず勝美の動きは軽く、

なかなか捕まえることは出来なかった。

そんな時、

「あれ?

 見ろよ」

ギャラリーの一人が勝美の身体に起きた異変に気付くと指を指した。

「え?」

その声にみなの視線が勝美の頭に集中すると、

ニョキッ

ニョキニョキ!

勝美の頭から2本の耳のようなものが伸び始め、

ジワ…

身体からは白い毛のようなものが生え始めていた。

「なんだ?」

「さぁ?」

それを見たギャラリー達は一斉に小首を捻るが、

その間にも勝美の変身続き、

メキッ!

口周りが突き出してくると、

モグモグ

モグモグ

と忙しく口が動きはじめ、

メリメリ!

腕は萎縮し、

ボコッ!

太ももが大きく発達し始める。

そして、全身から毛が噴出してくると、

ポンッ!

お尻からまん丸の尻尾がシャツを押しのけて飛び出すと、

メリメリメリ!!!!

軋むような音を響かせながら、

勝美の身体は制服の中へともぐりこんでしまった。

「あん?

 なにが起きたんだ?」

突然始まった勝美の変身に立夫もまた驚くと、

ヒョコッ!

一匹のウサギがクシャクシャになった勝美の服から顔を出し、

モグモグ

モグモグ

と口を動かしながら周囲を見回し始めた。

「ひっ!

 久保田がウサギになったぁ!」

それを見たギャラリーから悲鳴があがると、

”!”

ウサギもまた自分のことに気付いたのが、

短い手で身体のあちこちを触り、

そして、長い耳を持ったとき、

まるで絶望の淵に叩き落されたような表情をした。

だが、

ニヤリ…

そんな勝美を立夫は笑みを浮かべながら見下ろすと、

ゆっくりと腕を伸ばし、

そして、

ムンズ!

と掴みあげると、

「ちっ、

 誰だよっ、

 教室にウサギなんか持ち込みやがって」

そう言いながら教室から出て行くと、

「俺様に楯突くとはいい度胸だ、

 動物はこの中に入っていろ!」

の声と共にジタバタ暴れるウサギを

飼育部が管理しているウサギ小屋の中へと放り込んでしまった。



「しくしくしく…」

立夫が去った後、

ウサギ小屋から泣き声が響いてくると、

その小屋の前に真琴が立ち、

「まったく、

 だから言ったでしょう、

 話に乗るな。って、

 全くウサギなんかになっちゃって

 ヒーローになったつもりだったの?

 しばらくそこで反省しなさい」

と呆れた顔で小屋の中で口を動かしているウサギに向かって

そう言うと立ち去っていった。



『社長っ、

 大丈夫ですかぁ?

 さっきの地球人の少年』

『あんっ、

 大丈夫だよ、

 同じこの星の生き物の遺伝子を混ぜてだけだから』

『そうですかぁ?

 ならいいんですけどね』

そのウサギ小屋を見下ろしながら、

飛行物体からそんな会話がもれ出ると、

ヒューン!

飛行物体は何処と無く消えていったのであった。



おわり