風祭文庫・獣変身の館






「散歩」



作・風祭玲


Vol.713





チチチ…

その日、

冬の寒さが少し緩んだ公園を南風遙は一人で歩いていた。

そして、日当たりの良さそうなベンチを見つけて座ると、

「はぁ、

 なんか、いつの間にか春めいてきたわね」

のんびりと日向ぼっこをしながら、

膨らみを増してきた桜の蕾を見つめそう呟く。

待ち望んでいた春の到来を遙は実感していると、

ハッハッハッ

大きな白い犬を連れた20代前半と思える女性が姿を見せた。

「うわぁぁ

 大きな犬…

 なんていう犬種なのかな?」

元々犬好きだった遙は

自分と同じくらいの年の女性が連れている犬に興味を持つと、

「あの…」

と思い切って女性に声をかけてみた。



彼女の名前は犬塚志乃と言い、

この近所に住んでいることを遙に説明すると、

「へぇ…

 そうなんですか」

お互いに犬好きを手伝ってか

志乃とすっかり打ち解けてしまい、

遥が連れている犬に興味を持っていることを知ると、

「どうぞ、

 おとなしい犬ですから

 触っても大丈夫ですよ」

と犬の頭を撫でながら遙に薦めた。

「え?

 いいんですか?」

彼女のその言葉に遥は目を輝かせ、

早速犬の頭を撫でてみると、

ゴロン…

犬はその体を横たえ、

遥に向けておなかを晒す。

「うわぁぁぁ

 あたし、

 こんな犬を飼うのが夢なんですよぉ」

すっかり懐いてしまった犬の姿に

遙ははしゃぎながら抱き上げると、

『そう?

 犬も楽しいよ』

と声が響いた。

「え?」

突然の声に遥は驚きながら周囲を見るが、

そこには自分と志乃さんの二人しかなく、

声の主と思える人影は何処にも見あたらなかった。

「あの…

 いま何か言いましたか?」

恐る恐る遥は志乃に声をかけてみると、

「いえ…」

志乃はそう返事をしてにっこりと微笑んだ。

「?」

彼女のその表情を見て遙は不思議に思いながら犬を撫でていると、

『うふっ

 私ですよ』

とまた声が響いた。

「えっ?

 まさか?」

再び響いた声に遥は驚きながら犬の顔を見ると、

ニコッ!

なんと、

遥が撫でていた犬が笑ったのであった。

「うっうそぉ!!

 いっ犬が笑ったぁ?」

時々TVのびっくり大賞などで、

笑う犬のことは取り上げられるが、

でも、飼い主が無理やりこじつけているのとは違い、

明らかに笑みを見せた犬に遥は腰を抜かしそうになると、

「いかがです?

 一緒に来ませんか」

と志乃が声をかけた。

「え?

 えぇ…」

その言葉に遥は犬はもとより、

何かを知ってそうな志乃に興味を持つと、

彼女とともに公園を離れて歩いていった。



志乃の屋敷は公園からさほど遠くない、

高級住宅街の一角にあった。

「うわっ

 でかい!」

1千坪はあろうかと思える巨大な屋敷を見て遥は驚いていると、

キィ…

「さぁ、どうぞ…」

巨大な門扉をあけながら、

志乃が遥を招き入れた。

「おっ、お邪魔します」

遥はちょっとオドオドしながら敷地へと入っていくと、

オンオン

オンオン

戻ってきた志乃に気づいたのか、

10数匹はいると思われる犬が吼えながら志乃の周りに群がってくる。

どの犬もみな巨大な犬であり、

なぜかみな笑ったような顔を次々と遥に見せると、

「まさか?」

犬達の顔に遥は驚きながら見直した。

すると、

ちょうど目の前にやってきた犬が”くすっ”と笑ってみせた。

「いっ!」

一匹のみならず

すべての犬が笑ったことに遥は思わず頬を抓っていると、

「そのような所に立っていないで、

 こちらに来てください」

と言いながら志乃がドリンクを持ってやって来た。

そして、

「いかがですか?」

と遥に勧めると、

「おっお構いなく…

 そんなにのどは渇いていないので」

遥は返事をするが、

「くすっ、

 犬のことですよ」

志乃は質問の意味を告げると、

「え?

 あっ

 いやっ

 なかなか可愛いワンちゃん達ですね」

と顔を真っ赤にして遥は返事をした。



「ありがとう」

遥の返事に志乃は微笑むと、

「どうぞお飲みください」

ドリンクを差し出した。

「いっいただきます」

さっきの返事とは反対に、

すっかり緊張してしまっていた遥は遠慮せずに

そのドリンクに口をつけ飲みはじめた。

ところが、

飲むほどに遥の喉は渇き、

瞬く間にドリンクを全部飲んでしまった。

それを見た志乃はにっこり笑うと

「お代わりはいかがですか?」

と尋ねる。

だが、

「はぁはぁ

 はぁはぁ

 あれ?

 なんか熱いし…

 それに息苦しい…

 きっ気分が悪い…」

突然、暑さと息苦しさ、

そして気持ち悪さをも感じ始めた遥は、

盛んに汗をぬぐい始めだすが、

ダラダラ…

遥が流す汗は尋常な量ではなく、

瞬く間に汗みどろになってしまった。

すると、

「あらあら、

 汗だく…」

遥の異変に志乃は大して驚かずに

「シャワーでも浴びませんか」

と話しかけてきた。

「え?

 そっそうですか?」

本音は遠慮したかったが、

あまりの暑さと気分の悪さに遙は

「じゃぁ、お言葉に甘えて…」

そう返事をすると、

シャワーを浴びさせてもらうことにした。



シャァァァ!!!

シャワー室にお湯の音ともに、

湯気が勢い良く湧き上がっていく。

そして、その中で遥は体を洗うが、

だが、気分転換どころか、

さらに気持ち悪くなってくると、

ついには立ってられなくなってしまい、

ペタン!

とシャワー室の床に座り込んでしまった。

「はぁはぁ

 はぁはぁ

 うっく、気持ち悪い…」

猛烈な吐き気に遥は口を押さえるが、

だが、

ムクムクムク!

その口が次第に突き出しはじめると、

メキメキメキ!

両手の指が見る見る縮み始め、

ググッ

尖った爪が突き出し始める。

「はぁはぁ

 はぁはぁ」

すでに首を上に上げられなくなってしまった遥は

長く伸びた舌を出して、

口で激しく息を始めるが

気持ち悪さに気を取られ、

自分のみに起きている変化に気づけなかった。

ジワジワジワ…

背中からこげ茶色の毛が湧き出るように生え始めて来ると、

メキメキメキ!!

足の形が変わり、

ピンッ

頭にから2つの耳が勢い良く立ち上がる。

そして、背中に生えた毛は瞬く間に全身を覆い尽くしていくと、

ブリン!

お尻から尻尾が伸び、

ゆっくりと動き始める。



ウオンッ!!

シャワー室の中から犬の鳴き声が響き渡った。

すると、

チャッ!

シャワー室のドアが開き、

志乃が入ってきた。

そして、

シャァァァ!!!

勢い良く噴出す湯の下へと視線を移していくと、

そこにはびしょ濡れになったシェパードが一匹、

志乃を見上げていたのであった。



「うふっ、

 いらっしゃいっ

 あなたは今日からここの住民よ」



おわり