暑かった夏が終わり、 涼しげな秋の風が吹き抜けるようになった9月9日 テンツクテンツク 鎮守の森より太鼓と鉦の音が鳴り響く。 五穀豊穣を祝い、地神への感謝をする秋祭りである。 そして、この祭が終わりを告げる深夜10時。 あれほど賑わっていた街中から人々の姿が姿が一斉に消え、 煌々と点っていた夜店の明かりも落とされる。 ”人の時間は戌の刻まで、 亥の刻から夜明けまではお狐様達のお祭り” 昔より地元ではそう言い伝えられ、 戌の刻・午後10時になると皆一斉に自宅に帰り、 街はひっそりとするのである。 そして、人の影が消えた守の境内では、 お供え物を肴に狐たちが年に一度の宴に興じるのである。 「へぇぇ」 布団が敷き詰められた部屋に感心したような声が上がると、 「というのが、謂われなんだけどね」 パジャマ姿の高梨薫子はそう言って話を締めくくる。 パジャマパーティ。 そう称して中学2年の薫子達4人組は、 祭の後、菅井真美の部屋に泊まり込んでいた。 時計の針は午後10時を回り、 街の道からは人影が消え去っている。 「でもさぁ」 ゴロンと横になって薫子の話を聞いていた菅井真美が声を上げ、 「狐の宴って信じられないなぁ…」 と笑うと、 「うん、そうだね」 「みんなマジでそれを信じているのかな?」 同じく話を聞いていた国府津美保子と相原多恵も同調した。 「まぁ、そう言われればそうだけどね」 ショートヘアの髪を掻き上げながら薫子は苦笑すると、 「でもさっ、 10時になると本当に誰も居なくなるじゃない。 ってことはみんな信じて居るんじゃないの? 狐の宴」 と美保子は言う。 そして、 「じゃぁさっ、 本当に狐が宴をしているのかどうか、 見に行こうじゃないか?」 そう真美が提案すると、 「ちょちょっと待ってよ いくらなんでも、まずいんじゃぁ」 やや焦りながら薫子は引き留めようとするが、 「あら、高梨さんって、 その話、信じるの?」 と言う真美の言葉に押し切られてしまったのであった。 「うわぁぁ、 本当にだれもいないよぉ」 パジャマからTシャツ・ショートパンツ姿に着替えた薫子達が、 多恵の自宅から一歩足を踏み出した途端、 シンと静まりかえる街の様子に思わず声を上げた。 「なんか不気味ねぇ」 「うん」 昨年までは親に止められ、 祭の後の街に出たことがなかっただけに、 4人にとって静まりかえる街の姿は新鮮に写っていた。 そして、4人揃って歩きながら、 いつもなら帰宅のサラリーマンやOLで人影がある駅前通や、 国道沿いのディスカウントストアまで脚を伸ばすが、 しかし、どこに行っても猫の子一匹すれ違うことはなかった。 「ねぇ…」 クルマの明かりが消えた歩道を歩きながら美保子が声をかけると、 「なっなによっ」 言い出しっぺの真美がやや上ずった声で返事をする。 「やっぱり、戻ろうよ」 そんな真美に美保子がそう言うと、 「なっ何ビビって居るのよっ、 みんな、狐の話を信じて家に閉じこもっているだけじゃない。 こっこんなの怖くわないよ」 真美は虚勢を張りながら言い返した。 「でも、 やっぱりまずいんじゃないかな?」 そんな真美の言葉を聞きながら、 多恵がふと呟くと、 「もぅ、相原さんっ!」 真美は打ち消すように声を上げた。 とその時、 「あれ? 太鼓の音が…」 かすかに流れてくる音に聞き耳を立てながら 薫子がそう言うと、 ビクッ 他の3人は一斉に飛び上がり、 そして、 「まさか…」 と声を合わせた。 が、 「神社の方から聞こえるわ、 行ってみよう」 即座に真美はそう言うと、 「狐なんてウソに決まっているでしょう!」 と言い残して、 鎮守の森へと駆けだしていく。 「すっ菅井さんっ!」 走っていく真美を追い掛けて、 薫子達が追い掛けていくと、 テンツクテンツク… 祭が終わったはずの社の境内では煌々と明かりが灯され、 鳴り響く祭り囃子の元、 社殿に参拝をする者、 演じられる神楽を見入る者、 夜店をモノを者とでごった返していた。 「あれぇ?」 何も変わらない祭の光景に鳥居の前の4人は呆気にとられていると、 「行ってみようか」 「うん」 真美・美保子・多恵の順に鳥居をくぐった。 そして、最後に薫子が踏み入れようとしたとき、 『お姉さん達?』 と少女の声が響いた。 「はい?」 その声に薫子達が一斉に振り向くと、 ニコッ 鳥居の柱の影より赤い浴衣を着た10才ほどの少女が姿を見せると、 『お姉さん達、 お面持ってないの?』 と尋ねてきた。 「おっお面?」 それを聞いた真美が聞き返すと、 『ほら、このお面よ』 と少女は言い、 自分の頭の横につけている白い顔の狐のお面を指さした。 「随分と古風なお面ね…」 それを見た美保子が呟くと、 『あっ、 まさか持ってきてないんだ。 ダメだよ、 みんな持ってきて居るんだから』 少女はそう言い、 ホラッ っと他の参拝客を指さした。 すると、 境内にいる参拝客はもちろん、 神職や巫女、 さらには神楽を舞う者から、 夜店のオヤジまで みな頭の何処かに狐のお面をつけていたのであった。 「お面をつけるお祭りだっけ…ここって」 それらを見ながら多恵は呟くと、 『はいっ、 丁度取りあえず3つ持っているから、 お姉さんにあげるね』 少女はそう言うと、 薫子を除く3人に狐のお面を差し出した。 「あっありがとう…」 お面を受け取りながら、 真美達は礼を言うと、 早速、真美達はそのお面を頭の横につけはじめた。 そして、 「あっあたしのは無いの?」 と薫子が自分を指さして尋ねようとしたとき タタッ いきなり少女は先に境内へと向かって走り出した。 「あっちょっと…」 そんな少女を薫子は呼び止めようとするが、 フワッ いきなり少女のお尻から赤茶色の尻尾らしきものが伸びるように生えると、 ニョキッ! 頭の両側に三角形の耳が伸びる。 そして、赤い浴衣が次第に赤茶色に染まっていくと、 タタッ タタッ 少女は4つ脚で走りはじめ、 タタッ! いきなり立ち止まると、 クルッ 薫子達の方を振り返った。 「きっ狐?」 さっきまで人間の少女だったその顔はすっかり狐の顔となり、 そして、狐はゆっくりと腰を下ろすと、 フワッ フワッ その大きな尻尾を左右に大きく振って見せる。 「みっ見た? おっ女の子が…きっ狐に…」 お面を持ちながら薫子は声を上げるが、 「・・・・・・」 後ろにいるはずの真美達からは返事が返ってこなかった。 それどころか、 フワッ… 薫子の脚の元に伸びる彼女たちの影から尻尾らしきモノが伸びると、 それが左右に振れ始めた。 「まっ真美?」 身体を動かさずに薫子は首を横に曲げ、 目で3人を見ると、 フワサッ フワサッ 狐のお面をつけた真美・美保子・多恵のお尻から、 赤茶色のフサフサした尻尾が伸び、 それが左右に大きく動いていた。 「ひっ!」 それを見た薫子は悲鳴を上げかけるが、 直ぐに手で口を覆うと、 何かに気づいたのか3人はそれぞれ自分の手を見始めた。 すると、 メキッ! 3人の手は次第に人間の手から赤茶色の毛が覆う獣の前足へと変化し、 さらに メキメキメキ!! 尻尾が動く腰が後ろへと突き出てしまうと カサッ! トタッ! トン! 前屈みになってしまった3人は次々と前足となった手を草が覆う地面につけ、 ショートパンツから覗く両脚を獣毛が覆っていく、 やがて、獣毛に覆われた両脚の膝が前に突きだし、 踵が持ち上がっていくと、 3人の両脚は獣の後ろ足となってしまった。 「みっみんなぁ…」 自分の目の前で頭から耳を立て、 鼻を伸ばし、 口を裂いて獣へ…狐へと変身して行くその姿に薫子は呆然としていると、 スルッ… 着ていたシャツやショートパンツを脱ぎ捨てて、 3人いや、3頭の狐は先で待っている少女の所へと歩き始めた。 「あっ待って、 置いていかないで…」 フサフサの尾を振り、 歩いていく狐に向かって薫子は叫ぶが、 『人間よ…』 いきなりその声が薫子の耳に響くと、 「え?」 薫子の脚が止まる。 『人間よ、 この時この場所は我々狐の領分。 人間が踏み入れることは許されるモノではない。 よって、禁を破り境内に入った3人は罰として我が下僕として狐となり奉仕をせよ。 そして、一人残ったお前はこのことを人間達に伝え、 このような事がないように務めよ』 と声が響いた。 「だっ誰ですか? みんなを帰してください」 声に向かって薫子は怒鳴るが、 『ダメよ、お姉ちゃん。 直ぐに立ち去って…』 とあの少女の声が響くと、 ブワッ! 「きゃっ!」 境内の奥から突風が吹き付けてくると、 薫子の身体は夜の闇の中へと吹き飛ばされてしまった。 チュンチチチチ… 翌朝、 制服姿の薫子は一人で神社へと向かっていくと、 まだ朝靄が立ちこめる参道を歩いていく、 そして、社殿の前に来たとき、 キョロキョロと周囲を見渡し、 「だれもいないか…」 とガッカリした口調で肩を落とす。 「真美・美保子・多恵… どこに行っちゃったの?」 名字ではなく名前を呼びながら、 本殿の前に座った薫子は呟くと、 ガサッ! 境内脇の草が小さく揺れる。 「!!」 その音に薫子は顔を上げると、 ガサッ ガサッ 草の向こうに狐が3匹、 何かを訴えそうな顔をしながら立っていた。 「真美っ 美保子っ 多恵っ」 狐に向かって薫子は駆け出そうとするが、 ガサガサガサ… 薫子を遮るように1頭の狐が飛び出してくると、 3匹の狐に向かって何かを指図する。 すると、 ガサッ 狐たちは名残惜しそうに向きを変えると、 森の奥へと消えていき、 薫子を遮った狐もまた追って森の中へと消えて行った。 「そんなぁ… どうしたらいいの…」 狐たちが去った後、 薫子は一人立ちすくんでいたのであった。 おわり