風祭文庫・獣変身の館






「豹柄」



作・風祭玲


Vol.752





「何よ、この柄っ」

秋の涼しげな風が吹き抜ける夜の繁華街に女性の呆れた声が響き渡ると、

「ん?」

「なんだ?」

「どうした?」

響き渡ったその声に通りを歩いていた通行人達が一斉に振り返り、

その視線の先では

「なんだよ、

 何が不満なんだよっ」

スーツ姿のイケメン風の男が困惑しながら、

ふくれっ面の女性をなだめていた。

「ねぇ、

 あれって?

 水下麗子じゃない?

 ほら、モデルの…」

そんな女性の姿を見た通行人たちが

最近売り出しているモデルの名前を呼ぶと、

「じゃぁ、

 男は西芝孝之か?

 ドラマ俳優の」

となだめる男を指差しす。

「へぇ、付き合っているって聞いていたけど、

 本当なんだ」

「しかし、こんな所で痴話げんかとは…」

「どうせヤラセでしょう?

 ほらっ、

 事務所お抱えのカメラマンが待機しているじゃないっ」

「きっと週刊誌のネタ作りよ。

 CD出すとか行っていたでしょう

 行こうよっ」

煽る声、

覚めた声、

それぞれの声をバックにして、

「何って、

 いいコートじゃないかよぉ」

むくれる麗子に向かって孝之はそういうと、

「あのねぇっ、

 あたしは豹柄以外は認めない。

 って知っているでしょう?

 なによっ

 これぇ!」

豹柄のキャミソールに

豹柄のミニ、

そして、豹柄のブーツと豹柄に統一している麗子は

後ろに建つ高級レストランで誕生日プレゼントとして貰ったばかりのコートを

地面にたたきつけた。

「あっ!」

それを見た孝之が声を上げると、

「なにも、

 叩き付けなくても…」

と文句を言った途端、

ドンッ!

麗子はブーツでそのコートを踏みつけるとグリグリと踏みにじりる。

そして、

「あ・の・ねっ

 あたしにプレゼントすると言うのなら、

 あたしが何を欲しがっているかちゃんと考えなさいよっ

 誰がダチョウのコートを着るもんですかっ」

と孝之を蔑む視線で睨みつけながらそう言い残すと

持っていた豹柄のコートを羽織り、

さっさと立ち去って行く。



「まったくもうっ

 どうしてこう無神経な男が多いのかしらっ

 あたしが欲しいのはユキヒョウのコートよっ」

途中で拾ったタクシーの中で麗子はむくれていると、

「ケンカでもなさったのですか」

とハンドルを握る運転手が尋ねてきた。

「別に…」

その問いに麗子はツーンと横を剥くと、

「お客さん、

 豹柄がお好きなんですね」

と麗子の服装のことを指摘した。

だが、

「なによっ

 この運転手っ

 さっきからアレコレと…

 もぅ面倒くさいなぁ」

根掘り葉掘り尋ねる運転手を鬱陶しそうに見ると、

「関係ないでしょっ」

そう言い返す。

とそのとき、

「そういえばお客さんっ、

 お客さんのような方には縁がないと思いますがね。

 この先の”業屋”と言うディスカウントストアに

 ユキヒョウとか言う珍しい豹のコートが売っているんですよ…」

笑いながら運転手は話しかける。

「!!っ」

それを聞いた途端、

麗子の表情が変わると、

「運転手さん、

 気が変わったわ。

 その店の前に止めてくださる?」

と指示をする。

「はいっ」

麗子の指示に運転手は柔らかい言葉で返事をすると、

ハンドルを大きく切った。



「ふーん、ここね」

タクシーから降りた麗子が見上げる先には、

明らかに流行ってそうなディスカウントストアが聳え立ち、

客寄せの軽快な音楽が店の中から響いてきていた。

「おーっほっほっほっ

 さぁて、

 見てやろうじゃないのっ

 そのユキヒョウのコートって言うのを」

周囲とは明らかに浮き立っている麗子はそう呟き、

徐に中へと入っていく。

お目当てのコートはガラスの陳列ケースに収められ、

ホワイトパールの白毛に黒の斑点模様が独特な世界を醸し出していた。

「ふーん、これねぇ…

 見たところ…

 本物っぽいかな…

 でもちゃぁんと、
 
 温度管理しているのかしら?」

ケースを胡散臭そうに麗子は眺め、

そして、

「ちょっとぉ、

 そこの”ごぉ〜ちゃぁん”っ」

と丁度通りがかった和服姿の男性を呼び止めた。

『え?

 えぇ?

 わっわたくしですかぁ?』

呼び止められた男性は店長のネームプレートを輝かせながら慌てて聞き返すと、

「もちろん、

 貴方しか居ないわよぉ」

どこから取り出したのか、

麗子は広げた扇子で口元を隠しそう告げた。

『なんで”ごーちゃん”なんですか?』

麗子に向かって男性は問い尋ねると、

「あらぁ、

 この店、業屋って言うんでしょう?

 業屋の店員さんだから、ごーちゃん。

 何か不満でも?」

涼しい顔で麗子は答える。

『ちっ、

 まったくっ

 人を何だと…』

それを聞いた男性は歯ぎしりしながらも、

『ハイなんでしょうか、

 お客様っ』

やや卑屈にもみ手をしながら用件を尋ねると、

スッ

麗子は閉じた扇子でケースの中のコートを差し、

「このコートって本物のユキヒョウなの?」

と尋ねた。

すると、

『おぉ…

 そのコートに目を付けられるとはお目が高い』

男性は煽てながら返事をしながら、

ニィ…

っと笑い、

『でも、

 そのコートは持ち主を選ぶ因果なものでして、

 果たしてお客様にお売りに出来るかどうか…』

と怪訝そうな表情で麗子を見た。

「なに?」

男性のその言葉に麗子はカチンとくると、

「おーほほほほっ、

 面白いことを言うじゃないの、ごーちゃんっ

 このユキヒョウのコートが

 わたくし、水下麗子に似合わないっ。

 とでも言うのかしら?」

と言い返した。

『いっいぃえっ

 滅相もないっ

 ただ、このコートを着ることが出来るのは、

 コートに認められた者のみ。

 認められないものが身に着けると、

 とんでもないことが…』

慌てながら男性はそう言い訳をした途端。

ビシッ!

男性の顔に漆黒色のクレジットカードが張り付き、

「これ、包んでくださいなっ店員さん。

 無論、支払いは一回払いでよ」

と腕を組みながら麗子は命令をした。

『はいっ、

 毎度ありがとうございます』

額に張り付いた最高位のブラックカードを丁寧に外し、

手に持ちかえて男性は頭を下げる。



ガチャッ!

自分の部屋に麗子は戻ると、

東京タワーを望む超高級マンションの最上階にある部屋に明かりが点った。

何もかも豹柄で統一されたリビングに麗子は入り、

そして、手にしていたユキヒョウのコートが入った箱を放り出すと、

キッチンの冷蔵庫より瓶入りミネラルウォーターを取り出した。

そして、

一気にラッパ飲みをすると、

「ふぅ…

 結構いい値段していたじゃないのっ

 まったく、

 まぁいいわ、

 ニセモノだったら訴えてやるしぃ。

 でも、頭にくるわねぇ

 客に面等向かって”似合わない”だなんて、

 よくもぬけぬけと言えたものだわ」

一息入れた麗子はあの店員の男とのやり取りを思い出した途端、

不機嫌な顔になるが、

ゆっくりと立ち上がるとさっき放り出した箱の前に立つ、

そして、

バリッ!

箱を包んでいるディスカウントストアの包装を破り、

箱のふたを開けると

フワァァァ…

これまでに嗅いだことがない高貴な香りがコートから立ち上り、

麗子の嗅覚を優しく擽った。

「あら…

 いい匂いね…」

香木の臭いが染み込まされているのか

予想外の香りに麗子の表情は急に温和になり、

そして、コートを箱から取り出すと、

なぜかコートは麗子の手に自分の重みを伝えてはこなかった。

「うわっ、

 軽いじゃない。

 それに凄く柔らかいし

 本当に本物なのかしら…」

はしゃぐ様にして麗子はコートを広げ、

そして、それを広げると、

ゆっくりと袖を通す。

すると、

優しい柔らかな感触が麗子を包み込むと、

仄かに暖め始めた。

「へぇ…」

クルリ

クルリ

幾度も腰を捻りながら麗子は感心し、

そして、壁一面を使った姿見に自分の姿を映し出すと、

そこにはユキヒョウのコートに身を包んだ一人の美女が映し出されていた。

「おーほほほほほっ

 ほうら、ご覧なさい。

 これの何所が似合わないというの?

 このコートはわたくしにこそ相応しい。
 
 っていうものでしょう?」

鏡に映る自分の姿に麗子は満足し、

そして後ろを振り向くと、

首を捻りながら、

2度3度腰を振って見せる。

ところが…

キシッ!

なにかが締まる音が微かになると、

「ふわぁぁぁ」

麗子は大きなあくびをした。

「あら、やだ」

思わず自分があくびをしたことに麗子は慌てて口を閉じようとするが、

「え?」

その大きく開いた口に鋭い犬歯が上下左右から突き出ていることに気付くと、

「なっなにこえぇ!」

声を張り上げて鏡に近寄る。

「なっなんなの?

 まるで狼かなんか見たいじゃないっ」

自分の口から突き出ている鋭く尖る犬歯に麗子は驚いていると、

シュルルル!!

突然、コートの前が閉じ、

麗子の身体を包み込んでしまった。

「きゃっ!

 とっ取れないっ

 ぬっ脱げないっ

 どうなっているのよっ

 だっ誰か助けて!!!」

コートに包み込まれてしまった麗子は、

その場に倒れてしまうと、

もぞもぞ動きながら助けを呼ぶが、

完全防音のため、

部屋の音は外から聞こえるわけでもなく、

その叫びを聞いて麗助けに来てくれる人など

どこにも居なかったのである。



ゾワゾワ

ゾワゾワ

コートに包まれた全身に毛が逆立つような感触が走ると、

さらに、

メリッ

メリメリメリ!!

と骨がきしむような音も響いてきた。

「やだ、

 なんなのよっ

 何が起きているのよ」

身体を束縛されているために麗子は自分の体に何が起きているのか全く判らず、

ただ、不安げに周囲をキョロキョロしてみせるが、

メリッ!

何がが破れる音がすると、

クワッ!

麗子の足先がパールホワイトの色の毛に覆われた、

円形の指と鋭い爪を持った獣の脚へと変化する。

そして、

カシャ

カシャ

『ぐるるるる…』

脚の爪を立てながら、

麗子は唸り声を上げてしまうと、

ザワザワザワ…

喉元から獣の毛が沸き起こるように生え、

さらに手も獣毛が覆ってしまうと、

メキメキメキ!

美しい手と評判だった麗子の手は無残にも変形していくと、

鋭い爪を持った猛獣の手がコートの下から飛び出した。

そして、

グリッ!

グリギリリリリ…

腰が大きく突き出し、

そのまま腰が上に向かって持ち上がっていくと

カシャン!

麗子は四つん這いになり、

カシャン!

カシャカシャカシャ!

その姿勢のまま麗子は部屋の中を歩き始める。



『ハッハッ

 ハッハッ』

口から長い舌をダランと伸ばし、

コートの裾を捲るようにお尻から尻尾をくねらせはじめると、

『ガウッ!

 ガウッ!

 ガウッ!』

すっかり獣の毛に覆われてしまった麗子は、

頭から飛び出す丸い耳をピクピクと動かしながら、

ガラスに映る自分の姿に向かって吠え掛かり始めた。

そして、

バッ!

後ろ足を伸ばして鏡に映る自分に襲い掛かったとき、

バサッ!

麗子を拘束していた着ていたコートが脱げ落ち、

白い豹柄の身体を大きく伸ばした一匹の雌豹が鏡に映っていたのであった。



『ふぅ…

 だから警告したでしょう。

 あのコートは着るものを選ぶ。って

 コートに飲み込まれて豹になってしまったお客さんって、

 これで何人目になるのでしょうか、
 
 さて、じゃぁ、回収に参りますか。
 
 コートと、
 
 ユキヒョウを…』



おわり