夏… 青い空… 白い雲… 梅雨のあの鬱陶しい曇り空から解放されて、 この世の全てが生き生きと映え渡る季節… けど 「はぁぁぁぁ〜」 夏服のセーラーに袖を通したあたしの口からため息が漏れる。 …また、夏がやってきた… クラスの中はまもなく迎える夏休みでみんな浮かれ立ち、 期末テストも終わった事も手伝ってか、 気分はすっかり夏休みモードに入っていた。 「はぁぁぁ…」 そんなみんなの様子を眺めながら またあたしの口からため息が漏れる。 そのとき、 「さちぃ〜」 誰かがあたしの名前を呼んだ。 「え?」 その声にあたしは顔を上げ振り向くと、 「どうしたの?」 「なんか元気ないね」 と言う声と共に友達のみっちゃんとけいちゃんがあたしの側に寄ってくる。 この二人、あたしとは小学校からの幼なじみで、 神様が導いてくれているのか、 中学、そしてこの高校と離れることなくいつも一緒だった。 でも、最近、 その神様があたしだけに意地悪をしているとしか思えない事がある… 「あぁ、 みっちゃんにけいちゃん ううん… ちょっと考え事…」 あたしはそう返事をすると、 「考え事?」 「あはっ なぁに、暗い顔をして考え事なんかしているのよ」 「そうよ、 あっもしかして期末テスト壊滅だった? あたしも実はそうなのよ」 「だから元気だしなよ」 あたしを励まそうとしてか、 みっちゃんがあたしの肩を叩くと 「そっそう?」 あたしははにかみながら彼女達を見上げる。 すると、 ボンッ! 見事に膨らんだ胸の膨らみがあたしの視界の中で強調され、 ”いいなぁ” あたしは羨望のまなざしでそんな彼女達を見つめる。 身長・140cm 体型・幼児型。 ルックス・中の下…いや、下の上かな? 取り柄・コレと言って無し。 これがあたしのデータ… 20歳まで後何年もないのに、 あたしの身体は女として開花していない。 蕾のまんまだ… ”はぁぁぁ” 二人に気づかれないようにあたしは心の中でため息をつくと、 「ねぇ、夏休みの予定決まっている?」 「うん、ちょっとバイトしようかと思って…」 上から降ってくる二人の声から避けるようにして、 窓の外を眺める。 するとそこには ”もし、あたしが大人の身体になったら、 絶対に…告白する” と心に決めている男子生徒の姿がグラウンドにあった。 真澄純。 未だ芽が出ないサッカー部の補欠だけど、 でも、彼にどこか惹かれるところがあった。 「ねぇこれどうかしら?」 「こっちもいいなぁ…」 夕方のディカウント店、 最近、学校の近くに出来たこのディスカウント店は この学校に通う生徒達のたまり場となっていた。 そして、いつもの如くみっちゃんとけいちゃんに付き合わされたあたしは、 棚に並ぶ様々なケア用品を取り出しては戻す彼女たちの姿を横目で見ていた。 「ねぇ、いつまでそうしているの」 痺れを切らしたあたしが声を上げると、 「あっ、 さちにはコレが合うんじゃない?」 と言いながらけいちゃんがあたしにUVケアのローションが入った瓶を差し出す。 「けーちゃん、 さちにはそれ、早いって」 それを見たみっちゃんがけいちゃんに注意をすると、 「そう言えばそうねぇ… ごめんね、さち」 けいちゃんはそう言いながらあたしから瓶を取り上げ、 そして、棚に戻す。 「はぁ…」 そんな二人にあたしは背を向けると、 ケア用品の棚から離れていった。 お化粧か… あたしにはまだ早いかなぁ… みっちゃんが何気なく言った言葉があたしに突き刺さる。 「やっぱり、幼児体型だからかなぁ…」 ふと目に入った鏡を見ながらあたしは自分の全身像を眺めていると、 『ネコミミ… ネコミミ…』 どこからか軽快なリズムが流れてくる。 そして、それにつられるようにしてあたしが向かっていくと、 ズラリ… ネコの耳を付けたカチューシャが目に飛び込んできた。 確かに最近、ネコミミブームである。 街を歩けばこのようなカチューシャを付けた女の子の姿があり、 新幹線にまでネコの耳がついているという噂を聞いたことがある。 「これがねぇ…」 カチューシャの一つを手に取り、 あたしは眺めていると、 「なに見ているの」 とみっちゃんの声が響いた。 「え?」 その声に振り替えると、 「あっネコミミか…」 みっちゃんはあたしからカチューシャを取り上げ、 そして、一通り見た後、 「うん、さちにはこっちが似合うかもね」 そう言いながら押しつける。 「なっ!」 彼女のその言葉にさすがのあたしもムカッと来たとき、 「そう言えばさ、 サッカー部の真澄くんって、 大のネコ好きなんだって。 それ付けて迫れば案外コロッと落ちるかもよ」 とみっちゃんはあたしに意外な情報を教えてくれた。 「え? 本当?」 彼女のその言葉にあたしは目を輝かせながら聞き返すと、 「うん」 みっちゃんは頷いた。 そして、 「お姉さん、 このネコミミください!!」 店内にあたしの声が響いたのはそれから1分23秒後のことだった。 次の日。 サッカー部の練習が終わる頃を見計らってあたしは用具室の前で待機していた。 「もうすぐ、サッカー部の練習が終わって、 真澄君がここに来る」 あたしはネコミミカチューシャを握りしめながらそう呟くと、 じっとその時を待つ。 そして、待つこと10分弱。 向こうから部活で使ったボールなどが入った網を引きづりながら、 ユニフォーム姿の真澄君が姿を見せると、 「よっよしっ いまだっ このネコミミを付ければあたしは無敵 絶対に告白するんだから!!」 あたしはそう自分に言い聞かせてネコミミカチューシャを頭に付けた。 するとその時、 ビシッ! あたしの身体の中に電撃のようなモノが走り、 ゾワッ!! 体中の毛と言う毛が一斉に立ち上がった。 「え? え? えぇ? なっなにこれぇ!」 突然始まった身体の変化にあたしは驚くが、 しかし、見る見る自分の腕に細い毛がびっしりと生えそろうと、 ゾワゾワゾワ… 体中から毛が吹き出す感覚がしてくる。 しかも、それだけではない。 シュルルルル… 周りの景色が見る見る巨大化し、 また着ていた制服も巨大化してきた。 「たっ助けて!!」 あたしは悲鳴を上げながら、 ズルッ 巨大化する制服の中へ埋もれていった。 ”え? え? 一体なにが なにが起きたの?” 文字通りパニックである。 すっかり制服の中に埋もれてしまったあたしが藻掻きながら表に出たとき、 ニャァ… あたしの口からネコの啼き声が響き渡った。 ”え?” その声にあたしは驚き、 そして、いまの自分の姿を確かめようと表に飛び出したとき、 「あれ? 子猫だ!」 と真澄君の声が響いた。 ”え?” その声にあたしは立ち止まると、 「おいでおいで」 見上げるような巨人になった真澄君があたしに向かって手をさしのべている。 ”真澄君… あたしを呼んでいるの” 周囲の変化や自分の変化などどうでもよくなったあたしは、 その手に向かって歩いていくと、 ムギュッ 真澄君は優しくあたしを拾い上げ、 そして、自分の胸まともまで持って行くと、 「お前どこから来たんだ?」 とやさしく声を掛けてくれた。 ”あぁ… 真澄君があたしを…抱いてくれている” もうどうでも良かった。 憧れの真澄君に抱きしめられている。 それだけであたしは幸せの絶頂に立っていた。 ”このまま、永久に…” 抱かれながらそう思っていたとき、 「おーぃ、なにやっているんだ!」 サッカー部の先輩だろうか、 真澄君に向かって声が響くと、 「あっはいっ」 真澄君は返事をして、 あたしを下へと下ろした。 ”あぁっもぅ、 もっと一緒にいたかった” 「にゃーっ」 抗議の意味を込めてあたしは鳴き声を上げると、 「ごめんな、 片付けが終わったらまた相手してやるよ」 真澄君はあたしにそう告げ、 片付けを始めてしまった。 そんな彼の姿をあたしは眺めていたが、 しかし、 ムズッ! またあの感覚が走ると、 ムリムリムリ! 子猫になったあたしの身体が大きくなり始め、 身体を覆っていた毛が抜け落ち始めだした。 ”えっ これって、 人間に戻っているって事?” それにあたしは気づくと慌ててその場を去り、 そして、程なくしてあたしは人間へと戻った。 「あれ? 何処に行ったんだ… おーぃ」 ネコになったあたしの探す真澄君の声を聞きながら、 ”ごめん!” あたしは手を合わせて制服を鷲づかみしして、 その場から逃げ去っていった。 「このカチューシャって、 本当のネコに変身できるんだ…」 制服を着たあたしは安心しながらネコミミカチューシャを眺めるが、 キンッ! 突然、そのカチューシャが金色に輝くと、 シュワァァァァァ… まるで蒸発してゆくかのように消えてしまった。 「うわっ、 消えた!」 突然のことにあたしは飛び上がるが、 「そう、一回限りなのね」 とその特性に気づくと、 「よっよしっ!」 あたしはあのディスカウント店へと向かっていった。 そして、19分39秒後… 「お姉さんっ コレください!」 息巻きながらレジに差し出したのは、 散々悩み抜いて決めた一本のカチューシャだった。 そして迎えた翌日。 ”うふっ 今日は思いっきり甘えちゃお” そう思いながらあたしはカチューシャを取り出すが、 ”って、あれ? なんか、昨日と違うな…” お店では気がつかなかったけど、 カチューシャについている耳の形が違うことに気づくと、 あたしはシゲシゲと眺めるが、 「まっ細かいところはいいか… ちゃんとネコミミって書いてあるから…」 と添付されていた説明書に目を通しながらそう呟き、 そして、頭に付けた。 ビシッ! 昨日と同じ電撃が身体の中を流れ、 そして、変身が始まった。 ”あぁ、始まったわ… 真澄君、待ってて、 もうすぐ、あたしはあなた好みの子猫…” 変身を身体全体で感じながら、 あたしは昨日の出来事を思い浮かべる。 しかし、 ムリッ メリッ メキメキメキ! 昨日とは違い、 あたしの身体は小さくはならずに、 逆に大きくなり始めた。 ”え? あれ? ちょちょっと” 見る見る太くなっていく腕に固い剛毛が生え、 さらに、身体の至る所から黒縁模様が浮き出し始めた。 ”なっなにこれぇぇ” ベリっ 手が割れ、黒い蹄が飛び出し、 さらに バリッ! 制服のスカートが裂けてしまうと、 ブンッ! 長い尻尾が飛び出した。 ”いやっ いやいやいや、 あたし何になっているの!?” 「ぐぉぉぉぉっ ぐぉぉぉぉっ」 声にならないあたしの悲鳴が上がり、 そして、 メキメキメキ!! あたしの顔が細長く引き延ばされる。 「モッ モッ モッ…」 ブルンッ! お腹から瘤のような大きなオッパイをさらけ出したあたしの口から、 ある動物の啼き声が漏れ始めた。 そして、 「ん? 何かいるのかな?」 倉庫の裏から響き渡るその声に真澄君が気がつき、 そして、のぞき込んだとき、 「ンモォォォォォォォォォ!!!!!!!」 高らかにあたしの啼き声が響き渡った。 「うっ うっ 牛だぁ!!!」 その直後、真澄君の悲鳴が上がると、 「モォォォォォ!!!」 あたしは無意識にそんな彼の後を追いかけ始める。 ”あぁ、 だめっ 止まらないの… そのヒラヒラしたユニフォームのパンツを見ると、 あたし、止まらないの!” ンモォォォォ!!!! 「うわぁぁぁ!! 助けてくれぇ!!!」 夏の夕暮れ、 あたしは逃げ惑う真澄君のユニフォームのパンツをめがけて走り続けていた。 『あぁ、もしもし! 昨日、届いた品物っ うちはネコミミを注文したんだけど、 なに、この”ベコミミ”って… 困るよ、こういう事をされては』 『あぁ、申し訳ございません。 製造工程で紛れ込んでしまったみたいで… スグに交換に伺います』 おわり