風祭文庫・獣変身の館






「獣医」



作・風祭玲


Vol.661





フォ…

フォ…

獣の臭いと糞尿の臭いが入り交じる牛舎の中で、

一頭のウシがその身を横たえ、苦しそうに息を吐き続けていた。

フォ…

フォ…

息をすること自体が苦しいのか、

ウシはうつろな目でジッと宙を見つめ続けていると、

「頑張って…」

スッ

励ましの声と共にウシの顔に軽く撫でるようにして、

手袋が填められた手が動いた。

すると、

「ど、どうですか、

 せ・先生…」

その手の後ろから心配そうな声が響くと、

「何とも言えません、

 特にお腹の赤ちゃんが…」

と作業着姿の高井奈々子は真剣そうにそう答えた。

「なっなんとか、

 母子共々救えませんか」

この牧場の経営者である男は奈々子に懇願すると、

「出来るだけのことはします」

と奈々子は返事をするだけだった。



口の利けない動物達の病気を治してあげたい。

子供の頃からいつもそう考えてきた奈々子は迷うことなく獣医への道を進み、

そして、この春、

一人前の獣医として独り立ちしたのであった。

ところが、奈々子が目指した獣医とは犬や猫などの小型種の獣医ではなく、

大型種…そう、牛や馬と言った大型の獣の獣医であった。

女性としては異例であるこの大型種の獣医を選んだ理由は、

ただ、馬や牛に触れる機会があるから…

と言うごく単純な理由であったが、

しかし、いざなってみると、

予想以上の仕事の困難ぶりに

奈々子はいつも振り回されているのが実情であった。



ジ…

ジジ…

日はとっぷりと暮れ、

牛舎の中に白熱灯の灯りが輝き始める。

フォ

フォ

奈々子が診ているウシは相変わらず苦しい息を吐き続け、

その大きく膨らんだお腹に入って居るであろう、

仔牛の盛り上がりもほとんど動かなくなっていた。

「どうしよう…

 このままじゃ…」

刻々と悪化していく事態に奈々子は万策尽き、

そして、最後の手段である、

人工流産への決断を迫られていた。

「どうしよう…

 でも…
 
 そんなこと」

決断を迫られる奈々子の頬に一筋の光る筋が流れたとき、

フワッ

突然、風がながれ、

奈々子の髪が微かに揺れる。

「え?」

まるで何者かが目前を通り過ぎていった様な感覚に

奈々子は顔を上げると、

『ふーん…』

白髪の髪をなびかせ、

白いドレスのような衣装を身に纏った

奈々子とさほど歳が変わらない女性が

しゃがみ込み興味深そうにウシを見ていた。



「あっあなたは、誰?」

突然現れた女性に奈々子は驚きながら尋ねると、

『私?

 私は白蛇堂…

 ふっ、

 まぁいいじゃないんですか、

 私の名前なんて…』

白蛇堂と名乗った女性はそう呟きながら、

顔を上げると、その碧い瞳で奈々子を見つめる。

「はっはい…」

一瞬、その瞳の中に吸い込まれそうな錯覚に陥りながら

奈々子は困惑しながら返事をすると、

ニコッ

白蛇堂と名乗った女性は笑みを浮かべ、

『で、

 あなたはこのウシになにをしようとしているの?』

と身を横たえているウシを指さし、尋ねた。

「なっなにをって…

 あっわたしは獣医…

 いまこのウシは病気にかかっているんです。
 
 だから、病気を治そうと」

彼女の問に奈々子はそう答えると、

トッ

フワッ…

白蛇堂は風に吹かれ舞い上がる紙のように飛び上がると、

奈々子の頭上を乗り越え、

その背中側にある柵に腰掛けた。

「うそ…」

人間離れした彼女の行動に奈々子は目を丸くすると、

『ふーん、

 そうなんだ…

 でも、このウシって肉牛でしょう?

 どうせ人間に食べられる運命なのに

 なんであなたはそんなに面倒を見るの?』

そんな奈々子に向かって白蛇堂は尋ねる。

「うっ

 それは、そうだけど…

 でっでも、

 このウシのお腹の中には赤ちゃんがいるんです。

 あたしは獣医として患畜を見捨てることは出来ないんです。

 だって、

 そうでしょう、

 流産し掛かっているのになにも出来ないなんて…

 それで、あたし…

 赤ちゃんを助けたくて…
 
 でも、なにをしてもうまくいかなくて…

 あぁ…なんて言ったら良いの。

 大体、あなた天使なんでしょう?

 だったら、この母親と赤ちゃんを助けてください。

 お願いします」

柵に腰掛ける白蛇堂に説明しているうちに、

奈々子は白蛇堂を天使だと信じ、

そう訴えながら頭を下げた。

『へ?

 天使?』

奈々子の口から出た思いがけない言葉に白蛇堂はギョッと驚くと、

「だって、

 白い服を着ているし…

 それに、いきなり現れたし、

 それに、いまだって空を飛んでいったし…」

驚く白蛇堂に向かって奈々子はその根拠を指摘する。

『ふっ、

 そうね…

 確かに…昔は天使だったけど…

 そっか、いまでもそう見られてしまうか…」

奈々子を見下ろしながら白蛇堂は呟くと、

キラッ

碧い目を微かに輝かせ、横たわるウシをジッと見据えた。

そして、一呼吸開けた後、

『言っておくけど、

 あなたの努力はほぼ無駄になったみたいね』

と奈々子に告げた。

「え?

 無駄って…」

白蛇堂の言葉に今度は奈々子が驚くと、

『そのウシの赤ちゃんはもぅ死んでいるわ…

 まもなく死神が迎えに来るわね。

(今のこの地域の担当って誰だっけ?)』

と白蛇堂はウシの容態を伝える。

「そんな」

『そんなって言われてもねぇ…』

「なにか、助かる方法は無いのですか?』

『無駄よ…

 これは天界が決めた運命よ、

 大人しく従うしかないわね』

「そんなぁ…

 うっうぅ…」

『(あーぁ、泣き出しちゃった。

  まぁ、この程度で泣き出すなんて、

  命を扱う仕事には不向きなんじゃないかな?

  って大体なんであたしが天使のようなことを

  言わなくっちゃならないのよ、

  でも、この調子だと天界に行って神様と直談判しろ。

  なんて言い出しかねないわね。

  彼奴らの顔なんて見たくもないし、

  これ以上面倒なことになる前にさっさと片付けなくっちゃ)』

がっくりと肩を落とし、

すすり泣きを始めだした奈々子を見ながら白蛇堂は考えを纏めると、

『一つだけ赤ちゃんを助ける方法があるわ』

と声を上げた。

「え?」

その声に奈々子は目を見開きながら振り返ると、

『ふふーん』

白蛇堂はその顔に邪な笑みを浮かべ、

『あなたが赤ちゃんの受け皿になれば、

 助かるかもね…』

と告げる。

「あたしが受け皿に?」

『えぇ、そうよ、

 その覚悟があなたになるならね』

「あっあります。

 赤ちゃんの為なら
 
 あたし、何でもします。
 
 だから…
 
 だから…」

白蛇堂の提案に奈々子は縋るような思いで返事をすると、

『あっそ…』

彼女の気迫に半ば押されながら白蛇堂は小さく頷いた。

そして、

『あなたの決心は聞いたわ、

 じゃぁ、

 いまからあたしが呪文を掛けるから、

 それが終わったらウシの中の赤ちゃんの頭を3回撫でるのよ』

そう指示をすると、

スッ

白蛇堂は自分の口に右手を寄せ、

伸ばした人差し指と中指を口に付けると、

「・・・・・・・・・」

地球上の何処の言葉でもない言葉を早口で

そして歌うように詠唱する。

時間にして30秒ほどの間、

白蛇堂は詠唱をすると、

静かに指を口から離し、

『さぁどうぞ…』

と静かに告げた。



「はっはい」

白蛇堂の言葉に奈々子は大急ぎで手袋を填める。

すると、

『手袋ではなくて、

 素手で』

と白蛇堂は注文をつけた。

「はっはい」

彼女の言葉に奈々子は填め掛けた手袋を取り去り、

グイッ

大きく腕まくりをすると、

横たわるウシの下腹部に跪き、

そこにあるウシの局部に自分の小さな手を差し向ける。

ニュプッ!

小さな音と共に、

奈々子の白い手がウシの胎内へと挿入され、

そして中へと潜り込んでいく。

ヌルヌルヌル

キュッ!

「うっ」

これまで素手の状態で自分の腕を挿入したことがなかった奈々子にとって、

ウシの膣の感覚に思わず顔を赤らめてしまうが、

しかし、いまは恥ずかしがっている場合などではなく、

クッ

気合いを入れるために唇をかみしめ、

奈々子はさらに腕を差し込んだ。

肘、

二の腕、

と奈々子の腕はウシの中に入り込み、

そしてついに奈々子の肩がウシの局部に当たってしまった。

「(おかしいわねぇ

  とっくに赤ちゃんに届いているはずなのに)」

肩が当たるまで挿入しなくても胎児に手が届くはずなのに、

しかし、奈々子の腕は未だに胎児には届いては居なかった。

「うーん」

自分の顔をウシのお腹に当て、

さらに奥深くへと手の伸ばしたとき、

グッ!!

いきなり何かの力が奈々子の腕を引っ張り始める。

「え?

 やだ、
 
 なにこれぇ!
 
 ちょっと
 
 やめて!!」

突然の力に奈々子は悲鳴を上げ、

慌てて挿入した腕を引っ張ろうとしたが、

しかし、

ズブズブズブ

挿入した腕のの肩がウシの局部へと潜り込み始めてしまうと。

「やだ、

 やだ、

 助けて、
 
 白蛇堂さん!!」

奈々子は柵に座る白蛇堂に向かって助けを呼んだ。

けど、

ニヤッ

その白蛇堂は奈々子の異変に気づいても、

その場からは動かず、

ただ、様子を見ているだけだった。

「白蛇堂さん、

 助けて
 
 助けて」

腕を引っ張られる奈々子は必死の形相で助けを呼ぶが、

しかし、

グググッ

さらに引きづり込まれると、

ベチョッ

奈々子の顔にウシの局部が迫り、

「いやぁぁぁぁぁぁ!!!…」

ジュブッ!!

悲鳴を上げながら奈々子の顔がウシの中へ潜り込んでしまった。

バタバタ

バタバタ

顔を飲み込まれてしまった奈々子は足とまだ表に出ている手でもって、

抵抗を続けるものの、

ジュルッ

両肩が飲み込まれてしまうと、

順送りにウシの胎内へ取り込まれて行く。

そして、

ポト…

彼女が穿いていた白い長靴が力なく落ちたとき、

そこには奈々子の姿はなく、

奈々子が着ていた服と、

一足の長靴が落ちているだけだった。

『ふふっ』

主を無くした長靴を見据えながら白蛇堂は小さく笑い、

『お前が仔牛の代わりになればいいのですよ』

と囁くと、

シャラン…

鈴の音に似た音を響かせその姿を消した。



ズブズブズブ…

「あっ

 あっ
 
 ああ…」

ウシの中に取り込まれてしまった奈々子はそのまま子宮の中へと送り込まれ、

その中で身体を小さく丸める。

「なに?

 うそっ。
 
 ウシの入っちゃったよ」

身体を丸めながら奈々子は困惑するが、

ニュルニュル

周囲の胎盤から一本の紐のようなものが伸びてくると、

ピチョッ!

奈々子のヘソへと繋がった。

ドクン!

「あっ!」

母ウシと奈々子がヘソの緒で繋がった瞬間、

奈々子の身体の中に快感に似た衝撃が走り、

それと同時に眠気が奈々子を襲い、

奈々子はそのまま寝入ってしまったのであった。



どれくらい時間が経ったのであろうか、

ざわざわ

ざわざわ

何か外から人の声が聞こえてきた。

『うっ』

その声に奈々子は徐々に意識を取り戻すと、

『…おーぃ、

 これでいいのかな…』

『…あぁ、十分だろう、

 それだけあればお産は大丈夫』

と同僚の声が響いた。

『この声は前田君に、

 吉田君?
 
 そっか、他の牛の出産の準備に来ているんだ。
 
 前田君、
 
 吉田君、
 
 あたしはここよ、
 
 この中にいるのよ、
 
 助けて!!』

と奈々子は同僚の獣医が来ていることに気づくと、

声を張り上げてみるが、

しかし、声を幾ら張り上げても奈々子の口から声は出てこなかった。

『あれ?

 なんで?
 
 何で声が出ないの?
 
 どうして?』

幾ら叫んでも出てこない声に奈々子は困惑しているうちに、

グニュン!

奈々子を飲み込んだウシが動くと、

奈々子の身体が大きく動き、

タプン!

その周囲を満たしている水が動いた。

『え?

 水?
 
 水の中にいるの?
 
 あたし?』

その時になってようやく奈々子は

自分の周囲を水が満たしていることに気づくと、

『よーしっ

 じゃぁ行ってみようか』

と言う同僚の声が響き、

ズヌッ!

奈々子の居るウシに誰かの手が差し込まれると、

その手が奈々子の身体をまさぐり始めた。

『あっ

 あたしを助けに来たの?
 
 でも、
 
 お産って…』

彼らの行為をてっきり助けと判断した奈々子は嬉しく思うのと同時に、

さっき、彼らが”お産”と言っていたことに不安を感じた。

しかし、その間にも差し込まれた手は奈々子の腕の位置を確かめた後、

一旦、引き、

そして、再度差し込まれると、

グルグル

っと今度は奈々子の両腕にロープを結びつける。

『ちょちょっと、

 これじゃぁ、
 
 まるでお産じゃない。
 
 あたし、ウシなんかじゃなわいよ』

仔牛を生ませるのと同じように

両腕を結ばれたことに奈々子は抗議しようとしたが、

しかし、胎内の奈々子にはどうすることも出来るはずもなく、

ただ、そのままロープが引っ張られのに合わせて、

ズルッ

ズルズル…

っと体外へと引きづり出されていく、

そして、

闇の中から明るい光が差し込むと、

ブシャァァ

ボドン!!

奈々子は吹き出す水と共に表へと飛び出し、

そのまま、床に落ちてしまった。

『うっ

 うぅ…
 
 身体が…
 
 重い…』

無重量状態だったウシの胎内とは違い、

ハッキリと重さが掛かる感覚に

奈々子はしばらくの間

動けずにいると、

「おぉ、

 生まれたなぁ…」

「あぁ、

 良かった良かった、
 
 全て皆さんのおかげです」

と同僚と牧場主の声が響く。

『ちょちょっと、

 なに見ているのよ、
 
 早くあたしを病院に運んでよ』

そんな周りに奈々子は抗議しようと立とうとするが、

しかし、どうしても立てず、

仕方なく両腕を床に着け踏ん張り始めた。

すると、

「そうだ、

 頑張れ、
 
 頑張れ」

それを見て周囲の者達が奈々子を励まし始めた。

『あんた達…

 励ましている暇があったら助けてよ』

そんな周囲に奈々子は苛立ちながらも、

四つ足で立ち上がった。

「おぉ」

パチパチパチ、

それを見た周囲から拍手がわき起こる中、

ハァハァハァ

『あれ?

 なんで、あたしヨツンバで…』

奈々子は自分が四つ足で立っている事に不思議に思うが、

『あれ?

 あれ?
 
 あたし…
 
 あれ?』

その頃から奈々子の記憶が急速に薄れ始めだし、

自分がなぜココにいるのか、

自分がなんだったのかが判らなくなり始めた。

『あたし…

 なに?
 
 え?
 
 あたしって…
 
 なんだっけ?
 
 思い出せない…
 
 え?
 
 さっきまで、
 
 あたし…
 
 あた…
 
 あた…
 
 なん?
 
 え?
 
 え?
 
 えぇ?」

急速に記憶を無くしてゆく奈々子は、

獣医であったことはもちろん、

自分が奈々子と言う女性でであったことも、

さらには、これまでの人生の記憶すらもなくしてゆく、

そして、

自分の両腕を見たとき、

そこには見慣れた人間の腕ではなく、

二つの蹄が生え揃ったウシの前足が視界に飛び込んできた。

だが、

「えぇ?

 も?

 モゥ
 
 モゥ…
 
 モゥ
 
 モゥ」

ウシの前足が見えているにもかかわらず、

奈々子は驚くことはなく、

小さな啼き声を上げながら母ウシの元へと向かうと、

チュバッ

そのお腹から付きだしている乳首にシャブリついてしまった。

そして、

ブンブン

お尻から生える小さな尻尾を夢中で振りながら、

奈々子は乳首から吹き出すミルクを飲み続けていた。

「雌か」

「あぁ、雌だな」

「そういえば、あいつがいなくなってもぅ5ヶ月か。

 獣医がいやになったのかなぁ」

「どうだかなぁ…」

「ただ、ここで素っ裸になってなにをしていたんだ?」

「そんなこと、俺は知らないよ」

母ウシの乳を夢中になって吸っている仔牛を見下ろしながら、

獣医達は5ヶ月前にこの場から行方不明になった1人の獣医師、

奈々子の消息について話し合い、

そして、そんな仔牛の頭を撫でながら

「良いお肉になるんだよ」

と牧場主は呟いていた。



それから数年後、

『どういう風の吹き回しだ?

 いきなりこの時代に俺を呼び出して、

 一緒に飯を食おうなんて』

髪を7・3に分け、

長い顎と鍛え上げた肉体を黒スーツに押し込んだ男が

横を歩く白蛇堂に向かって話しかける。

『別に…

 わたしが食事を奢ることにお前の許可が要るのか?』

そんな男に白蛇堂はそう言い返すと、

『いや、

 俺は構わないが』

男はそっぽを向き返事をした。

お昼時、

二人の周囲はサラリーマンなどでごった返しているが、

しかし、白蛇堂は気にも止めずに歩き、

やがて、一軒のハンバーガーショップの前で足を止めると、

『ここ…だな…』

ハンバーガーショップを見上げながら白蛇堂はそう呟き、

その店に入っていった。



「こちらでお召し上がりですか?」

『あぁ…

 このメニューにある、

 松坂牛のジューシーステーキ・ハンバーガーと言うのを単品でふたつ』

「はい、

 毎度ありがとうございます」

『俺はこのセットが良いな…』

『黙っていろ』

明らかに店の雰囲気とは溶け込めない二人にもかかわらず、

カウンターの店員は笑みを絶やさずに注文を受け付け、

程なくして白蛇堂の前に

”松坂牛”と大きく記されているハンバーガーが差し出される。

『ハンバーガーか、

 あまり食べてないなぁ』

そう言いながら男が空いている席にすわると、

続いて白蛇堂もその反対側に座る。

『なぜ、黒蛇堂も呼ばない?』

ふと男が白蛇堂に尋ねると、

『別に良いだろう、

 黙って喰え』

と白蛇堂は男に命令をする。

『ふっ、

 いい加減、仲直りしたらどうだ、

 昔は仲良く手を繋いでいたではないか。

 そう言えば、

 お前達が使っていたあのコミューンの後継者とは会ってはみたか、

 なかなか、可愛い女の子達だぞ…

 ふふっ』

ガサガサと包装を解きながら男は笑みを浮かべると、

『いいから、黙って喰え!』

と白蛇堂は一括する。

『まったく…

 あぁ、そうそう、

 ほらっ、

 お前と黒蛇堂が手を繋いでいたとき、

 お前達をいつも追いかけていた黄色いのが居たろう。

 えーと、パラレルとか言ったかな、

 駆け出しの天使が…

 この間、そいつがなにかをしでかしたらしく、

 上では大騒ぎになっていたぞ、

 監督する立場のアーリィも胃が痛いと言っていたし、

 そのうち胃を切るハメになるんじゃないか』

と男が言ったところで、

バンッ!

いきなり白蛇堂はテーブルを叩き、

『で、味はどうだ?』

と男に迫り尋ねた。

『あぁ?

 まぁまぁの味かな…

 肉の味、

 パンの味、

 野菜の鮮度、

 どれをとっても及第点だと思うが…』

『そうか…』

男からの評価を聞いた白蛇堂は安心したような表情になると、

ガタッ

そのまま席を立つ。

『おっおいっ

 お前のはどうするんだよ』

テーブルに手つかずで残したままのハンバーガーを指さしながら男が声を上げると、

『わたしはいい、

 気になるのならお前が食べればいい』

と白蛇堂はそう言い残し、

ハンバーガーショップから出て行く、

そして、

ふと、空を見上げると、

『奈々子、

 お前の運命を見たが、

 お前はそれで良かったんだな』

と呟き、

フッ…

風が吹き抜ける様にその姿を消した。



おわり