風祭文庫・獣の館






「当番」



作・風祭玲


Vol.548





「野島理恵と申します。

 皆さんよろしくお願いいたします」

スカートスーツ姿のあたしは挨拶の声をあげると、

ペコリ

と頭を下げる。

すると、

パチパチパチパチ!!

あたしと向かい合っていた従業員達が一斉に拍手をしてくれ、

「あっ

 どうも…」

その拍手に応えるようにあたしはお辞儀を何度もした。



−小石川牧場−

ここが今日からのあたしの職場、

街中の牧場でありながらここで生産される特製の牛乳やバター・ヨーグルトは

とても評判もよく、TVや情報雑誌などには幾度も取り上げられるし、

また、いくつもの一流レストランから食材を求めて買い付けが来る。

由緒ある牧場なのであった。



挨拶後早速配属先である畜産部に向かうと

「あぁ、野島さんね

 部長の高柳です。よろしく」

畜産部長の高柳さんは眼鏡越しにあたしを見るとそう挨拶をした。

「はいっ、よろしくお願いします」

毛の薄い頭をあまり直視せずにここでもあたしは頭を下げると、

「えっと、

 じゃぁ取りあえず、作業服に着替えて貰って…

 あっそうそう、

 おーぃ、山下くん、

 当番はどーなっているんだっけ」

と声をあげた。

すると、

「あっはいっ」

部長より山下と呼ばれた作業服姿の女性が立ち上がり、

「昨日で一巡しましたが」

と返事をする。

「(一巡って?

  掃除の当番かなにかかな?)」

あたしの真横で行われる会話を聞きながらそう思っていると、

「一巡という事は

 じゃぁ、今夜の当番は…」

「はいっ

 わたしです」

部長の質問に小石川農場とネームを輝かせながら山下さんは笑みで答えた。

「そうか、

 じゃぁ山下君、
 
 悪いが、今夜はこの野島くんと共に”当番”をお願いしてくれないかな」

山下さんの返事を聞いた部長はあたしを指差して指示をすると、

「はいっ

 判りました」

山下さんは笑みを絶やさないで返事をする。

そして、

「さて

 じゃぁ、着替え終わったらこっちに来て、
 
 野島さんの席はここだから」

と山下さんはあたしを手招きすると、

「あっはいっ」

あたしは返事をするとさっそく更衣室へ向かい、

そこで支給されたばかりのつなぎの作業服に着替えた。

「よっよろしくお願いします」

着替え終わった後、

山下さんに挨拶をすると、

「あっはい…

 ここに座って…」

山下さんは用意してあった席にあたしを座らせる。

「あの…」

「なぁに?」

「当番ってなんですか?」

席についたあたしは早速、部長が言っていた”当番”について訊ねると、

「あぁ…

 時間が来たら教えてあげるわ」

と言うだけで、

当番とは関係の無さそうな事務処理の話を始めだした。



そして、午後4時ごろになったとき、

「さてと…」

その声と共に山下さんは飼育している牛のデータが記載されているファイルを閉じると、

「じゃぁ行きましょうか、野島さん」

とあたしに声をかけてきた。

「え?

 行きましょうか。ってどこへです?」

あたしはキョトンとしながら言葉の意味を尋ねると、

「やぁねぇ、

 ”当番”に決まっているでしょう?」

と山下さんは笑いながらあたしの肩を叩いた。

「あっはいっ」

肩を叩かれた勢いであたしは立ち上がると、

「では、部長、

 山下、野島の2名はこれより当番に入ります」

山下さんは部長に向かってそう告げると、

あたしを連れて事務所から出て行った。

「あっあの…」

「なに?」

「当番って一体なんですか?

 まだ意味を教えてもらってないので」

廊下を歩く山下さんに向かってあたしは”当番”の意味を尋ねると、

「うん、そうねぇ

 ほらっ
 
 ウチの牧場が生産する乳製品って評判がいいでしょう」

「あっはいっ」

「それは品質が良いってことはわかるよね」

「えぇ」

「じゃぁ、なんで品質が良いのかというと、

 乳製品の元となる牛乳を生み出す生き物
 
 牛の管理がしっかりとしているからよ」

「はぁ」

「つまり、当番とは

 牛乳を生産する牛に何か異変は無いか、
 
 ちゃんと餌は食べているか、
 
 睡眠は時間通りにとっているか、
 
 付きっ切りで調べる事なのよ」

と説明をしてくれた。

「はぁ」

山下さんの説明にあたしは感心していると、

「牛って臆病な動物でしょう、

 だから、調べるにしてもいろいろとあるのよ」

と言いながら別棟のドアを開けると、

当番用更衣室と書かれたドアの前に立った。

「(更衣室?
 
  また何かに着替えるのかな?)」

ドアを見ながらあたしはそう思っていると、

山下さんは社員証をドアの真ん中に仕掛けられている読み取り機に当てる。

すると、

ピッ!!

小さな電子音が響き、

カチャッ!

ドアが開いた。

「はぁ、

 更衣室が電子ロックになっているんですね」

感心しながらあたしはそう言うと、

「ふふっ

 ここは只の更衣室ではないからね」

と山下さんは意味深な返事をする。

「普通の更衣室ではないんですか?」

「そうよっ

 あたし達が普段使っている更衣室はこことは別、
 
 ここは”当番”をするときのみに使う専用の更衣室よ」

あたしの質問に山下さんはそう答えながら更衣室にはいると、

テキパキと着ていた作業着を脱ぎはじめだした。

そして、

「ほらっ

 ボケとしていないで、野島さんも着ているものを脱いで」

とあたしに向かって指示をすると、

「あっはいっ」

あたしも急いで服を作業服を脱ぎはじめだした。

「あれ…

 着替えといっても、
 
 何に着替えるんだろう…
 
 山下さん、作業着も脱いじゃったし…
 
 すでに用意されているのかな…」

そんな事を考えながらあたしは着ていた服を脱ぎ下着姿になる。

すると、

「野島さん、

 下着も全部取るんですよ」

と一足早く全裸になった山下さんはあたしに向かってそう注意をした。

「え?

 えぇ!?」

山下さんの言葉にあたしは驚くと、

「じゃぁ、あたしは先にシャワーを浴びるから、

 野島さんも脱いだらシャワー室に来るのよ」

驚くあたしを尻目に山下さんはそういい残すと、

パタン…

シャワー室と書かれた戸をあけた。

「あっ、

 シャワーを浴びるのか」

それを見たあたしは下着を脱いだ意味が判ると、

安心して下着を脱ぎ、シャワー室に入った。

シャー!!!

あたしはノズルから噴出す温水を浴び、

身体を隅々まで汲まなく洗う。

「あれ?

 なんかベトつくのね…」

お湯を止めた後、

肌が妙にベトベトした感じになった事にあたしは不快に思いながら

入ってきたドアとは違う”出口”とかかれたドアを開けた。

すると、

「遅いわよっ」

山下さんのその言葉と共に

パサッ!

いきなりあたしの視界に白と黒の斑模様が降り注いでくる。

「きゃっ!」

突然の事にあたしは悲鳴を上げると、

「はいっ

 それをさっさと着るのよ」

と山下さんの声。

「え?

 え?
 
 えぇ!?」

もがくようにして視界を妨げるモノを取り、

そして山下さんを見ると、

「それって…」

山下さんを指差しあたしは呆気に取られた。

「なに?」

「いっいや、

 それって、一体…
 
 牛の着ぐるみですか?」

山下さんの下半身を覆う白黒斑模様と、

そして、おへその辺りを境にして裏返しになっている牛の皮にあたしは驚くと、

「あぁ、

 これで牛に化けるのよ、
 
 さっ、野島さんもそれを着なさい」

と山下さんは指示をすると、

スポッ

スポッ

っと両腕を前足の皮に中に押し込み、

肩まで皮を引き上げた。

「はぁ…

 (まさかコスプレをして牛の調査をするの?)」

牛のコスプレとも思えるその姿にあたしはある種の滑稽さを感じたが、

けど、この場でそれを笑うわけにも行かず、

渋々と渡された皮を広げると牛皮の後ろ足の中に片足を入れる。

すると、

キュッ!!

牛皮の中に入れたあたしの脚に皮がぴったりと張り付くと、

まるで、皮と脚が一体化したような奇妙な感覚が走る。

「え?

 なに?」

それに驚いていると、

「野島さん!」

山下さんがあたしを呼んだ。

「はいっ」

その声にあたしは慌ててもぅ片方の脚を入れると、

キュッ!

またしても脚と皮は一体化し、

「?」

あたしは不思議に思いながら皮を腰の上にまで引きあげた。

すると、

キュッキュキュキュ!!!

まるでプレスされていくかのように皮はあたしの下半身を覆い、

そして、あたしの肌と一体化していく。

「うわっ

 なんなのこれぇ」

あたしは驚きながら皮から生える獣毛をなでてみると、

ゾワッ!!

牛皮に生えている獣毛一本、一本に感覚が走り、

なんともいえない感触が走った。

「やだ…」

それに驚いていると、

「もぅ、早くしてよ」

と山下さんの声が再び響き、

そして、

「はいっ」

いきなり黒い蹄が生えた前足が添えられると、

グイッ!

着かけていた牛皮が一気に引き上げられ、

あたしは両手をその皮の中へと押し込んだ。

するとまたしても、

キュッキュキュキュ!!

皮はあたしの上半身や腕と一体化し、

あたしの首から下は牛の斑模様へと変わってしまった。

「あっあの…

 これって…」

困惑しながらあたしは振り返ろうとすると、

「はいっ、

 時間が無いんだから

 これもかぶって!」

と言う声と共にあたしの頭に牛の顔がかぶせられてしまった。

その途端

キュッ!!

牛の顔はあたしの顔と一体化し、

それを合図に、

ムリムリムリ!!!

あたしの身体が急速に膨張を始めだした。

「え?

 ヤダっ
 
 何?
 
 何なのよこれぇぇぇぇ!!」

メキメキメキ

バキバキバキ

身体の膨張にあわせてあたしの体中の骨や筋がその大きさと向きが変わり、

「あっあっあぁぁ!!」

急速に変わるバランスにあたしは前つんのめりになりながら倒れてしまうと、

カツンッ!!!

手から変わった前足がしっかりと身体を受け止める。

「なっなにが、

 いったいどうして…」

ムリムリ

プリンッ!!

下腹部のところにボールのような肉隗が膨らみ、

それに反して胸からは自慢のバストが消えていった。

「うむぉぉぉぉ

 むぉぉぉぉ
 
 もぉぉぉぉ!!」

顎の形が変わり、

言葉が喋れなくなってくると、

あたしの口からは牛の啼き声が漏れ始めてくる。

そして、

「もぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

天井に向かってあたしは一啼きすると、

ガシャンッ!!

閉じられていた正面のドアが開き、

コツン

コツン

反射的にあたしは尻尾を振りながら蹄の生えた4本の脚でゆっくり前に進むと、

そのドアより多くの牛たちが放牧されている放牧地へと下りていった。



「もーっ(気分はどう?)」

「もぅもぅ(あっ山下さん)」

牧草地に下りたあたしに後ろから牝牛に変身した山下さんが声をかけてくる。

「ももーっ、もー(牛に変身するんですね、この皮を着ると)」

「もーっも、もー(えぇそうよ、さっ仕事仕事)」

牛に変身したあたしと山下さんは2手に分かれると、

他の牛達に警戒されることなく調査を始めだした。

ところで、この皮っていつになったら脱げるのかしら…

”当番”というからには時間が来れば脱げると思うけど…



おわり