風祭文庫・獣変身の館






「ウェディングドレス」



作・風祭玲


Vol.618





”美冬、

 いま、どこでどうして居るのかしら、

 あなたが人でなくなった日から、

 今日でちょうど1年が経ちましたね。

 さて、お知らせをしたいことがあります。

 実は今日、あたしは浩二さんは晴れて結ばれ、

 結婚式を挙げることになりました。

 いまとっても幸せです。

 これも美冬、あなたが身を引いてくれたたおかげ、

 とっても感謝しているわ、

 良い友達を持ったって。

 あたし、あなたの分まで幸せになるから、

 あなたも頑張ってね」

コト…

「ふぅ、こんな感じでいいかな」

昨日までのシトシト雨が上がり、

初夏の日差しが差し込む支度室に美夏の声が響き渡ると、

テーブルの上に置いてある手紙の横にペンを置いた。

そして、

「うーん」

美夏は椅子に座りながら大きく背伸びをすると、

「ぷはぁ…」

いよいよ今日なんだ。

と感慨深げに呟いた。



大安吉日。

梅雨の晴れ間と言うにはあまりにも青く眩しい空の下。

美夏は約1年の付き合いを経て、

沢渡浩二と結婚式を挙げようとしていたのであった。

「それにしても、

 美冬ってつくづくバカよねぇ

 あたしのウソを信じ込んじゃってさ、

 得体の知れない店で変な薬を買って、

 で、挙げ句の果てに、

 オチンチンになっちゃうだなんて…

 あはは…

 おかしいわ」

人目がないことを良いことに美夏は笑い声を上げていると、

コンコン!

部屋のドアがノックされ、

「日比野様、

 そろそろご準備が終わりましたでしょうか…」

とドアの向こうより着付けを担当する従業員の声が響いた。

「え?

 あっはい…
 
 ちょ、ちょっと待っててください」

その声に美夏は慌てて口を噤むと、

急いで散らかしていたものを片付けだした。

そして、その際に

チラリ

と横を見ると、

そこには、

陽の光を受け、キラキラと光り輝くウェディングドレスが主を待っていた。

「うふ…

 でも、長かったわ…

 銀行に入行したときに沢渡さんに目を付け、

 何か理由を付けては接近したっけ。

 必死で理由を考えて、

 気を引くための小道具も準備して、

 そして、何とか名前を呼んで貰えるようになった頃、
 
 何を思ったのか美冬の奴が私と沢渡さんの間に割り込んできてさ、

 もぅそれからが大変だったわ…

 露骨に妨害をすると変な噂が立つし、

 かと言って、
 
 沢渡さんに近づくな。

 と言うと、
 
 美冬の性格だから余計に沢渡さんにべったりになるだろうし、

 ホント、

 あの一言が利いて良かった…

 でも、おじゃま虫の美冬はもぅ人間じゃなくなってしまったし、

 あたしの邪魔をするものは誰もいないわ」

ウェディングドレスを見ながら美夏はコレまでの苦労を振り返り、

そして、

ドレスの側に立つと、

「そして今日、あたしはこのドレスを纏って、

 浩二さんの花嫁に…

 浩二さん、

 あなたはあたしの王子様…

 いやっ恥ずかしい…」

思わず呟いてしまった言葉が恥ずかしく感じたのか、

美香は顔を真っ赤に染めてしまった。

すると、

コンコン!

またドアがノックされ、

「あの、日比野様?」

とさっきの従業員の声が響き渡った。



「え?

 白馬の毛で編んだウェディングドレスですか?」

『そうですが』

その頃、階下のロビーには黒づくめの衣装を身に纏った少女が受付に立ち、

あることを問い合わせていた。

『あの、

 16頭分の白馬の尻尾の毛を編み込んだウェディングドレスです。

 どうも、ここに謝って配送されたみたいで…」

と赤い瞳の少女は真剣に受付嬢へ事情を説明をする。

「さぁ…ちょ・ちょっと係の者に問い合わせてみますね」

少女からの問い合わせに

受付嬢は怪訝な顔をしながら受話器を取ると素早くボタンを押した。

そして、

「あっあのですね…」

と電話の相手に少女の問い合わせ内容を伝える。

その間、少女は待っていると、

『…申し訳ありません

 黒蛇堂さま』』

宅配業者の作業着に身を包んだ男女3人組が

闇の気配を漂わせながら少女に向かって謝罪をする。

『いえ、いいんですよ、

 そもそもは天界が送り先を間違えたのが原因ですから、

 それにしても、なんで人間界の結婚式場に送っちゃうのかな?

 もし、一般の人間があのドレスを着たらとんでもないことになるのに』

と少女は心配そうな表情をしながら気をもんでいた。

『はぁ、

 そう言う事情ですか』

少女の言葉にロン毛の男が返事をすると、

『ふんっ

 こんなまどろっこしいことをしていないで、
 
 力づくでサッサと探せば良いんだ』

とその背後に居る巨体の男がそっぽを向きながら言う。

すると、

『それが出来れば誰も苦労はしないのっ

 ところで、アイツの姿が見えないようだが』

話を聞いていたショートヘアの女性が注意をすると、

『ふんっ

 どうせまた、その辺をふらついているのだろう』

と4人目の存在を匂わせながらロン毛男は呟いた。

その時、

『それにしても、

 そちらも大変ですね、

 バイトバイトで…』

と少女が声を掛けると、

『え?

 あっいえ、

 全てはあの”お方”のためです』

と3人は口をそろえて返事をした。

『そ・そうですか、

 頑張ってくださいね』

ある人物のために忠誠を誓う3人からの気迫に少女は圧倒されていると、

「黒蛇堂さま」

と受付嬢が少女の名前を叫んだ。

『あっはい』

その声に少女は受付に向かうが、

しかし、帰ってきた答えは少女が期待していたものではなかった。

『そうですか…』

「誠に申し訳ありません」

やや肩を落として少女がロビーから立ち去ったとき、




「あれぇ…

 このドレスって貸し出されたんじゃないの?」

ロビーからすっと奥まったところにある衣装室で、

主の居ないまま放置されていたウェディングドレスの存在に

一人の従業員が気づくと声を上げた。

「え?

 なに?」

その声に他の従業員達が寄ってくると、

「このドレス、置きっぱなしじゃない。

 お客様に持って行くんじゃないの?」

と注意をすると、

「んーと、ちょっと待って」

別の従業員がドレスに付いている管理タグに読み取り機を当て、

在庫管理DBに照合を行う、

そして、

「11:00から挙式の日比野様か…

 ねぇ、日比野様っていまどうなっているの?」

パソコンの画面を見ながらこのドレスが持ち込まれるべきだった、

顧客の名前をあげると、

「え?

 日比野様の所にはすでにドレスの搬入終わっていますが」

別の従業員が答えると、

「えぇ!

 もぅ、管理はどうなっているのよ」

その従業員は文句を言いながらパソコンの操作をはじめだした。



一方、着付けが終わり、

純白のウェディングドレスに身を包んだ自分の姿を

目の前の姿見に映し出した美夏はじっと鏡の中の自分を魅入っていた。

1分…

2分…

5分…

「あの…お客様?」

着付けを行った従業員の声が響くまで、

約10分間、美夏は鏡を見つめていると、

「うふっ」

美夏の口から小さな笑い声がこぼれ、

そして、

スッ…

白い手袋に包まれた手が伸びると、

鏡の中の自分と手合わせをし、

「幸せになろうね、

 美夏」

と鏡の中の自分に向かって告げたとき、

「ん?

(クン?)

(クンクン)」

美夏は仄かに漂い始めた異臭に気がついた。

「なにかしら、

 この臭い…
 
 なんか、動物の臭いみたいだけど…」

鼻を動かしながら、

美夏は臭いを追っていくが、

自宅で買っている犬の臭いに似ていることに気づいた。

「犬の臭い?

 ううん、違うっ
 
 もっと濃い臭いね…
 
 なんか、動物園で嗅いだ臭いに似ているような」

美夏自身、この臭いが動物特有の獣臭であることまでは判ったものの

しかし、部屋中いくら探しても、

この臭いがどこから漂ってきているかまでは判らずじまいだった。

「やだもぅ…」

漂う臭いを美夏は拒否し、

そして、

シュシュッ

その臭いを消そうとして、

臭い消しを当たりに振りまいた。



ところが…、

その時、

ジワッ

ウェディングドレスの中、

美夏の脚の臑の部分に突然白い毛がわき出るように生え始めると、

ジワジワとその範囲を広げはじめだした。

「?

 何かしら…
 
 足が…
 
 なんかムズムズする…」

自分の脚に発生した異変に美夏は気づくが、

しかし、場所がドレスの中であることと、

それに、

「日比野様、お時間です」

と従業員が迎えに来たために、

「あっはいっ」

美夏は足を確かめることがないまま席を立つと、

ベールを頭から被る。



ジャーン!!

重厚なパイプオルガンの音色が響く中、

美夏はバージンロードを歩いていく。

「はぁぁ…

 これよこれ」

子供の頃から幾度も夢みてきたこのシーンに、

美夏はこの時間が永遠に続いてほしいと祈るが、

しかし、

ミシッ!

すっかり白い毛に覆われてしまった美夏の脚は、

徐々にその姿を換えはじめていた。

メリメリメリ

ギッギギギギ…

骨格が徐々に変わりはじめ、

それに併せて太股の筋肉が肥大化し、

踵が上がってゆく、

「ふぅふぅ」

脚が変化し、次第に歩きづらくなってきたのか、

美夏は荒い息をするが、

しかし、美夏はそんなことよりもこの式で頭が一杯になっているため、

そのことには気づかず赤絨毯を一歩一歩踏みしめながら歩いてゆく、

とその時、

コロン!

コロン!

美夏が通り過ぎた後に左右の靴が残され、

カツン

カツン

ドレスの中から蹄の音が響き始めた。

「ふぅふぅ

 ふぅふぅ
 
 うっ」

ゴボッ!

内蔵の位置が動き、

その位置に合わせて臓器の形も変化してゆく、

その一方で、

メリメリメリ!!!

美夏のお腹が膨れていくと、

フサッ…

お尻から尻尾が伸びるが、

しかし、これらもドレスの中での変化の為、

参列者の中でこのことに気づく者は居なかった。

やがて、神父の前に進み出ると、

パイプオルガンが鳴りやみ、

神父の声がひときわ高く響いた。

しかし、美夏の口からは

ヒン…

ヒヒン…

ヒン…

ヒヒン…

と馬の鳴き声に似た声が漏れはじめ、

また、

カッカッ!!

ウエディングドレスの裾が微かに動く中では

何かを蹴る音が盛んに響いていた。

その一方で式は順調に進行し、

「では、指輪の交換を…」

神父の声が響くと美夏と浩二は向かい合い。

そして、

「美夏…」

と白いタキシード姿の浩二は優しく美夏に声を掛けるが、

「………」

美夏は俯いたまま何も答えなかった。

「美夏?

 まぁいいか、

 さっ指を…」

何も言わない美夏に浩二はそう囁くと、

スッ

手袋に覆われた美夏の右手がゆっくりと挙がる。

「うん」

それを見た浩二は美夏の手を取ったとき、

グッグググググ!!!

急に美夏の手が膨れ始めると、

バンッ!!

ベリッ!!

爆発するような音共に美夏の右手は弾け飛び、

グンッ!

馬の蹄が浩二の目の前に突き出された。

「うわっ!」

それを見た浩二は思わず悲鳴を上げると、

「…ヒヒン
 
 …ヒヒン
 
 …ブヒヒン」

ベールの下の美夏の口から盛んに馬の鳴き声が漏れ、

そして、

「ヒヒン

 ヒヒン
 
 ヒヒン
 
 ブヒヒヒヒヒヒヒンンンン!!!」

幾度か馬の鳴き声が聞こえた後、

ひときわ大きな鳴き声が上がると、

ベリ!!!

ウェディングドレスを纏った美夏の身体が弾け飛び、

カカッ!

代わりに、ウェディングドレスを纏った白馬が立ち上がった。

「へ?」

「ヒヒヒヒヒンンンンン!!!!」

皆が呆気にとられる中、

白馬は前足を空中で振りながらさらに声を上げると、

ガブッ!!

目の前にいる浩二の襟首に噛み付き、

「うわっ」

ドスッ!!

その浩二を自分の背中に放り上げて乗せると、

「ヒヒヒヒヒンンン!!!」

カカッカカッカッッ!!!

「うわぁぁぁ!」

悲鳴を上げる参列者の中を駆け抜け、

式場から飛び出していってしまった。



天高く馬肥ゆる秋…

ビヒヒン!!!

カカッ

カカッ

カカッ

「うわあぁぁぁ!!」

悲鳴を上げる新郎を背中に乗せ、

身体に巻き付くウェディングドレスをはためかせながら

一頭の白馬が街中を駆け抜けて行く、

無論、その行き先は誰も知らない。



おわり